メキシコ会社法の解説
第4回 メキシコ会社法上の株式および株主の権利に関するルール
国際取引・海外進出
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目次
株式および株主の権利に関するルールの重要性
日本企業がメキシコに進出する場合、2つの会社が合弁事業として新たにメキシコ法人を設立するケースが少なくない。このような場合、株式の譲渡に関するルールは将来の合弁解消に影響する。また、2つの会社の出資割合が均等でない場合には多数派株主と少数派株主が存在することとなる。
このような場合、少数派株主にとってはどの程度の株式保有によりどのような権利を会社または多数派株主に対し主張できるのかを把握することが重要となる。そこで、本稿では株式および株主の権利に関するメキシコ会社法上の規定について解説する。
株式に関するルール
基本原則
Sociedad Anónima(日本の株式会社に相当する会社)の株式は、後述のとおり、原則として均一等価であり譲渡自由である。また、新株発行に際して、金銭出資のみならず、現物出資 1 や役務提供による出資 2 も認められている。
均一等価性と種類株式
Sociedad Anónimaの株式は原則として等価であり同一の権利を有するとされている 3。もっとも、定款に定めることにより複数の種類株式を発行することが可能である 4。ただし、無配当の種類株式(利益配当がなされない株式)は発行できない 5。
株主総会での投票に関しても、原則として、株主は1株につき1票有するものとされている 6。もっとも、定款において、特定の株式は特定の特別決議事項にのみ投票できると定めることが可能である(以下、投票権に制限がない株式を「普通株式」、制限付きの株式を「制限付き株式」とする)7。具体的には、制限付き株式を有する株主は、下記の特別決議事項にのみ投票できる 8。
- 会社の存続期間の延長
- 会社の解散
- 会社の目的の変更
- 会社の国籍の変更
- 会社形態の変更
- 他の会社との合併
配当も、原則として、株式保有数に比例してなされるものとされている 9。しかし、制限付き株式は配当や清算において普通株式に優先する 10。また、会社は定款において制限付き株式への配当を普通株式への配当よりも高く設定することができる 11。
株式の譲渡
Sociedad Anónimaの株式は、原則として自由に譲渡できる 12。第2回で述べたとおり、Sociedad de Responsabilidad Limitadaの場合、持分の譲渡または新メンバーの加入のためには、原則として会社資本の過半数に相当する出資をしているメンバーの同意が必要な 13 点と対照的である。もっとも、Sociedad Anónimaにおいても譲渡制限に関する規定を定款に定めることは可能である 14。具体的には、譲渡に際し、取締役会の承認が必要である旨を定めることができる 15。取締役会は、譲渡を承認しない場合には、株式を市場価格で買い取る者を指定する必要がある 16。
日本の株式会社と同様に、Sociedad Anónimaにも株主名簿が存在する 17。Sociedad Anónimaは株主名簿に株主として記載されている者をその株主として取り扱う 18。したがって、株式の譲受人は自らが株主名簿に記載されるようにする必要がある。メキシコ会社法上、株式の譲受人は単独で譲渡の事実および新たな株主の氏名等を株主名簿に記載するように請求できるとされており、かかる請求がなされた場合には会社は株主名簿に記載しなければならない 19。
株主の権利に関するルール
株主の権利義務総論
すべての株主は有限責任、すなわち出資の範囲に限定された責任を負担するのであり、具体的には取得する株式にかかる支払義務のみを負う 20。メキシコ会社法特有の点として、株主と会社との間の利益相反についての規定が存在し、一定の場合には議決権行使等が制約され、これに違反した場合には責任追及の対象となりうる 21。
株主の権利に関して、25%以上(または25%超)の株式保有割合が大きな意味を持つ。以下に述べるように、メキシコ会社法は、株式を25%以上保有する株主に対して種々の権利を与えている。また、第3回で解説したように、特別株主総会の定足数が75%以上の出資に相当する株主の出席であることから、少数派株主であっても株式を25%超保有することで特別株主総会の開催を阻止することが可能である(再招集の場合に生じる問題については第3回の2-3(2)を参照)22。
それぞれの権利については、3-2以降で解説するが、株式保有割合要件および権利行使可能期間に関して整理すると下記のとおりである。
株式保有要件 | 権利行使可能期間 | |
---|---|---|
取締役等選任権 | 25%以上保有 (公開会社の場合は10%) |
– |
株主代表訴訟における責任追及権 | 25%以上保有 | – |
株主総会延期請求権 | 25%以上保有 | 問題の決議事項が決議されるまで (通常、株主総会開会時または株主総会において問題の決議事項が提示された時点に行使される) |
決議に対する異議申立権 | 25%以上保有 | 株主総会閉会日から15日以内 |
株主総会招集請求権 | 33%以上保有 | – |
償還請求権 | – | 株主総会閉会日から15日以内 |
不適切運営報告権 | – | – |
監査役選任のための株主総会招集請求権 | – | – |
一時監査役任命請求権 | – | – |
報告書送付請求権 | – | – (法律上の要請ではないものの、かかる権利の行使により株主が株主総会開催日より15日以上前に報告書に記載の情報にアクセスできることが望ましい) |
取締役等選任権
取締役が3名以上任命される場合には、株式を25%以上(公開会社の場合は10%)保有する株主は最低1名の取締役を選任する権利を有する 23。
監査役が3名以上任命される場合にも、株式を25%以上(公開会社の場合は10%)保有する株主は最低1名の監査役を選任する権利を有する 24。もっとも、第3回で述べたとおり、監査役は通常1名のみ選任されるため、かかる監査役選任権の実務上の意義は比較的小さいと思われる。
株主代表訴訟における責任追及権
