スタートアップの戦略と法務のポイント

第4回 「ミドル期」における法務コンプライアンスのポイント(契約書作成および人事・労務に関する留意点)

ベンチャー 公開 更新

目次

  1. 契約書作成に関する留意点
    1. ミドル期における契約締結機会の増大
    2. ひな型作成時の留意点
    3. 契約交渉において最低限確認しておきたいポイント
  2. 人事・労務に関する留意点
    1. 規程類・雇用契約書等
    2. 時間外労働・未払残業代
    3. 解雇

 事業が本格的に拡大し始める「ミドル期」においては、事業提携等が増えることに伴い、契約書を締結する機会が増加したり、人員増強に伴う労務問題の増加が見られます。また、資金調達も本格化し、種類株式等を利用して多額の投資を受ける機会もでてきます。
 今回は、こうした中で留意すべき法務・コンプライアンスのポイントのうち、契約書作成および人事・労務に関する留意点について解説します。

契約書作成に関する留意点

ミドル期における契約締結機会の増大

 ミドル期においては、事業が本格的に拡大し始めることから、サービス提供や事業提携を行う機会が格段に増え、契約書を締結する機会もそれに伴い増加します。
 その際、できるだけ自社に有利な契約内容で交渉を開始することや、契約書作成にかかる事務コスト削減のために、自社の契約書のひな型を作成しておくことは重要です。また、相手方から提示された契約書についても適切な交渉を経た上で締結すべきです。

ひな型作成時の留意点

 自社のメインのサービス提供や商品販売にかかる契約書は汎用性も高く、自社に有利な内容でひな型を作成しておくことは重要です。
 もっとも、スタートアップにおいては、法務人材が充実していないこともあり、安易にインターネットで検索した契約書の書式や別件で使用した他社のひな型をそのまま自社のひな型として流用してしまうことも少なくありません。
 しかし、このように安易に書式や他社のひな型を流用することは非常に危険です。なぜなら、そもそも全く同じ契約というものはないため、自社サービス等において合意しておくべき重要事項に抜け漏れが生じてしまう可能性があるうえ、同じ契約類型に関する契約書であっても、その立場(売主・買主、委託者・受託者等)によって、自社の権利を保護するために定めるべき内容は異なるからです。
 秘密保持契約を例にとってみましょう。主として情報を開示する側であれば、できるだけ秘密保持の対象となる情報の対象を広くし、秘密保持義務を負う期間も長期になることを望むのに対し、情報を受領する側としては、明示的に指定されたもののみを秘密保持の対象とし、秘密保持義務を負う期間もできるだけ短期となることを望むはずです。
 また、売買契約の契約不適合責任に関する条項も同様です。この条項は給付した物が契約の内容に適合していなかった場合の責任について定めたものですが、買主はできる限り長期間にわたり、修補・損害賠償・解除等の様々な救済を受けられることを望むのに対し、売主はできる限り短期間に修補責任だけ負うことを望むことが考えられます。
 そのため、ひな型の作成は、契約の特性を理解し、自社の立場にも十分に留意して行うことが重要であり、自社のみで作成が難しい場合は弁護士に依頼することが望ましいでしょう。

契約交渉において最低限確認しておきたいポイント

(1)概要

 自社のひな型で契約締結する以外にも契約を締結する場面は多々ありますが、これらの契約も全て外部の弁護士のチェックを受けるという対応はコストの面から難しく、重要性に応じて自社でチェックすることも多いと思われます。
 そのような場合でも、最低限、以下のような観点でのチェックはしておきたいところです。また、特許庁と経済産業省が研究開発型スタートアップと事業会社の連携を促進するため、共同研究契約やライセンス契約などを交渉する際に留意すべきポイントについて解説した「モデル契約書ver2.0」を取りまとめているので 1、それらも参考にすると良いでしょう。

(2)実際に運用が可能な内容となっているか

 契約内容として定められている事項が、実際には運用できないものであったというケースは、実務上よく見られます。そのような場合、意図せず契約上の権利を失ったり、契約違反による責任を負う可能性があります。
 たとえば、納入された製品の検査期間が定められており、当該期間内に通知しない場合には検査に合格したものとみなすといった条項が定められることがありますが、実際にはもっと長期の検査期間を定めておかなければ十分な検査ができないといったことがあり得ます。また、法令上の記録保存義務があるにもかかわらず一切の情報の削除が義務付けられていたというケースも散見されます。
 そのため、まずは、契約書で記載されている内容を入念に確認し、実務上の運用として可能かどうかを検討することが重要です。

