メキシコ会社法の解説
第2回 メキシコでの会社設立 候補となる会社形態と手続のポイント
国際取引・海外進出
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目次
候補となる会社形態
Sociedad AnónimaとSociedad de Responsabilidad Limitada
本稿では、日本企業がメキシコに子会社等を設立する場合に必要な手続等を解説する。 第1回で述べたとおり、日本企業がメキシコに子会社等を設立する場合には通常Sociedad Anónima(有限責任の株主のみを出資者とする日本の株式会社に相当する会社)の形態を採用しているようである。その他の形態としてSociedad de Responsabilidad Limitada(有限責任社員のみにより構成される合同会社類似の会社)も採用されているが比較的少数である。
そこで、本稿では、Sociedad Anónimaの設立手続等を中心に解説し、必要に応じてSociedad de Responsabilidad Limitada特有の規制も紹介する。
なお、上記の会社形態のいずれも、原則として日本の会社法に相当するLey General de Sociedades Mercantiles(以下、「メキシコ会社法」とする)という連邦法に基づき設立され運営される(ただし、Sociedad Anónimaが公開会社である場合はこの限りでない)。本連載では非公開会社であることを前提に解説する。
形態の選択(Sociedad AnónimaかSociedad de Responsabilidad Limitadaか)
新メキシコ法人の会社形態としてSociedad AnónimaとSociedad de Responsabilidad Limitadaのいずれを採用するかを判断するにあたり、両者の主要な相違点として下記の点を把握しておく必要がある。
Sociedad Anónimaの場合、出資者である株主の数に上限はないが、Sociedad de Responsabilidad Limitadaの場合には出資者であるメンバーは最大50名までとされている 1。なお、Sociedad Anónimaには最低2名以上の株主が必要である 2 のと同様に、Sociedad de Responsabilidad Limitadaにも最低2名以上のメンバーが必要である。
また、持分譲渡の容易性にも相違がある。Sociedad Anónimaの場合、原則として株式の譲渡は自由である(ただし、譲渡制限に関する規定を定款に定めることは可能である)3。これに対し、Sociedad de Responsabilidad Limitada の場合、持分(Partes Sociales)の譲渡または新メンバーの加入のためには、原則として会社資本の過半数に相当する出資をしているメンバーの同意が必要である(定款がより高い割合を規定している場合には当該割合に相当する出資をしているメンバーの同意が必要である)4。非メンバーへの持分の譲渡が提案された際には、当該譲渡を行わないメンバーは、譲渡対象である持分について先買権を有する 5。
加えて、Sociedad de Responsabilidad Limitadaは、定款に規定することにより、メンバーに対して、それぞれの持分に比例した追加的な出資を要求しうる 6。Sociedad Anónimaについては、このような追加出資強制の規定はない(ただし、任意に定款に定めることは可能であり、その場合には有意な差はなくなる)。
組織構成にも相違がある。Sociedad Anónimaの場合、運営を担う主体である取締役の任命が必須である 7。これに対し、Sociedad de Responsabilidad Limitadaの場合、通常は運営を担う主体であるマネージャー(Gerente)を任命することが多いが、かかる任命は必須ではなく、マネージャーを任命しなかった場合にはメンバーが運営を担う(もっとも、通常はマネージャーを任命する)8。また、Sociedad Anónimaの場合には監査役(Comisario)が必須である 9 が、Sociedad de Responsabilidad Limitadaの場合には監査役は必須ではない。
最後に、しばしば誤解されがちな点として、いわゆるパススルー(法人の収益等に対する非課税)の有無について言及する。結論から述べるとSociedad de Responsabilidad Limitadaとして設立した場合であっても、メキシコ法人の収益等はメキシコの法人税の課税対象となる。もっとも、出資者(株主またはメンバー)の所在する法域によっては、Sociedad de Responsabilidad Limitadaを選択することにより当該法域の租税法上のメリットを享受できる場合がある。
主な相違点
Sociedad Anónima | Sociedad de Responsabilidad Limitada | |
---|---|---|
出資者 | 株主の数に上限はない 最低2名以上の株主が必要 |
メンバーは最大50名まで 最低2名以上のメンバーが必要 |
持分譲渡の容易性 | 原則として株式の譲渡は自由(ただし、譲渡制限に関する規定を定款に定めることは可能) |
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追加出資強制の規定 | なし (任意に定款に定めることは可能) |
あり |
組織構成 | 取締役の任命が必須
監査役の任命が必須 |
マネージャーの任命は必須ではない 監査役の任命は必須ではない |
パススルー(法人の収益等に対する非課税) | − |
