知的財産権の行使における独占禁止法の適用 令和を展望する独禁法の道標5 第11回

競争法・独占禁止法
山口 裕司弁護士 大野総合法律事務所

目次

  1. はじめに
  2. 独占禁止法が絡んだ知的財産関連事件
    1. 公取委審決で扱われた知的財産関連事件
    2. 知的財産権訴訟において独占禁止法の適用が争われた事件
    3. 小括
  3. 情報記憶装置事件
    1. 事件の概要
    2. 東京地裁判決の判旨
    3. 東京地裁判決の評価
  4. 今後の展望
  5. 白石忠志教授のCommentary
実務競争法研究会
監修:東京大学教授 白石忠志
編者:籔内俊輔 弁護士/池田毅 弁護士/秋葉健志 弁護士


本論稿は、2020年12月をもって休刊となったBusiness Law Journal(レクシスネクシス・ジャパン株式会社)での連載「令和を展望する独禁法の道標5」を引き継いで掲載するものです。記事の最後に白石忠志教授のコメントを掲載しています。

はじめに

 知的財産法と独占禁止法の関係については、独占禁止法21条が、「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定していることから、さまざまに議論されてきた。ただ、諸説は、「微小な差しかない場合や説明の仕方が違うに過ぎない場合がほとんどである」ともいわれており 1、独占禁止法21条は確認的な適用除外規定であると一般に解されている。

 公正取引委員会は、平成19年9月28日公表(平成22年1月1日、平成28年1月21日改正)の「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(以下「知的財産ガイドライン」という。)において、知的財産基本法(平成14年法律第122号)10条の「知的財産の保護及び活用に関する施策を推進するに当たっては、その公正な利用及び公共の利益の確保に留意するとともに、公正かつ自由な競争の促進が図られるよう配慮するものとする。」という規定を引用して、「権利の行使とみられる行為であっても、行為の目的、態様、競争に与える影響の大きさも勘案した上で、事業者に創意工夫を発揮させ、技術の活用を図るという、知的財産制度の趣旨を逸脱し、又は同制度の目的に反すると認められる場合は、[独占禁止法]第21条に規定される『権利の行使と認められる行為』とは評価できず、独占禁止法が適用される」と述べている。

 知的財産制度の趣旨を逸脱し、または同制度の目的に反すると認められる場合に、独占禁止法が適用されるとしても、裁判例で独占禁止法やその21条の適用について言及したものは多くない。知的財産法では、権利濫用か否かが争われることが多く、その中で「独占禁止法に明示的には触れないまま、競争政策的な観点から知的財産法の縮減的修正を施す解釈」2 が行われている場合もあるからだと考えられる。

 最近の特許権侵害訴訟において独占禁止法を適用して原告の請求を棄却した注目すべき裁判例である情報記憶装置事件・東京地裁令和2年7月22日判決 3(後述3−2)について、「独占禁止法を持ち出すまでもなく、特許法内在的な解釈である消尽法理の趣旨に鑑みて、あるいは私法一般の原則である権利濫用の法理に鑑みて、特許権侵害を否定すれば足りた」という論評 4 もなされているが、独占禁止法を適用することのメリットも考えられないわけではない。

 本稿では、知的財産事件において独占禁止法について考慮するこれまでの裁判例を辿りつつ、知的財産権の行使において独占禁止法の適用を行うことの可能性と今後の展望について検討する。

独占禁止法が絡んだ知的財産関連事件

公取委審決で扱われた知的財産関連事件

 並行輸入の不当阻害の事例は、オールドパー事件(公取委昭和53年4月18日勧告審決)、ラジオメータートレーディング事件(公取委平成5年9月28日勧告審決)、星商事事件(公取委平成8年3月22日勧告審決)等多数見られ、「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」にも独占禁止法上問題となる場合が記載されている。裁判所においても、フレッドペリー事件・最高裁平成15年2月27日判決 5 が出されて以来、真正商品の並行輸入は商標権侵害としての実質的違法性を欠くとする裁判例が続いている 6

