2022年企業法務の展望
第1回 2022年の知的財産法分野の動向 – CGコード対応、特許法、意匠法、商標法、注目訴訟
知的財産権・エンタメ
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知的財産法分野では、2021年、コーポレートガバナンス・コードに知的財産に関する文言が盛り込まれたことが話題となりました。また、各種知的財産法の改正もありました。2022年にはこれらへの対応が求められます。
さらに2021年には注目される訴訟事件もあり、今後の知的財産に関する企業活動へ影響を与える可能性があります。
本稿では、これらのトピックについてご紹介いたします。
コーポレートガバナンス・コードへの対応
2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、知的財産に関する文言が初めて盛り込まれました。このことは2021年に知財関係者の間で大きな話題の1つになりました。
改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたコーポレート・ガバナンス報告書の提出は、すでに2021年12月31日までに行われていますが 1、引き続き2022年は、改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応が本格化する年になるでしょう。
改訂コーポレートガバナンス・コードにおける知的財産関係の内容は以下の2点です。
- 上場会社は、知的財産への投資等を自社の経営戦略や経営課題と紐づけてわかりやすく具体的に情報開示する。
- 取締役会は、会社による知的財産への投資等につき実効的に監督を行う。
具体的な文言は次のとおりです。
上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。
補充原則4−2②
取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。
また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。
2022年1月には、内閣府知的財産戦略推進事務局が策定した「知財・無形資産の投資・活⽤戦略の開⽰及びガバナンスに関するガイドライン」が公表されました。
同ガイドラインは、その位置づけについて、改訂コーポレートガバナンス・コードを受け、企業がどのような形で知財の開示やガバナンスの構築に取り組めば投資家等から適切に評価されるかを示すために作成されたものと述べており、改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応の参考になります。
同ガイドラインが知財・無形資産の投資・活⽤戦略の構築・開⽰・発信に向けて企業がとるべきアクションの概略として示しているものは次の7つです。
( i ) 現状の姿の把握
( ii )重要課題の特定と戦略の位置づけの明確化
( iii )価値創造ストーリーの構築
( iv )投資や資源配分の戦略の構築
( v ) 戦略の構築・実行体制とガバナンス構築
( vi )投資・活用戦略の開示・発信
( vii )投資家等との対話を通じた戦略の錬磨
改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応は、自社における知的財産の位置づけや知的財産への投資について改めて考える契機となるでしょう。
法改正の影響
2021年に成立した知的財産法改正
2021年には、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法の改正がありました。
本稿では、このうち特許法、意匠法、商標法の改正項目のいくつかから2022年の展望をみてみたいと思います。
(1)特許権侵害訴訟における第三者意見募集制度
特許権侵害訴訟における第三者意見募集制度は、2022年4月1日から施行されます。
これは、特許権侵害訴訟の当事者でない者から広くその訴訟に関して意見を募集することができるという制度です。法改正前の訴訟制度でも類似の取組みは可能であり、標準必須特許に関する知的財産高等裁判所の大合議事件において実際に行われた例 2 もありました。しかし、今般正式に法律上の制度になったことで、その利用が促進されるのかどうか、注目されます。
訴訟当事者としては、本制度をどのように利用すれば自己に有利に働くのかを研究する必要があるでしょう。一般論としては、意見募集の結果を読みにくいところがあり、通常の訴訟で訴訟当事者の立場から利用しやすいものかどうかは、個別の事案において見極めが必要と思われます。
本改正前の産業構造審議会の議論 3 の段階では、本制度に適すると考えられる典型的な対象は「判決が当事者の属する業界のみならず、他の業界の企業等にも大きく影響を及ぼし得る特許権侵害事案」と考えられていました。上記の知的財産高等裁判所の例のように、大型の特許権侵害訴訟で社会的に関心の大きい論点が含まれる場合には、本制度の利用も見込まれます。
(2)海外からの模倣品持込みの違法化
意匠法、商標法における海外からの模倣品持込みの違法化は、実務上は税関における輸入差止手続において機能することが期待されています。海外からの模倣品被害を受けている企業にとっては、税関においてどの程度実効性をもって運用されるかが注目されます。この改正項目も、2022年中の施行が予定されています。
(3)特許庁の審判手続におけるWeb口頭審理の導入
特許、意匠、商標の審判手続でのWeb口頭審理の導入も、今後の実務に手続面で顕著な変化をもたらすであろう改正です。この制度はすでに2021年10月1日に施行されています。
2019年意匠法改正の影響
2019年の意匠法改正はさまざまな重要な改正を含んでおり、なかでも、物品の一部ではない画像のデザインや建築物・内装のデザインを意匠登録できるようになった点は注目と期待を集めていました。この改正は2020年4月1日に施行され、2020年11月には、当該改正に基づく画像の意匠、建築物の意匠、内装の意匠が初めて登録されたことが特許庁から発表されました 4。