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会社設立手続
会社設立手続の全体像
下記2−4および2–5のとおり、会社設立のためには設立証書が用意され公証される必要がある。設立証書やメキシコの公証人・公証手続については馴染みがない方も少なくなく、しばしばご質問をいただく事項である。そこで、以下では、これらの事項について解説するとともに、設立証書を構成する主要な書類や、設立者側でなすべき主要なアクションに焦点を当てる。
メキシコでの会社設立にあたり準備すべき主要な書類は下記のとおりである。
- 委任状
- 定款
メキシコでの会社設立にあたり、通常、設立者側で必要な主要なアクションは下記のとおりである。
- 代理人に対する委任状の付与
- 複数の会社名称候補の提示
- 定款等の作成に必要な情報を代理人に提供
委任状の付与
外国人投資家や外国親会社等の代表者は、適切なビザなしではメキシコにおいて法人設立手続を自ら履践することが困難である。そのため、会社設立者の便宜のために、通常、会社設立を代理して行う法律事務所の弁護士等に対して委任状が付与される。
この委任状は、メキシコ法が要求する形式に従って作成され、認証される必要がある。認証においては、適切な形式で作成された委任状が公証人(NotarioまたはNotario Públicoという)の前で署名される必要があるのみならず、アポスティーユも取得する必要がある。
委任状はスペイン語で作成され署名されるか、英語で作成され署名されている場合は、法人設立手続で使用できるように、メキシコの公証人による公証に先立ちスペイン語に翻訳される必要がある。
この委任状の作成および付与の手続において、設立者側では、新会社の株主またはメンバーについての情報を代理人に提供する必要がある。委任状の用意は複雑化し時間がかかることがあるため、設立事務の代理人と事前に調整しておく必要がある。
会社名称の確保
会社設立のために、最初にメキシコの経済省(Secretaría de Economía)に会社名称候補を提示のうえ、承認を得る必要がある。会社名称候補を複数提示することが法律上義務付けられているわけではないが、提示した会社名称候補が利用できない場合に備えて最低でも3つの候補を提示して承認申請することが望ましい。
経済省による会社名称の承認は、申請者にその名称を商標として使用する知的財産権を付与するものではなく、また、承認された名称が申請者以外の者の知的財産権の対象ではないことを保証するものでもない。後者の点につき懸念がある場合には、メキシコ産業財産機構(Instituto Mexicano de la Propiedad Industrial(通称「IMPI」)のシステムで事前に検索を行い、選択した名前がすでに登録されているかどうかを調査すべきである。
会社名称が承認された場合には会社は設立可能となる。経済省による会社名称の承認は、承認の日から180暦日有効である。
必要情報の提供
新会社の設立のためには、設立証書が公証人の面前で設立における設立時株主・メンバー(またはその代理人)により署名される必要がある。設立証書には上述の委任状のほか、定款を含む各種書類が組み込まれなければならない。したがって、定款を作成する必要がある。
Sociedad AnónimaまたはSociedad de Responsabilidad Limitadaのいずれの場合も、通常、新会社を設立するために必要な情報を記載した質問票が設立を支援する事務所または弁護士等から会社の担当者に送付される。以下では、会社の定款で規定される項目の一部につき簡単に説明する。
(1)会社の目的
会社はその主要な目的を達成するために必要なあらゆる商業活動をなしうる。ただし、会社は、従事する主要な活動についての簡単な説明を定款に記載する必要がある。
メキシコにおいては、「すべての合法な商業活動」というような一般的な目的のみを会社の目的として記載すべきではない。一方で、具体的な目的を複数列挙したうえで、末尾に「会社の主要な目的に関連するすべての合法な商業活動」との記載をすることは許されており、そのような例は少なくない。
(2)会社所在地
主要な事業所が設立される市または町を定款に記載する必要がある。これにより、最初の登録先となる登記所類似の行政機関(Registro Público de Comercio、通称「RPC」)と税務署が決定される。一方で、メキシコの他の地域での事業活動は制限されない。メキシコの他の市または町で事業を行う場合、当該市または町を管轄するRPCに登録する必要はないが、州法等で要求される税務通知および許可または承認の申請が必要となりうる。
(3)資本金と「Capital Variable」形式
第1回において説明したとおり、資本金に関連する会社の形態としてCapital VariableとCapital Fijoがあり、設立にあたっていずれの形態を採用するかを選択する必要がある。通常、Capital Variableが採用される。Capital Variableである会社が設立された場合、資本構造は固定資本と可変資本の二部に分けられる。
可変資本は設立時に実際に拠出される必要はない。第1回において説明したとおり、Capital Variableである会社は、可変資本の範囲であれば、比較的簡易な手続で、将来、適時に資本金の額を増減することができる。
(4)外国株主および外国メンバー
メキシコでは株主またはメンバーの国籍に制限はない。しかし、外国の株主またはメンバーによる出資を許容する場合には、会社はその定款に「外国の株主またはメンバーに、会社の株式・持分に関して自らをメキシコ国民とみなさせ、紛争が発生した場合に自国政府による保護を要求しないことに同意させ、かかる同意に反して保護を要求した場合にはメキシコ政府に株式・持分を没収されうることに同意させる条項」を規定する必要がある 10。