 公共下水道鉄蓋カルテル事件(公取委平成5年9月10日審判審決)やぱちんこ機製造特許プール事件(公取委平成9年8月6日勧告審決)は、その後のマンホール鉄蓋事件(後述2−2(3))やスロットマシン事件(後述2−2(2))の訴訟における当事者の主張に影響を与えている。

 マイクロソフト事件(公取委平成20年9月16日審判審決)やクアルコム事件(公取委平成31年3月13日審決)で問題となったライセンス契約の条件やその拒絶は、米国やEU等でも紛争の対象となっている 7

知的財産権訴訟において独占禁止法の適用が争われた事件

 知的財産権訴訟 8 において、独占禁止法に基づく抗弁の主張が行われ、裁判所により判断された主な事件として、以下のものが挙げられる。

(1)育苗ポットの分離治具事件

 発明の名称を「育苗ポットの分離治具及び分離方法」とする特許権(特許第3000552号)を有するアンドウケミカル株式会社(原告)が、有限会社空閑園芸(被告)に対し、禁止条項に違反したことを理由にポットカッターの貸与契約を解除し、ポットカッターの製造、使用の差止めおよび廃棄ならびに損害賠償を請求した。

 大阪地裁平成14年12月16日判決 9 は、「特許権者から実施範囲を使用に限定して実施許諾を受けた通常実施権者が特許発明に係る物を使用するに際し、特許権者の競業者の製品への使用に供することを排除することは、特許権者が通常実施権者に対して、競争品の使用等又は競争技術の採用の制限、若しくは原材料、部品等の購入先の制限を課すことと径庭がなく、それ自体は、特許発明の実施行為に関することではあるけれども、実施の区分、期間、地域、技術分野等を制限するものとは異なり、特許権者が本来決定権を有しない、特許発明の実施とは無関係の制限を課すものであるから、特許制度の目的に照らしても、特許権の本来的効力を実現するために必要な範囲を超えるものというべきである(公正取引委員会事務総局平成11年7月公表の『特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針』〔乙2〕も参照)。」10 として、原告の請求を棄却した。

(2)スロットマシン事件

 アルゼ株式会社(控訴人)が、日本電動式遊技機特許株式会社(被控訴人補助参加人)との間で締結している、控訴人の保有特許権等を多数のパチスロ機製造業者への再実施許諾権付きで実施許諾をする旨の実施許諾契約(平成8年度契約)が終了したとして、サミー株式会社(被控訴人)に対して損害賠償請求をした。

 東京高裁平成15年6月4日判決 11 は、「パテントプールの仕組みは、複数の権利者が所有する特許権等を相互に使用可能とすることにより、当該特許権等の利用価値を高め、権利者間の技術交流を促進するなどの効果を有するものであり、それ自体は上記のような形態の「特許権等の行使」に該当するもの[で]あるから、独禁法21条により、原則として独禁法の適用を受けないものであり、したがって、パテントプールという方式を採用していること自体が、直ちに独禁法に違反するというものではない。もっとも、当該パテントプールの運用の方針、現実の運用が、特許法等の技術保護制度の趣旨を逸脱し、又は同制度の目的に反すると認められる場合には、特許法等による権利の行使と認められる行為に該当せず、独禁法違反の問題が生ずることがある。」と判示したが、「本件パテントプールの運用は、特許法等の技術保護制度の趣旨を逸脱し、一定の製品分野又は技術市場における競争を実質的に制限するものではなく、特許権等の行使と認められる範囲にとどまるものと考えられる。したがって、控訴人主張のように平成8年度契約等をその内容とする本件パテントプールが独禁法3条等に違反し、又はその具体的なおそれがあるものであったということはできない。」として「契約を継続し難い特段の事由」がある旨の控訴人の主張を退け、控訴人の請求を棄却した原判決を維持した。

(3)マンホール鉄蓋事件

 特許権者である日之出水道機器株式会社(被控訴人)が、六寶産業株式会社(控訴人)に通常実施権許諾契約に定める許諾数量を超えて公共下水道用鉄蓋を製造販売する債務不履行があったとして、控訴人に対し債務不履行に基づく損害賠償を請求した。

