【法務部の新人指導】双日法務の契約書レビューの座学プログラム・育成計画と指導法を公開
取引・契約・債権回収
目次
法務部に配属された新人の指導を担当することになったものの、「教育が難しい」「進め方がわからない」「自分の仕事だけで忙しいのに…」と悩んでいる方は多いのではないでしょうか。
この記事では、双日株式会社の法務部でマネジメントおよび新人教育を担当する3名に、契約に関する座学のプログラムやOJTによる教育手法、育成計画などについてお話しいただきました。
双日株式会社 法務部 第一課 課長 廣瀬和孝氏(全体のマネジメント・教育を担当)
双日株式会社 法務部 第一課 近藤千里氏(司法修習終了者の指導を担当)
双日株式会社 法務部 第一課 泉利佳氏(法学部以外の学部卒者の指導を担当)
英文・和文は区別せず、1年目のうちからトレーニング
新人担当者の方へはどのような研修を行われていますか。
廣瀬氏:
当社の新人研修は座学とOJTから構成されます。座学は約1か月にわたり実施しており、1日あたり1時間〜1時間半、合計30時間ほどの講義を行います。内容としては、法務部の業務一般の紹介や、コンプライアンス、1年目の心得などに関する講座を設けており、契約については各契約類型の書式や英文契約書などに関して、9時間を使って説明しています。
契約に関する座学の講座プログラム
研修内容 | 時間 |
---|---|
英文契約書の基礎知識 | 1 |
MOU(基本合意契約書)/ LOI(意向表明書)について | 1 |
契約書式 ①(売買基本契約) | 1.5 |
契約書式 ②(裏面約款) | 1.5 |
契約書式 ③(業務委託・寄託契約) | 1.5 |
契約書式 ④(秘密保持契約) | 1.5 |
印紙税の基礎知識 | 1 |
廣瀬氏:
OJTは、担当の指導員をつけて、契約類型や取引金額なども考慮してあまり複雑ではない契約書のレビューから始めます。売買契約や秘密保持契約、業務委託契約などについて、社内のひな形と照らし合わせながら進めていくイメージです。
また英文・和文の区別は特にしていません。英文契約書のレビューは、時間をかけられる1年目のうちにトレーニングしておいたほうがよいため、早くから見てもらっています。
泉氏:
基本的な契約に関してはチェックリストも準備していますので、その内容も参考にしてもらいます。私が以前担当した内容の近い案件の契約書を参考として渡すこともあります。
また、今年は久しぶりに、法学部以外の学部卒の新入社員を迎えましたが、担当してもらう業務については、司法修習終了者と差をつけたりはしていません。必要となる知識については、最初の1年で自ら身につけてもらえるよう、社内の蔵書から民法や商法などの基本を学べる書籍を10冊ほど選定して、業務のすきま時間などに読んでもらっています(編注:選定書籍10冊については、5で紹介します)。
「普通」どうするかではなく「目の前の案件ではどうすべきなのか」を考えるよう指導
契約業務のOJTを行ううえで留意されていることはありますか。
近藤氏:
契約書レビューのOJTで気をつけているのは、最初からすべてを教えようとしないということです。ひな形や手元の資料と実際の契約書とを比べてみて何が違うのか、まずは丁寧に確認して自分で考えてもらうことを意識しています。非常に時間がかかる方法ですし、秘密保持契約書などは特定の見るべきポイントがあるのも事実ですが、最初から契約書の一部だけしか確認しないような習慣がついてしまうと、イレギュラーな条項が出てきた際などに対応できなくなってしまいます。
私自身も1年目のときには、先輩に対して契約書のどこを見ればいいのか、普通だったらどうするのかといった質問をしがちでしたが、「普通」を考えるのではなく、「目の前の担当案件ではどうすべきなのか」を考えるよう指導しています。
泉氏:
最近では、新人担当者が契約書レビューに関するリーガルテックツールを利用して、AIによるコメントをもとに修正案を考えることもあります。教育の観点では、AIによるコメントは考えるべきポイントのヒントになり利用するメリットがあると思います。
一方、新人担当者にとっては、AIによるコメントの理由について、なかなか自身で考えきれない面もあるように感じています。リーガルテックを用いる場合でも、人間が自分の頭で考えて補完していく作業は必要です。
近藤氏:
リーガルテックは、効率化という意味ではよいですが、経験の浅い人がツールに頼りすぎてしまうと自分の力で気づいたり考えたりすることができなくなる恐れもあります。ある程度の経験や知識を持ったうえで利用するようにしたほうがよいと思います。
OJTはマイクロマネジメントになりがちなことが悩み
新人担当者の方とのコミュニケーションや指摘の方法について、工夫されていることはありますか。
泉氏:
新人担当者による契約書の修正案に対してフィードバックをする際には、なるべくよかった点もあわせて伝えるようにしています。ネガティブなコメントだけではモチベーションが下がってしまう人もいますので。また、間違えた箇所については、本人が理解できるまで丁寧に説明するようにしています。営業担当者からの要望を勘違いしているのか、法律の解釈が誤っているのか、間違う原因にもいろいろありますので、そこをなるべくクリアにするよう心がけています。
近藤氏:
