企業の成長フェーズに合わせた法務体制構築のポイント

ベンチャー
関根 亮人弁護士 法律事務所way 堀 裕太郎弁護士 法律事務所way

目次

  1. 上場前後における法務の役割
    1. 上場にかかわらず必要な法務対応
    2. 上場準備との関係で必要となる法務対応
    3. 上場後を見据えて必要となる法務対応
  2. 法務専任の社員を配置するタイミングはいつか
  3. 1人目の法務に求められること
    1. 会社の事業の理解と現状の分析
    2. 法務課題の洗い出し
    3. 優先順位の設定・対応
  4. 2人目以降の法務に求められること

上場前後における法務の役割

 上場前後における法務の役割はその目的に応じて、次の3つに分けることができます(実際の業務としては重複するものや、延長線上に位置するものも多くあります)。

  1. 上場にかかわらず必要な法務対応
  2. 上場準備との関係で必要となる法務対応
  3. 上場後を見据えて必要となる法務対応

 なお、上場はあくまで企業が戦略的にとり得る手段の1つにすぎず、上場によるメリットとデメリットを勘案し、上場以外の選択肢をとることも考えられますが、本項目ではあくまで上場を目指す企業を想定して論じることとします。
 また、本稿はあくまで、上場前のスタートアップに参画する法務担当者の思考の整理の一助とすることを目的としており、上場に向けた各プロセスの詳説や必要な業務の網羅的な説明を意図したものではありません。

上場にかかわらず必要な法務対応

 一般論としては、事業の適法性等の確認業務や契約法務、機関法務(株主総会、取締役会対応等)、業態によっては知的財産権の管理等があげられますが、企業の状況等によって異なり得ます。実際に取り組む必要のある業務をどのように判断するかについては下記3で言及することとします。また、一般的なベンチャー企業における法務業務の概要については、「ベンチャー・スタートアップ法務の特徴と業務の効率化」もご参照ください。

上場準備との関係で必要となる法務対応

(1)上場準備と社内法務の役割

 上場準備との関係では、上場審査基準を満たすための社内体制の整備が中心的な業務となります。
 上場準備は対応すべき内容が多岐にわたり、また分野横断的な対応が必要となるため、上場準備のための社内専門チームが別途設けられるケースも多く見られます。また、主幹事証券会社、信託銀行、監査法人や外部の法律事務所等とも協力して対応することになるため、社内の法務担当者がどこまで上場準備に関与するかは各企業の状況によって異なります。もっとも、場合によっては法務担当者が上場準備をリードすることや外部の専門家との調整、社内の体制整備等を推進することも想定されるため、上場準備段階のスタートアップに参画する法務担当者としては、上場審査の全体像を把握しておくことが望ましいといえます。

(2)上場審査基準と社内法務

 各取引所による上場審査基準には、形式要件(株主数、流通株式数、流通株式時価総額など)と実質審査基準があります。

 本項目では上場審査基準を参考に、法務の観点から上場準備にあたって具体的に持つべき視点について簡単に言及します。なお、証券取引所の上場審査基準はあくまで証券取引所の審査との関係で求められる内容であり、上場するにあたってこの点だけに気をつけていればいいというものではありません。証券取引所の審査対応のほか、監査法人によるショートレビュー(上場に向けた課題の洗い出し)、主幹事証券会社の引受審査部門による引受審査の対応等が必要となります。とはいえ、上場審査基準は上場に向けた各プロセスにおいて1つの重要なメルクマールになることから、当該基準を理解することは法務担当者にとっても重要となります。以下では東京証券取引所における上場審査基準を主として参考に説明します。

 東京証券取引所の実質審査基準(有価証券上場規程213条1項各号)として以下の5項目が審査され、その具体的な観点については「上場審査等に関するガイドライン」において定められています。また、上場準備全般との関係では東京証券取引所から市場ごとに発刊されている「新規上場ガイドブック」が参考となります。

  1. 企業の継続性及び収益性
  2. 企業経営の健全性
  3. 企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性
  4. 企業内容等の開示の適正性
  5. その他公益又は投資者保護の観点から東証が必要と認める事項

 実質審査基準のうち、法務の観点からも検討が必要な内容としては、たとえば以下があげられます。

① 関連当事者等との取引

 契約書業務との関係では、実質審査基準の「企業経営の健全性」の一環として、関連当事者等との取引についての確認が必要となります。具体的には、合理性のない取引でないか、取引条件に妥当性があるかといった観点から取引関係を確認することが求められます。また、当然ながら上場後においてもこの点は維持される必要があることから、適切なチェック機能を有する契約管理の体制を構築していくことが必要となります。合理性の判断については法務以外の観点も必要となりますが、取引条件の洗い出しや、契約書審査体制をどのように構築していくかといった検討においては、取引の合理性や、取引条件の妥当性をどのように確認していくかといった視点も踏まえて行うことが重要です。

 なお、この点にかかわらず契約書等の重要書類の整備・管理状況は審査項目としてあげられていることから、契約書を含む会社の重要書類の管理体制等の整備も必要となります 。