 知財高裁平成18年7月20日判決 12 は、独占禁止法21条の「趣旨は、特許権は、業としての特許発明の実施の独占権であり(特許法68条)、実用新案権、意匠権等もこれと同様の実施の独占権であること(実用新案法16条、意匠法23条等)から、特許権等の権利行使と認められる場合には、独占禁止法を適用しないことを確認的に規定したものであって、発明、考案、意匠の創作を奨励し、産業の発達に寄与することを目的(特許法1条、実用新案法1条、意匠法1条)とする特許制度等の趣旨を逸脱し、又は上記目的に反するような不当な権利行使については、独占禁止法の適用が除外されるものではないと解される。」とし、「被控訴人は、上下水道用の人孔鉄蓋について日之出型鉄蓋を仕様として指定している各自治体においては、本件特許権等の実施許諾を通じてその市場を支配し得る地位にあることからすると、被控訴人がその支配的地位を背景に許諾数量の制限を通じて市場における実質的な需給調整を行うなどしている場合には、その具体的事情によっては、特許権等の不当な権利行使として、許諾数量制限について独占禁止法上の問題が生じ得る可能性があるといえる。」と述べつつも、「本件各契約における許諾数量の制限が、本件特許権等の不当な権利行使に当たり、独占禁止法に違反すると認めるには足りない。」と判断して、被控訴人の請求を一部認容した原判決を維持した。

(4)キース・ヘリング事件

 The Estate of Keith Haringとキース・ヘリングのイラスト・図柄・文字・デザイン等(本件プロパティ)のマスターライセンス契約を締結していたサクラインターナショナル株式会社(控訴人)が、株式会社ファーストリテイリング等(被控訴人ら)とサブライセンス契約を締結したが、債務不履行を理由に解除して、独占的通常使用権等に基づき、著作物と商標の使用差止め等および損害賠償等の請求をした。

 知財高裁平成19年4月5日判決 13 は、独占禁止法に関する争点につき、「価格に関する制限行為は、そもそも本件サブライセンス契約が予定しないところであり、本件サブライセンス契約3条も、あくまでロイヤリティの計算の前提として商品上代の承認を要するとしたものに過ぎず、具体的な個別の販売価格の承認を要する旨定めたものと読むことはできない。そしてかかる理解が、公正取引委員会による『特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針』(平成11年7月30日)とも整合する(乙A73、74)ことも踏まえて当事者の意思を合理的に解釈すれば、本件サブライセンス契約8条の『本商品のグッドクオリティを目指し、プロパティ・イメージの向上と調和をはかるため、販売促進・広告宣伝等或いは、本件プロパティを本商品以外に使用する場合は事前に控訴人の承認を必要とする。』との規定も、本件プロパティをチラシに使用するに際しての使用態様等を控訴人の承認にかからしめるものに過ぎず、具体的な個別の販売価格のみを理由とする場合にまで控訴人の承認を必要としたものではないと解するのが相当である。」として解除を認めず、控訴人の請求を一部を除き棄却した。

(5)液体収納容器事件

 発明の名称を「液体収納容器、該容器を備える液体供給システム、前記容器の製造方法、前記容器用回路基板および液体収納カートリッジ」とする特許権(特許第3793216号)を有するキヤノン株式会社(原告)が、キヤノン互換インクカートリッジを輸入、販売等するエステー産業株式会社(被告)に対して差止めの請求をした 14

 東京地裁平成22年6月24日判決 15 は、「原告製プリンタ及び原告製インクタンクは、本件明細書に記載された本件発明1及び2の課題(インクタンクの形状をインクタンクごとに異ならせたり、インクタンクとプリンタとをつなぐ信号線を個別の配線としたりすることによる、製造効率の悪化やコスト増を招かない方法により、インクタンクの誤装着を防止すること)を、本件光照合処理によりインクタンクが正しい位置に搭載されているか否かを検出する構成を有するプリンタ及びインクタンクによって解決するために開発され、製造、販売されているものといえ、原告のかかる行為は、技術的必要性という合理的な理由に基づくものといえる。」として、独占禁止法に違反し、権利濫用であるとする被告の主張を退け、差止請求を一部認容した。控訴審の知財高裁平成23年2月8日判決 16 も、差止請求は権利濫用に当たらないとのみ述べて、控訴を棄却している。

