2021年のエンターテインメント芸能業界のコンプライアンス - 契約上の問題点・反社会的勢力との関係等
危機管理・内部統制
目次
はじめに
近年、芸能人やスポーツ選手の不祥事、所属事務所との間の独立・移籍に伴うトラブル等が大きく報道されていますが、エンターテインメント芸能業界においても、一般事業会社において発生する不祥事と同様にコンプライアンスの徹底は重要な課題となっています。
特に、芸能事務所やプロダクションにおいては、所属芸能人との契約関係(移籍制限やその他著しく不平等な契約条件)が独占禁止法違反となるケースのほか、所属芸能人が起こした不祥事(反社会的勢力との関係、薬物使用、暴行等の刑事事件、未成年との飲酒、不貞行為等)など、様々な問題が現実に起こっています。
そのようななかで、2018年2月には、公正取引委員会から、スポーツ選手、芸能人その他の「フリーランス」との契約に関して、「人材と競争政策に関する検討会報告書」(以下「公正取引委員会報告書」という)が公表されましたが 1、その後には、芸能事務所業界団体がマネジメント契約書ひな型の見直し改訂を公表 2 するなど、エンターテインメント芸能やスポーツ業界への影響も非常に大きなものとなっています。
なお、2021年3月26日には、内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省から「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(以下「フリーランスガイドライン」という)が公表されています 3。
本稿では、エンターテインメント芸能業界における近時の問題点とその動向を紹介しつつ、想定される具体的なトラブル類型について、どのような問題が生じうるか、トラブルの予防としてどのような方策がありうるのかなどを解説します。
なお、上記のとおり、公正取引委員会報告書は、芸能人やスポーツ選手等のエンターテインメント業界の関係者のみならず、システムエンジニア、プログラマー、IT技術者、記者、編集者、ライター、アニメーター、デザイナー、コンサルタント等の「フリーランス」を広く対象とするものであり、本稿もフリーランス全般に共通するものとして説明いたします。
なお、本稿は特定の具体的な事案を紹介するものではなく、近時見られる複数の事案をもとに抽象化してその問題点等を紹介するものであること、またすべての問題を網羅的に取り上げるものではないことにご留意ください。
近時のエンターテインメント芸能業界における不祥事例(概観)
移籍によるトラブル等
某芸能事務所が、同事務所を辞めたアイドルがテレビ番組に出演できないように働きかけるなどしていた疑いがあるとして、公正取引委員会が同事務所に対して「注意」を行ったと報道されました 4。
反社会的勢力との関係
某芸能事務所所属のお笑い芸人が、反社会的勢力の関与するパーティーに所属事務所を通さず出席し、報酬を受け取っていたといういわゆる闇営業が発覚しました。
その他(薬物使用、暴行、飲酒運転、不貞行為、未成年飲酒等)
その他、近年に報道された芸能人の不祥事には下記のようなものがあります。
薬物 |
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事故・暴行 |
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不貞行為 |
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未成年との飲酒 |
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以下においては、近時大きな問題として扱われることの多い、芸能人の移籍によるトラブル(後記3)と反社会的勢力との関係(後記4)について概説します。
移籍制限の問題点
法的問題点の概要
所属芸能人の移籍について制限することや移籍後に不利益を生じさせる行為について、独占禁止法上の問題が生じる場合があります。以下、この点について記載された公正取引委員会報告書の内容について説明します。
公正取引委員会報告書(概要)
(1)公正取引委員会報告書の公表
前述のとおり、2018年2月に、公正取引委員会から「人材と競争政策に関する検討会報告書」(公正取引委員会報告書)が公表されました。
公正取引委員会報告書は、システムエンジニア、プログラマー、IT技術者、記者、編集者、ライター、アニメーター、デザイナー、コンサルタントのほか、スポーツ選手、芸能人などの「フリーランス」(以下、役務提供者を「フリーランス」という)に不利益をもたらし得る発注者(以下、使用者を含めて「発注者」という)の行為に対する独占禁止法上の考え方を整理したものです 5。
(2)公正取引委員会報告書の概要
