利用規約が無効に?差止請求事例を踏まえた見直しポイント
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目次
近年、消費者適格団体は、事業者が準備している利用規約の条項について、消費者契約法違反であると主張し、活発に差止請求を行っており、比較的小規模な企業から大企業まで、多くの企業が対象となっています。ひとたび差止請求の対象となってしまうと、その対応への手間やコストがかかるだけではなく、差止請求を受けたという事実が公表されることで、企業イメージの毀損につながりかねません。無用な差止請求を受けないように、利用規約の表現を見直す必要性は高いといえます。
本稿では、消費者適格団体の近年の差止請求の動向に照らして、注意が必要な条項について解説します 1 。
不当条項規制の概要(令和4年消費者契約法改正を踏まえて)
消費者契約法で無効となる不当条項とは
消費者契約法の目的の1つは、「消費者契約」について、「消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効」とすることにあります(1条)。消費者契約法8条から10条では、消費者契約において、所定の条件を満たす次の条項を無効とすることを定めており、「不当条項規制」と呼ばれています。
- 事業者の損害賠償の責任を免除する条項等(消費者契約法8条)
- 消費者の解除権を放棄させる条項等(同法8条の2)
- 事業者に対し後見開始の審判等による解除権を付与する条項(同法8条の3)
- 消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等(同法9条)
- 消費者の利益を一方的に害する条項(同法10条)
事業者が利用規約を準備する場合には、事業者に有利になるように、いろいろな条項を入れておきたくなるものですが、上記の条項については、利用規約に含めたとしても無効になるため、注意が必要です。
サルベージ条項とは
2023年6月1日に施行された令和4年消費者契約法改正では、いわゆる「サルベージ条項」についての規制が追加されました。これは、事業者の軽過失により生じた事業者の責任の一部を免除する条項については、軽過失の場合にのみ適用されることを明記する表現にしないと、その条項が無効になるというものです。
たとえば、「(事業者は、)法令に反しない限り、1万円を上限として賠償する」という条項について考えてみます。これは、事業者は、①法令上許容される限り、1万円を超える損害賠償責任については免除されるが、他方で、②1万円以下の損害賠償責任については免除されずに引き続き責任を負うことを意図した条項です。そして、上記の①は、消費者契約法上、事業者側に故意または重過失がある場合には責任免除が一切認められない(同法8条1項1号および3号)こととの関係で、故意または重過失がある場合に適用することはできないことから、結局、事業者側に軽過失がある場合にのみ適用される条項であるといえます。
つまり、「法令に反しない限り、1万円を上限として賠償する」という定めは、法的には、「軽過失の場合は、1万円を上限として賠償する」という意味になるものと考えられます。しかし、消費者法に詳しくない一般消費者からすると、「法令に反しない限り」の意味を正しく理解することは困難であり、結果として、自らの権利行使を思いとどまらせることにつながりかねません。そこで、改正法は、事業者の軽過失により生じた事業者の責任の一部を免除する条項については、軽過失の場合にのみ適用されることを明記するように求めているのです。
消費者適格団体の差止請求権
事業者が、利用規約に、消費者契約法により無効となる不当条項を入れておいたとしても、そのことによって、刑罰を科せられたり、行政処分を受けたりすることはなく、消費者契約法によって、その条項が民事的に無効となるにとどまります。そこで、事業者が、ペナルティがないことを理由に、「ダメもと」で不当条項を利用規約に組み込むことを阻止するために、消費者適格団体 2 には、不当条項の差止請求権が与えられています(消費者契約法12条)。
不当条項規制に関して事業者に求められる対応
