スタートアップの戦略と法務のポイント

第3回 「ミドル期」におけるスタートアップの戦略と法務

ベンチャー
川西 風人弁護士 のぞみ総合法律事務所

目次

  1. 「ミドル期」におけるスタートアップの戦略
    1. STP分析
    2. マーケティングミックス
    3. プロモーション活動における留意点

 「ミドル期」は、事業の本格的な展開を行っている段階であり、商品・サービスを市場に浸透させるためにも、マーケティング戦略が重要になってきます。この中で、特にプロモーション活動において法的に留意すべき点もありますので、法務担当者の方も是非、ご確認ください。

「ミドル期」におけるスタートアップの戦略

STP分析 1

 「STP分析」とは、Segmentation(セグメンテーション)、Targeting(ターゲティング)、Positioning(ポジショニング)という3種類の英単語の頭文字から名付けられた分析方法をいいます。

(1)Segmentation(セグメンテーション)

 「Segmentation(セグメンテーション)」とは、市場を複数の均質的なセグメント(部分)に分けることをいいます。

出典:東大IPCウェブサイト

出典:東大IPCウェブサイト

 ここでは、セグメンテーション基準(どのような消費者属性を採用して、セグメントを見出していくか)を決める必要があります。セグメンテーション基準としては、以下のように、地理的変数(ジオグラフィック変数)、人口動態変数(デモグラフィック変数)、心理的変数(サイコグラフィック変数)、行動変数(ビヘイビアル)があります。

<地理的変数(ジオグラフィック変数)>
世界の地域、日本の地域・地方、気候、人口密度、進展度(例:都市として発展している、部分的に再開発が進行している)、文化・生活習慣(例:車社会である、隣近所との結びつきが強い)など

<人口動態変数(デモグラフィック変数)>
年齢・年代、性別、職業、所得、最終学歴、家族構成、世帯人数・規模、宗教、人種、国籍、社会階層など

<心理的変数(サイコグラフィック変数>
ライフスタイル、パーソナリティ、価値観など

<行動変数(ビヘイビアル)>
商品の購買頻度、ベネフィット(利便性)、使用機会、ユーザーシップ(ある商品ユーザーとしての特性)、使用量、ロイヤルティ(企業やブランドに対する忠誠心)、価格感度、ブランド態度など

(2)Targeting(ターゲティング)

ア 「Targeting(ターゲティング)」では、セグメンテーションで分割したセグメントの中から、狙いとするセグメントを選択する作業を行います。
ターゲット選定のための基準としては、以下が考えられます。

  • 規模:ターゲットとしてふさわしい規模があるか(→人口や消費量が基準となります)2
  •  競争状況:そのセグメントに現在どのような競合が存在するか。強い競合がすでに占有しているセグメントか、まだ誰も占有していないセグメントか。

  • 成長性:今後どのくらいの成長が見込めるセグメントか(→セグメント自体の人口増加や消費量の増加などが基準となります)3

  • 流通状況:そのセグメントへの流通や物流はどのようになっているか。すでに確立した流通網があるか。
  • アクセス可能性:コミュニケーションなどの面で、メッセージが的確に到達できるアクセス可能性があるか。

 上記の基準を踏まえ、自社が将来どうなりたいか(ビジョンはどうか)、自社の強みは何か等を考慮して、ターゲットを選定することが考えられます。


イ ターゲティングとキャズム理論

 ターゲティングを行う上では「キャズム理論」4 を考慮することも重要です。
 キャズム理論とは、新たな製品・サービスが世に出た際に、その製品・サービスが市場に普及するために超える必要のある溝(キャズム)について説いた理論のことです。イノベーター理論におけるイノベーター・アーリーアダプターを「初期市場」、アーリーマジョリティからラガードまでを「メインストリーム市場」とし 5、これらの間にはキャズムと呼ばれる大きな溝(市場に製品・サービスを普及させる際に超えるべき障害)が存在しており、これを乗り超えることが市場を開拓するうえで重要であると説いています。
 初期市場の消費者は、製品・サービスを採用するうえで「新しさ」を重視する傾向があるのに対し、メインストリーム市場の消費者は、新しい製品の導入に慎重な姿勢を取っており、信頼して使用できる製品・サービスであるのか、他にこの製品・サービスを採用している消費者はいるのかなど、購買の際に安心感を求める傾向があります。
 キャズムを超えるために、初期市場からメインストリーム市場に到達する際の第一段階であるアーリーマジョリティをターゲットとして、「すでに流行が始まっていること」「製品・サービスを採用するメリット」「流行に乗り遅れることに対する恐怖感」等の訴求を意識したマーケティング戦略をとることが考えられます。


