メキシコ労働法の解説

第1回 メキシコの労務事情と連邦労働法の全体像

国際取引・海外進出

目次

  1. はじめに
  2. メキシコの労務事情
  3. メキシコの労働法とその構造
  4. メキシコ労働法の特徴
    1. 無期雇用の原則
    2. 解雇の種類
    3. 労働者への金銭支払いと法定労働時間
    4. 労働組合
    5. その他の注目すべき点
  5. 通則的規定
    1. 法の理念
    2. 定義規定等
    3. メキシコ人労働者雇用規定
    4. 労働者派遣禁止規定

はじめに

 新たにメキシコ進出をしようとする日本企業をサポートする際にしばしば次のようなご質問をいただく。

 「メキシコの労働法は日本の労働法よりも労働者に有利ですか?」

 このようなご質問に対しては「多くの面では労働者に有利ですが、労働者に不利なルールも少なからずあります」というのが端的な回答となる。当然、日本企業の方からすれば、どのような点で労働者にとってより有利(または不利)であるのかが疑問点であるため、お時間を頂戴して具体的かつ詳細に説明させていただいてきた。

 このような経験から、日本の労働法とメキシコの労働法との相違点を指摘し、どのような点が労働者に有利(または不利)であるかを整理した記事を用意し、案内することができれば依頼者の利益になると考えるに至った。

 また、労働法務は法律上の定めと実務運用に幾分かの乖離がある分野であることから、実務運用についても言及する記事が必要である。

 本連載は上記の問題意識に基づき開始するものであり、重要なトピックごとに日墨の労働法の相違点およびメキシコにおける労働実務にフォーカスする。

 第1回である本稿では、メキシコにおける労務事情とメキシコの労働法の全体像を解説する。次回以降では労働契約、労働条件(賃金・手当等)、雇用の終了(退職・解雇等)、労働組合などのトピックにおける日墨の労働法の相違点および実務運用を解説していく。

メキシコの労務事情

 メキシコのいわゆる労働法はLey Federal del Trabajoという単一の連邦法である。各州が州法により異なる(あるいは上乗せの)規制をしているわけではない。しかし、メキシコでは法律ではない伝統や慣習が重視されている面もあり、州、都市、または地域が異なれば、労働組合や労働者が期待する福利厚生や労働環境も異なる。そのため、メキシコ進出を検討している企業は、新会社設立に先立ち(または遅くとも事業を開始する前に)、このような地域固有の事情を調査する必要がある。

 メキシコは長時間労働の国である。OECDの統計によれば、2018年から連続で、年間平均労働時間が加盟国で1位である 1

 現政権(2021年9月現在)は左派政権で、低所得者層を支持基盤としている。労働者保護のための改正がなされる(詳細は別稿にて解説する)などの動きがあり、特段の事情なき限り、任期満了である2024年まで同様のトレンドが続く可能性がある。

 また、労働法改正によるものではないが労働者保護を後押しするものとして、米国・メキシコ・カナダ協定(「USMCA」)の発効がある。たとえば、USMCAの下では、自動車貿易において関税ゼロの待遇を受けるためには、2023年までに、部品の40~45%を、時給が16米ドル以上の労働者により製造されたものにしなければならないため、USMCAは労働者の賃金水準を上昇させる方向に作用する。

メキシコの労働法とその構造

 日本では労働法として労働基準法や労働契約法など複数の法律が存在するのに対し、上述のとおりメキシコの労働法は1つの連邦労働法のみである。もっとも、日本の各労働関連法と異なり、メキシコの連邦労働法は多くの規定を定めており、具体的には1010条まで規定されている(削除されている条文もあるが、枝番の条文もあるため依然として合計1000条近くあると思われる)。具体的には下記のとおり構成されている。

第1部:一般原則(1条–19条)
第2部:個別労働契約(20条–55条)
第3部:労働条件(56条-131条)
第4部:使用者および労働者の権利義務(132条-163条)
第5部:女性の労働(164条-172条)
第5部の2:未成年者の労働(173条-180条)
第6部:特殊な職務および労働者(181条-353条のU)
第7部:集合的労働関係(354条-439条)
第8部:ストライキ(440条-471条)
第9部:業務中の事故(472条-515条)
第10部:禁止事項(516条-522条)
第11部:労働当局および社会福祉(523条-624条)
第12部:調停仲裁委員会の司法職員(625条-647条)
第13部:労働者と使用者の代表者(648条-684条)
第13部の2:裁判前の調停手続(684条のA-684条のU)
第14部:手続に関するルール(685条-938条)
第15部:執行に関するルール(939条-991条の2)
第16部:責任および制裁(992条-1010条)

メキシコ労働法の特徴

 上述のとおり各トピックの詳細は次回以降で解説するが、ここでは、メキシコ労働法についての大まかなイメージを得られるよう、その特徴を簡潔に紹介する。

無期雇用の原則

 連邦労働法の下では、原則として、雇用関係は無期雇用である。ただし、特別な条件を満たせば、例外的に、特定役務契約、季節労働、訓練雇用等として有期雇用が認められることがある。

 雇用類型を問わず、連邦労働法上、雇用条件は書面で記載されなければならない。労働契約を書面により締結しなかった場合は使用者の過失とみなされ、紛争に至った場合、雇用条件に関する労働者の主張は、使用者の反証が成功しない限り真実とみなされる。

