国際商事仲裁の最前線

第3回 仲裁合意の実践的ドラフティング(2)重要な記載事項

国際取引・海外進出
髙橋 直樹弁護士 小島国際法律事務所

目次

  1. 重要な記載事項
  2. 仲裁の付託合意
  3. 仲裁機関
    1. 存在しない仲裁機関を誤って書いてしまった場合
    2. 誤った仲裁機関を書いてしまった場合
  4. 仲裁地
    1. 仲裁地(seat)と審問地(venue)の使い分け
    2. 仲裁地の選択
  5. 仲裁人の数
  6. 仲裁言語

重要な記載事項

 仲裁合意をドラフトする際に、検討が必要な事項として、①仲裁の付託合意、②仲裁機関、③仲裁地、④仲裁人の数、⑤仲裁の言語があります。たとえば、シンガポール国際仲裁センター(SIAC:Singapore International Arbitration Centre)のモデル仲裁条項を見ればこれらすべてがカバーされていることがわかります(①から⑤は筆者らによります)。

①Any dispute arising out of or in connection with this contract, including any question regarding its existence, validity or termination, shall be referred to and finally resolved by arbitration ②administered by the Singapore International Arbitration Centre(“SIAC”)in accordance with the Arbitration Rules of the Singapore International Arbitration Centre("SIAC Rules")for the time being in force, which rules are deemed to be incorporated by reference in this clause.

③The seat of the arbitration shall be [Singapore].*

④The Tribunal shall consist of _________________** arbitrator(s).

⑤The language of the arbitration shall be ________________.

仲裁の付託合意

 仲裁合意をドラフティングする際には、いかなる「紛争(dispute)」をその対象とするかの検討が重要です。

 一般的には、その範囲を、単に契約下で生じたもの(「arising under this Agreement」)に限定するのではなく、「arising out of this Agreement」や「relating to this Agreement」等、より広い範囲を含み得る表現を用いることが多いでしょう。「arising under」との表現では、不法行為等の契約外の事由に基づく請求が仲裁合意の対象に含まれないと解釈される可能性があるからです。

 この点、たとえば、香港国際仲裁センター(HKIAC:Hong Kong International Arbitration Centre)のモデル条項は、その趣旨を明確にするべく、契約外の事由に基づく紛争が、仲裁の対象であることを「any dispute regarding non-contractual obligations arising out of or relating to it」と直接的に明示しています。

 参考:第2回 「仲裁合意の実践的ドラフティング 適用を意識するべき3つの法

仲裁機関

 国際仲裁手続には、専門の仲裁機関に仲裁管理を付託するケース(機関仲裁)と、当事者のみで仲裁手続を管理するケース(アドホック仲裁)の2種類があるものの、多くの場合には、機関仲裁が選択されます。なお、アドホック仲裁が選択される場合には、UNCITRAL仲裁規則等の適用を合意している等、当事者間の合意があるケースを除いて、仲裁地の仲裁法規がその手続を規律します。

 それでは、どの仲裁機関を選択することがよいのでしょうか。国際仲裁案件の取扱いに定評のある仲裁機関の選択が無難であり、東南アジア地域の紛争であれば、国際仲裁裁判所 (ICC: International Court of Arbitration)、SIAC、HKIAC等が考えられます。

 機関仲裁を選択する場合、当然のことではありますが、仲裁機関の正式名称の正確な記載が重要です。もっとも、実務上、存在しない、または誤った仲裁機関を記載している仲裁合意条項を見かけることは少なくありません。

存在しない仲裁機関を誤って書いてしまった場合

 まず、存在しない仲裁機関を、仲裁合意に書いてしまった場合にはどうなるのでしょうか。その判断は、裁判所または仲裁廷に拠らざるを得ませんが、たとえば、シンガポールでは、HKL Group Co Ltd v Rizq International Holdings Pte Ltd, [2013] SGHCR 5 において、高等法院は、次の実在しない「仲裁委員会(Arbitration Committee)」を指定する仲裁条項について、SIACその他シンガポール国内に存在し、かつ、ICC仲裁規則による仲裁管理を実施する仲裁機関の同意がある場合には、当該仲裁条項を有効と判断しています

Any dispute shall be settled by amicable negotiation between two Parties. In case both Parties fail to reach amicable agreement, all dispute out of in connection with the contract shall be settled by the Arbitration Committee at Singapore under the rules of The International Chamber of Commerce of which awards shall be final and binding both parties. Arbitration fee and other related charge shall be borne by the losing Party unless otherwise agreed.

