債務不履⾏に基づく損害賠償請求訴訟において弁護⼠費⽤を請求できるか -最高裁令和3年1⽉22⽇判決がもたらす実務上のインパクト-

訴訟・争訟
菱田 昌義弁護士 STORIA 法律事務所

目次

  1. はじめに
  2. 「損害」と「弁護⼠費⽤」についての判例・裁判例の現状
    1. 5つの最⾼裁判例の整理
    2. 下級審判決の整理(肯定裁判例のみ)
  3. 本件判決の事案とポイント
    1. はじめに
    2. 事案の概要
    3. 争点
    4. 判旨
    5. 本件判決のポイント
  4. 契約実務および⺠事訴訟全般へのインパクト
    1. 契約時のリスク分配
    2. 弁護士費用を当事者の一方が負担するとの合意(契約条項)の有効性
    3. 契約書ひな形の見直しの要否

はじめに

最⾼裁は、令和3年1⽉22⽇、概要、次のとおりの判決を下しました(最高裁令和3年1⽉22⽇判決・裁判所HP。
以下「本件判決」といいます)。

判⽰事項

⼟地の売買契約の買主は売主に対し当該⼟地の引渡しや所有権移転登記⼿続をすべき債務の履⾏を求めるための訴訟の提起等に係る弁護⼠報酬を債務不履⾏に基づく損害賠償として請求することはできない。

本件判決は「債務不履⾏に基づく損害賠償において弁護⼠費⽤が損害に含まれるか」が問題となった事案です。

この論点については、古く⼤審院時代の判決がありました(⼤審院⼤正4年5⽉19⽇判決・⺠録21輯725⾴。以下、同判決を指して単に「⼤正4年判決」といいます)。

しかし、⼤正4年判決以降、この論点を明⽰的に論じた最⾼裁判例はありません。本件判決は、⼤正4年判決と同じカテゴリーに属する判決であり、⼤正4年判決の射程を⼀部明確にした点で、先例として価値があるものといえます。

そして、本件判決は、問題となった不動産売買契約はもちろんのこと、契約実務の広い範囲で影響がある判決だと考えられます。

本稿では、まず①「損害」と「弁護⼠費⽤」についての現在までの判例・裁判例の現状を整理したうえで、②本件判決の事案とポイント、③本件判決がもたらす企業法務を含めた⺠事訴訟全般へのインパクトについて、独⾃⼊⼿した原審および第⼀審の判決⽂を踏まえて、解説します。

<主要参考⽂献>
  • 道垣内弘⼈ほか「訴訟による権利回復のための経費と損害として認められる範囲」論究ジュリスト26号(2018)152⾴以下
  • ⻑野史寛「相続預⾦の払戻拒絶と弁護⼠費⽤賠償」⾦融法務事情2052号(2016)6⾴以下
  • 荻野奈緒「債務不履⾏と弁護⼠費⽤賠償(森⽥章教授古稀記念論集)」同志社法学71巻1号(2019)563⾴以下
  • ⼩泉博嗣「債務不履⾏と弁護⼠費⽤の賠償」判例タイムズ452号(1981)47⾴以下

「損害」と「弁護⼠費⽤」についての判例・裁判例の現状

そもそも、不法⾏為や債務不履⾏があったからといって、訴訟を提起するかどうかは当事者の⾃由です。そして、仮に、訴訟を提起する場合であっても、我が国においては、弁護⼠強制主義(⺠事訴訟を提起するときには弁護⼠に必ず依頼しないといけないという制度)は採⽤されておらず、本⼈訴訟が可能です。

そのため、素直に考えれば、弁護⼠費⽤は「損害」に含まれないということになりそうです。しかし、判例(裁判例)は、⼀定の類型において、弁護⼠費⽤を「損害」として認めてきました。そこで、本件判決を検討する前に、まず、最⾼裁判例および下級審裁判例を整理しておく必要があります。

なお、これから頻出する「不法⾏為に基づく損害賠償請求(不法⾏為類型)」と「債務不履⾏に基づく損害賠償請求(債務不履⾏類型)」との区別は以下のとおりです。

類型 典型例
不法⾏為に基づく損害賠償請求 交通事故のように当事者間で契約関係がない場合において、被害者が加害者に対して被った損害の賠償を求める場合(取引的不法⾏為などでは契約関係がある場合がある。)
債務不履⾏に基づく損害賠償請求 契約関係にある当事者間において、⼀⽅が契約上約束した義務について不履⾏を起こし、他⽅が損害を被ったことを理由にして損害賠償請求をする場合