※ 参考:「キャズム理論」

出典:東大IPCウェブサイト

出典:東大IPCウェブサイト

(3)Positioning(ポジショニング)

 「Positioning(ポジショニング)」とは、消費者の心の中での位置づけを決めることをいいます。私たちは、ほとんどの場合、すでに自分たちが持っている思考の枠組みを利用して物事を考えていますが(自分たちの経験にはない事柄は頭に入って来にくいといえます)、ポジショニングでは、新しいイメージを創造するのではなく、消費者の頭の中にすでにある仕組みを利用することが重要です。
 ここでは、①顧客のニーズがあるポジションを選択すること、および、②ポジショニング・マップで相関性が低い(2つの要素間の関係性が低い)軸を設定することが重要です。
 ①顧客のニーズがあまりないポジションを選択してしまうと、需要を見込めないため、たとえ他社との差別化を図れたとしても、利益を得られない可能性が高くなります。
 また、②相関性が高い2つの軸を設定すると、競合他社と明確に差別化できるポジションを見つけにくくなってしまいます。たとえば、「価格」と「性能」について見ると、通常、価格が高くなるほど製品の性能は向上するため、これらの相関性は高く、ポジショニング・マップを作る意義が薄れます。

<ポジショニング・マップのイメージ>
たとえば、ある製品で、「デザイン重視-実用性重視」、「重い-軽い」の2軸で設定した場合、以下のように、他社がいないところに、自社が狙うべきポジションを設定することが考えられます。

マーケティングミックス 6

 「マーケティングミックス」とは、ある商品やサービスを販売するための、複数の手段や要素を最適な形で組み合わせるマーケティング手法であり、具体的には、4P、すなわち、①Price(価格・支払方法)、②Product(商品・サービス)、③Promotion(プロモーション)、④Place(流通・チャネル)の4つの要素を指します。7 8
 連載第1回「「シード期」「アーリー期」におけるスタートアップの戦略」で解説した環境分析を行った後、STPを行い、それを踏まえて4Pで分析を実施し、マーケティング計画の策定・実行、その結果の測定とレビューを行うことになります。

環境分析→セグメンテーション→ターゲティング→ポジショニング→4P分析→マーケティング計画の策定・実行→その結果の測定とレビュー

プロモーション活動における留意点

(1)不正競争防止法の活用

 広告やSNS等で積極的なプロモーションを行うことは、自社商品・サービスの認知度・知名度を高めるために重要ですが、これは、模倣品等を排除するためにも有効です。
 すなわち、「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用」することは「不正競争」に当たり(同法2条1項2号)、不正競争によって営業上の利益を侵害された者は、侵害者に対し、その侵害の停止を請求したり、損害賠償を請求したりすることができますが、この場合には、自社商品・サービスが「著名」である必要があります。
 このように、模倣品等を排除するためにも、プロモーション活動を効果的に活用した、自社商品・サービスの認知度・知名度を上げる取組みが重要となります。

不正競争防止法
(定義)
第二条
1 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

二  自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為


(差止請求権)
第三条

1  不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

2  不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第五条第一項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。


(損害賠償)

第四条 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。

(2)ステマ対策

 近時、ステマ(ステルスマーケティング。消費者に、商品広告だと気づかれないように宣伝をすること)を用いたプロモーションを行って、社会的非難を浴びて、いわゆる“炎上”するケースが見られます。
 現状、ステマ自体は直接法規制の対象となってはいませんが、その内容が優良誤認表示(商品やサービスの品質、規格などの内容について、実際のものや事実に相違して競争事業者のものより著しく優良であると一般消費者に誤認される表示)9 や、有利誤認表示(商品やサービスの価格などの取引条件について、実際のものや事実に相違して競争事業者のものより著しく有利であると一般消費者に誤認される表示)10 に当たるような場合には、景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)上問題となります。
 なお、2022年6月29日に、消費者庁「事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置についての指針」が改正され 11、「事業者が講ずべき表示等の管理上の措置の具体的事例」の中で、アフィリエイト広告を活用する場合に関する以下のような規定が新設されました。

 アフィリエイトプログラムを利用した広告においては、アフィリエイトサイトにおける表示について、アフィリエイトプログラムを利用する事業者以外の第三者の体験談や感想であるのか、当該事業者が対価を支払って作成を委ねた表示であるのかを、消費者が判断できない場合がある。そのため、一般消費者の自主的かつ合理的な選択を阻害することのないよう、アフィリエイトプログラムを利用した広告を行う事業者は、アフィリエイトプログラムを利用した広告が当該事業者の表示であることを一般消費者が認識できるよう、アフィリエイトサイトにおける表示において、当該事業者とアフィリエイターとの関係性を理解できるような表示を行うよう、アフィリエイターに求めるなどの対応を行うこと

