スタートアップの戦略と法務のポイント

第5回 「ミドル期」における法務コンプライアンスのポイント(投資契約等に係る留意点)

ベンチャー

目次

  1. 資金調達時に締結する3つの主な契約
    1. 投資契約等が締結される理由
    2. 投資契約等の概要と契約当事者
  2. 投資契約に関する留意点
    1. 投資契約とは何か
    2. 表明保証
    3. 投資実行の条件
    4. 種類株式
  3. 株主間契約に関する留意点
    1. 株主間契約とは何か
    2. 会社経営に関する取決め
    3. 株式譲渡に関する取決め
  4. 財産分配契約に関する留意点
    1. 財産分配契約とは何か
    2. みなし清算条項
    3. 同時売却請求権(ドラッグ・アロング・ライト)

 スタートアップは、VC(ベンチャー・キャピタル)をはじめとする多数の投資家から複数回にわたって資金調達を行い、得られた資金を有効活用することで急速な成長を目指します。事業が本格的に拡大し始める「ミドル期」においては、資金調達も本格化し、種類株式等を利用して数億円から数十億円にものぼる多額の投資を受ける機会も出てきます。
 そこで、今回は、「ミドル期」において留意すべき法務・コンプライアンスのポイントのうち、資金調達時に締結する各契約の留意点について解説します。

資金調達時に締結する3つの主な契約

 スタートアップが資金調達に際して締結する主な契約は、①投資契約、②株主間契約、③財産分配契約の3つです(以下、合わせて「投資契約等」といいます)。
 これらの契約は、エンジェル投資家などの個人投資家の多い初期の成長ステージにおいては締結されないこともありますが、ミドル期に至る段階では締結されることが多く、特に①投資契約および②株主間契約は締結されるのが通常です。

投資契約等が締結される理由

 投資契約等が締結される理由は複数ありますが、大きな要素としては、投資家側からの要請という点が挙げられます。
 マイノリティ投資が多いスタートアップ投資においては、会社法上の株主として認められる権利のみではスタートアップへの適切なコントロールやモニタリングができないため、契約上の取決めを行う必要があります。また、投資家が投資の前提としている条件、保有株式の売却(いわゆるExit)に関する事項、投資家同士の利害調整に関する事項等を適切に取り決めておくことで、投資家の権利保護やExitに関する予測可能性を高めることができます。
 このような投資家側からの要請があり、投資契約等が締結されることが一般的になってきました。

 他方、スタートアップとしても、たとえば、投資契約において「表明保証」を行うことで投資家が投資実行前に実施する各種調査(デュー・ディリジェンス)の一部を簡略化でき、迅速な資金調達を実現できるというメリットがあり、また、投資契約等に定めたルールに沿って、事業戦略やガバナンス体制の構築などに関して投資家からサポートを得られるという意味でも意義があるといえます。

投資契約等の概要と契約当事者

 各契約の概要と契約当事者は以下のとおりです。

出典:経済産業省「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂)11頁

出典:経済産業省「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂)11頁

 経済産業省が作成する「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(令和4年3月改訂)や経済産業省と公正取引委員会が作成する「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」(令和4年3月31日)は、投資契約等のポイントを理解するうえで参考になりますので、是非ご参照ください。

投資契約に関する留意点

投資契約とは何か

 投資契約は、発行会社(スタートアップ)、代表取締役等の創業時からの主要株主(以下「創業株主」といいます)および投資家を当事者として締結されます。
 その内容は、投資そのものに関する事項や投資実行までに関する事項が多く、たとえば、投資に係る発行概要(発行する株式等の種類、種類株式の内容、数、価額等)、資金使途、表明保証、投資実行の条件などがあります。

 株主の少ない初期の成長ステージにおいては、株主間契約に定めることが多い投資後の取決め(会社経営に関する事項など)についても投資契約で定めることもありますが、投資家が増加するにつれて投資家ごとの取決めを管理することが困難となるため、当初から投資契約と株主間契約は分けておくことが望ましいでしょう

 以下では、表明保証(2−2)、投資実行の条件(2−3)、種類株式の内容(2−4)について説明します。

表明保証

 表明保証とは、ある時点における一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その表明した内容について保証するものです
 たとえば、発行会社における発行済株式の状況、財務諸表の正確性、法令違反や紛争の不存在等といった事項に関する表明保証がなされます。

 投資家は、投資実行に先立ち、財務、税務、法務等のさまざまな観点から、発行会社について投資実行を妨げるような問題がないか調査(デュー・ディリジェンス)しますが、特にスタートアップ投資のような小規模投資においては、時間と費用の問題もあり、十分な調査を行うことは困難であることが多いです。
 このような場合に、発行会社や創業株主が表明保証を行い、表明保証違反があった場合には投資家が損害賠償請求等により救済を受けられるようにすることで、不十分なデュー・ディリジェンスを補完することができるといわれています。

