ガバナンス高度化のための実務対応

第4回 サクセッションプラン・後継者計画のあり方

コーポレート・M&A
岩渕 恵理弁護士 プロアクト法律事務所

目次

  1. サクセッションプラン・後継者計画とは
  2. サクセッションプランの導入状況・課題
  3. サクセッションプランの具体的な取組内容
    1. 後継者計画のロードマップの立案
    2. 「あるべき社長・CEO像」と評価基準の策定
    3. 後継者候補の選出(いわゆる「ロングリスト」)
    4. 育成計画の策定・実施
    5. 後継者候補の評価、絞込み・入替え(いわゆる「ショートリスト」)
    6. 最終候補者に対する評価と後継者の指名
    7. 指名後のサポート
  4. サクセッションプランのスケジュール例
  5. 効果的に運用されている例
  6. まとめ

 前回取り上げた指名委員会の重要な役割の1つとして、社長・CEOの指名があります。社長・CEOは企業の顔であり、誰が選任されるかによって、企業価値は大きく変わります。そのため、適切なタイミングで適切な人材が選任される必要がありますが、あらかじめ適切な人材候補を想定しておかなければ社長交代に対応することができません。また、たとえばカリスマ的な能力を持った社長の存在によって急成長してきた企業が、突然社長交代を余儀なくされた場合、企業価値を毀損してしまうため、企業にとっては社長の後継者育成も重要な課題となります。

 本稿では、このような後継者の選任・育成にまつわるサクセッションプラン(後継者計画)に関する実務対応について説明していきます。

サクセッションプラン・後継者計画とは

 いわゆるサクセッションプラン(後継者計画)とは、将来の社長交代を見据えて、後継者候補を育成し、必要な資質を備えさせるとともに、後継者として最も適切な人材を選出する一連の中長期的な取組みのことをいいます。

 コーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」といいます)では、下記の原則で示されています。

【補充原則 4−1③】
取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである。

 このように取締役会がサクセッションプラン(後継者計画)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成を適切に監督することが求められている趣旨は、冒頭で説明したとおり、誰が経営のトップに立つかによってその企業の価値が大きく左右されることから、経営トップを適切なタイミングで適切な後継者に交代することで、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上が確保されるという点にあります。

 では、サクセッションプランは社長・CEOのみを対象とすべきなのでしょうか。

 これについて、形式的には、上記補充原則4−1③では、「最高経営責任者(CEO)等」と記載していることから、必ずしも社長・CEOに限定する趣旨ではないことがわかります。

 また、サクセッションプランは短期間の取組みではなく何年もかけて行われるものであり、かつ企業が存続する限り次の後継者を選任することは常に課題となり続けることからすれば、社長・CEOのみならず、次の社長・CEO候補となり得る取締役や執行役員も含める必要があります。このように、次代を担う経営人材の層を厚くすることが、ひいては中長期的な企業価値向上に資することになります。

サクセッションプランの導入状況・課題

 サクセッションプランは上記のとおり補充原則4−1③で上場企業に対して求められていますが、当該補充原則のコンプライ率は、市場第一部で71.4%にとどまっています。コンプライ率が90%以上の原則が多くを占めるなかで、比較的コンプライ率の低い原則であることがわかります(2019年7月12日時点)1

 さらには、東証一部上場企業および二部上場企業を対象に、経済産業省がPwCあらた有限責任監査法人に委託して実施した「日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査報告書」によれば、たとえば後継者計画のロードマップの立案を実施していないと回答した企業が55%、後継者候補の育成計画の策定・実施を行っていないと回答した企業が47%である等、サクセッションプランの取組みはコンプライ率に比して進んでいない状況であることがわかります。

日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査報告書

出典:経済産業省 経済産業政策局 産業組織課「日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査報告書」(令和2年3月)

 実際にサクセッションプランの導入が進まない背景の1つとしては、現社⻑が後継社⻑を指名するという実務慣⾏の存在があげられます。たとえば、「社⻑の最後の仕事は次の社⻑を決めることだ」と⾔われてきた企業もあるかもしれません。サクセッションプランには、指名委員会に属する社外取締役等の社外者も関与することになりますが、上記の実務慣行が存在するなかで、「会社や社員のことをろくに知らない社外役員に、誰を社長にするかを任せられない!」という抵抗感があることは否めません。

 従来の実務慣行によれば、現社長が後継社長を指名した合理的な理由について説明されることはありませんでした。しかし、社外役員が関与して適正なプロセスで社長・CEOが選任されていることをチェックし、現社長の恣意的な人選でないことを裏付けることは、次期社長の「正統性」を内外に示すことになります。

