スタートアップの戦略と法務のポイント

第1回 「シード期」「アーリー期」におけるスタートアップの戦略

ベンチャー
川西 風人弁護士 のぞみ総合法律事務所

目次

  1. スタートアップの新市場創出は日本の重要課題
  2. 「シード期」「アーリー期」におけるスタートアップの戦略
    1. 4つの環境分析手法
    2. アイディアを磨く − ビジネスモデルキャンバス(BMC) の活用
    3. MVP(Minimum Viable Product。実用最小限の製品)

スタートアップの新市場創出は日本の重要課題

 2022年3月15日に、一般社団法人 日本経済団体連合会(経団連)が「スタートアップ躍進ビジョン」を公表するなど 1、スタートアップ 2 の新市場創出の推進は重要課題となっています。
 スタートアップの戦略と法的な留意点等について知ることは、スタートアップ経営者にとってはもちろんのこと、スタートアップとの提携等を検討している大企業等にとっても重要です。
 そこで、本稿では、「シード期」「アーリー期」「ミドル期」「レイター期」(※注)の各段階におけるスタートアップの戦略、および、留意すべき法務・コンプライアンスの概要・ポイントについて解説します。

参考:橘 大地、中野 友貴著『ベンチャー経営を支える法務ハンドブック(改訂版)− スタートアップを成長させる法と契約 − 』(第一法規、2019)

出典:橘 大地、中野 友貴著『ベンチャー経営を支える法務ハンドブック(改訂版)− スタートアップを成長させる法と契約 − 』(第一法規、2019)をもとに編集部作成

(※注)本稿では、各期について以下のように定義します。
シード期:アイディア段階、事業の計画中・プロダクトの開発中の段階
アーリー期:製品・サービス等を市場に投入し、反応を確かめている段階
ミドル期:事業の本格的な展開を行っている段階
レイター期:市場でポジションを得て、上場準備等に入っている段階

「シード期」「アーリー期」におけるスタートアップの戦略

 「シード期」「アーリー期」は、これからビジネスを起こすという段階であったり、まだ製品・サービス等の市場の反応を見ている段階であり、以下のように、外部・内部環境の分析(PESTLE分析、業界構造分析、3C分析、SWOT分析)やビジネスモデルキャンバス(BMC)の活用、また、MVP(Minimum Viable Product。実用最小限の製品)の市場投入などを行って、事業戦略を検討・構築していくことが考えられます。

 これらの手法をとる中で、法的に留意すべき点もありますので、法務担当者の方も是非、ご確認ください。

4つの環境分析手法

(1)PESTLE分析

 特にシード期のスタートアップでは、“Why now?(なぜ今やるのか?)”、「なぜこのアイディアで、この会社を立ち上げるのに今が絶好の時期なのか。なぜ2年前にできなかったのか。なぜ2年後では遅すぎるのか」との問いに応えられることが重要です 3。その際に活用できる分析手法として、「PESTLE分析」があります。

 PESTLE分析とは、以下の6つの視点からマクロ環境の分析を行うことをいいます。

Political(政治的要因):国の政策、政治の安定性、政治団体の動向など
Economic(経済的要因):景気、物価、消費動向、成長率、為替・株価の動向など
Sociological(社会的要因):人口・世帯の変化、高齢化・少子化、流行、ライフスタイルの変化など
Technological(技術的要因):新技術開発、AI、IoT、5Gなど 4
Legal(法的要因):関連法令の成立・施行・改正など
Environmental(環境的要因):温暖化、気候変動、サステナビリティなど

 スタートアップのビジネスは新規性が高いものが多く、法規制への抵触の有無の判断に困難を要する場合が少なくありません。特に、規制産業は、競合が少ないためビジネスチャンスが大きい面があり、「ギリギリを攻める」ことで商機が見出される場合もあります。
 こうした場合の「Legal(法的要因)」の観点からの分析・検証は必要不可欠です。当該分野に精通した弁護士のリーガルチェックを受けたり、第2回 「シード期」「アーリー期」における法務・コンプライアンスのポイント(後日公開)2-1で解説するグレーゾーン解消制度、規制のサンドボックス制度や新事業特例制度等を活用することが考えられます。

