ガバナンス高度化のための実務対応

第5回 役員報酬制度の設計・留意点

コーポレート・M&A
岩渕 恵理弁護士 プロアクト法律事務所

目次

  1. コーポレートガバナンス・コードにおける報酬の定め
  2. 報酬制度設計の流れ
    1. 報酬の決定プロセス
    2. 報酬決定の基本方針の策定
    3. 報酬の水準の設定
    4. 報酬の種類や割合の設定
    5. 各報酬内容の設定
    6. 情報開示
  3. 報酬制度に関するスケジュールの一例
  4. まとめ

従来、役員報酬は、その決定過程や算定方法等において不透明な部分が多くありましたが、昨今では、令和元年12月11日に公布された改正会社法においても役員報酬の決定プロセスを透明化させ、開示を充実化させていくような改正内容が含まれる等、報酬手続きの客観性・透明性の確保が進んでいます。

 しかしながら、コーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」といいます)、法改正に対応することで手一杯になってしまい、十分な議論がなされないまま、新たな株式報酬制度を導入したり、報酬の基本方針を設定した企業も少なくないと考えます。また、「役員報酬」は金額の問題等の点で比較的センシティブなガバナンス上の課題であることから、取締役会実効性評価等に比較すると、どうしても後回しになりやすいガバナンス対応の1つだと考えられます。

 そもそも役員報酬は、それぞれの企業が目指すステージを意識して報酬水準や内容を設定することによって、既存役員のインセンティブ向上になるのみならず、将来的に外部から役員を招へいすることにも結びつきます。また、役員報酬のうち特に株式報酬については、株主との利害を一致させることができますので、役員が株主の期待に沿うような経営を行うことにつながり、ひいては役員に対し企業の成長に向けたインセンティブをもたらすことになります。

 本稿では、このような報酬制度の機能が十分に果たされることで企業の成長につなげるために必要な実務対応について説明していきます。

 まだ報酬制度の検討に着手できていない企業はもちろんのこと、取り急ぎ制度を導入してみたものの再度見直しを行いたい企業も参考にされてください。

コーポレートガバナンス・コードにおける報酬の定め

 CGコードでは、下記の原則が⽰されています。

補充原則 4-2 ①
取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。

 当該原則では、「客観性・透明性ある手続に従った報酬制度の設計・報酬額の決定」が求められているところ、たとえば、個別の報酬額の決定を取締役会が社長に一任するような不透明な手続きは許されないこととなり、任意の報酬委員会を設置すること等により、客観性・透明性を確保すべきであると考えられます。

 また、「中長期的な業績と連動」「現金報酬と自社株報酬との割合」との記載からは、自社に合った業績連動報酬や株式報酬の導入を検討すべきであることが示されています。

報酬制度設計の流れ

 報酬制度は、以下の流れで設計していくことが考えられます。

(1)報酬の決定プロセスの確定
(2)報酬決定の基本方針の策定
(3)報酬の水準の設定
(4)報酬の種類や割合の設定
(5)各報酬内容の設定
(6)情報開示

報酬の決定プロセス

 1で記載したとおり、CGコードによれば、取締役会による社長一任を許すものではなく、社長以外の誰も決定過程がわからないような不透明な手続きでは、報酬に期待される正当なインセンティブが働かず、企業の持続的な成長は果たされません。

 社長一任から抜け出す方法として、まずは取締役会で議論して報酬を決定する方法が考えられます。社外取締役も入る会議体で議論・決定しているという意味で、社長一任と比較すれば客観性・透明性が確保されています。一方で、役員陣にとっては自分自身の報酬金額についての議論であるため意見を主張しにくく、特に従前社長一任で報酬を決定していた企業においては結局社長の意向が強く反映されてしまう可能性が高いというデメリットがあります。

 そこで、社外取締役を中心に構成される任意の報酬委員会の活用が期待されています。詳細は、本連載「第3回 任意の指名・報酬委員会の運用」をご参照いただければと思いますが、報酬の決定に対し第三者的な視点を入れることによって、適切なモニタリング機能を果たすことができます。

報酬決定の基本方針の策定

 報酬の中身を検討していくにあたり、まずは基本方針の策定が重要な課題になります。企業内容等の開示に関する内閣府令によれば、報酬に関する方針を策定している場合には開示を求められています。また、改正会社法施行規則でも、個人別の報酬等の内容について取締役会で決定する旨の規定が予定されています。

 基本方針は、このあとの報酬内容を議論していくうえで土台となるものですので、法改正があるからといって、慌てて通り一遍の方針を取締役会で決議するのではなく、しっかりと議論を行って自社の状況を踏まえた方針を策定する必要があります。

 具体的な基本方針策定の手順の一例としては、まず自社の市場環境や経営戦略を踏まえて、あるべき役員像を検討します。そうすると、そのような役員像を満たすためにはどのような考え方をもって報酬設計を行うかという点が見えてきます。

 また、基本方針の対象役員の範囲としては、役員に加えて執行役員の報酬も含めて議論すべきだと考えます。子会社がある場合には、子会社役員も含めるのかについても検討しましょう。