(3)不当な権利帰属や情報開示が定められていないか

 相手方から提供された契約書案においては、知的財産権の帰属について相手方に一方的に有利な内容となっていたり、本来必要のない情報まで開示が求められていたりすることがあります。
 たとえば、共同研究開発の結果得られた知的財産権等の成果物の帰属について、寄与度にかかわらず相手方に全て無償で帰属するといった不利な内容となっている場合があります。また、契約の内容と関係のない技術情報・財務情報についてまで相手方の要求に応じて開示が義務付けられていることもあります。
 このような不当な規定がなされていないか十分確認のうえ、必要な権利については確保できるよう交渉するべきです。

(4)損害賠償の上限額は定められているか

 自社がサービス提供を行う場合、サービスの対価としてサービス利用料や業務委託料を受領しますが、特に、多数の利用者を想定してその料金を低額に抑えている場合には、1件あたりの契約により得られる利益は限られています。
 しかし、自社の提供するサービスに不備があったことに起因して、顧客自身のサービス提供にも支障が生じ、結果として顧客が多大な損害を被るということもあり得るところです。
 このような場合に顧客の被った損害を全て賠償することが必要となると、それまでに当該サービスで得られた利益を超える賠償義務を負う可能性もあり、事業として継続することが難しくなります。
 賠償範囲が際限なく広がることを防止するため、たとえば、それまでに当該顧客から得たサービス利用料の総額等、損害賠償の上限額を定めておくことは重要です。  

人事・労務に関する留意点

規程類・雇用契約書等

(1)概要

 常時10人以上の労働者を使用している使用者は、労働基準法上、就業規則を作成し、労働基準監督署に届出を行う必要があります(同法89条)。ミドル期には、創業メンバーに加えて従業員数が増加しており、当該要件に該当することが多いことから、適切に対応することが必要となります。
 また、労働基準法上、一定の例外的な取扱いを行う場合に、労使協定の締結が義務付けられていることがあります。たとえば、使用者が労働者に対して時間外労働または休日労働をさせる場合には、事業上ごとに労使協定(いわゆる三六協定)を締結したうえ労働基準監督署へ届出を行う必要があります(同法36条)。当該協定の作成を怠った場合には、6カ月以下の懲役および30万円の罰金(同法119条1号)に処せられる可能性があるため留意が必要です。

(2)雇用契約書

 使用者は、労働者を雇用する際、労働者に対して、賃金、労働時間その他一定の労働条件を、書面により明示しなければならないものとされています(労働基準法15条1項)。
 当該労働条件の明示のために、労働条件通知書を従業員に交付し、または、従業員との間で雇用契約書を締結することが一般的です。もっとも、労働条件通知書は、一方的に企業から条件を通知するものであることから、労働契約の内容を従業員も確認のうえ合意したことを明確にするためには、雇用契約書を作成し、従業員にも署名・押印等をしてもらうことが望ましいといえます。
 特に、スタートアップにおいては、人材の流動性が高く、営業秘密等の取扱いに慎重を期すことが求められることから、雇用契約書の中で秘密保持義務についても定めておくと良いでしょう。また、転職者が持ち込んだ情報が営業秘密であることを知らなかったとしても、知らなかったことに重大な過失がある場合にはその使用につき損害賠償請求等の対象となり得るため(不正競争防止法2条1項6号等参照)、中途採用した従業員が以前の職場の営業秘密を持ち込んでいないことの誓約等を盛り込んでおくことも有用です。

(3)職務発明規程

 スタートアップの上場審査やM&Aの際には、当該スタートアップの事業にとって重要な特許権が会社に適切に帰属しているか、また、会社への権利移転のために多額の支出が必要とならないか、といったポイントが重要視されます。
 しかし、従業員が、会社の業務に属しており、かつ、その職務に属する発明(いわいる「職務発明」)を行った場合、会社との間で特に合意がなければ、当該職務発明に係る権利は、当該従業員に帰属してしまいます(特許法35条)。
 もっとも、会社は、職務発明を行った従業員に対して相当の利益を与えた上で、当該職務発明に係る権利を取得する旨を雇用契約や職務規程に定めることができるため(同条3項、4項)、できるだけ早い段階で、就業規則内においてまたは職務発明規程を作成して、これらの事項を定めておくことが重要です。
 なお、職務発明規程等において定められた「相当の利益」の合理性の有無 2 は、当該規程等を定める際の労使間の協議や情報開示の状況等のプロセスが重視されることから(同条5項)、適切な手続を経て定めることが肝要です。

