契約書修正交渉のコメント実務 法務担当者5人の実践例と伝え方
第5回 契約書レビューで使うツールとは?Wordの変更履歴・コメント機能の使い方、リーガルテックの導入状況
取引・契約・債権回収
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目次
契約書のフォーマットとして主流のWordは、法務担当者にとっては使い慣れたツールですが、事業部の担当者にとってはではそうでもないかもしれません。
事業部宛てのコメントや変更履歴が相手方へそのまま送られてしまうといった「企業法務あるある」はよく話題になります。
— なまこコロコロ (@namakorobi8oki) 2018年11月5日
この記事では、このような事故の予防策のほか、Wordの変更履歴・コメント機能の使い方や、取引先からPDFなどのファイル形式で送られてきた場合の対処法、そしてリーガルテックとナレッジマネジメントの取組み状況について、5社の法務担当者が紹介します。
多岐にわたる事業を展開し、力関係はさまざま。B to Bでは、商品を仕入れて売る代理店のような立場であり、B to Cでは、ライセンスを受けて商品を開発して販売したり、サービスを一般ユーザーに提供する立場。
Bさん(B to Bメーカー・上場)
エネルギー機器や輸送機器等の製造・販売。売主・買主双方の立場の取引があり、力関係はさまざま。
Cさん(B to Bメーカー・上場)
受注生産が中心のため、取引上の力関係は相対的に弱い。
Dさん(アパレル・非上場)
服飾製品の小売。売主・買主、委託者・受託者双方の立場の取引があり、力関係はさまざま。
Eさん(商社・上場)
事業投資やM&A(買収・参画側=買主、撤退側=売主の両パターン)や、貿易商売に係る売買契約(売主と買主の間に立つため、1つの商売で売主と買主両方になるパターンが一般的)等の契約がある。基本的に、商社はいなくても商売が成り立つことが多いため、取引上の力関係は弱いことが多い。
変更履歴、コメント機能、本文入力の使い分け
契約書のフォーマットがWordの場合、修正とコメントはどのように入れていますか。
Dさん:
私は変更履歴で修正し、修正内容についてコメント機能を使って補足するという方式でやっています。
ただ最近、コメント機能の表示が変わって使いにくくなったので、本文中にコメントを記載する形式にしようか検討中です。
Eさん:
私は積極的に本文中にコメントしています。特にM&A契約のような大部のものだと、コメントの数が膨大になり、吹き出しが隠れてほとんど見えなくなってしまうんですよね。
Cさん:
私もEさんと同じく、本文中にコメント派です。特に変わった使い方はしていませんが、たとえば次のように、取消し線と【 】を使う形式です。
- 受託者は、委託者が指定する場合を除き、
の事前の書面による承諾なく本件業務に係る業務の全部または一部を第三者に対して再委託することができないものとする。 - 受託者は
前項により委託者の事前の承諾を得たうえで本件業務の全部または一部を第三者に委託する場合、当該第三者(以下「本件受託者」という)に対し、個別契約において受託者が負っている義務を負うことに同意させ、遵守させるものとする。
【貴社が求める品質・価格・納期に応じ、その案件に最適な外部パートナーを選択し、ときに併用しながら対応する場合がございます。これらのすべてにつき、書面による承諾を得ることは現実的ではないため、秘密情報の開示を伴うなど、個別の承諾を必要とする案件につきましては、事前にお知らせくださいますようお願い申し上げます。】
Aさん:
基本的にコメント機能派ですが、取引先が本文中にコメントするタイプであればそれに合わせています。
Bさん:
私は、コメント機能で各条項のリスク指摘を行い、必要な場合には変更履歴を使って修正案を記載し、コメント機能で当該修正の意図を記載しています。コメントが長文になる場合は読みにくいので本文中に記載します。
原案を大幅に修正する必要がある場合は、変更履歴まみれになってしまって申し訳ないので、修正箇所はわかるようにしたうえで変更履歴をすべて反映し、黒字にして回答することもあります。その場合も、修正の意図は丁寧に説明するようにしています。
Aさん:
当社の事業部にはそもそもWordの変更履歴機能を知らない人が結構いるので、「修正箇所は変更履歴をつけています」「お伝えしたいことはコメントをつけています」と、メールで注意喚起しています。
Cさん:
変更履歴は、法務担当者にとっては当たり前の機能ですが、事業部ではたしかに知らない人がいますね。事業部の担当者がWordを開いたときに変更履歴やコメントがうまく表示されず、気づかれない場合があるので、私もメールの中で伝えるようにしています。
事業部の担当者がメールをきちんと読んでくれなさそうなタイプだったりして心配なときには、変更履歴とコメントを表示した状態のWordをPDFに変換して添付することもあります。
Eさん:
当社では、変更履歴やコメントは複数人のものが入ることが多いので、見にくくならないよう、事業部に回答する前に統合するようにしています。また、取引先から戻ってきたWord上で変更履歴が正確に表示されていない可能性を想定して、取引先との往復の都度、文書比較ソフトを使って、当社側から出した最終版と比較しています。
Bさん:
ときどき、取引先から何の説明もなく修正案や修正拒否が返ってくることがあります。それでは議論が進みませんし、意図を確認するためにメールの往復が増えるので苦労しますね。
私はそうならないよう、事業部へ修正案を提示する際は、取引先へ説明できるようなわかりやすいコメントを付すことを心がけています。
Dさん:
取引先から説明がないのは困りますよね。
もっとひどいケースでは、取引先から「第◯条を平等な条件にしてください」と、当社側で修正するよう求められたこともあります。事業部の担当者を通じて、Wordに修正を入れてもらうように伝えると、「Wordが使えないので、手書きした修正をFAXで送ってもいいですか」と言われてしまい、仕方なくこちらで修正しました。
事業部向けの内部コメントが取引先に展開されてしまう事故の予防策
Wordに残すコメントは基本的に事業部宛てだと思いますが、事業部の担当者から取引先に展開する際に残ったままになってしまうことはありませんか。
Eさん:
法務部から事業部に宛てて記載したコメントをそのまま取引先に展開してしまう事業部担当者はまれにいます。皆さんのところでも同じでしょうか。
Dさん:
“企業法務あるある” ですね。当社でも、交渉の駆け引きを提案するコメントも含めてそのまま送ってしまう常習犯が数人いるので、気をつけています。
Cさん:
取引先から内部コメント付きの契約書を受け取ることはよくあります。当社ではめったにいないと信じたいですが、単に把握していないだけかもしれないと思うと怖いですね。
Bさん:
当社では、そういうタイプの人は数年前よりは減ってきたように感じていますが、それでもまだ10人に1人くらいはいると思います。
Aさん:
当社では10人に3人くらいの割合で常習犯がいますね。
私は、Word内のコメントに「◯◯さんへ」とつけたうえで、メール本文で注意喚起しています。
ファイル内に◯◯さん宛てのコメントをつけていますので、あわせてご確認ください。なお、コメントは◯◯さん宛てなので、先方へファイルを提示される際は十分ご注意ください。
Bさん:
私もAさんと同様の対応で、コメントの冒頭には「【法務部→◯◯部向け】」とつけています。
また、変更履歴を一括で承諾・反映するだけではコメントは消えないので、事業部から取引先へ送る際に削除し忘れることのないよう、コメントにハイライトをつけて目立たせています。
内部コメントの入ったWordを事業部へ送る際のメールには、次のようなコメントを付すことも多いです。
当該ファイルには、法務部から事業部向けに、交渉の落としどころなども記載しておりますので、そのまま取引先に送付することのないようご注意ください。
Eさん:
私も、事業部の担当者が、取引先宛てコメントと事業部宛てコメントを区別できるように、宛先を明示したりハイライトの色を分けたりしていますが、それでもそのまま送られてしまうことがあります。
Dさん:
どんなに注意してもやらかす人はいますよね。
常習犯宛てのメールの1行目に、太字・赤字で「取引先への本メールの転送禁止!!!」と書いたにもかかわらず転送されていたことがわかったときは、ショックでしたね。直後にたまたま、別件でその取引先の法務担当者と直接会う機会があり、「メールありがとうございました!」と爽やかに言われて膝から崩れ落ちました(笑)。
Aさん:
それはつらいですね…。私は、そのようなタイプの担当者だとわかった場合は、Word内にコメントを残すことはせず、電話などで論点を説明するという方法にしています。
Cさん:
私は、事業部の担当者が変更履歴を反映するなどの作業をしなくても大丈夫なように、社内用と取引先向けを別のWordとして作成し、ファイル名にそれぞれ「社内検討用」/「◯◯社様」と付けたりしています。
Dさん:
私も最近は、手痛い失敗を踏まえ、事業部からそのまま転送されることを想定したうえで、次のようにコメントの残し方を分けるようにしています。
コメントの伝え方 | コメントの内容 |
---|---|
Word内コメント | 取引先宛てコメント、または取引先に読まれてもよいような内部コメント |
契約書回答メール本文 | 取引先に読まれてもよいような内部コメント |
契約書回答とは別のメール、またはメール以外の連絡手段(電話やミーティング) | 取引先には見せたくない交渉上重要な指摘 |
PDFの使い方 - 送る場合・受け取る場合
多くの場合、契約書のファイル形式はWordだと思われますが、PDFはどのような場合に使っていますか。
Bさん:
当社が買主となる調達契約ひな形など、なるべく原文のまま締結したい場合には、当社案をあえてPDFで送付しています。
Cさん:
当社でもBさんと同様に、修正に応じたくない契約についてはPDFで渡していますね。
Dさん:
Bさん、Cさんがおっしゃるように、PDFで送ってくるということは「修正されたくない」という意思表示ですよね。
取引先からPDFで送られてきたけれども修正の希望を伝えたいという場合には、修正希望箇所のみWordで修正案を作成することが多いです。
Cさん:
私もそのような場合は、修正箇所だけを抜粋したWordファイルを作成します。PDFの編集ソフトを利用することもあります。
Bさん:
私はAcrobatなどでPDFの全文をコピーして、Wordファイルに作り替えることが多いです。
Eさん:
私もWordに変換して対応します。
Aさん:
私は一応Wordでもらえないか確認して、難しいようであればあきらめてレビューし、気になる点はメール等の本文に記載して戻します。