5つの最⾼裁判例の整理

次の図は「損害」と「弁護⼠費⽤」に関する5つの最高裁判例が、不法行為に基づく損害賠償請求と債務不履行に基づく損害賠償請求の、どの類型に該当するか整理したものです。

(1)類型① 不法行為 × 不法行為一般

一般的な不法⾏為に基づく損害賠償請求訴訟では、請求認容額の1割程度が弁護⼠費⽤相当の損害として認められており、これが現在の裁判実務です(最高裁昭和44年2⽉27⽇判決・⺠集23巻2号441⾴。以下「昭和44年判決」といいます)。
昭和44年判決は、交通事故訴訟等の不法⾏為に基づく損害賠償請求における「⼀般的指針」を判⽰したものとされています(⼩倉顕・最高裁判所判例解説昭和44年188⾴以下)。

【判例】最高裁昭和44年2⽉27⽇判決・⺠集23巻2号441⾴

「思うに、わが国の現⾏法は弁護⼠強制主義を採ることなく、訴訟追⾏を本⼈が⾏なうか、弁護⼠を選任して⾏なうかの選択の余地が当事者に残されているのみならず、弁護⼠費⽤は訴訟費⽤に含まれていないのであるが、現在の訴訟はますます専⾨化され技術化された訴訟追⾏を当事者に対して要求する以上、⼀般⼈が単独にて⼗分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。従つて、相⼿⽅の故意⼜は過失によつて⾃⼰の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相⼿⽅から容易にその履⾏を受け得ないため、⾃⼰の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、⼀般⼈は弁護⼠に委任するにあらざれば、⼗分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追⾏を弁護⼠に委任した場合には、その弁護⼠費⽤は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法⾏為と相当因果関係に⽴つ損害というべきである。」

(2)類型② 不法行為 × 不当訴訟

最⾼裁判所は、不法⾏為類型のうち、訴えの提起⾃体が不法⾏為となる場合において応訴に要する弁護⼠費⽤実額の賠償が認められる余地を認めました(最高裁昭和63年1⽉26⽇判決・⺠集42巻1号1⾴。ただし、本事例では結論として不法⾏為の成⽴を認めませんでした。なお、上記昭和63年判決以前にも⼤審院時代の判決があります)。

(3)類型③ 債務不履行 × 金銭債務の不履行

債務不履⾏のうち⾦銭債務の不履⾏について、最⾼裁は、⺠法419条を根拠にして、弁護⼠費⽤その他取⽴費⽤の請求を否定しています(最高裁昭和48年10⽉11⽇判決・判時723号44⾴)。

(4)類型④ 債務不履行 × 安全配慮義務違反

不法⾏為に基づく損害賠償請求と債務不履⾏に基づく損害賠償請求は、場合によっては、どちらも選択できる事例があります。

たとえば、就労中に事故にあった労働者は、使⽤者(雇⽤先企業)に対して、①⾃らの⽣命⾝体を故意または過失で傷つけられたとして不法⾏為に基づく損害賠償請求ができます。また、労働者と使⽤者は雇⽤契約を締結しています。そこで、②債務不履⾏(雇⽤契約上の安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求もできます。このように、⼀定の場合には、不法⾏為構成と債務不履⾏構成の、どちらも選択できる場合があります。

最⾼裁は、平成24年2⽉24⽇、債務不履⾏のうちの上記安全配慮義務違反の類型について、昭和44年最高裁判決と同様に扱うと判断しました(最高裁平成24年2月24日判決・判時2144号89頁)。

そのため、債務不履⾏に基づく損害賠償請求のうち、上記平成24年判決の射程内であれば、弁護⼠費⽤として1割程度の損害賠償請求が可能であり、判決で認容される可能性があります。ただし、同最高裁判決の射程については「安全配慮義務違反以外の債務不履⾏が問題となっている場⾯については、その射程は及ばないものと思われ、この点はなお残された問題といえよう。」との指摘があることには⼗分な留意が必要です(判例タイムズ1368号・63⾴解説)。