(2)業界構造分析―ファイブフォース(5つの競争要因)分析

 ファイブフォース(5つの競争要因)分析は、外部環境をミクロ的に分析する(業界構造を分析する)際に用いるフレームワークです(下図参照)。5つの競争要因が強ければ強いほど、業界の収益性は下がるという関係にあります。
 この分析を活用して、5つの競争要因のうち圧力が強い部分があっても、自社にとってのみ圧力を弱くするような事業コンセプトを設計することが考えられます。

 たとえば、技術の部分について、汎用的な部品でも対応可能な設計にすることで、供給業者の集中や供給製品の独自性、代替製品の不在等の「売り手」の圧力を弱めることが可能となります 5

図:ファイブフォース分析

図:ファイブフォース分析

出典:M.E.ポーター著『新訂 競争の戦略』(ダイヤモンド社、1995)18頁をもとに編集部作成

(3)3C分析 6

 3C分析とは、市場・顧客についての分析(Customer)、自社の経営資源等の分析(Company)、競合企業の動向や経営資源等の分析(Competitor)を行うことをいいます(下図参照)。自社とそれを取り巻く環境を分析して、「今どのような状況なのか」、「今後の見通しはどうか」等を把握することが重要です。

図:3C分析

3C分析

「Customer」では下記の点などについて分析します。

  • 市場の消費者の規模・人数・トレンド(我々が対象とする市場全体には、どのくらいの顧客がいるのか、また、顧客数は増えているのか減っているのか)
  • 購買実体(いつ、どこで、どのように、どのくらいの頻度で購買されているのか)
  • 購買動機(顧客はなぜその商品を買うのか、あるいは、買わないのか)
  • 消費者インサイト(消費者の購買行動について、消費者自身も気づいていないし、我々も認識しておらず、かつ、マーケティング活動に役立ちそうな情報は何か)
  • 消費者トレンド(その市場では、どのような消費傾向が最近見られるか。どのような流行や話題があるか。何がこの先問題になりそうか)

「Company」では、下記のような自社のリソースなどについて分析します。

  • ヒト(どのような人材がいるか)
  • モノ(設備等の資産)
  • カネ(資金)
  • 情報、知識、技術等

 自社の独自のアイディアや技術であると思っていても、実は、すでに他社が知的財産権を有していたというケースもあります。そうした場合、優良な経営資源と思っていたものの使用が制限されることにもなります。
 第2回 「シード期」「アーリー期」における法務・コンプライアンスのポイント(後日公開)3-1のとおり、他社の商標・特許の取得状況を確認しておくことも重要です。また、アイディアはあるものの、それを実現するための技術は他社が有しているといった場合には、第2回4のとおり、共同研究開発を行うケースもあります。
 カネの調達(資金調達)については、第2回2をご参照ください。

「Competitor」では、下記の点などについて分析します。

  • 競争相手がどのような手段で市場に参入しているのか
  • どのような戦略を持っているのか
  • どのような資源や考え方を持っているのか

(4)SWOT分析

 SWOT分析とは、自社の事業の状況等を、内部環境(自社がもつ資産やブランド力、品質など)と外部環境(自社を取り巻く市場や競合、法律など)のプラス面、マイナス面について、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の4つの項目で整理して、分析する方法です。