PDFならまだしも、書面をスマホカメラで撮影した画像ファイルが送られてきたときは途方に暮れました。あきらめてそのままレビューしましたが…。
Dさん:
いろいろありますね。私はFAXで受け取ったこともありますよ。
Bさん:
ときどき、取引先から受け取った契約書を事業部がExcelに落とし込み、これまでの交渉経緯がわかるよう、条項ごとに、取引先提示の原案→当社カウンター案→取引先からの再カウンター案、といった形で列を追加し表形式にしたうえで法務部へ渡してくることがあります。
ExcelですとWordのような変更履歴機能がなく、手動で取消し線をつけたり文字の色を変えたりしなくてはならないのでとても面倒です。事業部にとってそれがやりやすいのなら仕方ないと自分に言い聞かせて、粛々と作業をしています。
Aさん:
Excel契約書は、取引先から受け取った経験があります。Bさん同様、あきらめて対応しました。
Dさん:
私もありますね。修正箇所だけWordに転記して修正しました。
Cさん:
1回のやり取りで済みそうであれば、Excelのまま対応するか、Dさんのように修正箇所のみ別途Wordで作成するといった対応をします。
やり取りが1回で済まないような場合は、全文をコピペしてWord形式に変えて対応するようにしています。
リーガルテックの導入状況とナレッジマネジメントの方法
契約実務に関連するリーガルテックの利用・検討状況はいかがでしょうか。
Aさん:
契約書レビューAIシステムを一応検討はしていますが、導入は未定です。
Dさん:
契約書レビューシステムを導入しています。AIレビューは、現状、あまり必要性を感じていません。
Bさん:
当社では、契約書レビューAIシステムを導入しており、特に和文の契約書について指摘すべき事項の抜け漏れ確認のために使用したり、当該システムに含まれるひな形を活用したりしています。業務の効率化に一定の効果があると感じています。
Eさん:
当社では、前述の文書比較ソフトに加えて、契約書レビューAIシステムとプルーフリーディングソフトを導入済みです。検討中のものとして、ナレッジマネジメント、法律事務所管理ソフトがあります。
現状重宝しているのは、プルーフリーディングソフトです。契約書が長くなればなるほど、条ズレなどの間違いが生じやすくなります。人間の目だけでプルーフリーディングしようとするとかなり時間がかかるので、ここを機械的に処理できるのは非常に助かります。
一方で、契約レビューAIソフトについては、精度がまだ発展途上で、業務全体を効率化するレベルには達していないと感じます。日本語の単純な契約書であれば有効なのですが、英文契約になるとあまりメリットを感じません。
Cさん:
定型契約レビューの省力化を目的として契約書レビューAIシステムを導入しましたが、導入当初は、形式的な指摘が多く、かえって非効率だという意見が多くあげられました。そこで主要な契約類型について部員同士で指摘内容の要否の擦り合わせを行い、絞り込んだ結果、現在では、最低限指摘すべき内容の平準化と業務の効率化につながっています。
契約書レビューを含めた法務部内での案件管理やナレッジマネジメントについては、どのように取り組んでいますか。
Eさん:
事業部とのやり取りはメール中心なので、知識や案件に関する情報の属人化が課題となっています。目下、社内IT部門と共同で、メールや契約書等を一元管理できる業務管理プラットフォームを開発しているところです。
Bさん:
当社でもまさに同様の課題を抱えていて、外部の既製ソフトやサービスの利用も含めて検討中です。Eさんのところでは自社開発に取り組まれているとのことですが、外部の既製ソフト等を利用せず自社開発とされたのはなぜでしょうか。
Eさん:
2つ理由がありまして、1つ目は弊社のセキュリティポリシー上の理由です。案件管理のためには弊社標準のメールソフトやファイルストレージソフトとの連携が必須ですが、セキュリティポリシー上、標準ソフトと非標準ソフト(既成案件管理ソフト等)の連携のハードルが高いため、内製に踏み切ったという事情があります。
2つ目は、案件に関連する情報をすべて一元化したいという要求があったためです。現状、案件に関連する情報はメール、ストレージ、承認フローシステムなどさまざまなシステムに散らばっているという課題があるのですが、これらをすべてうまく連携するシステムは既成のシステムではなかなかなく、またあったとしても先ほどのポリシー上の理由により連携できないことから、内製化したほうがよいという判断になりました。
Cさん:
当社でもEさんと同様に、契約書レビュー・作成、締結申請、期限管理を行うために自社開発したワークフローシステムを利用しています。2012年から運用しているのですが、当時は現在のように外部サービスが充実していなかったためシステムを内製しました。
システムを利用することでナレッジの共有・活用はできるようになりましたが、法務担当者が事業部とのやり取り等を記録するという手間はかかってしまうので、ここを省力化することが現在の課題です。
Aさん:
たしかに、ツールが増えることで別の問題が発生するというのもありますよね。ナレッジマネジメントは当社でも模索中ですが、個人的には、必要な場面でメールにて共有することでよいのではないかと思っています。
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