 また、日本でも、実在しない仲裁機関を指定する仲裁合意について、解釈により、類似名称の実在する仲裁機関を指定する仲裁合意であると認定した名古屋地裁平成5年1月26日判決・判タ 859号251頁も存在します。

 もっとも、いずれにせよ、実在する仲裁機関をきちんと明示することが重要です。

誤った仲裁機関を書いてしまった場合

 次に、仮に、誤った仲裁機関の名称を記載した場合、そのような仲裁合意を有効とするかについて、紛争が生じ得ます。

 たとえば、その一例として、東京地裁平成25年8月23日判決・判タ1417号243頁があります。これは、ウェハーの売買に関する紛争について、日本企業が、韓国企業を相手方として、提起した訴訟において、被告が、当事者間の仲裁合意の存在を理由に妨訴抗弁を主張した事件です。その仲裁合意では、両者の取引に関連性を特に有しないと思われるロシア、ベルギーおよびウクライナに設置された国際商業仲裁裁判所(International Commercial Arbitration Court)が仲裁機関として、書かれていたことから、原告は、ICCの誤記であり、したがって、仲裁合意は錯誤により無効であると主張しました。

 これに対して、裁判所は、下記の点等を考慮して、原告の錯誤無効の主張を認めず、仲裁合意は有効であると判断しました。

  1. ICCと国際商業仲裁裁判所は表記が大きく異なること
  2. 対象契約が巨額の前払金の支払いを含む大規模な国際取引に関するものであること
  3. 仲裁機関の選定が仲裁による紛争解決の重大な諸要素を左右すること
  4. 原告が対象製品の売買部分については、契約のとおり成立したことを前提としていること

 類似する名称の仲裁機関も存在するので、やはり、仲裁条項に記載された仲裁機関の名称が正確であるかを注意深く確認することが必要です。

仲裁地

仲裁地(seat)と審問地(venue)の使い分け

 第2回でも説明したとおり、「仲裁地(seat)」は、いずれの国の仲裁法規により仲裁手続が規律されるかを示す法的概念であるのに対して、「審問地(venue)」は、いずれの場所で手続を実施するかという事実上の概念にすぎません。これらは法的には全く別個のものですので、その違いがわかるように明確にドラフトをする必要があります。

 通常は「seat」あるいは「place」との文言を用いて指定をすれば、仲裁地の指定としては、問題がないケースが多いと言えます。また、仲裁合意が、仲裁をある特定の法域で実施することのみに言及する場合(たとえば「any and all disputes… shall be finally submitted…for arbitration in XXX」)には、当事者が、当該法域を「仲裁地(seat)」として指定する意思が認められることもあると思われます(このような判示をしたシンガポールにおける近時の裁判例として、BNA v BNB and another [2019] SGHC 142)。

 しかし、他方で、「The arbitrators shall conduct the arbitration hearings in…」のような仲裁合意の場合、「仲裁地(seat)」ではなく「審問地(venue)」を意味するものと理解される可能性は否定できないため、「仲裁地(seat)」の趣旨でドラフトをする場合には注意が必要です。

 また、これら「seat」または「place」との文言を用いた場合であっても、契約書のその余の条項とあわせて解釈をした結果、仲裁合意の「seat」との記述は、「仲裁地(seat)」ではなく「審問地(venue)」を表すものと解釈される場合があるため、やはり、注意が必要です。

 たとえば、英国の著名裁判例であるBraes of Doune Wind Farm v Alfred McAlpine [2008] EWHC 426(TCC)では、次の仲裁合意条項において、仲裁地(seat)がどこかが問題になりました。

This arbitration agreement is subject to English Law and the seat of the arbitration shall be Glasgow, Scotland. Any such reference to arbitration shall be deemed to be a reference to arbitration within the meaning of the Arbitration Act 1996 or any statutory re-enactment.

 一見すると、「the seat of the arbitration shall be Glasgow, Scotland」とあることから、「仲裁地(seat)」は、スコットランドのグラスゴーであるようにも思えます。しかし、英国高等法院は、1996年英国仲裁法における仲裁への言及とみなすとの定めがあること等を理由に、仲裁地(seat)は英国(イングランドおよびウェールズ)であり、スコットランド・グラスゴーは審問地(venue)にすぎないと判断しました。

 このように、たとえ、仲裁合意条項に「seat」との記載があったとしても、決め手にならない場合もありますので、仲裁合意条項に、ある地において仲裁を行う旨の記載をする場合には、それが、仲裁地(seat)の趣旨であるか、それとも、審問地(venue)にすぎないのかを明確に意識したうえで、矛盾のないドラフティングが重要です。

 なお、仲裁規則の中には、仮に、当事者による仲裁地の合意がない場合には、デフォルトの仲裁地を選択するものがあります。たとえば、SIAC Rules 2013・Rule 18.1では、デフォルトの仲裁地はシンガポールとされ、仲裁廷の判断により変更がされ得る旨記載されています。他方、最新版のSIAC Rules 2016・Rule 21.1では、特定の地は予め指定されておらず、仲裁廷が決定するものとされています。