(5)類型⑤ 債務不履行 × 金銭債務以外の債務不履行

⼤正4年の判例ですが、買主から売主に対する損害賠償請求訴訟において、買主が第三者からの前訴たる追奪訴訟で応訴するために⽀出した弁護⼠費⽤は、損害に含まれないとしたものがあります(⼤審院⼤正4年5⽉19⽇判決・⺠録21輯725⾴。上述⼤正4年判決)。

この⼤正4年判決を根拠に「債務不履⾏に基づく損害賠償を請求する場合に弁護⼠費⽤は損害とならない」と⼀般論として評されることがあります(しかし、この大正4年判決の現代的価値は明らかではありません。前掲論究ジュリスト155頁(荻野発言)、また、債務不履⾏⼀般における弁護⼠費⽤賠償の議論状況についての近時の⽂献として前掲荻野567⾴以下参照)。

本件判決も、基本的には、⼤正4年判決と同じ類型に属する判決といえます(ただし、後述のとおり、図⑤のすべての範囲を包含するかどうか、その射程については議論の余地があります)。

下級審判決の整理(肯定裁判例のみ)

次に、「損害」と「弁護⼠費⽤」に関する下級審判決(肯定裁判例のみ)を整理します。2−1で紹介した図の「債務不履行に基づく損害賠償請求類型」に、「⑥契約上の合意類型」と「⑦専⾨訴訟類型」が加わります。

(1)類型⑥ 債務不履行 × 契約上の合意

債務不履⾏に基づく損害賠償請求訴訟において、契約書中の損害賠償請求条項に「合理的な弁護⼠費⽤を含む」との⽂⾔があることを直接の根拠に、弁護⼠費⽤として請求認容額の1割程度を認容した裁判例が存在します(東京地裁平成27年10⽉27⽇判決)。

また、M&A取引などでよく利⽤される表明保証条項においても、同様に、契約書中の「(表明保証に違反したときには)合理的な範囲内の買主の費⽤(弁護⼠費⽤を含む)を負担する」との⽂⾔を根拠に、弁護⼠費⽤相当の損害として請求認容額の1割程度を認容した裁判例が複数存在します(東京地裁平成18年1⽉17⽇判決・判時1920号136⾴など)。

(2)類型⑦ 債務不履行 × 専門訴訟

医療訴訟や建築訴訟などは、専⾨家による知⾒や経験則が必要となるため「専⾨訴訟」といわれています。

まず、医療訴訟においては、債務不履⾏構成(診療契約)を選択したときにも、弁護⼠費⽤に相当する損害として請求認容額の1割程度が認められています(東京地裁平成28年11⽉10⽇判決・判タ1438号199⾴など。なお、平成24年最高裁判決と同様に考えられるとする⾒解として、⼤島眞⼀「医療訴訟の現状と将来」判例タイムズ1401号(2014)10⾴)。

また、建築訴訟においても、その訴訟の専⾨性の⾼さを理由に、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求において、弁護⼠費⽤に相当する損害として請求認容額の1割程度を認めた事例があります(東京地裁平成28年3⽉30⽇判決、福岡⾼裁平成18年3⽉9⽇判決・判タ1223号205⾴など)。

なお、システム開発関係訴訟も建築訴訟との類似性が指摘されているところ、「コンピュータ・プログラムのバグによって損害が⽣じた事案」においても、建築訴訟同様に、弁護⼠費⽤相当の損害として1割程度の肯定余地が⽰唆されています(前掲論究ジュリスト・165⾴(道垣内発⾔・岸発⾔))。

【裁判例】東京地裁平成28年3⽉30⽇判決

「本件では,認められるのは瑕疵担保責任の請求であり,瑕疵担保責任は契約責任を追及するものであるから,基本的には弁護⼠費⽤は認められない。もっとも,本件は建築瑕疵が争われている訴訟であって,その専⾨性,⽴証の難易等の事情に鑑みれば,弁護⼠費⽤を認めるのが相当である。そして,その費⽤としては上記の反訴認容額の約10パーセントである24万円が相当である。」

本件判決の事案とポイント

はじめに

類型⑤の⾦銭債務の不履⾏以外の債務不履⾏の⼀般については、⼤正4年判決以降、⻑らく最⾼裁判決はありませんでした。そのため、⼤正4年判決の現代的価値は不明確でした。