 前記1で述べたとおり、スタートアップ側としても、表明保証を行うことで迅速な投資を受けることができるメリットがあります。ただし、投資を早く受けたいスタートアップの中には、安易に表明保証を行っている例も散見されますが、内容をよく理解しないまま表明保証を行うことは差し控えるべきです。広範に定められた表明保証においては、すでに顕在化している問題など、除外事由とすべき事項が存在することもあるため、その内容によく目を通して理解したうえで表明保証を行う必要があります。

投資実行の条件

 投資家は、投資を行う前提として一定の条件を要求することが一般的です。
 このような条件として、投資実行時までに成就することが求められる投資実行の前提条件があり、たとえば以下のようなものが挙げられます。

  • 表明保証が重要な点において真実かつ正確であること
  • 投資契約において定められた重要な義務違反がないこと
  • デュー・ディリジェンスにおいて発見された問題事項が適切に解決されていること

 また、投資実行後に係る事項についても一定の条件を求められることがあります。
 たとえば、スタートアップの成長には創業株主がその業務に専念することが不可欠であるため、創業株主について兼任・兼職の禁止や一定の競業避止義務が課せられることが一般的です。
 そのほか、事業上のシナジーを企図した事業会社が投資家となる場合には、事業会社とスタートアップとの間で一定の協業に関する契約締結が行われることが条件とされることもよくあります。

 どのような条件が課されるかは案件ごとに異なりますが、そもそも実現可能な内容であるか、また、事業への過度な制約となるものではないか(このような制約は将来の資金調達の妨げにもなります)などについては留意が必要です

種類株式

(1)種類株式とは何か

 株式会社は、会社法上、一定の事項について異なる定めをした内容の異なる2種類以上の株式を発行することができ(同法108条1項)、このような株式を種類株式といいます
 スタートアップへの投資に際しては、一定の優先権を付与した種類株式を発行することで企業価値評価(バリュエーション)を高めることができるとともに、リスクを負担する投資家の権利保護に資することから、種類株式が利用されることが増えています。

 以下では、スタートアップ投資に際して利用されることの多い種類株式として、優先的な剰余金配当や残余財産分配を受ける権利が付された種類株式((2))と取得請求権・取得条項が付された種類株式((3))について説明します。

(2)優先配当・優先分配

 スタートアップ投資に際してよく利用される種類株式には、普通株式に優先して①剰余金の配当(優先配当)や②残余財産の分配(優先分配)を受けることができる権利が付与されるものが多いです。
 ①優先配当については、成長のために資金を活用するスタートアップにおいて剰余金配当がなされることは稀ですが、仮に配当がなされる場合には、投資家へ優先的な配当がなされることを担保できる点に意義があります。
 また、②優先分配については、実際に清算を行う場合の投資 家の優先権確保に加え、後記4−2のとおり、当該優先分配で定められた分配基準がM&AによるExit時の株主間の利益分配基準として用いられる点に、実務上の重要性があります。

(3)取得請求権・取得条項

 取得請求権とは、発行会社に対して普通株式などと引き換えにその取得を請求できる権利をいいます
 株式会社が上場する場合、実務上、種類株式を発行したままでは上場できないことから、投資家が保有する種類株式は普通株式に転換する必要があります。そのため、スタートアップ投資に用いられる種類株式には取得請求権が付されており、上場時には、投資家側から普通株式への転換請求を行うことが一般的です

 他方、一定事由の発生を条件に、発行会社が株主からその株式の取得ができる権利を定めた取得条項が付されることもよくあります。上場時において投資家側から任意に種類株式の普通株式への転換が行われないような場合に、会社側から強制的に転換を行えるようにするという目的で用いられることが多いです。

株主間契約に関する留意点

株主間契約とは何か

 株主間契約は、発行会社(スタートアップ)、創業株主および主要な投資家を当事者として締結されます
 その主な内容としては、投資実行後の会社の運営や情報開示等のモニタリングに関する事項、株式譲渡に関する事項、投資家のExitに関する事項などが定められることが多いです。株主間契約を締結することにより、投資家には会社法上の株主としては担保されていない権限が付与されるとともに、投資家間の利害調整も図られることとなります。

 以下では、会社経営に関する取決め(3−2)および株式譲渡に関する取決め(3−3)について説明します。

会社経営に関する取決め

(1)事前承認事項・事前通知事項

 株主間契約においては、定款変更、組織再編、募集株式の発行など、会社経営に関する重要な意思決定については、事前承認事項事前通知事項として定めることを投資家から求められることが一般的です。

 事前承認事項を定める場合、会社法上は一定割合の賛成をもって株主総会などにおいて決議することで実施が可能となる事項について、各投資家にいわば拒否権を与えることとなります。
 投資家間でも利害関係は異なるため、あまりに広範に事前承認事項を定めることは、会社経営を円滑に進めるうえでの障害となることから避けるべきです。

 そのため、事前承認の対象を重大事項に限定するとともに、承認を求める投資家を一定の株式保有割合以上の投資家に限定したり、多数投資家の承認で足りるようにするなどの建付けとすることが望ましいです。また、事前承認事項としない事項についても、たとえば、事前通知事項ではなく事前協議事項として投資家との議論の場を設けることで、投資家からの理解を得やすくなる場合もあります