株式を25%以上保有する株主は、一定の要件を満たせば株主代表訴訟において取締役または監査役に対し責任追及することができる 25。具体的には、概要、(1)責任追及が、専ら当該株主の個人的な利益のためになされるのではなく会社の利益のための責任追及であり、(2)被告となる取締役もしくは監査役に対して責任追及訴訟を起こす余地がないと判断する株主総会決議がなされていない場合またはかかる株主総会決議がなされたものの当該株主が当該決議に賛成しなかった場合には、当該株主による責任追及が可能となる 26。株主による責任追及の結果として得られた賠償等は会社が享受する 27。
株主総会延期請求権
株式を25%以上保有する株主は、特定の株主総会決議事項につき十分に情報提供されていないと判断される場合には、株主総会の延期を請求することができる 28。この場合、延期後の株主総会はあらためて招集手続を経ることなく3日以内に開催される 29。この権利は、同一の決議事項に関して一度だけ行使することができる 30。
決議に対する異議申立権
株式を25%以上保有する株主は、一定の場合には、株主総会の決議に対して司法手続を通じて異議申立てすることができる 31。具体的には、(1)株主総会閉会日から15日以内に異議申立てがなされ、(2)申立人は当該株主総会に出席しておらずまたは決議に反対票を投じており、(3)申立てにおいて法令定款違反の事実が示されている場合には、司法手続を通じた異議申立てが可能となる 32。
株主総会招集請求権
株式を33%以上保有する株主は、いつでも書面により、取締役、取締役会または監査役に対して、請求書面に記載した事項を決議するための株主総会を招集するよう要求することができる 33。
取締役、取締役会または監査役が招集を拒否した場合または請求を受け取ってから15日以内に招集しない場合において株式を33%以上保有する株主が会社の所在地を管轄する司法当局に請求した場合には、当該司法当局は株主総会を招集することができる 34。
また、いかなる株主(株式保有割合を問わない)も、下記のいずれかの場合には株主総会を招集するよう要求することができる 35。
- 2年連続で株主総会が開催されていない場合
- 2年の間に株主総会が開催されたものの、計算書類等や監査役が提出する年次報告書の承認、取締役および監査役の選任やその報酬の決定(定款で定められている場合を除く)等がなされていない場合
償還請求権
株主(株式保有割合を問わない)は、株主総会において下記の特別決議事項が承認された場合で当該株主が反対票を投じていた場合には、当該株主総会の閉会日から15日以内に請求することにより、会社の株主であることをやめ、自らが保有する株式にかかる償還を受ける権利を有する 36。
- 会社の目的の変更
- 会社の国籍の変更
- 会社形態の変更
不適切運営報告権
株主(株式保有割合を問わない)は、会社運営に不適切と思われる点がある場合には、書面により監査役に報告することができる 37。かかる報告があった場合には、監査役は株主総会において、自らの報告書の中で当該株主による報告事由に言及し、当該報告事由に関して提案等をしなければならない 38。
監査役選任のための株主総会招集請求権および一時監査役任命請求権
監査役が不在であるにもかかわらず、取締役会が3日以内に監査役選任のための株主総会を招集しない場合には、株主(株式保有割合を問わない)は、会社の所在地を管轄する司法当局に対して、株主総会の招集を請求できる 39。また、何らかの理由で株主総会が開催されない場合または開催されたものの監査役の任命が行われない場合において株主(株式保有割合を問わない)の要求があった場合、会社の所在地を管轄する司法当局は、後に株主総会において監査役が任命されるまで監査役を務める者を任命する 40。
報告書送付請求権
株主(株式保有割合を問わない)は、会社がメキシコ会社法172条に基づき株主総会に提出する事業報告書、財務状況報告書、監査役の年次報告書(第3回の4-2を参照)等の報告書の写しを送付するように請求する権利を有する 41。
株主間の合意による権利設定
上記の各法定の権利の他、株主間の合意により株式の売買や株主総会での投票権行使等について権利義務を定めることが認められており、たとえば、いわゆるTag Along rightとDrag Along rightも明文上設定可能とされている 42。
株主間の対立等により会社の意思決定ができない膠着状態(いわゆる「デッドロック」)に陥った場合に備えた対策として合弁契約または株主間契約において株式売渡請求権等の株主間の合意に基づく権利が設定されることもある。このような権利を契約において定めるに際しては、Sociedad Anónimaにおいて株主が最低2名必要とされている点に留意が必要である 43。
たとえば、株主が2名のみの会社(メキシコ法人)において、デッドロックに陥った場合の備えとして事前に株式売渡(または株式買取)請求権を設定することが考えられる。しかし、上述のとおり株主が最低2名必要とされているため、一方の株主はメキシコ法人の株式全てを他方株主に譲渡することができない。権利行使の結果1株のみを別の関連会社が保有することになる等、権利行使後に株主が2名以上となるような仕組みにする必要がある。
なお、当然であるが、かかる株主間の合意に基づく権利は原則として会社に対して行使・執行することができない 44。
(注)本稿は、メキシコの法律事務所であるBasham, Ringe y Correa, S.C.のLuis Emilio Luján Sauri氏、Miguel Enrique Sánchez Anaya氏およびEduardo González Jiménez氏の協力を得て作成しています。
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メキシコ会社法141条。設立の場面における現物出資につきメキシコ会社法100条2号。 ↩︎
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メキシコ会社法114条 ↩︎
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メキシコ会社法112条 ↩︎
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メキシコ会社法112条 ↩︎
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メキシコ会社法112条および17条 ↩︎
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メキシコ会社法113条 ↩︎