また、上記で取り上げた判例・裁判例以外にも、たとえば、①発信者情報開⽰訴訟において、弁護⼠費⽤に加えて、調査費⽤という名⽬で弁護⼠費⽤実額を認める裁判例があること(東京地裁平成24年1⽉31⽇判決・判時2154号80⾴。なお、前掲論究ジュリスト・168⾴以下「Ⅷ. 弁護⼠費⽤以外の経費」も参照)、②準委任契約である旅⾏契約に付随する義務違反について弁護⼠費⽤相当の損害賠償を認めた裁判例があること(⼤阪地裁平成31年3⽉26⽇判決)など、弁護⼠費⽤と損害に関する議論は、混迷を極めています。

本件判決は、上記のような混迷した現状を前提として理解していく必要があります。

事案の概要

本件会社は、平成26年7⽉23⽇、本件⼟地を9,200万円で被上告⼈ら2名に売却し、同⽇のうち⼿付⾦500万円を受け取りました。しかし、本件会社は、その後すぐに所在不明となりました。

上告⼈は、本件会社に対して求償⾦債権を有していたため、本件会社が被上告⼈ら2名から受け取るはずであった売買代⾦残債権8,700万円の⼀部を差し押さえました。しかし、被上告⼈2名は⽀払いに応じなかったため、上告⼈は第三債務者たる被上告⼈2名を被告として、差し押えた⾦銭債権の⽀払いを求める訴訟を提起しました(取⽴訴訟。⺠事執⾏法157条1項)。

被上告⼈ら2名は、連絡が取れなくなった本件会社に代わり、売買契約上、同社が履⾏することになっていた、下記の【本件各事務】を履⾏しました(合計7,727万1,400円)。

  • 地上建物の収去【本件各事務①】 498万7,000円
  • 担保権等を消滅【本件各事務②】 7,080万円、30万円
  • 境界を指⽰して測量【本件各事務③】 118万4,400円

原審(⼤阪⾼裁平成31年2⽉1⽇判決・判例集未掲載)に⾄って、被上告⼈ら2名は、【本件各事務】に要した弁護⼠費⽤は972万8,600円を下回らないとして、この⾦額は債務不履⾏または不法⾏為と相当因果関係のある損害である旨主張し【本件各事務】に要した費⽤に加えた8,700万円(=7,727万1,400円+972万8,600円)と、本件売買契約の残代⾦債権8,700万円との相殺を主張しました(なお、第⼀審(京都地裁平成30年2⽉23⽇判決・判例集未掲載)では、本件会社の不法⾏為責任を認めたうえで、不法⾏為構成としての弁護⼠費⽤120万円を損害として認定しています(類型①不法行為×不法行為一般)。

原審は、被上告⼈ら2名の弁護⼠費⽤に関する主張について、債務不履⾏に基づく損害賠償請求として整理したうえで「本件各事務は、契約の反対当事者の協⼒が全く得られないまま契約内容である本件⼟地の所有権移転等を実現させようとするもので、弁護⼠の有する専⾨知識と訴訟代理権限が不可⽋のものであって、弁護⼠に委任しなければその実現が著しく困難であったと認められる」と専⾨訴訟性を重視して弁護⼠費⽤が債務不履⾏に基づく損害賠償請求に含まれることを認め、上告⼈の請求を棄却しました。

