ガバナンス高度化のための実務対応
第3回 任意の指名・報酬委員会の運用
コーポレート・M&A
シリーズ一覧全5件
目次
近年のコーポレート・ガバナンス改革においては、取締役会のモニタリング機能を高めることが重視されています。そして、モニタリング機能の要となるのが、経営陣の指名と報酬です。
従来、指名と報酬は会長や社長に一任されることが多く、決定プロセスが不透明になりがちでした。一方で、取締役に関する指名・報酬について取締役会において議論しようにも、取締役全員と事務局全員がいる場において、すべてを詳らかにしたうえで、本音で話して議事録まで残すことはなかなか難しく、取締役会とは別の場で、しっかりとオープンに議論する場を作る必要がありました。加えて、社外取締役が少数派である監査役会および監査等委員会設置会社の取締役会において、社外取締役が、経営陣の指名や報酬についていくら意見を述べたとしても、適切なモニタリング機能を果たすことが難しいという状況もありました。
このような状況を踏まえ、任意の諮問委員会の活用が期待されています。今回は、このような任意の諮問委員会、特に指名・報酬委員会について、具体的な実務対応を説明していきます。
任意の諮問委員会、指名・報酬委員会とは
任意の諮問委員会とは、法的に求められているものではありませんが、社外取締役による監督や牽制を効かせる目的で設置する任意の機関をいいます。実際にコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」といいます)でも任意の仕組みの活用が求められています。
上場会社は、会社法が定める会社の機関設計のうち会社の特性に応じて最も適切な形態を採用するに当たり、必要に応じて任意の仕組みを活用することにより、統治機能の更なる充実を図るべきである。
具体的な任意の諮問委員会の内容としては、CGコードの補充原則で求めるとおり、指名と報酬に関するモニタリングを行う指名委員会と報酬委員会が想定されています。
上場会社が監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の指名委員会・報酬委員会など、独立した諮問委員会を設置することにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきである。
(下線は筆者による)
このような任意の諮問委員会が求められる背景としては、社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置し、指名・報酬の決定プロセスに客観的な視点を入れることによって、取締役会の監督機能を強化するという狙いがあります。
CGコードの規定の背景
CGコード補充原則 4−10①(任意の諮問委員会設置)のコンプライ率は、市場第一部で56.1%となっています(2019年7月12日時点)1。コード全体の中でコンプライ率が60%以下であるのは、この補充原則と 1-2④(議決権の電子行使、招集通知の英訳)のみであり、コード対応が進んでいない原則の1つであるといえます。
任意の指名委員会の実際の設置率としては、市場第一部では46.7%が設置しています。任意の報酬委員会については、市場第一部では49.4%が設置しています(2019年7月12日時点)。法定の指名委員会、報酬委員会も含めると、上場企業全体における設置状況は下記のとおりです 2。
指名委員会・報酬委員会の設置状況
集計対象 | 社数 | 指名委員会(法定・任意) | 報酬委員会(法定・任意) | ||
---|---|---|---|---|---|
会社数 | 比率 | 会社数 | 比率 | ||
市場第一部 | 2,148社 | 1,067社 | 49.7% | 1,125社 | 52.4% |
(+348社) | (+15.3%) | (+333社) | (+14.5%) | ||
市場第二部 | 488社 | 99社 | 20.3% | 106社 | 21.7% |
(+50社) | (+10.7%) | (+51社) | (+10.9%) | ||
マザーズ | 291社 | 15社 | 5.2% | 26社 | 8.9% |
(+6社) | (+1.7%) | (+8社) | (+2.0%) | ||
JASDAQ | 712社 | 29社 | 4.1% | 40社 | 5.6% |
(+9社) | (+1.4%) | (+15社) | (+2.3%) | ||
全上場会社 | 3,639社 | 1,210社 | 33.3% | 1,297社 | 35.6% |
(+413社) | (+11.1%) | (+407社) | (+10.9%) | ||
JPX日経400 | 397社 | 303社 | 76.3% | 308社 | 77.6% |
(+59社) | (+15.2%) | (+54社) | (+13.9%) |
※括弧内は前年比
出典:株式会社東京証券取引所「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び委員会の設置状況」(2019年8月1日)14頁
任意の指名・報酬委員会の設置状況、議決権行使助言会社の動向等
海外機関投資家が、任意の諮問委員会が設置されていないことを理由として、監査等委員会設置会社への移行に反対した事案があります。