芸能事務所がテレビ局に対して、移籍した芸能人の出演について何らかの圧力を加えていたような場合には、独占禁止法で禁止されている「不公正な取引方法」(昭和57年公正取引委員会告示第15号)にあたる可能性もあります 6。
以下ではまず、芸能人・タレントに限らずフリーランス全般について、移籍制限等に関して指摘がなされている公正取引委員会報告書の概要について説明します。なお、必ずしも網羅的に説明するものではなく、重要なポイントに絞って説明するものであることにご留意ください。
ア 発注者が共同して人材獲得競争を制限する行為 7
複数の発注者が共同して、①フリーランスに対する報酬・取引条件を取り決めることや、②フリーランスの移籍・転職を制限する内容を取り決めることは、原則として独占禁止法上問題となります(不当な取引制限 8 等)。
もっとも、当該共同行為によってもたらされる競争促進効果の有無、社会公共目的の有無、さらには、手段の相当性の有無(共同行為の内容および実施方法が目的を達成するために合理的なものであるか否か、相当なものであるか否か)なども併せて考慮して違法性が判断されます。
(ア)「役務提供者に対して支払う対価」に係る取決め
複数の発注者が共同して、一定の役務提供に対する価格(対価)を取り決めることは、人材獲得市場における発注者間の競争を制限するものであることから、原則として不当な取引制限となるとされています。
(イ)「移籍・転職」に係る取決め
複数の発注者が共同して役務提供者の移籍・転職を制限する内容の取決めを行うこと 9 は、フリーランスの役務の提供先の変更が容易ではなくなることになり、人材獲得市場における発注者間の競争を制限するものであることから、不当な取引制限となる場合があります。
たとえば、契約期間の上限・下限を複数の発注者(使用者)が共同して取り決めることで、各発注者(使用者)が契約により役務提供者を拘束する期間が同一となる場合には、人材獲得市場における発注者(使用者)間の競争を制限することとなり得ます。
出典:公正取引委員会「⼈材分野における公正取引委員会の取組」2頁 10
イ 優越的な地位を背景にフリーランスに不当に不利益を与える行為 11
(ア)優越的地位の濫用
発注者は通常企業であるのに対してフリーランスは個人で事業を行っていることが多いなど、フリーランスは発注者と比べて情報が少なく交渉力も弱いため、発注者から情報が十分に提供されない場合も少なくありません。このため、フリーランスが自由かつ自主的な判断によって取引の相手方および取引条件を選択するという自由競争の基盤が維持されにくい状況にあります。
優越的地位にある発注者がフリーランスに対して課す制限・義務等によって不当に不利益を与える場合は、独占禁止法上問題となり得ます(優越的地位の濫用 12 等)。
ここでいう「優越的地位にある」かどうかは、以下の点を総合的に考慮して個別具体的に判断されます。
- フリーランスの発注者に対する取引依存度
- 発注者の市場における地位
- フリーランスの取引先変更の可能性
- その他発注者と取引することの必要性を示す具体的事実等
また、「不当に不利益を与える」か否かは、これら制限・義務等の内容や期間が目的に照らして過大であるか、与える不利益の程度、代償措置の有無やその水準、あらかじめ十分な協議が行われたかなどを考慮のうえ、個別具体的に判断されます 13。
具体的に想定される例として、以下のような行為があげられています。
a. 役務提供に伴う成果物の利用等を合理的な理由なく制限する行為
b. 合理的に必要な範囲を超えた専属契約
c. 過大な秘密保持義務・過大な競業避止義務
B)不当に不利な条件で取引する行為
a. 著しく低い報酬での取引要請
b. 成果物の受領拒否
c. 成果物の権利等の一方的取扱い
C)報酬の支払遅延
D)報酬の減額要請
E)発注者との取引とは別の取引によりフリーランスが得ている収益の譲渡の義務付け
出典:公正取引委員会「⼈材分野における公正取引委員会の取組」3頁 14
(イ)競業避止義務と専属義務
発注者が、営業秘密等の漏洩防止の目的のために合理的に必要な(手段の相当性が認められる)範囲で秘密保持義務または競業避止義務を課すことは、その目的に照らして合理的な範囲(内容、期間等)で課される場合には、ただちに独占禁止法上問題となるものではないとされています 15。また、発注者がフリーランスに対して、発注者が自らへの役務提供に専念させる目的や育成に要する費用を回収する目的のために合理的に必要な(手段の相当性が認められる)範囲で専属義務を課すことについてもただちに独占禁止法上問題となるものではないとされています 16。各義務の内容についてあらかじめ十分に明らかにしないままに各義務を受け入れている場合には独占禁止法上問題となり得ます。
(ウ)その他発注者の収益の確保・向上を目的とする行為
上記の他、発注者がフリーランスに対しその地位を利用して不当に不利益を与える場合には、優越的地位の濫用の観点から独占禁止法上の問題となり得るとされています 17。