(2)取締役の派遣

 投資家からは、経営への関与やモニタリングのため、自社の関係者をスタートアップの取締役に就任させることを目的として派遣することを内容とする取締役派遣条項を株主間契約に定めるよう求められることがあります。

 この取締役派遣については、VCなど投資の専門家から経営戦略やガバナンス体制構築に関して貴重なアドバイスをもらえるというメリットがある一方、あまりに取締役の数が増えると実質的な議論や意見集約が難しく迅速な意思決定の支障となったり、スタートアップとして本来進めたい戦略やリスクテイクを制限する方向での影響が事実上及ぶことも考えられます。
 そのため、取締役を派遣できる投資家を一定の株式保有割合以上の投資家に限定したり、取締役ではなく、オブザーバーとして派遣するという権利にとどめるなどの対応がとられることが多いです。

 なお、取締役の派遣がなされる場合、当該取締役はスタートアップに対して善管注意義務を負うこととなり、派遣元の投資家のみの利益を図ることはできません。そのため、投資家側としても取締役派遣の必要があるか否かについては慎重に検討する必要があります。

株式譲渡に関する取決め

 株主間契約には、株式譲渡に関する取決めとして、先買権共同売却権について規定されることが多くあります。
 先買権とは、他の株主が株式を譲渡しようとする場合、同一条件で自己が優先的に当該株式を買い受けることができる権利をいいます
 共同売却権とは、他の株主が株式を譲渡しようとする場合、自己も他の株主と共同してその株式譲渡に参加して、保有株式を譲渡できる権利をいいます

 このうち、先買権については、投資家がスタートアップの競合その他望ましくない第三者への譲渡を予定している場合に、創業株主としてそれを阻止するために優先的に買い受ける権利を保有している必要性もあることから、投資家・創業株主双方に付与されることがよくあります。
 他方、共同売却権については、投資家が株式の売却を企図している場合に、スタートアップの経営に責任を負うべき創業株主が自己の株式も一緒に売却を行うということは望ましくなく、また、投資家のExitの機会を確保するという観点からも、創業株主には付与されないことが一般的と思われます。

財産分配契約に関する留意点

財産分配契約とは何か

 財産分配契約は、発行会社(スタートアップ)、創業株主、その他全株主を当事者として締結されます。
 契約の名称はさまざまですが、その主たる内容はM&AによるExitがなされる場合の取決めであり、みなし清算条項同時売却請求権(ドラッグ・アロング・ライト)について定めた契約をいいます。

 これらの内容は株主間契約に定めることもできますが、全株主に効力を及ぼさなければ実効性に欠けてしまうところ、スタートアップの株主はエンジェル投資家などの個人投資家や従業員等も含め多数である場合が多く、これらの株主全員が株主間契約の当事者となることは現実的ではありません。そのため、株主間契約から抜き出して別途契約を締結することが多くなっています。

 以下では、みなし精算条項(4−2)および同時売却請求権(4−3)について説明します。

みなし清算条項

 みなし清算とは、スタートアップにM&Aが生じた場合に、会社を清算したものとみなして、投資家に対する分配を行うことをいいます

 種類株式の内容として定款において会社清算時の優先分配について定めていたとしても、たとえば株式譲渡などによりM&Aが実施された場合には、当該M&Aにより実現された利益の分配について当該優先分配の規定は直接的に適用されません。そのため、全株主が当事者となり、M&Aにより実現された利益の分配についても種類株式の内容として定めた優先分配の基準に沿って実施する旨を定めた契約を締結することで、契約上の効力として、このような分配を可能とすることを企図したものです。

 これにより、M&AによるExitの場合にも投資家に適切な利益分配がなされることが担保でき、投資家も安心して投資を実行することができます。

同時売却請求権(ドラッグ・アロング・ライト)

 同時売却請求権とは、多数の投資家の賛成等の一定の条件を満たした場合に、他の株主に対して株式の売却に応じることを請求することができる権利をいいます

 M&Aによりスタートアップを買収しようとする企業は、全株式の取得を希望することが多く、このような場合に、一部の少数株主が反対していることをもってM&Aの実現が妨げられることを防止するため、一定の条件を満たすことを前提に、強制的に全株式の売却を実現することを目的としたものです。
 近時は、IPOだけではなく、M&AによるExitを目指す創業株主も増えています。そのため、同時売却請求権は、投資家のみならず創業株主にとっても、円滑なExitを実施するうえでは重要な権利といえます。

 同時売却請求権行使のために定められる条件はさまざまですが、発案者、発動時期、金額、売却先、賛成の割合などの条件が複合的に定められることが多く、事案に応じて適切な設計とする必要があります
 なお、同時売却請求権を定める場合には、株主間契約等で定められた先買権や優先交渉権などとの優先関係について疑義が生じないよう、同時売却請求権に関する規定が他の契約条件に優先する旨を定めておくべき点には留意が必要です

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