消費者適格団体の差止請求権の行使状況については、それぞれの消費者適格団体のウェブサイトで公表されるほか、消費者庁のウェブサイトでも随時公表されます。こうした公表の事実は、企業イメージの毀損につながりかねないことから、事業者側も無用な差止請求を受けないように、利用規約の表現について慎重な対応を行うべきでしょう。
消費者意識の高まりを受けて、消費者適格団体は、今後も積極的に差止請求権を行使してくるものと予想されます。消費者契約法に照らし、明らかに問題のある条項については、消費者適格団体の目にとまりやすく、一度、照準を絞られてしまうと、必ずしも問題になりにくい条項も含めて指摘を受けることになってしまう場合が多いようです。したがって、少なくとも明らかに問題のある条項については、指摘を受ける前に見直しておくことが推奨されます。
利用規約の見直しをした場合には、契約の変更となるため、既存の利用者との関係では、変更について同意を取得するのが原則です。しかし、数多くいる利用者から同意を取り付けるのは容易ではありません。そこで、通常、利用規約は、定型約款(民法548条の2)に当たることから、個別の合意を得なくても契約の変更を可能とする定型約款の変更手続(民法548条の4)に従い、利用規約をアップデートすることを検討することになります。
以下では、特に実務上、消費者適格団体からの指摘を受けやすい、事業者の損害賠償の責任を免除する条項(消費者契約法8条)および消費者の利益を一方的に害する条項(同法10条)に関して、消費者庁のウェブサイトの公表事例をもとに、近時の消費者適格団体による差止請求の動向と、具体的な対処法などについて解説します。
「事業者の損害賠償の責任を免除する条項」に関する差止請求
「(事業者が)責任を負わない」とする文言が、事業者の債務不履行または不法行為に基づく責任の免除を意味する場合には、消費者契約法8条で規制されます。
具体的には、故意または重過失の場合には、責任の免除は一切無効であり(同法8条1項1号および3号)、また、軽過失の場合には部分的な責任の免除のみが認められます(同項2号および4号)。
消費者契約法8条の規制の対象となる典型的な例としては、以下のような規定が挙げられますが 3、こうした典型例については、多くの事業者は既に対応を終えていると思います。
- 「いかなる理由があっても一切損害賠償責任を負わない。」
- 「事業者に責めに帰すべき事由があっても一切損害賠償責任を負わない。」
- 「事業者に故意又は過失があっても一切損害賠償責任を負わない。」
しかし、上記のような典型例に限らず、一定の事項について、消費者の自己責任として、事業者が責任を負わないと規定することにも合理性があると考えられるケースについても、その規定ぶりによっては、消費者適格団体から指摘を受けていることに注意する必要があります。
一定の事項について消費者の自己責任であると規定するケース
(1)近時の差止請求事案
たとえば、令和4年11月30日に公表された事案では、パスワードの盗用・不正使用に関して、次の文言について消費者適格団体から指摘がなされています。
パスワードは他人に知られることがないよう定期的に変更する等会員本人の自己責任にて管理するものとする条項のうち、「それらが盗用、不正使用その他の事情により会員以外の者が利用した場合であっても、それにより生じた損害について当グループは一切責任を負いません。」とする規定。
※下線は筆者(以降の囲みも同様)
(2)消費者適格団体による指摘の内容
上記の事案①における消費者適格団体の指摘は、以下のとおりです。
たしかに、パスワードの盗用・不正使用については、たとえば、会員がパスワードを 誰かに教えるとか、他の人が見える場所にパスワードのメモ書きをするとか、そういった事例で会員側に被害が発生しても、それは、会員側に帰責事由があるため、自己責任とすることにも一定の合理性はあると思われます。
他方で、以上のような規定ぶりにしてしまうと、消費者適格団体が指摘するように、たとえば、事業者側のセキュリティの不備でパスワードが漏えいし、それによって会員に損害が発生した場合などについても、広範に事業者側の責任を免除するような規定にも読み取れてしまい、消費者契約法に従い、無効になりかねません。
(3)対処法
こうした指摘を避けるための一案として、消費者に対してパスワードの厳格な管理を義務付けるにとどめておき、責任免除については規定しないことが考えられます。