② 機関設計・役員構成

 機関設計・役員構成についても、「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」の一環として、一定の基準が設けられています。

 法令上も、上場会社では取締役会の設置が必要とされますが(会社法327条1項1号)、上場審査との関係では、その点に加え、取締役会を設置した状態で一定期間、継続的な事業活動を行っていることが要件とされます(東証上場規程205条3号、217条4号)。さらに、監査役会(または監査等委員会もしくは指名委員会等)、および会計監査人の設置も必要とされており(会社法328条、東証上場規程437条2号、3号)、会計監査人については、有価証券報告書等の金融商品取引法上の開示書類の監査証明等を行う公認会計士等の選任が必要となります(上場規程438条)。

 さらに、上場審査上は、一般株主保護の観点から、独立役員、すなわち一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役または社外監査役を1名以上確保することが求められており(東証上場規程436条の2第1項)、上場時には、東証に対して独立役員の確保状況を記載した「独立役員届出書」の提出が必要となります。
通常は独立役員の確保でカバーされますが、社外取締役についても1名以上確保することが求められます(東証上場規程437条の2)。

 上場するにあたっては一定の機関設計が必要となりますが、一朝一夕で決まるものではないことから、余裕を持って検討を始めることが必要となります。実際に、法務担当者が機関設計や役員候補者確保に向けた活動を積極的にリードすることはそこまで想定されないものの、たとえば、機関設計の選択にあたっての社内説明(監査役会と委員会設置会社の機能や要件の違い等)や開示書類等(「新規上場申請のための有価証券報告書( Iの部)」やコーポレート・ガバナンス報告書等)の内容チェックにあたってこの点の背景の理解は必要となります。

③ 内部管理体制

 一定の内部管理体制の構築も求められる内容となります。
 一例としては、社内規程の整備があげられます。具体的な内容としては以下が想定されますが、実際には会社の規模や業種・業態にあわせて整備していくことになります。

内部管理体制構築の観点から必要とされる社内規程の例
  • 基本規程(定款、取締役会規程、監査役会規程、株式取扱規程など)
  • 組織規程(組織規程、業務分掌規程、職務権限規程、稟議規程など)
  • 業務規程(予算管理規程、与信管理規程、販売管理規程、購買管理規程など)
  • 経理規程(経理規程、原価計算規程など)
  • 人事規程(就業規則、給与規程、退職金規程など)
  • 総務関連規程(文書管理規程、印章管理規程、機密情報取扱規程、コンプライアンス規程、個人情報保護規程、内部者取引管理規程など)

 なお、通常は外部専門家からのひな型の提供など、一定のインプットが想定されますが、実際に当該規程に則った運用をしていく以上、会社の状況を踏まえた規程の調整が必要となります。また、すでに最低限の規程が整備されていることもありますが、ひな型をそのまま流用しており会社の実態と合っていない場合もままあるため、上場審査の機会に改めて見直すことが重要となります。

 この他にも、会社法上、大会社に求められる内部統制システムの構築(会社法348条4項、3項4号、362条4項6号)や、人事労務上の管理が適切にされているか、経営上重要な技術等について必要な知的財産権の管理が行われているか等の確認も必要となってきます。

 当然ながら対応が必要な内容は上記に限られるものではなく、逆にこれらについても法務だけで対応しなければならないものでもありません。各種規程や東証が公表している「上場審査等に関するガイドライン」、「新規上場ガイドブック」等も十分に参考にしながら、主幹事証券会社やその他の外部専門家とも連携をとりつつ、体制構築を進めることが期待されます。

上場後を見据えて必要となる法務対応

 上場審査の際も審査対象に含まれますが、上場後は金融商品取引法や上場した証券取引所における開示規制への対応が必要となります。社内ルールの整備後はIR専門の担当者等を設置することが多いため、法務担当者が主として対応することは稀ですが、臨時報告書の提出事由や証券取引所の適時開示事由に該当しないかといった点へのアンテナは張っておくことが望ましいといえます。

 また、上場企業においては、コーポレートガバナンス・コードに対応することも必要となります。法務担当者としては、上場予定の市場で求められるコーポレートガバナンス・コードの各項目について、会社の状況や他社動向なども踏まえ、コンプライ or エクスプレイン(遵守かそれに代わる合理的な説明か)の選択の検討を進めておくことも必要です。

法務専任の社員を配置するタイミングはいつか

 法律業務は高い専門性が求められ、会社の規模にかかわらず必要な業務であることから、可能であれば早期のタイミングから法務専任の社員を配置することが望ましいといえます。創業初期段階では法務専任の社員は雇わず、外部の法律事務所を活用することで対応しているケースが多いですが、外部の法律事務所に相談すべき内容の取捨選択にも一定の専門的な判断が必要となります。

 必ずしも法曹資格を有している必要はありませんが、企業内法務の経験者やロースクール出身者等、法務に関する一定のバックグラウンドがある社員を早期に採用しておくことで対応の漏れを可及的に防ぐことができます。

 もっとも、企業側で採用を希望しても、そのような人材を獲得できるかは別問題です。法務専任の社員が採用できるまでは、外部の法律事務所を積極的に活用し、幅広に相談を行うことが望ましいでしょう。