時間外労働・未払残業代

(1)労働時間の適切な管理が重要

 事業が軌道にのるまでの期間は、創業期からのメンバーがほとんどで、従業員も含め、寝る間も惜しんで業務に取り組むあまり、労働時間管理や残業代の支払いといった労働基準法上のルールが必ずしも適切に遵守されていないケースも少なくありません。
 しかし、ミドル期になると、従業員の数も増えてくることから、そのようなずさんな管理を継続していると、いざ未払残業代が問題となった場合、複数の従業員から多額の未払残業代の請求を受けることもあり得ます。
 また、このような労使紛争があると、後にM&Aで会社を売却する際に売却額を減額されたり、上場審査においても問題視される可能性もあります。
 そのため、ミドル期においては、自社の労働時間の管理が適切に行われているかどうかを改めて見直し 3、労働時間を正確に把握したうえで、残業代の支払いを行うよう心がけるべきです。特に問題となりやすい点として、1日の残業時間につき15分単位で切捨てを行っている例が散見されますが、このような切捨ては認められていないため留意が必要です 4

(2)固定残業代

 スタートアップにおける残業代(割増賃金)の取決めとしてよく問題になるのが、固定残業代です。たとえば、1ヶ月5時間など、一定時間の時間外労働が発生することを見込んで、あらかじめ固定残業代として、残業時間を問わず支給するという制度を採用している場合です。
 実際の残業時間が見込んでいた時間内におさまっていれば取決めた固定残業代を支払うことで問題ないですが、残業時間にかかわらず残業代が固定されるわけではありません。そのため、固定残業代で見込んでいた残業時間数を超える時間外労働が発生する場合は、その超過分については別途残業代の支払いが必要になる点に留意が必要です。
 また、固定残業代として認められるためには、①固定残業代部分が基本給等と明確に区別されていること(明確区分性)、②固定残業代部分が割増賃金として支払われていることが明らかであること(対価性)、③固定残業代部分を超過する割増賃金については差額の支払いを行うことが合意されていること(差額支払合意)が必要と解されています。
 上記要件を満たさない場合、固定残業代として支払いを行っている部分も含めて基礎賃金に参入されて、残業代の支払いが必要となる可能性があるため、当該制度の採用にあたっては、適切に要件を満たすよう十分注意すべきであり、社会保険労務士や弁護士等へ相談することが望ましいといえます。

解雇

(1)解雇は容易ではないこと

 スタートアップにおいては、人材の流動性が高く、一定の能力を期待して外部から人材を中途採用することがよくあります。
 もっとも、採用した人材が期待通りのパフォーマンスを示すことができず、雇用を継続することが難しい場面も少なくないと思われます。
 しかし、このような場合であっても、簡単に解雇することはできません。労働契約法上、解雇が有効と認められるためには、①解雇理由が客観的に合理的であること(客観的合理性)、②解雇が社会通念上相当と認められること(社会的相当性)が必要です(同法16条)。
 そのため、単に社風に合わないといった客観的に合理性のない理由や期待していたほどの成果を上げられていないといった理由で安易に解雇をしてしまうと、後に労働契約上の地位確認の訴えや未払賃金の支払い等の訴えを提起される結果となることから十分な留意が必要です。
 解雇が認められるための要件は厳しく判断されるため、適切な段階を経る必要があります。たとえば、能力に問題があると思われる従業員については、改善のために十分に指導を行うことが必要です。また、それでも改善が見られない場合、一定の技術や能力を保有していることが明示的に雇用契約の内容とされていないようなケースであれば、別の業務で担当できるものがないか探す等、代替措置を講じることが求められる場合もあります。そのようなステップを経ても、本人のやる気がなく、一向に改善しないといった場合には解雇が認められる可能性が高まります。

(2)実務上の対応

 上記のように解雇については非常にハードルが高いことから、まずは退職勧奨を行い、本人の理解を得たうえで退職してもらうことが望ましいです。
 退職勧奨の際には、どのような理由で従業員に会社を辞めてほしいと思っているのかを伝え、また、従業員の言い分や意向にも耳を傾けて、真摯に協議を行い、退職への同意を得ることが重要です。本人の理解が得られやすいよう、転職先の紹介や退職金の増額といった対応をすることもあります。
 このとき、本人が退職する意向がないと何度も言っているのにもかかわらず繰り返し退職するよう求めたり、威圧的な態度や発言で退職を迫ったりすると、実質的には退職を強要していると捉えられ、仮に、従業員が退職に応じたとしても、退職の合意が無効と判断される可能性があります。そのため、あくまで本人の任意の判断を尊重した協議の範囲で解決できるよう心がけなくてはいけません。
 本人から退職への合意が得られた際には、後日争いとならないように、退職合意書を作成し、本人から署名押印等を取得しておくと良いでしょう。


  1. 特許庁「オープンイノベーションポータルサイト」(2022年10月25日最終閲覧) ↩︎

  2. 合理性を欠く場合、裁判所の判断で金額が決定される可能性があります。 ↩︎

  3. 「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29・1・29基発0120第3号)を参考にして頂くと良いでしょう。 ↩︎

  4. 1ヶ月における時間外労働の合計時間数が1時間未満の端数がある場合に30分未満の端数を切り捨てることは認められています(昭和63・3・14基発150号等)。 ↩︎

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