G)著しく低い対価での取引要請
H)成果物に係る権利等の一方的取扱い
I )発注者との取引とは別の取引によりフリーランスが得ている収益の譲渡の義務付け
ウ 競争政策上望ましくない行為 18
以上とは異なり、独占禁止法上はただちに問題にならない場合であっても、競争に悪影響を与えたり、独占禁止法違反行為を引き起こす誘因となったりするため、以下の行為は競争政策上望ましくないとされています。
B)フリーランスへの発注を全て口頭で行うこと
C)報酬等の取引条件について他のフリーランスへの非開示を求めること
D)人材獲得市場において取引条件を曖昧な形で提示すること
公正取引委員会報告書(エンターテインメント芸能業界)
公正取引委員会は、「人材分野における公正取引委員会の取組」において、芸能分野において独占禁止法上問題となり得る行為の想定例を公表しています 19。
なお、これら行為が実際に独占禁止法違反となるかどうかは、具体的態様に照らして個別に判断されることとなります。たとえば、優越的地位の濫用に関して、不当に不利益を与えるか否かは、課される義務等の内容や期間が目的に照らして過大であるか、与える不利益の程度、代償措置の有無やその水準、あらかじめ十分な協議が行われたか等を考慮のうえ、個別具体的に判断されます。
(1)芸能人の移籍・独立に関する例
A)所属事務所が、契約終了後は一定期間芸能活動を行えない旨の義務を課し、又は移籍・独立した場合には芸能活動を妨害する旨示唆して、移籍・独立を諦めさせるケース(優越的地位の濫用等)
B)契約満了時に芸能人が契約更新を拒否する場合でも、所属事務所のみの判断により契約を一方的に更新できる旨の条項を契約に盛り込み、これを行使するケース(優越的地位の濫用等)
C)前所属事務所が、出演先(テレビ局等)や移籍先に圧力を掛け、独立・移籍した芸能人の芸能活動を妨害するケース(取引妨害、取引拒絶等)
たとえば、芸能事務所が、同事務所を辞めた芸能人がテレビ番組に出演できないように働きかけるなどした場合(上記C))には、独占禁止法上、取引妨害 20・取引拒絶 21 等と判断される場合があります。
もっとも、移籍制限(上記A)等)について、芸能事務所としては、移籍する芸能人に対してそれまで一定の時間と費用をかけて育成を行っており、その育成に要した費用を回収することを目的とする場合があります。この場合においては、回収しようとする育成費用の水準、移籍制限以外の他の手段の有無といった内容や手段の相当性の有無等も考慮のうえで、独占禁止法違反となるか否かが判断されます 22。
また、スポーツ分野においては、複数のクラブチームが共同して選手の移籍を制限すること(選手の年俸総額を制限すること)がありますが、かかる移籍制限は、戦力を均衡させること等によってリーグの魅力を高めることを目的とする場合があります。この場合においては、移籍制限が当該目的の実現に不可欠であるか、観客・ファンの利益の向上の程度等も含めて、手段の相当性、同様の目的を達成する手段としてより競争制限的でない他の手段の存在の有無について総合的に考慮したうえで、独占禁止法違反となるか否かが判断されます 23。
(2)芸能人の待遇に関する例
A)所属事務所が、芸能人と十分な協議を行わずに一方的に著しく低い報酬での取引を要請するケース (優越的地位の濫用等)
B)芸能人に属する各種権利(氏名肖像権、芸能活動に伴う知的財産権等)を芸能事務所に譲渡・帰属させているにもかかわらず、当該権利に対する対価を支払わないケース(優越的地位の濫用等)
たとえば、芸能事務所が所属芸能人と十分な協議を行わないままに一方的に著しく高いマネジメント報酬を設定する場合(上記A))には、独占禁止法上、優越的地位の濫用と判断される場合があります。
芸能事務所が所属芸能人に対して「優越的地位」にあるかどうかは、当該芸能事務所の市場での地位、所属芸能人の芸能事務所への取引依存度、交渉力の差、当該芸能事務所所属の芸能人であることのブランド力などを総合的に考慮して判断されるとされています 24。
(3)競争政策上望ましくない例
某芸能事務所所属の芸能人の闇営業問題が発覚した際に、当該芸能事務所が所属芸能人との間で契約書を書面で作っていなかったことが明らかとなり、公正取引委員会の当時の事務総長が「契約書面がないことは競争政策で問題になりうる」と記者会見で述べた例があります 25。
一般的に、契約書を交付していないことは、低すぎる水準の報酬(ギャラ)を一方的に押し付けるといった芸能人に不利益な行為につながると考えられています 26。
芸能事務所と芸能人の間のマネジメント契約に関する実務上の問題点
(1)日本音楽事業者協会(音事協)契約書ひな型の改訂
大手芸能事務所も加盟する最大の業界団体である日本音楽事業者協会(音事協)は、公正取引委員会の助言を経て、芸能事務所と芸能人(アーティスト・タレント)間で結ばれていた契約書のひな型を改訂し、2019年12月3日に主な改訂点を公表しました 27。