1人目の法務に求められること

 1人目の法務として入社した場合にまず何をすべきでしょうか。考え方は三者三様であり、特に決まりがある内容ではないため、あくまで参考程度ではありますが、筆者らが1人目の法務担当者として実際に意識して行ったことは以下の3点です。

  1. 会社の事業の理解と現状の分析
  2. 法務課題の洗い出し
  3. 優先順位の設定・対応

 現状分析と課題の設定という至極当然の内容ではありますが、中長期的な業務の指針になるものでもあるので、最初の1、2か月を目安として、早い段階からこの点は整理しておくことが望ましいといえます。。
 もちろん、1人目の法務担当者として入社すると、日々発生する案件や、いわゆる総務的な業務の対応等に時間を取られることも多く、なかなか予定通りに進められないことは悩ましいところです。しかし、この点を早めに整理しておかなければ、日々の業務を行き当たりばったりで行うことになります。特に1人目の法務担当者の場合、日々の業務と並行して、体制整備等を進めることが求められます。多少無理してでも、上記3点については整理しておくことが望ましいといえます。

会社の事業の理解と現状の分析

 何よりもまず重要なことは会社の事業に対する理解を深めることです。会社の中に入る以上、第三者に対して会社の事業をプレゼンできる程度には事業内容を理解しておく必要があります。そのため、会社のウェブサイトで開示されている資料やニュース記事の内容に加え、実際に入社した後は、社内の担当者に対するヒアリングを行うなどして会社の事業に対する理解を深めることが重要です。

 法務業務はある程度定式化された内容も多く、会社法周りの対応や社内規程のチェック、契約書のレビュー等、どの会社でも実施が必要となる業務が一定数存在します。しかし、会社の事業・サービスのリーガルチェックなど、会社の状況に応じた法務業務も存在し、1人目の法務として入社する場合には、従前のこの点のチェックが十分でないことも想定されることから、必ず事業の理解と法的論点の検討状況を確認することが必要となります。実際に検討を行っていると、サービスの副次的な機能の適法性の検討や、個人情報保護法等の視点が漏れていることなどがあるため、この点は改めてチェックをすることが重要です。

法務課題の洗い出し

 次のステップとしては、上記3−1を踏まえ、会社における法務課題を実際に洗い出すことがあげられます。なお、3−1はあくまで法務課題を洗い出すことを主目的として行うものであるため、会社の事業の理解や現状の分析はその点を意識して行う必要があります。

 通常は、専任の法務担当者を採用する前は、外部の法律事務所を活用していることが多いため、これまでのやり取り等の共有を受けておくと、効率的に検討を進めることができるでしょう。

 また、そもそも法務人材を採用したということは、社内に何らかの法務ニーズや法務体制に対する課題があったと考えられるため、採用された理由やどのような業務を行うことが期待されているかといったポイントは早い段階で確認しておくとよいでしょう。

優先順位の設定・対応

 社内の法務課題の洗い出しが終わった場合には、その中で対応の優先順位と大まかなスケジュールを設定することとなります。当然ながら、日常業務の中で突発的な法律相談や契約書のレビュー、イレギュラーな対応が発生しますので、当初想定したスケジュール通りに進むことは稀です。その点も前提としたうえで、当面のスケジュールを想定しておくことが望ましいといえます。

 1人目の法務として採用される場合、上司に当たる法務担当者はいないものの、管理部門や法務部門を所管する取締役や執行役がいるケースが多いでしょう。そのため、実際に業務に着手する前に、上記の整理等を話しておくことが望ましいといえます。法務部の業務内容や遂行状況は、他部署からはなかなか見えにくいため、コミュニケーションをとりながら業務を行うことが重要です。

 たとえば、自身に期待されている業務よりも、法務の観点から優先度が高い業務があれば、その点について自身の所属部門を所管する取締役や執行役員等に説明したうえで進めることが望ましいでしょう。あるいは、会社としての優先順位と法務担当者から見た業務の優先順位に違いがあり、「ある程度のリスクは許容できるので、優先順位を変えて対応してほしい」といった要望が出てくることも考えられます。実際に業務に着手する際は、この点でミスコミュニケーションが発生しないように注意する必要があります。特に1人目の法務である場合には、法務機能と他部署の連携や報告のラインなどが特に定まっていないことが通常であるため、誰からヒアリングを行い、誰に報告を行う必要があるかは、社内の状況を見ながら判断する必要があります。

2人目以降の法務に求められること

 2人目以降の法務に求められることも基本的には1人目の法務と同じと考えられます。特に、法務人材はその専門分野やバックグラウンドによって有する視点が異なり得るので、2人目以降の法務担当者についても、先入観を持たずにクリーンな状態で全体の見直しを行い、軌道修正が必要な箇所や追加で対応が必要な箇所がないかは改めて確認することが重要です。

 また、人数が2人以上になった時点で法務も組織として機能することが求められることから、法務機能の中でのレポーティングラインや業務の分担方法、他部署との調整等、組織としての機能の構築についても意識する必要が出てきます。

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