サクセッションプランの具体的な取組内容

 では、サクセッションプランの導入にあたり、具体的にどのように進めていくことが求められているでしょうか。

 これについて、経済産業省が平成30年9月28日に改訂したコーポレート・ガバナンスシステムに関する実務指針(以下「CGSガイドライン」といいます)によれば、下記のステップで進められることが求められています。そこで、下記のステップに沿って具体的に説明していきます。

  1. 後継者計画のロードマップの立案
  2. 「あるべき社長・CEO像」と評価基準の策定
  3. 後継者候補の選出
  4. 育成計画の策定・実施
  5. 後継者候補の評価、絞込み・入替え
  6. 最終候補者に対する評価と後継者の指名
  7. 指名後のサポート

後継者計画のロードマップの立案

 まず、指名委員会において、後継者計画の主なタスクについて、「いつ頃、誰が、何を、行うか」のスケジューリング(=ロードマップの立案)を行います。
 立案にあたっては、そもそも現在の社長・CEO選任プロセスや育成プロセスについてあらためて確認し、そのプロセスにおける課題を洗い出し、あるべき後継者計画のプロセスを立案し直す必要があります。

「あるべき社長・CEO像」と評価基準の策定

 「あるべき社長・CEO像」を策定することは、社長・CEOを選任するまでのプロセスのなかで最も根幹にあたる部分であり、この部分が揺らいでしまうと、企業価値の向上につながる後継者を育成するという目的を達成することができません。

 「あるべき社長・CEO像」は社長・CEOに必要な資質・能力等で構成されますが、具体的には企業の経営理念や経営戦略に整合している必要があります。経営戦略は、その時々の経営戦略のみならず、数年後、5年後、10年後と長期的なスパンで見通して検討するべきであり、様々な事業・市場環境、景気等を想定して複数のパターンを想定しておくべきでしょう。社長・CEOに必要な資質・能力等もそのような複数のパターンそれぞれに応じて検討する必要があります。

 なお、CGSガイドラインでは下記を社長・CEOに求められる資質・能力の一例としてあげています。

参考:社長・CEOに求められる資質・能力の一例
  • 困難な課題であっても果敢に取り組む強い姿勢(問題を先送りにしない姿勢)と決断力
  • 変化への対応力
  • 高潔性(インテグリティー)
  • 胆力:経営者としての「覚悟」。企業価値向上の実現に向け、個人的なリスクに直面しても限界を認めず、利害関係者からの批判を乗り越え果断に決断する力
  • 構想力:経営環境の変化と自社の進むべき方向を見極め、中長期目線に立ち、全社的な成長戦略をグローバルレベルで大きく構想する力
  • 実行力:構想した成長戦略を実行する力
  • 変革力:業界や組織の常識・過去の慣行に縛られない視座を持ち、組織全体を鼓舞しつつ、「あるべき像」の実現に向けて組織を変えていく力

後継者候補の選出(いわゆる「ロングリスト」)

 次に、3−2で策定した「あるべき社長・CEO像」に合う候補者を選出します。選出する人数としては、交代までの時間的余裕があるようであれば数十名程度リストアップしておき、適宜選抜していくことが考えられます。

 その際、必ずしも内部登用にこだわる必要はなく、むしろ、プロの経営者を外部から採用することも検討すべきでしょう。従来の実務慣行を踏まえれば、「プロパーの社員でない者が社長候補になる」ということは受け入れ難いかもしれません。しかし、今はいかに優れた経営者を採用できるかが企業価値の向上の鍵となっています。「プロパーの社員」へのこだわりを捨て、外部登用も積極的に検討していく必要があります。

 一方で、仮に近い時期に交代が見込まれる場合は育成の十分な時間を確保できないため、ある程度経営に近い人材(副社長・COO等)から選出せざるを得ないかもしれません。もっとも、これは応急措置的な対応ですので、さらにその次に就任する候補者選抜・育成を並行して進めていくことがよいでしょう。

育成計画の策定・実施

 その次に、現在後継者候補が保有している資質・スキルを確認したうえで、3−2で策定した「あるべき社長・CEO像」と比較し、何が足りていないかを検討します。その足りていない部分を補うための育成計画を策定し、実施する必要があります。下記はCGSガイドラインであげられる育成方法の一例です。

企業で取り組まれている育成方法の一例
  • 後継者候補に全社的視点・グループ全体最適の視点でのマネジメント能力を備えさせるべく、事業部門を超えた戦略的なローテーションを行う
  • タフ・アサインメントを与え、一皮むけるために修羅場を乗り越える経験をさせる
  • 資質・能力(ポテンシャル)を引き上げるべく、社外取締役との1対1での面談や外部専門家によるコーチング等により気付きを与える