主な改訂箇所は、以下のとおりとされています。
- 芸能事務所と芸能人の権利義務関係を明確化
- 芸能活動の国際化に伴い契約の適用領域を規定
- 双方の合意により例外的に一部の芸能活動を契約の対象外として管理外とすることを可能にする条項を創設
- 専属契約終了時のトラブル回避のための条項を創設 a. 「期間延長請求権条項(オプション条項)」(所属芸能事務所は契約期間を満了した所属芸能人に対して、前回と同期間以内の期間の延長を請求できるという条項)に行使要件(投下資本の回収等)を設定。 b. 契約終了時点で芸能事務所による投下資本との不均衡の是正が必要と思われる場合や、第三者との契約が継続している場合等に備え、ケースごと必要に応じて双方合意のもと金銭(移籍金等)の支払いにより精算する内容に変更。
- 契約終了後に芸能活動を行わないとの合意(競業避止義務)は効力を有しない旨を明記
- 「芸名」の権利は事務所側に帰属するが、芸名の知名度(パブリシティ価値)」に対する芸能事務所と所属芸能人双方の「貢献度」に応じて、別途協議する旨を規定
(2)専属マネジメント契約からエージェント契約への移行の流れ
なお、これまで日本では、芸能事務所と芸能人との間で締結する契約書は、専属マネジメント契約を締結するのが一般的であったといえます。
日本におけるマネジメント契約とは、一般的に、芸能事務所が所属芸能人のトータルマネジメントを行うことを意味することが多いと思われます。
トータルマネジメントの内容としては、主に以下のような事項があげられます。
- 仕事の獲得や契約交渉
- スケジュール管理
- 芸能活動の方向性に関するプロデュース・コンサルティング
- プロモーション・マスコミ対応(広報等)
- レッスン・トレーニング(歌唱・ダンス・演技等)のサポート
- ライブ等の企画
- 商品制作・販売
- ファンクラブ運営
- 住居・税務・法務のサポート など
これにより、所属芸能人は、時間と労力を要する煩雑な業務から解放され、芸能活動や創作活動に専念できることになります。
仕事を発注する側(広告主や制作サイド)から見れば、芸能人が不祥事を起こした場合その他の場面において、所属事務所が違約金・賠償金を負担するなど保証的な役割を期待している場合があります。
これに対し、欧米などで主流のエージェント契約は、芸能事務所が包括的にトータルマネジメントを行うのではなく、上記のような各業務についてそれぞれエージェント(代理人)を選任して委託する契約を意味します(たとえば、仕事の獲得や契約交渉等のエージェントには収入の15%、スケジュール管理その他のマネージメント業務のエージェントには収入の10%などの報酬が決められることになります)。
前述の芸能人の闇営業問題以降、当該芸能事務所で専属マネジメント契約の他に、専属エージェント契約を導入し、所属芸能人は2つの契約形態から選択できるようになったことが報道されました。
反社会的勢力との関係についての問題点
法的問題点の概要
(1)法令等への抵触可能性
芸能人が、反社会的勢力の会合・パーティーに参加した場合、各都道府県が定める暴力団排除条例(暴排条例)で禁止されている暴力団員等への利益供与等に該当する可能性があることが指摘されています。
すなわち、2007年(平成19年)6月19日、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」が公表されましたが 28、かかる指針においては、企業にとって利益を得ることができる場合であっても、一切取引に応じてはならず、すでに取引関係がある場合にはその解消を求めています。
その後、2011年(平成23年)までに、すべての都道府県において暴力団排除条例が制定されましたが、各条例においては一般に、事業者に対して以下の事項を規定しています。
- 一定の事業上の契約の相手が暴力団関係者でないことを確認するように努めること
- 契約を締結する場合にはいわゆる暴排条項を入れるように努めること
- 暴力団関係者に対し利益供与を行うことを禁止すること
- 暴力団関係者に対し利益供与を行った場合には勧告・公表等の行政処分がなされるほか、悪質な場合には罰則が科せられること
その他、反社会的勢力との取引において関連しうる規制としては、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(暴力団対策法)、「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(犯罪収益防止法)、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(組織犯罪処罰法)などがあります。