その後1年余りの動きとしては、画像の意匠の登録は堅調に増加しているようです。その出願人・権利者も、ITや電機といった特定の業種に限られず、また、大企業から中小企業まで幅広い企業が登録を行っています。
他方、建築物・内装の意匠は、画像の意匠と比べると登録件数は少ないですが、途切れることなく登録例は蓄積してきています。ただし、住宅メーカー、ゼネコン、ディベロッパー等の不動産関連企業が先を争って出願・登録しているという状況にはないと思われ、建築物の意匠出願については積極的に取り組む企業とそうでない企業との差がみられるようです。内装の意匠については、不動産関連企業ばかりでなく、店舗を構える業態を持つ企業(飲食、流通、メーカー、通信等)や、オフィスの家具や内装に関連する事業を行う企業が出願を行っています。
このような状況においては、自社が画像の意匠や建築物・内装の意匠の出願・登録を行うかどうかを検討することだけでなく、他社の権利を侵害しないためのクリアランスに留意することも必要です。
紛争・裁判分野の動向
2021年に話題となった知的財産関連の訴訟や判決のなかでも、今後の企業活動へ影響を及ぼす可能性がある事案として、日本製鉄株式会社(以下「日本製鉄」)がトヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ自動車」)と三井物産株式会社(以下「三井物産」)による特許権侵害を主張して訴訟を提起したとされる事案を取り上げたいと思います 5。
この事件は、中国の宝山鋼鉄が鉄鋼製品(電磁鋼板)を製造しトヨタ自動車に販売したところ、日本製鉄が、当該鉄鋼製品が日本製鉄の特許権を侵害すると主張して、2021年10月にトヨタ自動車に対し、東京地裁に電動車の製造販売差止めの仮処分命令を申し立てるとともに損害賠償を求める訴訟を提起したものです。続いて日本製鉄は、2021年12月に三井物産に対しても、宝山鋼鉄とトヨタ自動車との間の当該取引に関わっていたとみて、特許権侵害を主張して訴訟を提起したと報じられています。
この訴訟の被告には宝山製鉄も含まれていますが、注目される理由は、やはりトヨタ自動車と三井物産が被告となっているためです。それは、単に日本の大企業同士の特許権侵害訴訟であるということだけでなく、
- トヨタ自動車が日本製鉄にとっても重要な顧客であること
- ユーザーであるトヨタ自動車は、メーカーである宝山鋼鉄から当該製品について取引前に他社の特許侵害がないことを確認して契約していることや、特許権侵害紛争は日本製鉄と宝山鋼鉄との間で協議するべきことを主張していること
といった背景にもかかわらず、日本製鉄が、メーカーのみならずユーザーであるトヨタ自動車を含めて訴訟を提起し、さらには取引に介在したとみられる商社に対しても訴訟を提起した点で異例であるからです。
この事案において日本製鉄は、サプライチェーンの各段階に対して特許権侵害を主張して提訴するという強い姿勢を取っています。この事案における事情として、宝山鋼鉄が海外企業であることから、日本の特許権に基づき日本の裁判所の手続を通じて実効的な紛争解決を図るためには、宝山鋼鉄の顧客である日本企業を相手方に含める必要があった可能性はあります。
とはいえ、企業活動のグローバル化に伴い、類似の事案はほかにも発生しうるとみられ、この日本製鉄の姿勢が今後他社においても同様の動きを誘発していくか注視するべきでしょう。この傾向が続くとすれば、完成品メーカーや商社の立場からも、従来の部品・素材メーカーとの契約実務にとどまらない何らかの対応策を考える必要が生じます。
なお、部品の特許権侵害紛争について、部品メーカーではなく完成品メーカーが権利者から権利行使を受ける動きは、上記の日本製鉄とトヨタ自動車の事案ばかりではありません。近年、通信に関連する特許紛争でもこの動きは顕著です。このような事案としては、インターネットとつながる自動車の開発を進める自動車メーカーが訴訟の被告となるケースが知られてきていますが、他の製造業でも同様の動きはありますので、注意が必要です。
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2021年12月末日までにコーポレート・ガバナンス報告書を株式会社東京証券取引所へ提出することが求められていたことから、内閣府知的財産戦略推進事務局は2021年9月に「今後の知財・無形資産の投資・活⽤戦略の構築に向けた取組みについて〜改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたコーポレート・ガバナンス報告書の提出に向けて〜」も公表し、対応の考え方を示しています。 ↩︎
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アップル対サムスン事件(知財高裁平成26年5月16日判決・平成25年(ネ)第10043号) ↩︎
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産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会「ウィズコロナ/ポストコロナ時代における 特許制度の在り方」(令和3年2月) ↩︎
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経済産業省「建築物、内装の意匠が初めて意匠登録されました」(2020年11月2日)、「画像の意匠が初めて意匠登録されました」(2020年11月9日) ↩︎
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この訴訟は本稿執筆時点で判決が出ていませんので、本稿記載の情報はいずれも報道等の公表情報に基づきます。 ↩︎
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弁護士法人イノベンティア