 実際に、基本方針を含めた「報酬ポリシー」を策定し、公表している企業が多くみられます。たとえば、下記の企業の事例が参考になります。

報酬の水準の設定

 報酬の水準は、報酬全体の金額水準のことを指しますが、たとえば、自社の業界水準や、経営戦略を踏まえて自社に役員を引き抜きたい先の業界水準を参考にすることが考えられます。しかし、具体的な金額水準を公開している企業は多くありません。

 そのようななかで業界水準を知る手段の1つとして、コンサルティングファーム等で実施されている役員報酬サーベイに参加することが考えられます。たとえば、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社と三井住友信託銀行株式会社で共同実施している役員報酬サーベイ 1 では、参加企業は、売上高、従業員数、時価総額、上場区分等の規模別かつ役員別の水準が各報酬区分別に無料でデータの開示を受けることができます 2

報酬の種類や割合の設定

   一般的に報酬を大きく分けると、下記の2種類に分かれます。

固定報酬 役位や職責等に応じて付与金額が固定で定まっている報酬
変動報酬 役員賞与や株式報酬等、業績指標・株価指標等によって変動する報酬

 固定報酬と変動報酬の割合は、前述の報酬サーベイを利用することも考えられますし、企業によっては、各報酬の構成割合を開示している企業もありますので参考にされるとよいでしょう 3 4

 変動報酬のうち、1年以内の評価期間を対象とした報酬(いわゆる短期インセンティブ)としては役員賞与が考えられますが、損金算入との関係で、大きく分けると下記の4つに分類されます 5。 

種類 メリット デメリット
損金不算入型 損金算入要件を満たす必要がないため、設計の自由度が高い。たとえば定性的な評価指標を設定することも可能。 損金算入できない
変動報酬の固定報酬化 前期の業績を踏まえて年俸を確定し、それを12分割して毎年支給することから、定期同額給与として損金算入が可能 「前期」の業績に連動させるものなので、業績と報酬の対象期間に期ズレが発生してしまう。
事前確定届出給与 あらかじめ金額を確定し、期限 6 までに納税地の所轄税務署長に当期の業績予想を踏まえた付与金額等を届け出ることによって事前確定届出給与として損金算入が可能 あらかじめ支給する金額等を確定する必要があり、事前に当期の業績予想を正確に行うことが困難である
業績連動給与 業績連動給与として一定の要件を満たした場合に損金算入が可能 損金算入要件を満たすために、たとえば、報酬の算定方法の内容等を有価証券報告書等に記載することや、報酬委員会等の適正な手続きで決定していること等が必要となる。

 さらに、変動報酬のうち、1年超の評価期間を対象とした報酬(いわゆる長期インセンティブ)としては、主として下表の株式報酬を導入することが考えられます。いずれの株式報酬制度にも、基本的には株主と経営者の利害を一致させるという機能がありますが、各制度の特徴やメリット・デメリット等の詳細は「適切なインセンティブプランとしての株式報酬制度の選び方」をご参照ください。

事前
交付
現物出資型 リストリクテッド・ストック 金銭報酬債権の現物出資により、譲渡制限が付された現物株式を事前に付与する制度
パフォーマンス・シェア リストリクテッド・ストックと同様に現物株式を付与し、業績条件等が未達の場合にはその一部を無償で取得する制度
事後
交付
リストリクテッド・ストック・ユニット 一定期間の勤務期間経過後に、当該勤務期間に対応する確定数の株式を付与する制度
パフォーマンス・シェア・ユニット 一定の時期に、業績条件等に応じて決定された数の株式を付与する制度
ストック・オプション 通常型ストック・オプション 株式をあらかじめ設定した権利行使価格(契約締結時の株価以上の価格)で取得できる新株予約権を付与する制度
株式報酬型ストック・オプション 株式をあらかじめ設定した権利行使価格(1円)で取得できる新株予約権を付与する制度
株式交付信託 導入企業を委託者、信託銀行を受託者、役員を受益者として金銭を信託し、当該金銭を原資として、市場等から株式を取得し、一定の基準および手続に従って株式を付与する制度

各報酬内容の設定

 報酬の種類や割合が決まると、具体的な内容を検討することになります。
 固定報酬については、たとえば役位ごとに金額を設定するだけでなく、役位のなかでも職責に応じて段階を設けるような方法も考えられます。

 変動報酬については、様々な類型が考えられます。たとえば、株式報酬の1つである譲渡制限付株式を導入する場合には、業績に連動させないこととなりますので、固定報酬と同様に役位や職責ごとに株数や金額を設定することになります。

 また、賞与やパフォーマンス・シェア・ユニット等の業績に連動する株式報酬を導入する場合には、連動させるべき指標を定めることになります。一例としては、下記のような指標が考えられます。