出典:ミラサポplus(マンガで分かる、SWOT分析 | 経済産業省 中小企業庁(mirasapo-plus.go.jp))</a></b>

出典:ミラサポplus(マンガで分かる、SWOT分析 | 経済産業省 中小企業庁)をもとに編集部作成

 SWOT分析で強み・弱み・機会・脅威が整理できたら、「クロスSWOT分析」で戦略の方向について考えていきます。クロスSWOT分析では、内部環境と外部環境を組み合わせて、「強み × 機会(積極化戦略)」、「強み × 脅威(差別化戦略)」、「弱み × 機会(改善戦略)」、「弱み × 脅威(防衛・撤退)」という4つのパターンで、戦略を明確にします。

出典:ミラサポplus(マンガで分かる、SWOT分析 | 経済産業省 中小企業庁(mirasapo-plus.go.jp)

出典:ミラサポplus(マンガで分かる、SWOT分析 | 経済産業省 中小企業庁)をもとに編集部作成

アイディアを磨く − ビジネスモデルキャンバス(BMC)7 8 の活用

 ビジネスモデルキャンバス(BMC)とは、4つの領域(顧客、価値提案、インフラ、資金)をカバーする、以下の9つの構築ブロックで構成されたフレームワークです(下図参照)。
 BMCは価値を創造し、実現し、取り込む方法を描いたものであり、これを作成・修正しながら、アイディアを磨き、課題・仮説を検証することが有用です。なお、顧客セグメント(CS:Customer Segments)や価値提案(VP:Value Propositions)が定まらなければ、チャネル(CH:Channels)や主なリソース(KR:Key Resources)等も決まりません。コスト構造(CS:Cost Structure)も不明確になりますので、BMCは以下の順で作成するとよいでしょう 9

  1. 顧客セグメント(CS:Customer Segments):特定のバリュー・プロポジション(価値提案)を通して価値を創造し届けたいターゲットの集団または組織
  2. 価値提案(VP:Value Propositions):製品とサービスの組み合わせに基づき、特定の顧客セグメントにとって価値のあるもの 10
  3. チャネル(CH:Channels):特定の顧客セグメントに価値提案を伝え、届けるためのコミュニケーション、流通、販売の方法
  4. 顧客との関係(CR:Customer Relationships):各顧客セグメントとどのような関係を構築し維持するか、どう顧客を獲得し維持するかについての枠組み
  5. 収入の流れ(RS:Revenue Streams):ターゲットとする顧客セグメントに価値提案を受け入れられた結果生まれるもの。顧客が喜んで支払う価格で組織に価値を取り込む方法
  6. 主なリソース(KR:Key Resources):上記の要素を顧客に提供し届けるために必要とされる資産
  7. 主な活動(KA:Key Activities):組織がうまく実行しなければならない重要な活動
  8. 主なパートナー(KP:Key Partnerships):外部のリソースと活動を担うサプライヤーとパートナーのネットワーク
  9. コスト構造(CS:Cost Structure):ビジネスモデルの運用で発生するすべてのコスト

※ 利益(Profit)は、総収入から総コストを差し引いたものとなります。

出典:前掲『ビジネスモデル・ジェネレーション』

出典:前掲『ビジネスモデル・ジェネレーション』をもとに編集部作成

MVP(Minimum Viable Product。実用最小限の製品)

 MVPとは、顧客に価値を提供できる最小限のプロダクトのことを指します。最初から、完璧な製品・サービスを目指すのではなく、顧客の課題を解決できる最低限の状態で提供し、その後、顧客からのフィードバック等を踏まえ、製品・サービスの改善等を図っていく方法です。MVPを通して、「顧客と我々で評価が違っていないか」を検証することが重要です 11
 なお、MVPを市場に投入する際、法務的な観点からは、製品・サービスの品質等について、優良誤認表示(商品・サービスの品質を、実際よりも優れていると偽って宣伝したり、競争業者が販売する商品・サービスよりも特に優れているわけではないのに、あたかも優れているかのように偽って宣伝する行為をいいます)等に当たらないように留意することが必要です。
 また、市場の反応等を見る中で、ピボット(方向転換。それまで取り組んできた事業から他の事業へ転換すること) 12 をすることもありますが、たとえば、それまでの事業で顧客の個人情報を取得・利用していた場合、個人情報の利用目的を変更する必要が生じることがあります。この場合、当該変更前に取得していた個人情報について、当該変更後の利用目的で利用するためには、その本人の同意を得る必要があります(個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律)18条1項)。