そこで、上告⼈は、原審が上述⼤正4年判決に違反するとして上告しました。なお、より詳しい事実関係は①判決⽂および②時系列表をご参照ください。

<時系列表>

平成26年7月23日 被上告人らと本件会社との間で、本件土地について9200万円での本件売買契約を締結。
売買契約書には、次の定めがあった。
  • 8700万円の支払期限は同年9月末日
  • 残代金全額の支払時に本件土地の所有権が本件会社から被上告人に移転
  • 本件会社は、本件会社の費用で、地上建物を収去し【本件各事務①】、担保権等を消滅させ【本件各事務②】、境界を指示して測量した上で【本件各事務③】、残代金の支払と引換えに引き渡す。
同日 被上告人らは、本件会社に対して、手付金として金500万円を支払った。
同年8月5日 本件会社は営業を停止し、その代表者が行方不明となる。
同年8月6日 被上告人らは、本件弁護士に依頼し、本件土地についての処分禁止の仮処分を申し立てる。
同年9月8日 被上告人らは、本件弁護士に依頼し、本件会社に対して所有権移転登記手続を求める訴訟を提起した。
平成27年5月 上記所有権移転登記手続を求める訴訟が認容され、本件土地について、被上告人らに対して、所有権移転登記がなされる。
同年8月 被上告人らは本件弁護士に依頼し、本件土地に設定されていた本件会社を債務者とする根抵当権について、根抵当権者らに対して合計7080万円を支払い、根抵当権設定登記を抹消した【本件各事務②】。また、被上告人らは、上告人による仮差し押さえの抹消のために、30万円を支払った。
同年9月15日 被上告人らは本件弁護士に依頼し、地上建物を収去して土地を明け渡しを求める訴訟を提起した。
平成28年6月 被上告人らは本件弁護士に依頼し、本件土地上の建物の解体工事を行った業者に同工事の代金として498万7000円を支払った【本件各事務①】。
同月 被上告人らは本件弁護士に依頼し、本件土地の測量等を土地家屋調査士に依頼し、118万4400円を支払った【本件各事務③】。
平成30年8月 被上告人らは、損害費目に弁護士費用を上乗せして相殺を主張した。

争点

【本件各事務 ①〜③】のような契約上合意された債務の履⾏を求めるために要した訴訟の提起等にかかる弁護⼠報酬を債務不履⾏に基づく損害賠償として請求することはできるか(消極)。

判旨

「契約当事者の⼀⽅が他⽅に対して契約上の債務の履⾏を求めることは,不法⾏為に基づく損害賠償を請求するなどの場合とは異なり,侵害された権利利益の回復を求めるものではなく,契約の⽬的を実現して履⾏による利益を得ようとするものである。また,契約を締結しようとする者は,任意の履⾏がされない場合があることを考慮して,契約の内容を検討したり,契約を締結するかどうかを決定したりすることができる。加えて,⼟地の売買契約において売主が負う⼟地の引渡しや所有権移転登記⼿続をすべき債務は,同契約から⼀義的に確定するものであって,上記債務の履⾏を求める請求権は,上記契約の成⽴という客観的な事実によって基礎付けられるものである。
そうすると,⼟地の売買契約の買主は,上記債務の履⾏を求めるための訴訟の提起・追⾏⼜は保全命令若しくは強制執⾏の申⽴てに関する事務を弁護⼠に委任した場合であっても,売主に対し,これらの事務に係る弁護⼠報酬を債務不履⾏に基づく損害賠償として請求することはできないというべきである。〜略〜本件各事務に係る弁護⼠報酬972万8600円につき,被上告⼈らが本件会社に対して債務不履⾏に基づく損害賠償債権を有するとして同債権による本件売買契約の残代⾦債権との相殺を認めた原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」

本件判決のポイント

本件判決は、【本件各事務 ①〜③】に要した弁護⼠費⽤は、債務の履⾏を求めるためのものであるから、損害には含まれないとしました。その理由として、債務の履⾏を求める場合には、①侵害された権利の回復ではなく契約⽬的実現のためであること、②契約時に債務不履⾏リスクを考慮して契約交渉ができること、③⼟地の売買契約における債務の内容は⼀義的に確定していることをあげています。

すなわち、債務不履⾏が⽣じた場合、債権者としては下記の選択肢があります(潮⾒佳男『プラクティス⺠法債権総論(第5版補訂)』56⾴以下(信⼭社、2020))。

A 債務の履⾏を求める
B 債務の不履⾏によって⽣じた損害の賠償を請求する

このうち、本件判決は上記Aに属するものです。

本件判決は、不動産取引に限らず、およそ債務の内容が契約内容から⼀義的に確定するような契約について、債務不履⾏に基づく請求のうち本来的債務の履⾏(「契約で約束された債務の実現」と⾔い換えることができるかもしれません)を求める場合には、弁護⼠費⽤の請求はできないということが最⾼裁で確⽴されたということに意義があります(さらに、本件判決の射程には、填補賠償(履⾏に代わる損害賠償)にも及ぶと考えられます)。

他⽅、上記Bのような場合において、⼤正4年判決が維持されるかどうかは本件判決の射程外と考えられます。

なお、本件判決における上告受理申⽴ての理由中、排除されなかった部分は⼤正4年判決に関する点です。しかし、本件判決は、⼤正4年判決について明⽰的に引⽤しませんでした。また、上述の原審では、平成24年最高裁判決の射程と専⾨訴訟性が議論されていましたが、こちらについても最⾼裁は取りあげませんでした。