いわゆる闇営業の問題は、芸能人が芸能事務所を通さずに仕事を獲得していたことから、“取引相手が反社会的勢力かどうか” についての通常行われるべきチェックができていなかった(または芸能事務所がそのことを容認していた)という意味でコンプライアンス上の問題が指摘されています。
(2)その他のリスク
法令違反にあたらない場合であっても、反社会的勢力との関係が明らかになることによって、当該芸能人や所属芸能事務所の社会的信用の失墜およびこれによる取引の減少が生じるなど、以下のようなリスクがあることが指摘されています。
- 社会的信用の失墜
- 新規取引の減少
- 既存の取引の打ち切り
- 所属芸能人・スタッフの離脱
- 株式上場への障害
- 融資その他の契約における期限の利益の喪失
なお、この場合には、芸能事務所と芸能人との間のマネジメント契約の解除や芸能人に対する処分へとつながる可能性があります。また、某芸能事務所所属の芸能人の闇営業問題が発覚した際に、マネジメント契約が解消されたほか謹慎処分を受けた例もあります。
反社会的勢力との関係遮断の方策と実務上のポイント
反社会的勢力との関係遮断の方策としては、以下のようなポイントがあげられます。
(1)マネジメント契約書への反映
芸能事務所と芸能人との間のマネジメント契約書などにおいて、反社会的勢力との関係遮断に関して明記することが必要不可欠です。
この点に関連して契約において明確化することを検討すべき条項は、主に以下のとおりです(なお、闇営業を誘発した背景であると指摘されている芸能人の待遇に関する条項も含まれます)。
B)(反社会的勢力に関わらず)芸能人が直接仕事を獲得することの可否、その場合の取扱い
C)報酬額の利益配分
D)出演契約に基づく違約金・賠償費用の分担
(2)コンプライアンス遵守体制の設置・機能
反社会的勢力との関係遮断に関して、芸能事務所がコンプライアンス遵守のための方策として検討すべき事項は、主に以下のとおりです。
B)反社会的勢力と関わりを持たないための予防策や誘いがあった場合の対応に関する、定期的なコンプライアンス研修の実施
C)ホットライン(相談窓口)の設置D)社外取締役の起用などガバナンス(企業統治)体制の見直し
ホットライン(相談窓口)の設置に関しては、以下も参照ください。
B)「ガイドラインを踏まえた内部通報制度の実践的な見直しのポイント」
C)「内部通報制度の実効化に向けた『不祥事予防に向けた取組事例集』の活用」
D)「内部通報制度認証を得るうえでの具体的な注意点」
E)「内部通報制度認証とは、認証取得のメリットと認証基準」
不祥事発生時の広報体制の留意点
不祥事発生時の広報体制等の留意点全般については、「他社事例に学ぶ 不祥事発生後の説明・謝罪のポイント」をご参照ください。
芸能人の闇営業問題においては、複数の芸能事務所において同様な事態が生じたものの、芸能事務所の謝罪その他の危機管理対応について事務所ごとに評価が大きく分かれています。
特に、批判が大きかった対応としては、反社会的勢力から金銭授受があったかどうかという点についての調査・公表が不十分であり対応も遅かったこと、弁護士に説明を任せたこと、「不徳の致すところです」と言うことに終始し事実を明確にしなかったことなどがあげられます。
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公正取引委員会「人材と競争政策に関する検討会報告書」(2018年2月15日)
公正取引委員会報告書は、フリーランスへの発注取引において、報酬支払の遅延や報酬の減額などのほか、フリーランスを過剰に囲い込み他の企業との契約を制限する行為が優越的地位の濫用等となる場合の考え方などを整理したものです。
2018年9月には、「人材分野における公正取引委員会の取組」が公表され、公正取引委員会報告書のポイントについて解説がなされています。 ↩︎ -
一般社団法人日本音楽事業者協会「専属芸術家統一契約書改訂のお知らせ」(2019年12月3日、2021年4月2日最終閲覧) ↩︎
-
内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(2021年3月26日)、概要版 ↩︎
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公益財団法人公正取引協会ウェブサイト「芸能界と独占禁止法(1)」、日本経済新聞電子版「芸能分野の問題行為、公取委が例示 移籍妨害など」(2019年8月27日、2021年4月2日最終閲覧)参照 ↩︎
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前述公正取引委員会「人材と競争政策に関する検討会報告書」6頁 ↩︎
-
前述公益財団法人公正取引協会ウェブサイト「芸能界と独占禁止法(1)」 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材と競争政策に関する検討会報告書」15頁、前述公正取引委員会「人材分野における公正取引委員会の取組」2頁 ↩︎