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メキシコ会社法113条 ↩︎
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メキシコ会社法113条、182条1号、2号、4号、5号、6号および7号 ↩︎
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メキシコ会社法117条 ↩︎
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メキシコ会社法113条 ↩︎
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メキシコ会社法113条 ↩︎
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メキシコ会社法130条反対解釈 ↩︎
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メキシコ会社法65条 ↩︎
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メキシコ会社法130条 ↩︎
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メキシコ会社法130条 ↩︎
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メキシコ会社法130条 ↩︎
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メキシコ会社法128条 ↩︎
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メキシコ会社法129条 ↩︎
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メキシコ会社法128条および129条 ↩︎
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メキシコ会社法87条 ↩︎
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メキシコ会社法196条 ↩︎
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メキシコ会社法190条 ↩︎
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メキシコ会社法144条 ↩︎
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メキシコ会社法171条が準用する144条 ↩︎
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メキシコ会社法163条および同条を準用する171条 ↩︎
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メキシコ会社法163条および同条を準用する171条 ↩︎
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メキシコ会社法163条および同条を準用する171条 ↩︎
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メキシコ会社法199条 ↩︎
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メキシコ会社法199条 ↩︎
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メキシコ会社法199条 ↩︎
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メキシコ会社法201条 ↩︎
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メキシコ会社法201条 ↩︎
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メキシコ会社法184条 ↩︎
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メキシコ会社法184条 ↩︎
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メキシコ会社法185条 ↩︎
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メキシコ会社法206条、182条4号、5号および6号 ↩︎
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メキシコ会社法167条 ↩︎
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メキシコ会社法167条 ↩︎
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メキシコ会社法168条 ↩︎
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メキシコ会社法168条 ↩︎
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メキシコ会社法173条 ↩︎
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メキシコ会社法198条 ↩︎
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メキシコ会社法89条1号。なお、Sociedad de Responsabilidad Limitada(日本の合同会社に相当する会社)においても出資者が最低2名必要とされている。 ↩︎
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メキシコ会社法198条 ↩︎
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