(6)移動通信システムにおけるデータを送信する装置事件

 Apple Japan合同会社(被控訴人)が、発明の名称を「移動通信システムにおける予め設定された長さインジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置」とする特許権(特許第4642898号)を有する三星電子株式会社(控訴人)に対して、損害賠償請求権の不存在確認請求をした。

 知財高裁平成26年5月16日判決 17 は、「控訴人の主張に係る損害賠償の金額は、控訴人がFRAND条件によるライセンス料であると主張する金額に留まること…に加えて、FRAND条件によるライセンス料相当額を超える損害賠償請求は原則として権利の濫用となり許されないことを考慮すると、本件全証拠によっても、FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求が[独占禁止]法に違反すると認めるには足らない。」として、損害賠償請求権がFRAND条件でのライセンス料相当額の範囲を超えて存在しない旨を確認した 18

(7)薬剤分包用ロールペーパ事件

 発明の名称を「薬剤分包用ロールペーパ」とする発明についての特許権(特許第4194737号)および商標権を有する株式会社湯山製作所(一審原告)が、一審原告製の中空芯管に薬剤分包用ロールペーパを巻き直した被告製品を製造・販売する株式会社ネクストおよび株式会社ヨシヤ(一審被告ら)に対し損害賠償請求等を求めた。

 知財高裁令和元年10月10日判決 19 は、「一審原告製の中空芯管を再利用したり、本件特許権を侵害したりしないような形で非純正品の生産や販売を行うことは可能であったといえ、本件特許権の行使により非純正品に関する事業が完全に不可能になるとまでは認められないから、本件特許権の行使により競争が制限される度合いが大きなものであるとは認められない。」として、特許権の行使が権利濫用となることを認めず、一審原告の損害賠償請求を一部認容した原判決を維持した。

小括

 (1)から(4)までのケースに見られるように、実施許諾契約等の債務不履行や解除が問題となった際に、ライセンス条件が独占禁止法の観点から争われることがある。また、(5)および(7)のように、製品のリサイクルが問題となる事例で、消尽論と共に、独占禁止法違反も主張されている。さらに、(6)のような標準規格必須特許に基づく権利行使も、知的財産ガイドラインのほか、「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」(平成17年6月29日公表、平成19年9月28日改正)において整理されているように、独占禁止法上問題となる余地がある。

情報記憶装置事件

 権利濫用の成否という争点の中で独占禁止法を適用し、詳細な検討に基づき、原告の請求を棄却する結論を導いた情報記憶装置事件・東京地裁令和2年7月22日判決についてより詳しく紹介する。

事件の概要

 本件は、発明の名称を「情報記憶装置、着脱可能装置、現像剤容器、及び、画像形成装置」とする特許権(特許第4886084号)および発明の名称を「情報記憶装置及び着脱可能装置」とする2つの特許権(特許第5780375号、5780376号)を有する株式会社リコー(原告)が、リサイクルトナーカートリッジの製造販売を行う株式会社ディエスジャパン等(被告ら)に対し、原告が製造、販売する、トナー残量の表示についての電子部品のメモリの書き換えを制限する措置(本件書換制限措置)が取られている機種のプリンタに対応する原告製のトナーカートリッジ製品から電子部品を取り外し、被告らの製造に係る電子部品と交換したうえで、トナーを再充填するなどして、トナーカートリッジ製品の再生品を販売しているところ、上記被告らの製造に係る電子部品が上記各特許に係る発明の技術的範囲に属すると主張して、被告らに対し、同電子部品と一体として販売されているトナーカートリッジ製品の販売等の差止めおよび廃棄ならびに損害賠償等を請求した事件である。