すなわち、パスワードの管理にもっぱら会員側に帰責事由があって会員に被害が生じたとしても、会員側の義務違反に基づくものにすぎず、事業者には、債務不履行責任も不法行為責任も発生しておらず、もちろん、免除する責任もないということになります。
(4)その他の類似事案
パスワードの盗用・不正使用に関しては、以下の条項が問題とされた差止請求もありました。
弊社は、会員のユーザーIDおよびパスワードが第三者に盗用されるなどにより、会員のコンテンツの改変や改竄、個人情報等の無断閲覧などにより発生するあらゆる紛争、損害賠償の請求などについて一切の責任を負わないものとします。
また、類似事案として、スポーツパークの施設利用ルールに関する条項が問題とされた差止請求もあります。
(本件条項)
- 施設内での紛失及び盗難に関しては、当施設では一切責任は負いませんので、とくに貴重品などは自己管理にてしっかり保管下さい。
- 駐車場での事故や盗難には当施設では一切責任は負いません。自己での処理をお願いします。
- スラックライン、ボルダリング、トランポリンは重大な危険(死亡ないし重大な障害)を内包したスポーツです。当施設内は安全に万全を期していますが、100%確保できているものではありません。また、小学生及び未就学児のご利用は保護者の責任において、お子様の安全の確保をお願い致します。当施設内で生じたケガ、障害については当店は一切責任を負えませんのでご了承ください。
たしかに、紛失、事故もしくは盗難またはスポーツに伴うケガもしくは傷害については、店舗側が責任を負う必要がない場合も多いと考えられます。
ところが、上記の事案③のような規定ぶりであると広範に過ぎ、たとえば、施設の従業員による事故・盗難や、施設の整備不良などに起因するケガ等、店舗側に債務不履行や不法行為責任が認められるような例外的な事案についても、その責任を免除しているかのように読み取れてしまう可能性があるため、注意が必要となります。これを防ぐためには、条項では、紛失、盗難、ケガの可能性について利用者に十分注意喚起をするにとどめて、事業者の責任免除の記載を削除する、または、条項の末尾に「ただし、上記条項にかかわらず、当店に法的な責任があることに起因して利用者に損害が発生した場合には、当店はその責任を負います。」という条項を追記しておくことが考えられます。
事業者が損害賠償責任を負わない事項について損害賠償責任の免除を定めるケース
以上の事案とは異なり、利用規約に、事業者側にサービスの提供を停止する権利が規定されていて、事業者が損害賠償責任を負わないとされている事項については、損害賠償責任の免除を定める規定があったとしても、それは、単なる確認規定であるから、消費者契約法には違反しないと考えられます。
たとえば、東京地裁令和4年4月27日判決では、次の利用規約(14条3項)の文言が争われました。
(1)本サービスに係るコンピューター・システムの点検又は保守作業を定期的又は緊急に行う場合
(2)コンピューター、通信回線等が事故により停止した場合
(3)火災、停電、天災地変等の不可抗力により本サービスの運営ができなくなった場合
(4)ハッキングその他の方法により当社の資産が盗難された場合
(中略)
3 当社は、本条に基づき当社が行った措置により登録ユーザーに生じた損害について一切の責任を負いません。
裁判所は、次のとおり述べて、この利用規約が消費者契約法に違反しないと判断しています。
(中略)同条3項は、被告会社が同条1項に基づき本件サービスの停止措置を執った場合に、これによる損害賠償責任を負わないことを確認的に規定したものと解することができる(後略)。
(1)近時の差止請求事案
他方で、上記の利用規約と類似の規定ぶりであるにもかかわらず、消費者適格団体から指摘を受けているケースがあります。
グループは、システムの定期保守を行う場合等には事前に通知することなく、サービスの全部又は一部の提供を中断又は停止する等の必要な措置を採ることができるものとする条項のうち、「この場合に会員に生じた損害について、当グループは一切責任を負わないものとします。」とする規定。
(2)消費者適格団体による指摘の内容
上記の事案④における指摘の内容は、以下のとおりです。
(3)対処法
