国際商事仲裁の最前線

第1回 国際商事仲裁とは何か、訴訟と比較した場合のメリットは

国際取引・海外進出
髙橋 直樹弁護士 小島国際法律事務所

目次

  1. はじめに
  2. 国際仲裁とは何か
    1. 「国際仲裁」の意義
    2. 訴訟と比較した国際仲裁のメリット
    3. 仲裁に付託できない紛争

はじめに

 国際仲裁は、国際的なビジネス紛争の解決手段として、広く知られているものの、実際に、その手続を利用したことのある日系企業の数はさほど多くないと言われてきました。また、日系企業は、仲裁手続の利用に積極的ではなく、自らその申立てをする機会は少ないと言われることもあります。

 しかし、近年、そのような傾向は変わりつつあります。たとえば、東南アジアの国際仲裁機関として著名なシンガポール国際仲裁センター(SIAC:Singapore International Arbitration Centre)における2018年の日系企業(日本企業および日本企業を親会社とする企業を含みます。以下同様です)による新件申立数は、30件であり、上位10位にランクインしています(シンガポール系企業を除く)。このうち、10件が、日系企業の申立てによるものです。日系企業によるSIACの利用件数はここ数年急増しており、今後もその傾向が続くものと思われます。

 また、日本政府も、2017年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2017」において「国際仲裁の活性化に向けた基盤整備」が政策課題として掲げられて以降、日本国内における国際仲裁の活性化に向けて精力的に活動しています。その一環として、2018年5月には、日本初の国際仲裁・ADR専門施設である、日本国際紛争解決センター(大阪) が開設され、東京にも同様の施設の開設が予定されています。

 以上の流れに照らせば、今後、国際仲裁を国際的なビジネス紛争の解決手段として、利用する日系企業はますます多くなると思われます。

 もっとも、他方で、国際仲裁を利用したことがない企業の担当者にとっては、そもそも、国際仲裁とは何か、仲裁合意のドラフティングで留意すべき点はあるか、仲裁人の選任を含め手続がどのように進むのか、また、仲裁判断の執行はどのようにされるのか、費用や時間はどの程度かかるのか、等、わからないことが多くあるのではないでしょうか。

 そこで、本連載では、国際仲裁が、どのようなものか、具体的にイメージを持ちやすいように、筆者らの経験も踏まえつつ、国際仲裁の実務上の留意点を実践的に解説していきます。

国際仲裁とは何か

「国際仲裁」の意義

 「国際仲裁(International Arbitration)」は「国際(International)」的な要素を持つ「仲裁(Arbitration)」手続を意味します。

 「仲裁(Arbitration)」手続とは、当事者が裁判所以外の第三者である仲裁人(Arbitrator)を選び、その仲裁人による紛争の最終的な解決を付託する手続です。

 「国際(International)」とは、紛争当事者である企業の国籍が異なる、または、国をまたいだ取引が行われている等、2つ以上の国と関わりを有することを一般的には意味します。「国際仲裁」の意義は各国の仲裁法その他の法律により、具体的に定義されていることがあります。

 たとえば、シンガポールでは、国内仲裁法(Arbitration Act (Cap.10))と国際仲裁法(International Arbitration Act (Cap.143A))が制定されており、仲裁が「国際仲裁」に該当するかにより、その手続に適用される法律が異なります。シンガポールの場合、国際仲裁よりも国内仲裁のほうが仲裁手続に対する裁判所の関与が強く、仲裁判断の取消事由も広く定められているなどの相違があることから、外国企業のシンガポール子会社間の紛争のように、国際性に疑義が生じ得る場合にいずれの仲裁法が適用されるかは重要です。

 この点、シンガポール国際仲裁法s.5(1)は、国際仲裁に関して規律する同法Part IIおよびその一部である1985年版UNCITRAL国際商事仲裁モデル法(UNCITRAL Model Law on International Commercial Arbitration)について、当事者が明示的に合意している場合に適用を認め、かつ、s.5(2)は、請求の対象事項が2以上の国に関係する旨を当事者が明示的に合意している場合に、国際仲裁性を認めています。そのため、シンガポール子会社間の紛争については、実務上、仲裁合意の作成に際して、国際仲裁法Part IIおよびモデル法の適用ならびに仲裁の国際性を明記する場合もあります。

 他方、日本では、「国内仲裁」か「国際仲裁」であるかを問わず、一律に仲裁法が適用されます。もっとも、この区別は代理人の選任に重大な影響を及ぼし得ます。現在、弁護士法により日本の弁護士以外の者は、争訟事件における代理人としての活動を含む「法律事務」を取扱えませんが、例外的に、外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法(いわゆる「外弁法」)では、外国法事務弁護士が「国際仲裁事件」を代理することが認められているからです(外国法事務弁護士以外の外国弁護士も、一定の要件を充足する場合には代理することが認められています)。

 なお、現在、両当事者またはいずれかの当事者が外国に所在する者である紛争に限定されている「国際仲裁事件」の範囲を拡大し、外国法人の日本法人間の仲裁も含む方向で外弁法の改正が検討されています。

訴訟と比較した国際仲裁のメリット

 訴訟と比較した場合の国際的なビジネス紛争の解決手段としての国際仲裁のメリットとしては、一般的に、以下があげられます。

訴訟 国際仲裁
① 執⾏可能性(外国) ⼀般的に現地法制による 締約国ではニューヨーク条約により、条約が定める執⾏拒絶義務がない限り、仲裁判断の執⾏が認められる
② ⾮公開・秘密性 公開(⼿続・判決) 原則⾮公開(⼿続・仲裁判断)
③ 判断権者の選択 選択不可(裁判官) 選択可(仲裁⼈)
④ 代理人の選択 管轄内の法曹資格者 仲裁地外の法曹資格者が選択可能な場合がある
⑤ 審理場所の選択 選択不可(裁判所所在地) 選択可
⑥ ⼿続⾔語の選択 選択不可 選択可
⑦ 手続 現地法制による 当事者の合意による