  • 売上高
  • 利益(営業利益、経常利益、当期純利益)
  • 売上高や各利益の成長率
  • ROE
  • EBITDA
  • 株価 等

 そして、指標を定めた後は、目標とする値や上限・下限等を設定し、どの値まで達成するといくらの報酬がもらえるという基準を検討します。

 このような報酬金額や株数の設定は報酬内容の重要な部分ではありますが、たとえば譲渡制限付株式であれば株式を交付するタイミングや譲渡制限期間の設定の仕方等、細かい制度設計もこのタイミングで検討する必要があります。設計した内容は、「報酬規程」「株式交付規程」等の社内規程に定めましょう。

情報開示

 報酬内容や決定プロセスの客観性・透明性を確保するためには、情報開示が重要になります。

 報酬に関して想定される主な開示は下記のとおりです。

開示書面 開示内容
適時開示 報酬制度の導入を決定した際や、株式報酬として募集株式(新株予約権)の発行や自己株式(新株予約権)処分等を行うことを決定した際の決定内容
有価証券報告書 報酬に関する基本方針や決定方法、報酬の種別や業績指標等
事業報告 改正会社法、改正会社法施行規則で、下記をはじめとした報酬に関する具体的な記載が求められるようになる予定 7
  • 職務執行の対価として株式や新株予約権を交付した場合の役員区分ごとの株式数、人数
  • 業績連動報酬、非金銭報酬、その他の報酬等の区分に応じた総額
  • 業績連動報酬等の業績指標、算定方法等
  • 報酬等の内容について取締役会で決定した方針に関する事項
  • 個人別の報酬について取締役会から委任を受けた取締役その他の第三者が決定した場合には、その旨やその決定に関する事項等

株主総会参考書類 改正会社法、改正会社法施行規則で、役員報酬として株式発行する場合に、募集株式数の上限や譲渡制限付株式を無償取得する際の事由等の決議事項が明示される予定 8

報酬制度に関するスケジュールの一例

 2で検討した流れで報酬制度の導入を進めていくには、どのようなスケジュールで進めるべきでしょうか。

 1つの事例として、3月決算の企業で、かつ、従前基本報酬と賞与しか導入していなかった企業が、報酬構成を再検討し、譲渡制限付株式を上乗せで導入することを決定したと仮定します。その場合の、報酬構成の検討~譲渡制限付株式の導入までのスケジュールの一例をお示しします。  

時期 企業のイベント 報酬関係の主なイベント
X−1年12月
  • 報酬委員会にて報酬の基本方針の議論・決定、報酬水準の見直しの検討
  • 取締役会にて基本方針の決定
X−1年1月 取締役会にて報酬水準の決定
X−1年2月 報酬委員会にて株式報酬制度の議論・検討
X年3月末日 決算日
X年5月上旬 報酬委員会にて譲渡制限付株式導入について決定
X年5月上旬 決算短信開示
  • 取締役会にて譲渡制限付株式導入について決定
  • 制度導入の開示
X年6月下旬 株主総会
  • 株主総会にて、株式報酬導入に関する議案を決議
  • 取締役会にて、初回の譲渡制限付株式として発行する募集株式の発行や株式交付規程の制定についての決議、当該決議に関する適時開示
X年7月下旬まで
(発行についての取締役会決議日から1か月以内)
  • 譲渡制限付株式についての割当契約書の締結
  • 譲渡制限付株式の交付(株式発行)

まとめ

 役員報酬は、冒頭で述べたように、なかなか着手しにくいガバナンス対応ではありますが、細かい設計や制度の内容を議論していくと奥が深く、「他社も導入しているからなんとなく導入する」というような発想では、役員に対するインセンティブの向上という本来の効果を果たすことができません。他社事例や教科書的に示される参考例の真似をして対応をしたつもりになるのではなく、自社がそれまで培ってきた社風や強みを損なわないように設計する必要があります

 本稿を踏まえて、しっかりと議論・検討を行い、自社に適合した制度構築が行われることを期待します。


  1. 「役員報酬サーベイ(2020年度版)」の結果の一部はデロイト トーマツのウェブサイト「『役員報酬サーベイ(2020年度版)』の結果を発表」で公開されています。 ↩︎

  2. 詳細は、デロイト トーマツのウェブサイト「「役員報酬サーベイ2020」のご案内」をご参照ください。 ↩︎

  3. 金融庁「記述情報の開示の好事例集 6.『役員の報酬等』の開示例」(2019年11月29日更新)。 ↩︎

  4. 村中靖、淺井優『役員報酬・指名戦略』(日本経済新聞出版社、2019)82頁~85頁によれば、日本におけるCEOの報酬構成比率は固定:変動の割合は概ね 58:42とされている。 ↩︎

  5. 村中靖、淺井優・前掲88頁~94頁 ↩︎

  6. 原則としては、役員の職務につき確定した額の金銭を交付する旨の定めをした株主総会等の決議日から1月を経過する日が期限となります。詳細は、法人税法34条1項2号イ、法人税法施行令69条4項1号参照。 ↩︎

  7. 法務省によれば、改正会社法、改正会社法施行規則は令和3年3月1日から施行することを予定しているとのことです。規定によって経過措置がいつの時点まで適用されるかが異なりますのでご注意ください。 ↩︎

  8. 前掲注7参照。 ↩︎

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する