東京地裁判決の判旨

 東京地裁令和2年7月22日判決(佐藤達文裁判長 20)は、独占禁止法21条について、「特許権の行使が、その目的、態様、競争に与える影響の大きさなどに照らし、『発明を奨励し、産業の発達に寄与する』との特許法の目的(特許法1条)に反し、又は特許制度の趣旨を逸脱する場合については、独占禁止法21条の『権利の行使と認められる行為』には該当しないものとして、同法が適用されると解される。」とし、「特許権に基づく侵害訴訟においても、特許権者の権利行使その他の行為の目的、必要性及び合理性、態様、当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし、特許権者による特許権の行使が、特許権者の他の行為とあいまって、競争関係にある他の事業者とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当するなど、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、当該事案に現れた諸事情を総合して、その権利行使が、特許法の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして、権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合があり得るというべきである。」という一般論を述べた。

 そのうえで、東京地裁判決は、公正取引委員会の平成16年10月21日付け報道資料「キヤノン株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」という下記の先例を引用したうえで、「本件において、本件各特許権の権利者である原告が、使用済みの原告製品についてトナー残量が『?』と表示されるように設定した上で、その実施品である原告電子部品のメモリについて、十分な必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより、リサイクル事業者が原告電子部品のメモリの書換えにより同各特許の侵害を回避しつつトナー残量の表示される再生品を製造、販売等することを制限し、その結果、当該リサイクル事業者が同各特許権を侵害する行為に及ばない限りトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出した上で、同各特許権に基づき権利行使に及んだと認められる場合には、当該権利行使は権利の濫用として許容されないものと解すべきである。」という判断を示した。

 そして、東京地裁判決は、トナーの残量表示を「?」とすることによる競争制限の程度、本件各特許権の侵害を回避しつつ、競争上の不利益を被らない方策の存否、本件書換制限措置の必要性および合理性について検討したうえで、差止請求および損害賠償請求がそれぞれ権利の濫用に当たると結論付けた。

平成16年10月21日付け報道資料「キヤノン株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」別紙

レーザープリンタに装着されるトナーカートリッジへのICチップの搭載とトナーカートリッジの再生利用に関する独占禁止法上の考え方

 近年、レーザープリンタに使用されるトナーカートリッジ(以下「カートリッジ」という。)にICチップが搭載される事例が増えている。レーザープリンタのメーカーがその製品の品質・性能の向上等を目的として、カートリッジにICチップを搭載すること自体は独占禁止法上問題となるものではない。しかし、プリンタメーカーが、例えば、技術上の必要性等の合理的理由がないのに、あるいは、その必要性等の範囲を超えて

  1. ICチップに記録される情報を暗号化したり、その書換えを困難にして、カートリッジを再生利用できないようにすること
  2. ICチップにカートリッジのトナーがなくなった等のデータを記録し、再生品が装着された場合、レーザープリンタの作動を停止したり、一部の機能が働かないようにすること
  3. レーザープリンタ本体によるICチップの制御方法を複雑にしたり、これを頻繁に変更することにより、カートリッジを再生利用できないようにすること

 などにより、ユーザーが再生品を使用することを妨げる場合には、独占禁止法上問題となるおそれがある(第19条(不公正な取引方法第10項[抱き合わせ販売等]又は第15項〈現第14項〉[競争者に対する取引妨害])の規定に違反するおそれ)。
 なお、前記の考え方は、インクジェットプリンタに使用されるインクカートリッジにICチップを搭載する場合についても、基本的に同様である。

東京地裁判決の評価

 リサイクル品が問題となった液体収納容器事件(前述2−2(5))東京地裁判決は、原告の行為が「技術的必要性という合理的な理由に基づく」と判断して、権利濫用を否定したが、情報記憶装置事件東京地裁判決は、本件書換制限措置の必要性および合理性について踏み込んで検討し、本件書換制限措置が「必要かつ合理的であるということはできない」として、権利濫用を肯定した。

 情報記憶装置事件東京地裁判決は、「『特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは、飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られる』(インクタンク事件最高裁判決)と解されるので、特許製品である『情報記憶装置』そのものを取り替える行為については、消尽は成立しないと解される。」としながら、「譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場において円滑に流通することを保護する必要性があることに照らすと、特許製品を搭載した使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特許権者自身が制限する措置については、その必要性及び合理性の程度が、当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限を肯認するに足りるものであることを要するというべきである。」と述べて、消尽が成立しないという知的財産法における一般的な理論的帰結を一部修正する結論を導いていることも注目される。