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独占禁止法3条後段参照。カルテルや入札談合などが典型的です。複数の事業者が、相互にその事業活動を拘束し又は遂行することにより、公共の利益に反して一定の取引分野における競争を実質的に制限する行為は「不当な取引制限」(独占禁止法2条6項)として禁止されます。 ↩︎
-
たとえば、移籍した芸能人について一定期間(一定の範囲で)芸能活動を禁止するなど、移籍・転職をする者に対して一定の不利益を課す場合についても同様です。 ↩︎
-
なお、スポーツ分野での想定例については、人材と競争政策に関する検討会事務局「人材と競争政策に関する検討会報告書のポイント 人材に関する独占禁止法適用についての考え方」11頁参照。 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材分野における公正取引委員会の取組」3頁、26頁、41頁以下、前述「フリーランスガイドライン」4頁以下。 ↩︎
-
独占禁止法2条9項5号。自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して、取引の許諾および取引条件について自由かつ自主的に判断することによって取引が行われることを阻害することによって不当に不利益を与える行為をいいます。 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材分野における公正取引委員会の取組」6頁も参照。 ↩︎
-
前述人材と競争政策に関する検討会事務局「人材と競争政策に関する検討会報告書のポイント 人材に関する独占禁止法適用についての考え方」16頁も参照。 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材と競争政策に関する検討会報告書」28頁 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材と競争政策に関する検討会報告書」31頁 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材と競争政策に関する検討会報告書」38頁 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材と競争政策に関する検討会報告書」44頁、前述公正取引委員会「人材分野における公正取引委員会の取組」4頁 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材分野における公正取引委員会の取組」6頁、公正取引委員会令和2年2月12日付 事務総長定例会見記録 ↩︎
-
不公正な取引方法14項
取引妨害とは、自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもってするかを問わず、その取引を不当に妨害することをいう。 ↩︎ -
独占禁止法2条9項1号、不公正な取引方法1項
取引拒絶とは、正当な理由がないのに、自己と競争関係にある他の事業者と共同して、①ある事業者から役務の供給等を受けることを拒絶し、又は供給を受ける役務の内容等を制限すること、②他の事業者に、ある事業者から役務の供給等を受けることを拒絶させ、又は供給を受ける役務の内容等を制限させることをいう。 ↩︎ -
前述公正取引委員会「人材分野における公正取引委員会の取組」18頁 ↩︎
-
前述公正取引委員会「人材分野における公正取引委員会の取組」19頁 ↩︎
-
前述公益財団法人公正取引協会ウェブサイト「芸能界と独占禁止法(1)」 ↩︎
-
日本経済新聞電子版「吉本興業、契約書なし「競争政策で問題に」公取委」(2019年7月24日、2021年4月2日最終閲覧) ↩︎
-
前述公益財団法人公正取引協会ウェブサイト「芸能界と独占禁止法(1)」、前述「フリーランスガイドライン」3頁も参照。 ↩︎
-
一般社団法人日本音楽事業者協会「専属芸術家統一契約書改訂のお知らせ」(2019年12月3日、2021年4月2日最終閲覧)、ORICON NEWS「課題山積みの芸能人の移籍問題 契約書改訂した音事協を直撃「双方が納得できるよう契約内容を透明化」」(2019年12月10日、2021年4月2日最終閲覧) ↩︎
-
法務省「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」(平成19年6月19日、犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ) ↩︎

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