国際商事仲裁の最前線
第2回 仲裁合意の実践的ドラフティング 適用を意識するべき3つの法
国際取引・海外進出
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目次
国際仲裁手続に関連するルール
国際仲裁手続は、当事者の合意(より正確には当事者の合意を尊重する仲裁法規の存在)にその正当性が基礎づけられる紛争解決手段であるものの、これに加えて、様々なルールが重層的に適用され得る点に特色があります。
たとえば、第1回「国際商事仲裁とは何か、訴訟と比較した場合のメリットは」で言及したニューヨーク条約は、一般的に自動執行性(条約の実施のために国内立法が必要ではなく、国内裁判所が条約自体を独立の判断基準として用いることができる)を有していると考えられています。また、機関仲裁(仲裁機関が仲裁事件の管理を行う仲裁)では、仲裁機関の仲裁規則も適用されますし、仲裁地や執行地の仲裁法規の適用もあります。
そのうえで、仲裁合意のドラフティングの場面では、特に、次の3つの法の適用を意識することが重要です。
- 契約本体の準拠法(実体準拠法、governing law of substantive law)
- 仲裁手続を規律する法(仲裁手続法、lex arbitri)
- 仲裁合意を規律する法(仲裁合意準拠法、governing law of arbitration agreement)
実体準拠法(governing law of substantive law)
(1)実体準拠法とは
①実体準拠法(governing law of substantive law)は、仲裁廷が仲裁に付託された紛争の実体審理に際して、適用する法です。
一般的な契約の場合、準拠法条項で指定されますが、仮に明示の定めを欠く場合には、契約書のその他の条項の文言や契約締結時の状況等を踏まえて当事者の黙示の意思解釈を探索することが一般的でしょう。
なお、契約文言から、当事者の合意が認定できない場合、訴訟であれば、裁判所は、国際私法により実体準拠法を決します。他方、仲裁手続の場合には、仲裁廷には必ずしも、国際私法による準拠法の決定が義務付けられているわけではありません。たとえば、SIAC Rules 2016 Rule 31.1では、仲裁廷は自らが適切と判断する法を適用する旨定められています。
もっとも、現実には、仲裁人自ら選択基準を定立することの難しさや、判断過程の透明性等を考慮して、仲裁地国の国際私法を参考に判断することは少なくありません。
また、適用される仲裁法規によっては、当事者による準拠法の指定を欠く場合に、実体準拠法の選択基準が明記されている場合もあります。たとえば、日本の仲裁法では、当事者の実体準拠法に関する合意がある場合にはその合意に従い(仲裁法36条1項)、合意がない場合には、仲裁廷は、密接関連国の法令を指定するものとされています(仲裁法36条2項)。なお、当事者双方の明示的な求めがある場合には、当事者が実体準拠法について合意している場合であっても、仲裁廷が衡平と善により判断することが認められています(仲裁法36条3項)。
なお、当事者による準拠法の選択には限界があることにも留意が必要です。上記のとおり、仲裁廷は、自らが適切と判断する法を適用できるのが原則ですが、仲裁地の公序に反する法を適用すると、仲裁判断が事後的に取り消されるリスクが生じるため、当事者の合意による適用法の選択が完全には認められないこともあります。
(2)実体準拠法選択の際の重要な考慮要素
それでは、日系企業が当事者になる場合、準拠法として、日本法を選択しておけば常に問題ないのでしょうか。また、もしも、相手方が準拠法について譲らない場合にはどう対応すればよいのでしょうか。
一般的に、準拠法を選択する際の重要な考慮要素は、①コスト、②予測可能性、③適用法の内容の3つです。実務上は、①コストの観点から、日本法が無難な選択であることが多いものの、取引によっては、②予測可能性や、③適用法の内容がより重要な場合もあり、なかなかクリアカットな基準が見出しがたいのが現状です。
① コスト
準拠法の内容を把握することは、紛争が生じた際の評価規範のみならず、行為規範の確立のためにも重要です。この観点からは、適用ルールの確定や理解のために、調査や翻訳に多大なコストがかかる法域の法の採用は望ましくなく、日本法が無難な選択です。
仮に、外国法の選択を余儀なくされる場合には、英語圏の法域であれば、比較的アクセスが容易なケースもあると思われる反面、それ以外の言語による場合には、そもそも自社において、コミュニケーション手段や、外部専門家の検証能力が十分になく、結果、ルールの内容把握に、多大なコストや時間を要することもあります。
② 予測可能性
一般的には、契約の対象となる取引について、明確な成文法または豊富な裁判例がある場合には、予測可能性が高まります。たとえば、海事取引では、多くの裁判例の蓄積がある英国法系の法が選択されることが少なくありません。
もっとも、適用され得るルールが、一見、自社に有利に見える場合であっても、裁判所の判断基準が大きく揺れ動く法域の法を選択することにはリスクが伴うため、注意が必要です。
また、問題となり得る事例について、自国法の下では、裁判例の集積が少なく、そもそも、ルール自体が見出しにくい、あるいは抽象的な規範は存在するものの、具体的な事案におけるあてはめが不明な場合もあります。このような場合には、あえて、ルールが明確な外国法を選択することも考えられるでしょう。
③ 適用法の内容