正解をすぐに提示するのではなく、修正してほしい箇所にコメントをしてなるべく自分で考えてもらうことも重要ですよね。ただ、コメントの仕方はまだ試行錯誤をしている段階です。その修正をした理由をただ教えてほしいだけなのに、新人担当者は間違いの指摘を受けたと感じ、別の修正案に変えてしまうことがあるなど、ミスコミュニケーションが発生してしまう場面もあります。
泉氏:
そのほか、営業担当者をはじめとする社内の関係者や外部弁護士とのコミュニケーションのとり方については、基本的に私が担当している案件のミーティングなどに同席して学んでもらっています。
近藤氏:
社内の関係者とのコミュニケーションの方法は人によって異なるので、自分に合うやり方を見つけてほしいと伝えています。たとえば、はっきりした物言いで情報を正確に伝えることで営業担当者から信頼を勝ち取るスタイルもあれば、営業担当者と一緒に学び合いながら進めていくスタイルもあると思います。なるべくいろんな担当者の案件に関わる機会を設けて、先輩たちのやり方を学び取ってもらえるようにしています。
一方、在宅勤務によるオンラインでのOJTの難しさも日々感じています。オフィスにいれば、たとえば新人担当者と営業担当者との電話の内容が耳に入ってくることで本人の理解度や業務内容を自然に把握することができますが、オンラインではそれがなかなか見えづらいです。
そのため、在宅勤務の場合は、新人担当者が、営業担当者への連絡などの法務部外とのコミュニケーションをとる前の指導を丁寧に行うよう意識しています。事前の指導が行き過ぎてしまわないかという不安もありますが……。
泉氏:
私が指導している新人担当者は入社してまだ日が浅いので、営業担当者などに対して質問事項やメールを送る必要がある場合には、事前に確認するようにしています。こうしたチェックは徐々に減らしていくつもりではありますが、どうしてもマイクロマネジメントになっているとは感じています。
近藤氏:
ただ2〜3年目になってくると、よくないやり方をしていても誰も指摘してくれない状況になってしまう恐れがあります。本人や部署全体のことを考えても1年目のうちにきちんと教えておくべきだと思っています。
指導側の目安として「新人育成計画」を策定
研修をとおして、新人担当者の方が最終的にどのような能力を備えた状態となることを目指されていますか。
近藤氏:
これまでにお話ししたような研修・教育を行ううえで、当社の法務部では、法務スキルや社内スキル・ビジネススキルについて、1年後と3年後に目指す姿を目標として設定した新人育成計画を策定しています。そのうち契約関連については、たとえば、秘密保持契約書であれば「和文に関しては1人で完結、英文に関してはインハウスの外国法弁護士の助力を得て完結できるようになる」といった形で、各業務に対してメルクマールを置いています。
泉氏:
これまでは課によって業務がまったく異なるため、新人担当者ごとにスキルセットがばらついてしまうという課題がありました。統一したメルクマールを策定することでこれを解消しようというのがねらいです。
新人育成計画(契約関連)
1年後に目指す姿 |
|
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3年後に目指す姿 |
|
廣瀬氏:
メルクマールは、管理職のあいだで議論して1年ほどかけてつくっていきました。ただ、これはあくまでも指導側や管理職側が意識すべき目安であり、本人にはあまり焦る必要はないと伝えています。
近藤氏:
明確な指標があることで、課を超えて新しい業務を新人担当者に割り当てるようなこともやりやすくなりましたね。
泉氏:
新人育成計画は試行錯誤しながら毎年形を変えており、今後も効果を見ながらブラッシュアップしていきたいと考えています。
契約書レビューの自習に役立つ10冊
【和文契約関連】
書名 | 著 | 出版社 | 発売年 |
---|---|---|---|
債権回収の進め方 | 池辺吉博 | 日本経済新聞出版 | 2006年 |
弁護士が教える 分かりやすい「民法」の授業 | 木山泰嗣 | 光文社 | 2012年 |
新法令用語の常識 ※1 | 吉田利宏 | 日本評論社 | 2014年 |
レベルアップを目指す企業法務のセオリー | 瀧川英雄 | 第一法規 | 2018年 |
法務担当者のためのもう一度学ぶ民法(契約編)〔第2版〕 | 田路至弘 | 商事法務 | 2018年 |
伊藤真の会社法入門 講義再現版 ※2 | 伊藤真 | 日本評論社 | 2019年 |
伊藤真の民法入門 〔第7版〕講義再現版 | 伊藤真 | 日本評論社 | 2020年 |
※1 「および」「または」の使い分け等、法務に携わる者であれば一般的に知っているであろう知識を得るのに役立つ。
※2 『伊藤真の商法入門〔第5版〕講義再現版』(日本評論社)の後継書として購入。
【英文契約関連】
書名 | 著 | 出版社 | 発売年 |
---|---|---|---|
英文契約書作成のキーポイント〔新訂版〕 | 中村秀雄 | 商事法務 | 2006年 |
英文契約書の書き方〔第3版〕 | 山本孝夫 | 日本経済新聞出版 | 2019年 |
英文契約書の読み方〔第2版〕 | 山本孝夫 | 日本経済新聞出版 | 2020年 |
(文:周藤 瞳美、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)
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