3-2の冒頭で紹介した裁判例のように、上記の条項が、損害賠償責任を負わない事柄について、損害賠償責任を負わないことを確認するための規定と解釈できる場合には、消費者契約法には違反しません。
しかし、実際には、「責任を負わない」という言葉をとらえて、消費者適格団体から指摘を受ける可能性があります。それを避けるための対処法の1つとしては、もともと法的な効果のない確認規定であれば、無用な紛争を避けるため「責任を負わない」という文言を削除することが考えられます。あるいは、「責任を負わない」という文言は維持しつつ、故意または重過失の場合には事業者の責任は免除されないことおよび軽過失の場合には事業者の責任は一定額に制限されることを明記しておくこともあり得ます。
なお、システムの定期保守によるサービス停止とは文脈がやや異なるものの、消費者庁の逐条解説によると、契約上明示しておけば、技術的に履行が不可能な一定期間について、サービス停止の責任を免責しても「債務不履行責任を免除する」契約条項に該当しないという考え方が示されています 4。
(中略)
例えば、電気通信サービスにおいても、天候の影響や通信環境の問題等様々な理由により通信の瞬断等が往々にして生じ得ること、また、瞬断等が発生した場合に、その原因の特定が困難といった事情・特徴があること等電気通信サービスの特性に鑑みると、その約款により合理的な一定期間について責任を免責しても、同様に本号(筆者注:8条1項1号)は適用されないものと考えられる。
本件でも、定期的な保守が技術的にやむを得ない事情があれば、契約上に明示することで、サービス停止の責任を免責しても「債務不履行責任を免除する」契約条項に該当しない可能性があります。
(4)その他の類似事案
類似事案では、次の規定が問題となりました。
第8項 本サービスの中止、中断
当社は、次の各号に該当する場合、会員さまに事前に通知せず、本サービスの提供を中止または中断できるものとします。この場合に会員さまに生じた損害(逸失利益を含みます)について、当社は一切責任を負わないものとします。
(1)戦争…、火災、停電その他の非常事態により、本サービスの提供が通常どおりできなくなった場合
(2)本サービスの運営が困難な重大な事由が生じたとき
(3)その他、当社が本サービスの運営上、一時的な中断が必要と判断した場合
メンテナンス等 本サービスの全部または一部については、システムのメンテナンス、点検等のため、一時的に停止する場合があります。この場合、緊急の場合を除き、本サービス内でそのスケジュールを事前に告知するものとします。当社は、事前の予告の有無に関わらずサービスの一時停止時期の変更による損害について責任を負わないものとします。
「消費者の利益を一方的に害する条項」に関する差止請求
消費者契約法10条では、消費者契約のうち、「法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」については、無効となります。
消費者庁の逐条解説では、以下の例が紹介されています 5。
- 事業者からの解除・解約の要件を緩和する契約条項
- 事業者の証明責任を軽減し、又は消費者の証明責任を過重する契約条項
- 消費者の権利の行使期間を制限する契約条項
- 消費者が有する解除権の行使を制限する契約条項
もっとも、消費者契約法8条と異なり、10条の規制内容はとても不明確であるといえます。だからといって、消費者契約法10条を恐れるあまり、先回りして、事業者に有利な条項を広範に消費者寄りに修正しすぎることも、事業者観点では望ましいとはいえません。
そこで、リスクベースアプローチとして、近時、実際に消費者適格団体が積極的に問題視している条項に焦点を当てて検討することが有益と思われます。
以下では、近時、消費者適格団体が指摘した事例の中から、問題となった条項を4つ選んで取り上げます。
専属的合意管轄
(1)近時の差止請求事案
専属的合意管轄に関して、令和4年11月30日に公表された事案では、次の規定が問題とされました。
本規約に関し訴訟の必要が生じた場合には、東京地方裁判所または東京簡易裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。
(2)消費者適格団体による指摘の内容