 以上、シード期・アーリー期における戦略を概観しました。次回はシード期・アーリー期における法務・コンプライアンスの概要・ポイントについて解説します。


  1. https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/024_honbun.html ↩︎

  2. 本稿では、スタートアップとは、急成長をする組織のことを指し、急成長をする組織であれば、組織の規模や設立年数などに関わらず、スタートアップに該当するものとします。スタートアップと似た組織に、ベンチャーがありますが、一般に、ベンチャーが着実な成長を目的に掲げるのに対し、スタートアップは、短期間でイグジットを実施するために急速な成長を目指すという違いがあります(https://www.utokyo-ipc.co.jp/column/startup/ 参照)。 ↩︎

  3. FoundX Review「スタートアップのアイデア、プロダクト、チーム、実行力 パート1(Startup School 2014 #01, Sam Altman, Dustin Moskovitz)」。 ↩︎

  4. テクノロジーの動向を把握する情報源として、アメリカの調査会社ガートナー社(Gartner, Inc.)が毎年発表している「ハイプ・サイクル」が参考になります。ハイプ・サイクルは、テクノロジーのライフサイクルを「黎明期」「『過度な期待』のピーク期」「幻滅期」「啓発期」「生産性の安定期」の5つのフェーズに分けていますが、「黎明期」に位置する技術が、5~10年後に起こるであろうイノベーションの種ともいえます。 ↩︎

  5. 新藤晴臣著『アントレプレナーの戦略論』(中央経済社、2015)106頁参照。 ↩︎

  6. 田中洋著『マーケティングキーワード ベスト50』(ユーキャン学び出版、2014)16頁以下参照。なお、3Cに流通分析(Channel)を加えて、4C分析ということもあります。 ↩︎

  7. アレックス・オスターワルダー他著『ビジネスモデル・ジェネレーション』(翔泳社、2012)、アレックス・オスターワルダー他著『バリュー・プロポジション・デザイン』(翔泳社、2015)参照。 ↩︎

  8. このほか、BMCを改編したリーンキャンバス(アッシュ・マウリャ著『Running Lean 実践リーンスタートアップ』(オライリー・ジャパン、2012))や、戦略モデルキャンバス(根来龍之他著『ビジネスモデル』(SBクリエイティブ、2020))も参考になります。 ↩︎

  9. 簡略化すると、Who(どの顧客層にフォーカスして)→What(どのような価値を)→How(どのような方法で提供するのか)の順で検討することになります。 ↩︎

  10. 価値提案においては、どういった課題を解決するのか、顧客が潜在的に望んでいて、競合が気づいていない、自社が提案できる価値は何かを把握することが重要ですが、こうした検討では、バリュー・プロポジション・キャンバスも有用です(前掲『バリュー・プロポジション・デザイン』参照)。また、カスタマージャーニーマップ(顧客は、特定のブランドや商品を認知、購入、再購入する段階で、店舗やECサイトなどさまざまな接点を行き来しますが、この一連のプロセスを「顧客の旅=顧客体験」としてとらえ、それを時系列で可視化することによって、顧客の視点でその体験を把握し、改善することを助けてくれるツールのことです)も活用できます(加藤希尊著『はじめてのカスタマージャーニーマップワークショップ』(翔泳社、2018))。 ↩︎

  11. エリック・リース著『リーン・スタートアップ』(㈱日経BP社、2020)149頁参照。 ↩︎

  12. たとえば、インスタグラムは、当初、現在地や写真を共有できるソーシャルチェックアプリ「Burbn」を展開していましたが、現在のような写真の共有に特化したアプリにピボットしたことで、成功しました。 ↩︎

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