日本法を選択すれば自社に常に有利とは限らないことには注意が必要です。たとえば、将来的に契約関係の解消・離脱を希望する場合には、日本法の継続的契約関係の法理の適用を免れることがよいケースもあるでしょう。
外国法を選択する場合、日本法にない権利義務が認められていることもあるので、現地法律事務所にその国の法を選択することの適否を確認すべきです。法令ではなく判例でそのような権利義務が認められている場合もあるため、条文を確認するだけの調査では当然足りません。
(3)準拠法の交渉スタンス
このように、準拠法の選択は、必ずしも一筋縄ではいかない問題ではあるものの、基本的な交渉スタンスとしては、対応コスト等を考慮して、自国法を準拠法とすることを目標とし、事実上の力関係の差等によりそれが難しい場合には、英語圏の法域等、自社による対応コストが相対的に少ない法域の法、または、予測可能性が高い法域の法を打診することになるでしょう。
それでは、相手方が、相手方国法の選択を強く主張する場合に、これを受け入れることに問題はあるでしょうか。①コストおよび②予測可能性の観点からは、実質的に問題がない場合もあり得るものの、一般的には、自社が相手方国法の調査に要するコストは、相手方と比較して高く、そのため、紛争が発生した際には、自社が相対的に不利益な立場に置かれる可能性があり、望ましいとはいえません。
また、仮に、③相手方国法の適用の結果が自社に有利になり得るのであれば、あえて、準拠法として受け入れることにも合理性はあるものの、いかなる問題が仲裁手続で争われるかは事後的に判明することが少なくなく、自らに不利益な結果を招くリスクも否定できません。
そのため、自国法の選択が難しい場合には、コストや予測可能性を踏まえて適切な第三国法を提案することが一般的な対応になるでしょう。
仲裁手続法(lex arbitri)
②仲裁手続法(lex arbitri)は、仲裁の手続を規律する法であり、仲裁人の数および指名または解任手続、仲裁人の権限および義務、審問手続や証拠に関する事項、仲裁廷の暫定処分発令権限、さらには、裁判所による仲裁判断の取消等を規律します。一般的には、仲裁手続法(lex arbitri)は、「仲裁地(seat)」の法領域の法になると考えられています。
なお、ここで、「仲裁地(seat)」と、証人尋問等が行われる「審問地(venue)」は別箇独立の概念であることに注意が必要です。
「仲裁地(seat)」は、いずれの国の仲裁法規により仲裁手続が規律されるかを示す法的概念であるのに対して、「審問地(venue)」は、いずれの場所で手続を実施するかという事実上の概念にすぎません。実務上は、仲裁地と審問地が一致する場合が多いですが、たとえば、仲裁地をシンガポールとするものの、審問地を東京にする等、両者が一致しない場合もあります。この場合には、意図しない仲裁手続法の適用を受けないように、仲裁地と審問地の違いを意識したドラフティングが重要です(その具体的なドラフティングの留意点は次回解説します)。
仲裁合意準拠法(governing law of arbitration agreement)
(1)仲裁合意準拠法の概要と問題となる場面
③仲裁合意準拠法(governing law of arbitration agreement)は、仲裁合意そのものの有効性や、問題とされる紛争が仲裁合意の適用範囲内であるか否か、または、仲裁廷の判断権限の範囲がどこまで及ぶかを判断する基準としても用いられる法です。たとえば、仲裁合意があるにもかかわらず、一方当事者が訴訟を提起し、他方当事者が妨訴抗弁を提出する場合には、仲裁合意の有効性が問題になり得ます。また、仲裁合意が有効でない場合、仲裁判断の取消事由および執行拒絶事由となり得ます。
このように重要な意味を有する仲裁合意準拠法ですが、実務上、仲裁合意準拠法に関する明確な定めが設けられる場面はあまり多くないと思われます。
①実体準拠法と②仲裁手続法が一致する場合には、同じ法を仲裁合意準拠法として選択するのが当事者の意思であると、裁判所や仲裁廷に判断されやすいと言えます。他方、①実体準拠法と②仲裁手続法が一致しない場合、当事者は、これらの一方を仲裁合意準拠法とすることを合意したと推測されるものの、具体的にいずれの法を選択していたと裁判所や仲裁廷は判断するのでしょうか。
(2)英国控訴法院が言及した三段階の基準
この問題について、国際的に著名なのは、SulAmérica Cia Nacional De Seguros S.A. and others v Enesa Engenharia S.A. [2012] 1 Lloyd’s Rep 671(以下「SulAmérica判決」といいます)において、英国控訴法院が言及した三段階の基準でしょう。同判決の下では、以下の基準を示しました。
(A)当事者の明示的な選択がある場合はその選択された法令
(B)当事者の明示的な選択がない場合には黙示的に選択された法令
(C)当事者が何ら選択を行っていない場合には、仲裁合意が最も密接に関連する地の法令が準拠法となる
そのうえで、英国控訴法院は、当事者が実体準拠法を選択していない場合には、仲裁地が重要となるものの、他方で、当事者が実体準拠法を選択している場合には、当該法令を仲裁合意の準拠法とすることについての当事者の合意の存在が強く示唆されると、黙示の選択の認定に際して、実体準拠法を重要視する立場を取っています。