仲裁地の選択

 それでは、仲裁地(seat)は、どこを選べばよいのでしょうか。仲裁地選択の考慮要素として、一般的には、次のものが考えられます。

  • NY条約加盟国・地域であるか
  • 仲裁法の内容が合理的であるか(UNCITRALモデル仲裁法に依拠しているかなど)
  • 仲裁地の裁判所が仲裁手続に好意的か/過度の干渉をしないか(pro arbitrationか)
  • 国際仲裁に関する裁判例が豊富であり、予測可能性が高いか
  • 外国法弁護士による代理が可能か

 また、一般的には、仲裁地と審問地が、事実上一致するため、証拠・証人の所在地も、仲裁地決定の考慮要素になる場合があります。

 近時、東南アジアにおける紛争解決の仲裁地としては、上記の考慮要素の多くを満たしているシンガポールが有名であるものの、香港や、マレーシア等が選択される場合も少なくありません。

仲裁人の数

 仲裁人の数は、1人または3人が一般的です。

 単独仲裁人を選任するメリットとしては、判断の迅速さや費用の節約等があります。他方、3名の仲裁人を選任するメリットとしては、慎重な判断、不合理な判断の回避、納得感等があげられます。特に、3名の仲裁人を選択する際、著名な仲裁人は多忙な場合が少なくなく、進行会議や、審問(ヒアリング)のスケジュール調整が難しい場合や、スケジュールの調整がつかず、TV会議により審問に参加する場合もあります。

 なお、係争額が多額ではなく、簡易仲裁(expedited arbitration)の利用が想定される場合、3名の仲裁人の選任には、留意が必要です。簡易仲裁手続では、単独仲裁人が選任されると仲裁機関の規則が定める場合、仲裁人の数を果たして何名とすべきかが問題になるからです。

 この点、近時、中国において、シンガポール簡易仲裁判断の執行を拒絶した裁判例として、2017年8月11日付中国上海市第一中級人民法院判決((2016)沪01协外认1号)があります。この事案では、仲裁合意に3名の仲裁人を選任すると記載されていたにもかかわらず、SIAC仲裁規則2013(SIAC Rules 2013)における簡易仲裁手続に基づき単独仲裁人により下された簡易仲裁判断が、仲裁合意の範囲内であったか否かが問題になりました。

 人民法院は、SIAC仲裁規則2013は、①簡易仲裁手続に関して、1名以外の仲裁人により仲裁廷を構成することを否定しておらず、②3名の仲裁人の選任について当事者が合意している場合にまで、裁判所長(President)が、同規則Rules 5.2(b)の1名の仲裁人を選任することができるとも定めていないことを前提としたうえで、裁判所長(President)に、仲裁廷の構成に関して絶対的な決定権を付与するものではなく、当事者自治を保障するとの観点からは、当事者間の合意を尊重することが求められる旨判示し、単独仲裁人により下された簡易仲裁判断は、仲裁合意の範囲外であると判示しました。

 現行のSIAC規則2016 Rule 5.3は、当事者による反対の合意がある場合でも、同規則上の簡易仲裁手続が適用される旨を明示しているため、本件の判示に照らしても、簡易仲裁手続については、SIAC仲裁規則が仲裁合意に優先する旨の合意があると認定される可能性があります。

 しかし、不透明な点が残ることは否定できません。そのため、仮に、将来的に紛争に陥った場合に、簡易仲裁手続の利用可能性があり、かつ、中国での執行も想定されるようなケースでは、仲裁人を3名とする場合であっても、簡易仲裁手続については単独仲裁人を選任する旨を明記する等のドラフティング上の考慮が必要と思われます。

仲裁言語

 仲裁言語は、通常であれば英語が選択されることが少なくありません。もちろん、当事者が日本企業どうしの場合には、日本語を選択することも可能ですが、その場合には、日本語を理解可能な仲裁人を探す必要が生じ、選択肢が少なくなるおそれがあります。

 それでは、仲裁合意に、言語の指定がない場合はどうなるのでしょうか。通常であれば、仲裁機関または仲裁人が適切な言語を設定する場合が多いと言えます。ただし、一部の仲裁機関では、英語以外が、選択される場合があるため、留意が必要です。たとえば、インドネシアの仲裁機関であるBANI(Badan Arbitrase Nasional Indonesia)では、当事者の合意がない場合には、仲裁廷が、異なる判断をしない限り、インドネシア語が仲裁の言語として選択されます(BANI仲裁規則Article15.1)。

 また、仲裁の言語は、当事者の選択により事後的に変更することも可能です。たとえば、筆者が関与した仲裁案件では、仲裁廷および当事者代理人がいずれも日本語によるコミュニケーションが可能であったため、仲裁合意において英語が選択されていたにも関わらず、当事者の合意により仲裁言語を日本語に変更したことがあります。

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