解雇の種類

 解雇には懲戒解雇と会社都合解雇がある。会社都合解雇の場合、解雇を正当化する理由等の存在とその証明は不可欠ではなく、また日本の整理解雇の場合のように、解雇の必要性(人員整理をしなければならないほどの経営上のやむを得ない事情の存在)や解雇回避努力等の有無も問われない。

 ただし、会社都合解雇の場合には法定の金銭支払いが必要であり、相当な額の支払いが必要になることもある。懲戒解雇の主張が認められることは比較的稀である。また、会社都合解雇の場合には、一部の類型の労働者を除き、被解雇者による復職請求がなされうる。したがって、金銭支払いをすれば必ず解雇できるというわけではない(もっとも実際には、多くの場合において金銭支払いにより解決している)。

労働者への金銭支払いと法定労働時間

 労働者への金銭支払いに関しては、クリスマスボーナスや労働者利益分配金 2 等の支給が必要であったり、時間外労働に対する割増賃金の割増率は日本より高く設定されていたりする(9時間以内は2倍、それ以上は3倍)など、労働者に有利な面がある。一方で、週の法定労働時間は48時間(夜勤の場合は42時間で、日勤と夜勤の組み合わせの場合は45時間)と、日本の法定労働時間である40時間より長く設定されている。

労働組合

 労働組合も法定されている 3。労働組合の存在感と強さは、個々の地域や事業分野・産業に応じて異なる。会社運営上、労働者を代表する組合が存在し、それにより労使間での健全な対話が可能であることが望ましい場合が多い。

その他の注目すべき点

 特定の職種や労働者の類型に応じた特則が存在する点も注目される。また、ストライキが法律上認められており、手続も定められている。実際にメキシコでは大規模なストライキが起こり、長期化することもある。

通則的規定

法の理念

 1条から3条までは具体的なルールではなく、法の目的や理念に関する規定が続く。国籍、性別、宗教等を理由とする差別の排除が要求されており、とりわけ両性の平等については「実質的な平等(igualdad sustantiva)」が連邦労働法上も図られている 4。2条および3条に明記された法の目的は他の規定の解釈において考慮される 5

定義規定等

 3条の2から4条は定義規定である。2012年に追加された3条の2は「ハラスメント」および「セクシュアル・ハラスメント」を定義しており、2019年に追加された3条の3は、新たに設けられた機関である「連邦労働調停・登録センター」および「労働裁判所」等を定義している(これらの新たな機関については別の回で解説する)。

 また、8条、9条、10条および16条において、「労働者(trabajador)」、「管理監督者(trabajador de confianza)」、「使用者(patrón)」および「企業(empresa)」が説明されている 6

メキシコ人労働者雇用規定

 7条は、使用者は少なくとも雇用する労働者全体の90%をメキシコ人労働者としなければならない(ただし、このルールは取締役等には適用されない)と定めている。さらに、技術者および専門家の雇用に関しては、技術者または専門家として勤務する労働者は原則としてメキシコ人でなければならないとされている 7

 一定の場合には例外的に、使用者は、全労働者の10%以下の範囲で、外国人労働者を技術者または専門家として一時的に雇用できる 8。このとき、使用者と外国人労働者は、当該専門分野に関してメキシコ人労働者を訓練する共同の義務を負う 。

労働者派遣禁止規定

 12条は労働者派遣(subcontratación de personal)を禁止している(ただし、13条により一定の場合には例外的に許容される)。12条から15条にかけては2021年4月に改正がなされており、改正前後のルールの相違等は、改正の背景と併せて労働条件について解説する回で説明する。

(注)本稿は、メキシコの法律事務所であるBasham, Ringe y Correa, S.C.のメキシコ法弁護士のLuis Emilio Luján Sauri氏の協力を得て作成しています。


  1. 執筆時に確認できたデータによる。ただし、コロンビアが2020年にOECDに加盟したことにより遡求的に2位になっている。OECD iLibrary ↩︎

  2. 連邦労働法上、会社の役員等を除くすべての従業員に対して、会社の利益の一定割合を分配する必要があり、これを労働者利益分配金(Participación de los Trabajadores en las Utilidades de las Empresas(通称「PTU」))という。英語でプロフィット・シェアリングとも呼ばれる。2021年4月、この労働者利益分配金に関連して法改正があった。詳細は労働条件について解説する回で解説する。 ↩︎

  3. 主に第7部第2章(356条-385条)が労働組合について規定しており、また、連邦労働法の他の箇所にも労働組合についての定めが存在する。 ↩︎

  4. 連邦労働法2条および3条 ↩︎

  5. 連邦労働法18条 ↩︎

  6. 8条、9条、10条および16条は、3条の2および4条と規定ぶりが異なり、また文言も具体的ではないため、「説明されている」と表現した。9条において説明されている”trabajador de confianza”については、日本の労働基準法41条2号で定めるいわゆる「管理監督者」と厳密に一致するものではないが、管理監督を担う者であることから「管理監督者」の訳語を用いた。 ↩︎

  7. 連邦労働法7条 ↩︎

  8. 連邦労働法7条 ↩︎

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