公証
会社名称が承認され、代理人に対して適切な委任状が付与され、定款が承認され、新会社によって付与される委任状に関する指示および会社設立に必要なその他の情報(質問票への回答等)の準備ができた際には、これらの書類および情報を、正式に設立書類を作成するために公証人へと届ける必要がある。公証人の面前で設立時株主・メンバー(またはその代理人)により文書が署名されると、会社は設立される。すなわち、会社は公証を経て設立される。
メキシコでは、他の法域の場合と比較してより一層、公式・形式的に法的手続が処理されなくてはならないことが多い。多くの会社決議および事業活動等(会社設立も含む)は、管轄地域の公証人によって公証されなければならない。メキシコの公証人は原則として法学の学位を取得している必要がある。加えて、公証人のポストが空いた際に、他の候補者と競争の上、司法試験に類似の試験に合格する必要がある(ただし、州により異なる)。各管轄区域に任命される公証人の数は限られている。したがって、メキシコの公証人は米国のNotary Publicよりも高い地位を有する。
Registro Público de Comercio(RPC)への登録
設立により会社が出資者とは別の法人格を有するに至ったことを第三者に対して主張するために、会社はその所在地を管轄するRPCに登録する必要がある。登録が完了するまで、会社はメキシコ法上、「不規則な会社(Sociedad Irregular)」とみなされ、会社を代表して行動する者は、会社のために行われる取引について連帯して責任を負うことに注意が必要である 11。登録が完了すると、RPCへの登録申請日に遡って登録が有効となる。
納税者登録
設立手続を完了し、メキシコで事業を行うために、新会社を納税者として連邦納税者登録簿(Registro Federal de Contribuyentes、通称「RFC」)に登録する必要がある。会社の最初の所在地の場所にもよるが、手続完了には3〜4週間かかる場合がある。多くの場合、会社設立を公証した公証人から税登録番号を取得できる。
会社が事業を行う場所である納税者の所在地がない場合には、通常、納税者として登録したり、納税者番号を取得したりすることはできない。一部の地域では、業者が有料でその所在地を新会社に提供し、納税者の所在地として使用できるようにしている。
その他の登録・通知
会社の設立が正式に行われ上記の各登録が終了した後も、新会社の事業継続のために、数種の通知と登録申請を政府機関に対してする必要がある。たとえば、外国株主・メンバーがいる場合は外国投資登録簿(Registro Nacional de Inversiones Extranjeras)への登録、従業員がいる場合はメキシコ社会保障機構(Instituto Mexicano del Seguro Social)への登録等をする必要がある。
(注)本稿は、メキシコの法律事務所であるBasham, Ringe y Correa, S.C.のメキシコ法弁護士のLuis Emilio Luján Sauri氏とMiguel Enrique Sánchez Anaya氏の協力を得て作成しています。
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メキシコ会社法61条 ↩︎
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メキシコ会社法89条1号 ↩︎
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メキシコ会社法130条 ↩︎
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メキシコ会社法65条。相続の場合の例外としてメキシコ会社法67条参照。 ↩︎
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メキシコ会社法66条。複数のメンバーが先買権を行使した場合には各メンバーの出資額に比例して按分取得される。 ↩︎
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メキシコ会社法70条 ↩︎
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メキシコ会社法142条 ↩︎
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メキシコ会社法74条が準用するメキシコ会社法40条 ↩︎
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メキシコ会社法164条 ↩︎
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外国投資法および外国投資登録簿に関する規則(Reglamento de la Ley de Inversión Extranjera y del Registro Nacional de Inversiones Extranjeras)14条 ↩︎
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メキシコ会社法2条 ↩︎
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アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 外国法共同事業