 「アフィリエイトプログラムを利用する事業者以外の第三者の体験談や感想であるのか、当該事業者が対価を支払って作成を委ねた表示であるのかを、消費者が判断できない場合がある」ことを踏まえた対応は、ステマ対策でも参考になると思います。

(3)比較広告

 自社商品・サービスと他社商品・サービスとの差別化を図るべく、プロモーションにおいて、他社商品・サービスとの相違点や比較点を打ち出すことも考えられますが、その際、消費者庁「比較広告に関する景品表示法上の考え方」12 に留意する必要があります。
 「比較広告」とは、自己の供給する商品・サービスについて、これと競争関係にある特定の商品・サービスを比較対象として示し、商品・サービスの内容又は取引条件に関して、客観的に測定又は評価することによって比較する広告をいいますが、比較広告が不当表示とならないようにするためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要がありますので、留意してください。

  • 比較広告で主張する内容が客観的に実証されていること
  • 実証されている数値や事実を正確かつ適正に引用すること
  • 比較の方法が公正であること

  1. 田中洋「マーケティングキーワード ベスト50」(ユーキャン学び出版、2014年)22頁以下、東大IPCウェブサイト参照。 ↩︎

  2. 一般的に、対象とする市場の規模が大きいほど、多くの売上を期待できますが、あまりにも市場規模が大きすぎると、競合他社が多くなり、競争が激化しやすくなる面もあります。そうした点を踏まえて、あえて規模の小さい市場をターゲットとして捉えて、ニッチな市場で高いシェアを獲得するという戦略をとることも考えられます。 ↩︎

  3. たとえば、Googleトレンドを活用して、市場の成長性を分析することも考えられます。 ↩︎

  4. ジェフリー・ムーア「キャズム」(翔泳社、2002年)、同「キャズム Ver.2 増補改訂版」(翔泳社、2014年)、東大IPCウェブサイト参照。 ↩︎

  5. イノベーター:革新者(市場全体の2.5%)、アーリーアダプター:初期採用者(市場全体の13.5%)、アーリーマジョリティ:前期追随者(市場全体の34%)、レイトマジョリティ:後期追随者(市場全体の34%)、ラガード:遅滞者(市場全体の16%) ↩︎

  6. 前掲「マーケティングキーワード ベスト50」38頁以下参照。 ↩︎

  7. 4Pは売り手側の視点ですが、買い手側の視点に立つものとして、4C(Customer Cost(顧客コスト)、Customer Value(顧客にとっての価値)、Communication(コミュニケーション)、Convenience(入手容易性))や、4A(Awareness(知名理解度:顧客は、その商品情報をどの程度知ることができるか)、Acceptability(受容可能性:顧客はユーザーとして、その商品をどの程度評価して使うことができるか)、Affordability(購買可能性:顧客は、経済的にまた心理的に、その商品の価格を支払おうと思うか)、Accessibility(接近可能性:顧客は、その商品をすぐ入手して使うことができるか))で整理することもできます。 ↩︎

  8. サービス業の場合は、4Pに以下の3つの要素を加えて、7Pとすべきとの考えもあります。人的要素(Personnel)、プロセス(Process)、具体的な形(Physical evidence)。サービスとは、顧客にベネフィットを提供する際に人の手が介在するものであるため、まずどのような人を雇い、育成し、組織化するかが重要です。次に、どのようなプロセスやバックヤードを用いて、サービスを提供するかを考える必要があります。さらに、通常、サービスは形がないため、看板やサインなどの形のある媒体でメッセージを提示することが必要となります。 ↩︎

  9. たとえば、「1万回使用しても傷つかない」と表示していながら、実際には、大きく下回る回数の使用で劣化し、傷ついたような場合があります。 ↩︎

  10. たとえば、「秋の特別キャンペーン!」と謳っていながら、実際は通年で、同様のキャンペーンを実施していたような場合があります。 ↩︎

  11. 消費者庁「「事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置についての指針」の一部改正案及び「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」の一部改定案に関する意見募集の結果の公示について」(2022年8月31日最終閲覧) ↩︎

  12. 消費者庁「比較広告に関する景品表示法上の考え方」(2022年8月31日最終閲覧) ↩︎

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