※一般的な傾向を示すにすぎず、具体的な規律内容は各国法制によります。

 上記の各メリットのうち、実務上、特に重要なのは、①の執行可能性です。これを担保する国際的な枠組みが1958年に発効した「外国仲裁判断の承認・執行に関するニューヨーク条約」(Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards. いわゆる「ニューヨーク条約」)であり、本記事の公表日現在、160か国が締約しています。

 ニューヨーク条約の締約国は、同条約が定める要件を充足する外国仲裁判断(その国以外の国を仲裁地とする仲裁判断)の承認・執行を、同条約5条で定められた一部の例外的場合を除いて拒絶できません。ただし、現実には各締約国の法制度とその運用により、必ずしも外国仲裁判断の承認・執行が容易でない場合もあります。たとえば、インドネシアでは、外国仲裁判断の執行の際に、当該仲裁判断を下した仲裁廷またはその代理人による、仲裁判断の書記官への登録が必要とされており(インドネシア仲裁法67条)、仲裁判断が下され、仲裁廷がその権限を失う前に、委任状を取得しておく等の事前の準備が重要です。このように、相手方の財産の所在国がニューヨーク条約の加盟国であっても、現地専門家に相談のうえ、現地仲裁法や実務運用の調査の検討が望ましいでしょう。

 なお、外国裁判所の判決についても、2015年に発効した「国際裁判管轄の合意に関するハーグ条約」(Convention of 30 June 2005 on Choice of Court Agreements. いわゆる「ハーグ条約」)という国際的な承認・執行の枠組みが存在しますが、この条約の批准国は、本記事公表日現在において、EU諸国、英国(EU離脱後)、デンマーク、メキシコ、モンテネグロ、そしてシンガポールに留まります(なお、中国が2017年9月に署名しています)。したがって、外国判決の執行には、相互の執行承認や、コモンロー国における判決債務(Judgment Debt)としての執行等、執行地個別の対応が必要であり、外国仲裁判断ほどには広範な執行が期待できない状況にあります。

 なお、訴訟と比較した場合の国際仲裁のメリットとして、(A)上訴制度の不存在(紛争の一回的解決)、(B)迅速な解決や(C)低廉な費用があげられることがありますが、以下のとおり、いずれも、ケースバイケースといわざるを得ません。

コメント
(A)上訴制度の不存在 敗北当事者による仲裁判断取消や執⾏拒絶が申⽴てられる場合も⼀定数
ある。また、英国等の⼀部の国では例外的な場合に上訴を認めている。
(B)迅速な解決 複雑な紛争の場合には⻑期化の傾向がある。ただし、係争額が多額でな
く、複雑でない事案では簡易仲裁(Expedited Arbitration)制度が利⽤可
能な場合がある。
(C)低廉な費用 代理⼈のみならず、仲裁⼈や仲裁機関に対する費⽤⽀払いが⽣じる。
なお、敗北当事者による費⽤負担が求められる場合は少なくない。

 もっとも、以上述べた、国際仲裁と国際訴訟の違いは、一部の国では相対化しつつあります。たとえば、シンガポールでは、シンガポール国際商事裁判所(SICC:Singapore International Commercial Court)に係属した事件のうち、シンガポールと実質的な関連がない「オフショア事件(Offshore Case)」については、裁判所は、一方当事者の申立てにより審理を非公開にできます。また、オフショア事件に該当するか否かを問わず、通常の訴訟では、同国内の証拠法の適用が排除され、国際仲裁において指針として用いられることが少なくないIBA国際仲裁証拠調べ規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)等に類似する証拠の取扱いがされます。加えて、同国の法務省は、現在、仲裁判断への上訴制度の導入の検討を開始しています。

 そのため、外国判決の世界的な執行が担保される状況が整えば、将来的には、国際訴訟と国際仲裁の差は小さくなるかもしれません。

仲裁に付託できない紛争

 どのような種類の紛争を私人間での解決に委ねるかは、正に、各国の政策判断に依存します。どのような紛争であっても、仲裁可能性(arbitrability)が認められるというわけではなく、公的観点から、仲裁に付することができないと一般的に考えられている種類の紛争があります。競争法、身分関係、雇用関係に関する紛争がその一例です。

 なお、知的財産関係の紛争についても、仲裁可能性が問われることがあります。特に問題になるのが、ライセンス契約に関する紛争の前提としての特許の有効性です。特許は、行政庁の審査を経て付与されるものであるから、その有効性を仲裁人が判断できるか否かが問題になるのです。この点、日本では、キルビー事件最高裁判決最高裁平成12年4月11日判決・民集54巻4号1368頁)を機として、特許庁の判断を経なくとも、裁判所、すなわち、当事者間の民事紛争の判断権者が、特許の有効性を判断することを可能にする、特許無効の抗弁に関する規定(特許法104条の3)が特許法上設けられました。特許無効の抗弁は、対世効を有せず、あくまでも、損害賠償請求権の存否の判断の前提問題に留まり、かつ、訴訟と仲裁を別に取り扱うべき理由も特にないため、仲裁においても、当該抗弁の成否の前提として、特許の有効性を判断できるとする見解が有力です。

 また、近時は、標準必須特許(SEP)に関する特許紛争を含む紛争等、国際的な知的財産関連の仲裁事件を取扱う機関として、東京国際知的財産仲裁センター(IACT)が設立されるなど、知的財産に関する紛争の仲裁による解決の可能性が注目されています。

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