上記の事案⑦における指摘の内容は、以下のとおりです。
この点、民事訴訟法上は、専属的合意管轄の文言について、排他的ではなく、付加的な管轄合意であると判断される場合がありますし、仮に、専属的合意管轄が認められても、「当事者間の衡平を図るため必要があると認めるとき」(民事訴訟法17条)に該当すれば、消費者は、金銭債権の請求であれば、自己の住所地を管轄する裁判所(民法484条1項、民事訴訟法5条1号参照)での審理を求めることができます。したがって、専属的合意管轄の存在は、理論的には、消費者が自己に有利な裁判所で審理を行うことを必ずしも妨げるものではありません。
しかし、民事訴訟法のことをよく知らない消費者が、利用規約の記載だけを頼りに、専属的合意管轄に従って訴訟を追行してしまう場合もあり、消費者にとって不利益が生じる可能性も否定できません。
(3)対処法
専属的合意管轄については、大企業の利用規約を含め、今も多くの利用規約で見かけます。また、専属的合意管轄が、消費者契約法10条に違反するかどうかは、営業の実情などの個別の事情を踏まえて判断されることもあり、裁判例も分かれています。
1つの考え方として、民事訴訟のIT化により、遠方からでもオンラインで参加できる制度が整いつつありますので、以前と比べると、遠方の裁判所で応訴する負担は必ずしも大きくはありません。その意味では、消費者側も比較的容易にオンラインで手続を行えることになるので、必然的に消費者側の負担も減るとはいえ、このような状況で裁判所がどのような判断を示すかを待つというのも一案のように思います。さらに、専属的合意管轄については、多くの事業者が採用している実情もあることから、仮に適格消費者団体と争いになっても企業のイメージに与える影響は限定的と思われます。
もっとも、民事訴訟のIT化により、遠方の裁判所で手続を行うことについて、事業者側の負担も減少することから、先手を打って専属的合意管轄を修正しておくこともあり得ます。
(4)その他の類似事案
類似事案では、次の規定が問題となりました。
会員さまと当社の間で、本サービスまたは本規約に関連して訴訟の必要が生じた場合、当社の本社所在地を管轄する地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。
当社と会員との間で生じた紛争については、東京地方裁判所または東京簡易裁判所を第一審の専属的合意裁判所とします。
「東京地方裁判所を第一審の専属管轄裁判所」と定める条項
一方的な契約変更
(1)近時の差止請求事案
一方的な契約変更に関して、令和4年11月30日に公表された事案では、次の規定が問題とされました。
当グループは、本規約を任意に改訂できるものとします。また、当グループ各社において本規約を補充する規約(以下、「補充規約」といいます。)を定めることができるものとします。本規約の改定または補充は、改定後の本規約または補充規約を当グループ所定のサイトに掲示したときにその効力を生じるものとします。この場合、会員は、改定後の規約および補充規約に従うものとします。
(2)消費者適格団体による指摘の内容
上記の事案⑪における指摘の内容は、以下のとおりです。
ところが、当該条項は民法第548条3第1項規定の条件のような限定をすることなく事業者に一方的な規約の変更権を与えるものである上、規約を変更する旨、変更後の規約の内容、効力発生時期について消費者に対して事前に何らの周知もなされることなく規約を変更できることとしており、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し又は義務を加重する。
また、当該条項は消費者が予期しない不利益変更により不測の損害を被る可能性があり、信義則に反して消費者の利益を一方的に害する。
(3)対処法
利用規約の変更については、民法では、利用者から同意を取得するか、定型約款の規定に則り変更を行うのが原則です(上記2参照)。
もっとも、これらの場合以外にも、当事者間の事前の合意により、事業者が利用規約を一方的に変更する余地はありますが、その場合には、消費者契約法10条違反の可能性が生じます。その場合、違反可能性の程度については、ケースバイケースの判断が必要となるため、一概に述べることは難しいと考えられますが、少なくとも、消費者に対して事前に何らの周知もなされることなく、変更後の規約を公表することで即時に変更できるとする内容であれば、問題視されてしまう場合があることも否定できません。