これは、あえて⼤正4年判決の射程について⾔及せず、また、①専⾨訴訟である上記医療訴訟のような場合や②拡⼤損害の場合等の本来的債務の履⾏を求める事例以外において、将来的な議論の蓄積を待つためであったと考えられます。
なお、学説上、「今⽇の学説も、ほぼ異論なく、不法⾏為におけるのと同様の要件のもと、弁護⼠費⽤相当額の全部または⼀部を債務不履⾏による損害として認めている」とされていることも影響しているよう思われます(潮⾒佳男『新債権総論Ⅰ』522⾴以下(信⼭社、2017))。

契約実務および⺠事訴訟全般へのインパクト

契約時のリスク分配

⼀般に、①契約を締結するかどうか、②契約するとしてどのような内容・条件で締結するのかは、契約当事者の⾃由です(契約⾃由の原則。⺠法521条)。経営判断として、⾚字覚悟で契約することもあるでしょうし、業界慣習(または会社内の慣例)とは異なる条件で契約することもあります。場合によっては、「ちゃんと成果物を納⼊できるか信頼できない相⼿だけれども、試しに契約をしてみる」こともありえます。最後の例は、相⼿⽅が債務不履⾏をするリスクを予想してのものであり、リスクが予想される場合には、契約交渉をして、①代⾦額や②代⾦の⽀払時期(不履⾏が⾒込まれる場合には納品後⽀払いとするなど。なお、下請法に注意が必要です)等の調整をしてリスク分配をすることがあります(なお、契約によるリスク分配については、前掲論究ジュリスト・158⾴以下参照)。

弁護士費用を当事者の一方が負担するとの合意(契約条項)の有効性

それでは、リスク分配として、弁護士費用を当事者の一方が負担するとの合意(契約条項)をすることは有効なのでしょうか。

たしかに、我が国では、契約⾃由の原則があります。しかし、それは「法令の制限内において」のみの⾃由です(⺠法521条2項)。そして、①2000年代初頭の司法制度改⾰時に弁護⼠費⽤敗訴者負担制度の整備が議論されたものの改正法案が廃案になったこと(⽇本弁護⼠連合会「弱者の裁判を受ける権利を侵害する『弁護⼠報酬敗訴者負担』法案に反対する決議」(平成16年10⽉8⽇付け))および②上記昭和44年判決の判旨からすると、契約で合意したからといって弁護士費用の「全部」を一方に負担させることは困難であると考えられます。

しかし、本件判決の判旨は「契約を締結しようとする者は、任意の履⾏がされない場合があることを考慮して,契約の内容を検討したり,契約を締結するかどうかを決定したりすることができる」としています。これは、まさに上記4-1でみた契約時のリスク分配の意味です。

そこで、本件判決をさらにすすめると、契約交渉の段階で、契約書の損害賠償条項等に「損害には合理的な弁護⼠費⽤を含む」旨記載することも想定でき、これも本件判決の⽰す「契約内容」にほかならないと考えられます。

そうであるならば、本件判決で明⾔されてはいませんが、この種の条項は「契約⾃由の原則とリスク分配」の観点から、有効な合意と解釈することが⾃然です。

そのため、上記図⑥の類型(契約上の合意類型)について、(弁護⼠費⽤賠償については各当事者が負担するという原則があるものの)リスク分配を前提として⼗分交渉した結果として弁護⼠費⽤負担の条項が契約内に置かれたのであれば、少なくともBtoC事案以外では当該条項はなるべく有効と解釈する⽅向で考えるべきであり、次なる争点はその弁護⼠費⽤の具体額となるでしょう
(なお、具体的な額については、拙稿もご参照ください)。

契約書ひな形の見直しの要否

自社の契約書ひな形のうち、損害賠償条項において、「損害には(合理的な)弁護士費用を含む」趣旨の文言を加えるよう修正しておくことも検討できます(【類型⑥ 債務不履行 × 契約上の合意】)。仮にこの文言がなければ、債務不履行に基づく損害賠償の場合に、訴訟によって、弁護士費用を損害として請求することは困難だと考えられるからです(本稿で言及した判例・裁判例の射程内の場合を除きます。)。ただし、自社が訴えられる事例も十分想定しておく必要があるので、当該条項をひな形レベルで入れるかどうかはケース・バイ・ケースです。

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