2016年3月に、米国の資産運用会社であるRMBキャピタルが、株式会社オプトホールディングの株主総会において、監査等委員会設置会社への移行に反対することが報道されました。社外取締役が少数株主の目線で役員の選任・解任や報酬に関与する仕組みを欠いているという点が指摘されています
3。
また、RMBキャピタルは、同年6月に、株式会社昭文社の株主総会でも、監査等委員会設置会社への移行に反対することを発表しました。RMBキャピタルは「創業家が大株主で、少数株主の利益を保護する仕組みが必要」として任意の指名・報酬委員会の設置を求めていました 4。
望ましい任意の指名・報酬委員会のあり方
構成
任意の指名・報酬委員会(以下、単に「指名・報酬委員会」といいます)の委員の構成としては、以下のパターンが考えられます。
- 社外取締役のみ
- 社外取締役が過半数
- 社外取締役・社内取締役が半数ずつ
- 社内取締役が過半数
- 社内取締役のみ
東京証券取引所の調査によれば、指名・報酬委員会における社外取締役の比率は以下のとおりです。
【指名委員会における社外取締役の割合】
【報酬委員会における社外取締役の比率】
社外取締役の人数が過半数以上を占める企業は、任意の指名委員会について61.4%(市場第一部)、任意の報酬委員会について60.6%(市場第一部)と、60%以上の数字となっています。CGコードの趣旨からすれば、①社外取締役のみないし②社外取締役が過半数以上を占める構成が望ましいでしょう。
また、③社外取締役・社内取締役が半数ずつの場合であっても、委員長を社外取締役にすることで、社外取締役の発言力を強める工夫が考えられます。東京証券取引所の調査によれば、指名委員会および報酬委員会の、議長の属性は以下のとおりです。
【指名委員会の委員長の属性】
【報酬委員会の委員長の属性】
市場第一部では、指名・報酬委員会を設置する企業の約半数において、指名・報酬委員会の議長の属性は社外取締役となっています。
最後に、④社内取締役が過半数、⑤社内取締役のみというパターンについては、今後社外取締役の人数を増員すること、議長を社外取締役にすることといった改善の余地があります。
コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)別紙3にも、委員の構成について次のような記載があります。
委員会の構成として、①社外者が少なくとも過半数であるか、または、②社内者・社外者が同数であって委員長が社外者であることを検討すべきである。
諮問事項
諮問事項の範囲としては、どの職位の役職員まで対象とするのか、方針策定→具体的な候補者の指名/個別の報酬金額の決定というプロセスのうち、どこまで関与するのかという点について検討します。
会社の企業価値向上の中心的役割を果たすのは、もちろん社長・CEOですから、少なくとも社長・CEOは検討の対象に含む必要があります。そのうえで、将来的な社長・CEOのサクセッションプラン(後継者計画)を考えれば、取締役を対象にすることも当然に必要となります。さらに、取締役候補者の人材プールを作り、今後、連続性を持って取締役人材を供給することを考えれば、執行役員も対象にすることが望ましいといえるでしょう。
また、社外取締役の委員会への関与の仕方として、社内取締役と比較して社内情報に乏しいにもかかわらず、経歴や実績等の社外取締役が得られる情報から、「Aさんがふさわしい」「Bさんは適任ではない」というような意見を述べることは望ましくありません。むしろ、社外取締役には、「プロセス」が適正かを客観的に評価することが求められています。「プロセス」を評価するとは、たとえば、取締役候補者を選抜する過程に恣意的な判断の介在の有無や、報酬金額を決定する際に参考にする他社の統計データについて、自社が参考とすべきものであるか等について意見を述べることが考えられます。このように、指名・報酬決定のプロセスの客観性・透明性を高めることが、社外取締役に求められる役割といえます。
なお、指名・報酬委員会は別に設置した方がよいのか、一体のものとして設置した方がよいのかという疑問があります。社外取締役の人数が多い場合には、分けて実施した方が効率的に議論を行うことができますが、両者を全く別物として運用することは避けるべきでしょう。なぜならば、社長・CEO、取締役、執行役員には会社のミッションから要請される役割があり、当該役割が選任基準に具体化されて指名が行われるとともに、これが評価基準となって報酬評価が行われることになるため、指名と報酬の大元は同じところにあるからです。具体的には、委員の構成メンバーを全く同一にすることや、委員会の構成メンバーが違うのであれば、両委員会を兼任するメンバーが双方の議論の橋渡しを行うことが考えられます。
以上を踏まえ、考えられる具体的な諮問事項としては、以下があげられます。
- 現状の取締役会の構成・運営についての検証
- 現状の選任基準の検証
- 指名方針の決定
- 指名手続きの決定
- 取締役等のパフォーマンスの評価
- 株主総会に付議する取締役等の選解任議案の原案の決定
- 社外取締役候補者の評価、推薦
- サクセッションプランの検証・検討
- 研修計画の検証 等
- 報酬ポリシーの検討・策定
- 現状の決定方針・決定手続の検証
- 当社における社長・CEOの役割・権限の検討
- 報酬水準、報酬の構成割合(固定報酬・業績連動報酬・自社株)等に関する検討
- 取締役等のパフォーマンスの評価
- 業績連動報酬の設計・仕組みの検証と運用
- 自社株報酬の設計・仕組みの検証と運用
- 報酬に関する開示内容の検討
- リスク管理の仕組み 等
運営方法