(4)その他の類似事案
類似事案では、次の規定が問題となりました。
「入院セット申込書兼同意書」に記載されている「病棟スタッフが患者様の症状に合わせてタイプの決定、変更をさせていただきます。」との条項
消費者の損害賠償責任の拡大
(1)近時の差止請求事案
消費者の損害賠償責任の拡大に関して、令和2年6月30日に公表された事案では、次の規定が問題とされました。
本規定等の違反によって、損害賠償義務が発生し、その請求回収のために、当社に訴訟手続およびその他の費用等(弁護士費用含む)が発生する場合は、お客様の負担とします。
(2)消費者適格団体による指摘の内容
上記の事案⑬における指摘の内容は、以下のとおりです。
(3)対処法
一般に、債務不履行を理由とする損害賠償請求訴訟に必要な弁護士費用については、自己負担が原則であり、それを相手方に負担させることは、民法の原則を超えるものであるといえます。
もっとも、事業者間の契約ではあるものの、契約書の中に「合理的な弁護⼠費⽤を含む」との条項があることを理由として、弁護⼠費⽤として請求認容額の1割程度を認めた裁判例も存在する 6 ことから、必ずしも弁護士費用を相手方に負担させる合意が不当なものとはいえません。ただし、個別の事情にもよりますが、当該裁判例では、事業者間の契約ですら合理的な弁護士費用は1割程度しか認められないのに、消費者との契約で全額を支払わせるような合意については、その有効性は慎重に検討する必要があります。
(4)その他の類似事案
類似の事案では、次の規定が問題となりました。
会員の本規約に違反する行為、その他本サービスの利用に関する会員の行為によって、当社が損害を被った場合、当該会員は、当社に対し、損害が直接であるか間接であるかを問わず、当社が被ったすべての損害(訴訟費用及び弁護士費用並びに当社において対応に要した人件費相当額を含みます。)を賠償するものとします。(第13条)
パスワードを盗用された場合の会員の責任
(1)近時の差止請求事案
パスワードを盗用された場合の会員の責任に関して、令和4年4月20日に公表された事案では、次の規定が問題とされました。
パスワードを用いて当社に対して行われた意思表示は、会員本人の意思表示とみなし、そのために生じる支払等はすべて会員の責任となります。
(2)消費者適格団体による指摘の内容
上記の事案⑮における消費者適格団体の指摘の内容は、以下のとおりです。
(3)対処法
オンライン取引を行う利用規約では、同様の条項を多く見かけます。これは、消費者が第三者に自己のID・パスワードを使わせた場合などを想定したものであって、通常は、合理性があるものと思われます。
もっとも、3-1の事例①と同様、事業者のセキュリティの不備などが原因で、ID・パスワードが流出したような事案まで、消費者にその責任を負わせるのは不公平であるとの指摘がされかねず、おそらく、事業者としても、そうした事案については上記の条項を適用させようとする意図は持っていないと推測されます。そうであれば、消費者適格団体から揚げ足を取られないよう、事業者側に責任がある場合には、適用を除外することを明確化しておくことが望ましいといえます。
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本稿の意見に係る部分は著者の個人的見解であり、著者の所属する組織の見解を表すものではありません。 ↩︎
-
消費者適格団体の詳細は、消費者庁のウェブサイト「適格消費者団体・特定適格消費者団体とは」(2024年3月26日最終閲覧)をご参照ください。 ↩︎
-
消費者庁の消費者契約法の「逐条解説(令和5年9月)」128頁(2024年3月26日最終閲覧)を参照。 ↩︎
-
消費者庁の消費者契約法の「逐条解説(令和5年9月)」129頁以下(2024年3月26日最終閲覧)を参照。 ↩︎
-
消費者庁の消費者契約法の「逐条解説(令和5年9月)」172頁以下(2024年3月26日最終閲覧)を参照。 ↩︎
-
東京地裁平成27年10⽉27⽇判決(平成26年(ワ)9749号)ほか。 ↩︎

森・濱田松本法律事務所外国法共同事業