もっとも、このような場合に、実体準拠法を重視するか、仲裁手続法や仲裁地を重視するかについては、必ずしも、国際的なコンセンサスはありません。たとえば、近時のシンガポールの裁判例の中には、SulAmérica判決の枠組みを踏襲しつつも、紛争に至った場合に、当事者が重視するのは、手続の中立性であるとして、仲裁地を当事者の黙示の合意の認定に際して重視したFirstLink Investments Corp Ltd v GT Payment Pte Ltd and others. [2014] SGHCR12があります。しかし、他方で、実体準拠法を重視した、BCY v BCZ [2016] SGHC 249も存在します。
また、日本では、リング・リング・サーカス事件判決(最高裁平成9年9月4日判決・民集51巻8号3657頁)が、仲裁合意の準拠法が当事者の意思により決せられることを前提としたうえで、明示的な合意がない場合であっても、仲裁地に関する合意の有無やその内容、主たる契約の内容その他の諸般の事情に照らして黙示の合意があったと認められるかを検討すべきとし、当該事案においては、仲裁地法を仲裁合意の準拠法とする黙示の合意があったことを認定しました(その他に仲裁合意の準拠法が問題となった事案として、東京地裁平成23年3月10日判決・判タ1358号236頁、東京高裁平成22年12月21日判決・判時2112号36頁などがあります)。
(3)香港国際仲裁センター(HKIAC)のモデル仲裁条項
以上から明らかでもあるように、仲裁合意準拠法の定めなく、かつ、実体準拠法と仲裁手続法が一致しない場合には、裁判所や仲裁廷で争われる場合に、判断の不確実性が残りますので、必要に応じて、仲裁合意準拠法を明記する等の対応が望ましいでしょう。
たとえば、下記の香港国際仲裁センター(HKIAC)のモデル仲裁条項には、「The law of this arbitration clause shall be ... (Hong Kong law). *」との記載があることは注目されます。
The law of this arbitration clause shall be ... (Hong Kong law). *
The seat of arbitration shall be ...(Hong Kong).
The number of arbitrators shall be ...(one or three). The arbitration proceedings shall be conducted in ...(insert language)." **
* Optional. This provision should be included particularly where the law of the substantive contract and the law of the seat are different. The law of the arbitration clause potentially governs matters including the formation, existence, scope, validity, legality, interpretation, termination, effects and enforceability of the arbitration clause and identities of the parties to the arbitration clause. It does not replace the law governing the substantive contract.
** Optional
仲裁合意の種類
仲裁手続を開始するためには、仲裁合意(arbitration agreement)が必要です。
その合意を形成する方式としては、大まかには、当事者が仲裁条項(arbitration clause)を用いてあらかじめ合意しておく場合と、紛争が顕在化した後に、個別に合意(submission agreement)をする場合ありますが、信頼関係がない当事者間で紛争解決の合意は一般的に困難であるため、仲裁条項(arbitration clause)を用いるケースがほとんどです。
なお、仲裁条項を用いる場合、ある当事者間の一連の取引の中で、複数の契約が締結される場合には注意が必要です。たとえば、日本企業と外国企業が、第三国における合弁事業を営む場合には、合弁契約(joint venture agreement)に加えて、たとえば、商標使用許諾契約等の付随的な契約を締結することがあります。
このようなケースにおいて、各契約の紛争解決条項の内容が異なるときには、実態として、同一の紛争であるにもかかわらず、ある契約については、訴訟で解決し、ある契約については、仲裁で解決する等、その対応がまちまちになるリスクがあります。そのため、各契約の紛争解決条項で全く同一の文言を用いるか、あるいは、中核的な契約の紛争解決条項を参照する建付とする等の対応が望ましいといえます。
仲裁合意の法的性質
仲裁合意については、よく、契約終了後の存続条項の対象に含まれる場合が少なくありません。もっとも、仲裁合意は、その性質上、これが含まれる契約そのものが解除により終了しても、その効力は継続すると考えられています。そうでなければ仲裁合意をした意味がなくなるためです。
理論的には、仲裁合意は、本体の契約と別個独立した契約であり、したがって、取引契約書は、本来想定される取引と、仲裁合意の2つの独立した契約を含むと考えることが一般的です。それがゆえに、仲裁条項ではなく、仲裁「合意」と呼ばれることがあるのです。
次回は、仲裁合意の重要な記載事項について、実務的な観点から解説します。
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