 情報記憶装置事件東京地裁判決は、権利濫用の抗弁を認めるか否かという枠組みの中であるとはいえ、本件書換制限措置の競争制限の程度の大きさを重視して結論を出しているが、このような考え方は、一般的な権利濫用論よりも、分析的に競争制限の効果を考慮できるメリットがある。当事者の立場から見ても、被疑侵害者が抗弁として独占禁止法に基づく主張を行うことは、一般的な権利濫用論よりも、公正取引委員会のガイドラインや審決等も引用して緻密な議論をできるメリットがあるといえる。

 さらに、独占禁止法に基づく主張を行うことは、標準規格必須特許の分野などでは、競争法に基づく差止請求権の制限を行う外国法の動向 21 を参酌して議論を行うこともでき、一般的な権利濫用論では救済しにくかった事例についても、バランスの取れた判断を導ける可能性が高まるのではないかと考えられる。

今後の展望

 互換品インクカートリッジを販売するカラークリエーション株式会社とエレコム株式会社が、ブラザー工業株式会社を相手取って、ブラザーの一部のインクジェット複合機に導入された故障検知に係る機構の停止、損害賠償を請求した訴訟で、東京地裁は、2021年9月30日に独占禁止法違反(不公正な取引方法)を認めて、エレコムに対する151万3,884円の損害賠償金の支払いを命じたことが公表されている 22

 また、リサイクルインクカートリッジを販売する株式会社エコリカが、キヤノン株式会社を相手取って、キヤノンがインク残量を表示するICチップの仕様を変更してリサイクル品をプリンタに装着すると、インク残量が表示されなくなるようにしたことが競争者に対する取引妨害に当たると主張して、2020年10月27日に差止め等の請求訴訟を提起したとのことである 23。リサイクル品の参入妨害についての独占禁止法上の議論がさらに深まることが期待され、知財高裁で争われている 24 情報記憶装置事件の帰趨と共に注目される。

白石忠志教授のCommentary


知的財産権の濫用と独禁法


 知的財産と独禁法をめぐる議論においては、まず、次の2点の交通整理をする必要がある。
  1. 特許権者の特許法上の権利行使を認めない場合の法的理由には、競争の観点からのものと、競争以外の観点からのものとがある。
  2. 競争の観点からの法的理由によって特許権者の権利行使を認めない場合、独禁法に言及するか否かは論者の自由(好みの問題)である。

 ①の、競争以外の観点からの法的理由として、たとえば、消尽理論がある。消尽理論は、競争という問題意識と重なるところもあるかもしれないが、一応は競争とは無関係の発想で一定の価値を追求するものである。

 ②は、次のようなことである。その裁判が特許権侵害訴訟であって最終的な適用法条が特許法の条文であるなら、最終的には特許法が適用されるのは当然である。そうしたところ、その適用の内容・結果を検討するに際して独禁法の概念装置や存在感を利用したほうが説明が説得的となる場合には独禁法が説明道具として用いられる。それらは特許法に既に導入済みであると考えるならば、独禁法は言及されない。
 なお、以上と同じようなことは、民法90条や民法709条と、独禁法との間にも、観察される。

 本文の論述は、②の場合には、なるべく独禁法に言及し、競争の観点からの具体的な議論を心がけるべきである、という主張を、多くの事例に触れながら述べようとする趣旨であると考えられ、それは1つの立場である。

 ここまで述べてきた①や②のさまざまの展開をすべて広くカバーするのが、権利濫用理論である。権利濫用理論についてあれこれと議論する場合には、次に引用する昭和33年の鈴木祿彌論文の指摘を読んで理解してからにするとよいと考えられる。権利濫用理論が次第に具体化されX理論が生成するのであり、権利濫用理論とX理論が対立するわけではないことがよくわかる。