デロイトトーマツグループの『役員報酬サーベイ2019年版』5 によれば、任意の指名・報酬委員会の開催頻度は、以下のとおりとなっています。
【任意の報酬委員会・指名委員会の年間開催回数】
1回以下が最も多く、1〜2回が全体の過半数を占めています。指名・報酬委員会の設置直後は、年に1〜2回の頻度から始めることも考えられますが、株主総会等のスケジュールと有機的に関連するようにしたうえ、将来的には年に4回程度開催できると充実した議論が行えるようになるでしょう。制度を大きく変更するタイミングなどには、さらに回数を増やすことも考えられます。
仮に3月決算の企業を例にとると、下記のようなスケジュール例が考えられます。なお、下記の例では、次年度の役員人事内定の発表を2月下旬と仮定し、指名委員会についてはそれまでに4回行い、報酬委員会については6月の株主総会をゴールとして、それまでに4回行うスケジュールとしました。
【スケジュール例】
① | 6月 | 株主総会の開催(役員の選任) |
② | 7月 | 第1回委員会 指名・報酬委員会の方針・年間スケジュールの策定 (前年度も実施していれば)前年度の振り返り等 |
③ | 10月 | 第2回委員会 指名:各候補者のリストアップ 報酬:報酬構成の再検討、収集したデータの検討等 |
④ | 12月 | 第3回委員会 指名:各候補者の評価 |
⑤ | 2月上旬 | 第4回委員会 指名:候補者の確定 報酬:報酬制度の見直しの検討・構築 |
⑥ | 2月下旬 | 新任役員の内定・発表 |
⑦ | 5月 | 第5回委員会 報酬:報酬制度の決定、報酬金額の決定 |
⑧ | 6月 | 株主総会の開催 |
取締役会との関係
指名・報酬委員会は、諮問事項に関する答申を決議して、取締役会に報告することになりますが、最終的な答申を行う前にも、随時、委員会での議論の状況について取締役会に報告しておくことが考えられます。
前述のとおり、指名・報酬委員会はあくまで任意の機関であるため、取締役会の専決事項とされている事項については、最終決定することはできず、また、取締役会の専決事項とされている事項以外であっても、取締役会から諮問を受けて答申するという立場は変わりません。したがって、任意の指名・報酬委員会の答申内容が、取締役会において尊重されないのであれば、任意の指名・報酬委員会の活用によるモニタリング機能の強化は画餅になってしまいます。
そこで、各社で制定するコーポレートガバナンス・ガイドラインや取締役会規則等において、任意の指名・報酬委員会からの答申を尊重する旨の規定を定めることが考えられます。
指名委員会及び報酬委員会は、取締役会に対して、提案、提言を行う機能を有し、取締役会は、指名委員会及び報酬委員会による提案、提言を最大限尊重して意思決定を行う。
効果的に運用されている例(開示の好事例等)
任意の諮問委員会に関する開示の好事例としては、株式会社T&Dホールディングスのコーポレート・ガバナンス報告書があげられます。同社は任意の指名委員会、報酬委員会を設置していますが、それぞれの委員会の各回の議題および検討内容を記載するとともに、委員会の構成、役職、出席状況の記載もしています 6。
また、同社のコーポレート・ガバナンス報告書によれば、独立性および中立性を確保するために、委員の過半数を社外取締役から選任するとともに、委員長は社外取締役の中から選任することとしています。この点にも、取締役会に対して客観的な視点で監督・牽制を効かせることができるよう工夫していることがわかります。
まとめ
指名・報酬委員会は、設置がされていない企業も多く、大半の企業において、まだ未成熟な仕組みであると考えられます。もっとも、今後はさらに設置が進み、将来的にはほとんどの企業で指名・報酬委員会が設置されるという状況が想定されます。したがって、上述の内容を踏まえ、指名と報酬というガバナンスの二本柱について、社外取締役を中心として、さらに充実した審議が行われるよう、各社で工夫が必要です。
次回は、サクセッションプラン(後継者計画)の意義や、具体的な計画の策定・運用のあり方について概説します。
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-
株式会社東京証券取引所「改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応状況及び取締役会並びに指名委員会・報酬委員会の活動状況に係る開示の状況」(2019年11月29日)5頁 ↩︎
-
株式会社東京証券取引所「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び委員会の設置状況」(2019年8月1日)8頁、11頁、14頁 ↩︎
-
日本経済新聞「米運用会社、「監査等委」移行に反対 オプト総会で」(2016年3月5日、2020年7月28日最終閲覧) ↩︎
-
日本経済新聞「米運用会社、昭文社の監査等委員会設置会社の移行に反対」(2016年6月9日、2020年7月28日最終閲覧) ↩︎
-
デロイト トーマツ グループ ニュースリリース「『役員報酬サーベイ(2019年度版)』の結果を発表」(2019年12月3日)参照 ↩︎
-
東京証券取引所「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」(2019年11月29日)28頁 ↩︎
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