 たとえば、社長・CEOであれば企業の業績悪化等の「困難な課題であっても果敢に取り組む姿勢」が必要ですが、それが足りていないと考えた場合には、タフ・アサインメントが有効となるでしょう。しかしながら、タフ・アサインメントとなるポジションがたまたまそのときに存在しているとは限らないため、赤字事業部門のトップ等のいくつかのポジションをあらかじめ想定しておく必要があります。

 また、CGSガイドラインであげられる方法以外にも、企業のトップとして当然に持っておくべき知識(ガバナンス、リスク管理等)や資質(リーダーシップ、マネジメント等)を社内研修や外部研修を活用して身に着ける機会を設けることも考えられます。

後継者候補の評価、絞込み・入替え(いわゆる「ショートリスト」)

 選出された候補者について、「あるべき社長・CEO像」に照らして評価を行うとともに、育成計画の実施状況・その効果についてモニタリングを行います。このモニタリングを踏まえて、候補者の人数を絞っていくことや、入替えを行って最終的な候補者を選抜していきます。

 後継者候補の評価の一例として、CGSガイドラインは下記をあげています。過去の業務経験やパフォーマンスの成果を踏まえることはもちろんのこと、下記のような方法を活用して、本人の行動特性を評価し、社長・CEOとしての資質を見極めることが考えられます。

  • 本人との面談
  • 360度評価(上司、同僚や部下等へのリファレンスチェック)
  • 従業員の意識調査(部署ごとに集計してマネジメント課題を把握)
  • 心理学的手法を用いた適性テスト
  • 評価の補助や客観性の担保を目的として、外部専門家を活用している企業も存在する

最終候補者に対する評価と後継者の指名

 「あるべき社長・CEO像」に照らして、最終候補者に対する評価を行います。その評価結果を踏まえて指名委員会にて議論し、取締役会で最終的な候補者を確定します。

指名後のサポート

 指名された候補者に対し、現社長から業務や取引関係の引継ぎを行います。候補者が確定したことについて適時開示を行う等、ステークホルダーへの説明を行います。

サクセッションプランのスケジュール例

 ここでは、次の社長選任まで3年程度の時間的余裕がある場合を想定した3月決算企業のスケジュールの一例をお示しします。仮に時間的余裕がない場合には、たとえば「3-4 育成計画の策定・実施」や「3−5 後継者候補の評価、絞込み・入替え」を省略するなどして調整することが考えられます。

タスク
(X−3)年 6月 株主総会の開催
(X−3)年 7月 指名委員会の開催(後継者計画のロードマップ立案、「あるべき社長・CEO像」と評価基準について議論・策定)
社内人材のプールから候補者を分析・抽出
(X−3)年 10月 指名委員会の開催(候補者の確定、育成計画の策定)
(X−3)年 12月 指名委員会の開催(モニタリング)
毎回の指名委員会で候補者のモニタリングや候補者の入替・絞込みを行っていく。
(X-1)年 10月 指名委員会の開催(次期社長候補確定のための議論)
(X-1)年 12月 指名委員会の開催(次期社長候補確定のための議論)
 X年 2月 指名委員会の開催(次期社長候補者確定)
取締役会決議(次期社長候補者確定)
次期社長の内定・発表
 X年 6月 株主総会の開催(次期社長の選任)

効果的に運用されている例

 一例として、J.フロント リテイリング株式会社の事例があげられます。同社のコーポレート・ガバナンス報告書によれば、社内データをもとに第三者機関による診断を踏まえて作成した各後継候補者の評価内容について、指名委員会で審議しています。また、後継者計画の妥当性を担保するため、毎年指名委員会で確認しています。

 後継者に求められる資質として、以下の5つをあげています。

  1. 戦略思考
  2. 変革のリーダーシップ
  3. 成果を出すことへの執着心
  4. 組織開発力
  5. 人財育成力

まとめ

 社長の指名・選任は、本稿で述べてきたとおり、企業価値に直結する重要な課題ですが、一方で従来の「現社長が後継社長を指名する」という実務慣行を塗り替える取組みでもあり、導入のハードルが高いと考えられているかもしれません。

 しかし、従来の実務慣行においても現社長が後継社長を指名するに際しては、「この会社を任せられるのは誰か」「この会社を継続的に成長させていく素質があるのは誰か」「この会社の企業戦略に整合している人材は誰か」というような観点から指名していたはずであり、サクセッションプランにおいて「あるべき社長・CEO像」に適した人材を指名することと変わりはありません。そのような指名・選任プロセスの透明化を図ることがサクセッションプランの目的であることを踏まえれば、単にCGコードをコンプライすることができる以上に大きな価値があるものと考えます。多くの企業がサクセッションプランに積極的に取り組むことを期待します。

 次回(最終回)は、役員報酬の設計や、各報酬制度の概要、報酬に関する開示のあり方について説明します。

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