 「権利の範囲はすでに法文上明確に示されているにもかかわらず、時代の変遷に伴って、その権利の範囲が――法文にかかわらず――縮小し、場合によっては、権利の性質自体が変質してゆく過程において、『権利濫用』の理論が利用される場合がある。すなわち、判例は、初期には、権利自体の範囲は法文の規定するとおりだが、ある態様の権利行使は具体的事情からみて不適当だからこれを権利濫用だとする形で、当該の権利行使を禁ぜられたものとする。かかるカズイスティッシュな解決法をとる同種の内容の判例が累積されると――いわば判例法による成文法の改廃が行われて――やがて、権利自体の範囲がそこまでは及ばないのだ、かかる行為は権利にもとづかない行為なのだ、と見られるに至り、事は『権利濫用』の問題ではなくなるのである。」(鈴木祿彌「財産法における「権利濫用」理論の機能」法律時報30巻10号(1958年)1150~1151頁)。

  1. 白石忠志『独占禁止法〔第3版〕』(有斐閣、2016)163頁注67。 ↩︎

  2. 白石忠志「「知的財産法と独占禁止法」の構造」相澤英孝・大渕哲也・小泉直樹・田村善之編集代表『知的財産法の理論と現代的課題 中山信弘先生還暦記念論文集』(弘文堂、2005)496頁 ↩︎

  3. 平成29年(ワ)第40337号 ↩︎

  4. 田村善之「特許にかかる電子部品を取り替えてトナーカートリッジの再生品を製造販売する行為が権利濫用を理由に特許権を侵害しないとされた事例」WestlawJapan判例コラム236号(2021年) ↩︎

  5. 民集57巻2号125頁 ↩︎

  6. 山口裕司「並行輸入」小谷悦司・小松陽一郎・伊原友己編『意匠・デザインの法律相談Ⅱ』(青林書院、2021)225頁 ↩︎

  7. たとえば、FTC v. Qualcomm Inc., 969 F.3d 974(9th Cir. 2020)参照。 ↩︎

  8. なお、不正競争防止法違反事件については、別稿を参照されたい(山口裕司「不競法と独禁法(および景表法)の交錯(ビジネスを推進する独禁法の道標第20回)」Business Law Journal 2015年9月号76頁)。 ↩︎

  9. 平成13年(ワ)第9922号 ↩︎

  10. 平成19年9月28日公表の「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」の策定に伴い、「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(平成11年7月30日公表)は廃止された。 ↩︎

  11. 平成14年(ネ)第4085号 ↩︎

  12. 平成18年(ネ)第10015号・D1-Law.com判例体系ID:28214021 ↩︎

  13. 平成18年(ネ)第10036号 ↩︎

  14. 別の複数の業者を訴えた、判決日が同じ別件の東京地裁平成22年6月24日判決・平成21年(ワ)第3527号等、知財高裁平成23年2月8日判決・平成22年(ネ)第10064号があり、判旨もほぼ同じである。 ↩︎

  15. 平成21年(ワ)第3529号 ↩︎

  16. 平成22年(ネ)第10063号 ↩︎

  17. 平成25年(ネ)第10043号 ↩︎

  18. 山口裕司「標準規格必須特許についてFRAND宣言がされた場合における効力」ユアサハラ法律特許事務所企業法務ニュース59号(2014年)1頁 ↩︎

  19. 平成31年(ネ)第10031号 ↩︎

  20. 佐藤達文「知的財産権訴訟における独占禁止法」公正取引684号(2007年)22頁は、「知的財産権の行使の限界、より広い意味では独禁法と知財法の界面が問題となる場面も多くなってきている。」と近時の傾向を分析している。 ↩︎

  21. EU競争法に基づく差止請求権の制限についての最近の動向については、山口裕司=盛田真智子「ドイツにおける標準規格必須特許に基づく権利行使の最新動向」Oslaw News Letter 58号(2021年)7頁 ↩︎

  22. ブラザー工業株式会社プレスリリース「当社製品に関する訴訟の第一審判決について」(2021年10月1日) ↩︎

  23. 株式会社エコリカプレスリリース「株式会社エコリカ、キヤノン株式会社に対する訴訟の提起に関するお知らせ」(2020年10月27日) ↩︎

  24. 渡辺昭成「リコートナーカートリッジ事件判決の検討」公正取引847号(2021年)12頁が、控訴審において提出されている意見書の提出状況を紹介している。 ↩︎

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