特許権侵害訴訟に企業はどう向き合うか

第1回 特許権侵害を巡る紛争の全体像

知的財産権・エンタメ

目次

  1. 特許権侵害を巡る紛争の特質と注意点
  2. 特許権侵害を巡る法的手続
  3. 特許権侵害訴訟の流れ
    1. 代理人の選定
    2. 分析
    3. 交渉
    4. 訴訟提起
    5. 侵害論の審理
    6. 損害論の審理
    7. 判決・和解

特許権侵害を巡る紛争の特質と注意点

 特許権侵害を巡る紛争には、以下のような特質があります。

  1. 技術知識のほか、法律面でも専門的知識を必要とする。
  2. 対応に関係する者が多数にのぼることが多い。
  3. 複数の手続が同時並行で行われることがある。
  4. 国際的な紛争に拡大することもある。

 これらはいずれもコストや業務負担に直結する要素であるため、特許紛争においては、事案の性質、対象技術の重要性、相手方の性質や関係、経済合理性等を考慮し、戦略をもって対応することが重要になります。

特許権侵害を巡る法的手続

 特許権侵害を巡って利用される定番の手続は、特許権侵害訴訟と特許無効審判です。特許権侵害訴訟は、裁判所において特許権侵害の差止めや損害賠償を求める民事訴訟で、特許無効審判は、特許庁において特許を無効にするための行政審判手続です。上述のとおり、特許権侵害訴訟は、国際的な訴訟に発展することもあるところ、主要国においては、これらに相当する手続が用意されています。

 さらに、侵害品の輸入を差し止めるために、税関において関税法に基づく輸入差止が行われることもありますし、場合によっては、特許権侵害罪に基づく刑事告訴も対応手段となりえます。日本での利用頻度は高くありませんが、WIPO(世界知的所有権機関)などによる仲裁が用いられることもあります。

法的手続の種類 手続の内容 備考
特許権侵害訴訟 裁判所において特許権侵害の差止めや損害賠償を求める民事訴訟 国際的な訴訟に発展することもある
特許無効審判 特許庁において特許を無効にするための行政審判手続 侵害訴訟における無効主張とは別に請求できる
輸入差止 関税法に基づく輸入差止 ブランド模倣品(商標権侵害)などと比較すると、立証に留意が必要
刑事告訴 特許権侵害罪に基づく刑事告訴 商標権侵害と比較すると、訴追に至ることは少ない
仲裁 WIPO(世界知的所有権機関)などによる仲裁 仲裁付託について、双方の同意が前提となる

 これらの手続のうち、本連載では、日本国内における特許権侵害訴訟の流れについて解説します。

特許権侵害訴訟の流れ

 紛争が判決に至る場合の一般的な流れは以下のようなものです。

紛争が判決に至る場合の一般的な流れ

代理人の選定

 特許権侵害訴訟は、訴訟の中でも特に専門性が高い手続であるため、原告の立場であれ、被告の立場であれ、弁護士を利用せずに進めることは現実的ではありません。

 しかし、専門性の高さもあって、特許紛争を扱っている弁護士の数はさほど多くありません。特に、国際的な紛争となると、対応できる専門家は限られています。

 特許権侵害訴訟においては、弁護士に特許法に関する専門的知識がないと、争点を拾い出すことすらできないといった事態にもなりますので、適切な弁護士を選定することが、最初のかつ非常に重要なステップとなります。

 具体的には、普段から相談している弁護士がいない場合、出願を依頼している弁理士の紹介や、他の企業の知財部の知り合いの紹介などが一般的な選任ルートとなると思われますが、最近では、インターネットその他のメディアを通じて情報を獲得することも可能です。その場合、単に取扱分野として知的財産法が表示されているだけでなく、実際に一定数の侵害訴訟を経験している弁護士を探すことが重要です。

分析

 特許権侵害訴訟を提起するにあたっては、相手方の製品やサービスが特許権を侵害しているか、また、特許が無効にされる恐れがないか、といった分析作業が重要になります。特許権侵害訴訟は、一般の訴訟と比較して高額の費用を要することが多い一方、非常に緻密かつ専門的な議論が求められるため、事前準備をしっかりしておかなければ、費用倒れの結果になる可能性が高くなります。

 また、侵害訴訟提起をきっかけに、被告から特許無効審判を請求され、単に侵害訴訟で敗訴するだけでなく、特許が無効にされてしまうこともあります。要するに、特許権侵害訴訟は、敗訴して「ゼロ」になるだけでなく、特許を失うという「マイナス」の結果に終わることもあるのです。この点でも慎重な分析の必要性が高いといえるでしょう。

交渉

 他の紛争と同様、特許権侵害を巡る紛争においても、訴えの提起前にしばしば交渉が行われます。この段階から弁護士が代理人として交渉にあたる場合もあれば、直接本人間で交渉が行われることもあります。

 交渉は、多くの場合、侵害警告のレターの送信によって開始されます。この場合において、侵害警告を製品の販売ルートに広く送付したり、警告した事実を公表したりすることもありますが、その態様いかんによっては、後日特許権者が特許権侵害訴訟で敗訴した場合に、不正競争防止法上の誹謗中傷行為と認定される可能性があります。その場合には、特許権者が逆に損害賠償請求を受けることになるため、警告の内容や送付先、取扱いなどを弁護士と相談しながら進めるべきでしょう。

 警告を受けた側も、速やかに弁護士に相談し、特許権者と同様の分析をしたうえで、対応戦略を確立することが必要です。特に、過去に特許権侵害の紛争に巻き込まれたことのない企業が、専門家のアドバイスを受けずに軽率な対応をし、無用の訴訟に巻き込まれたり、訴訟において大きなハンディキャップを負ったりすることもあります。

訴訟提起

 交渉において解決が得られない場合には、訴訟に移行することになります。類型としては、特許権者が提起する特許権侵害訴訟と、侵害の疑いをかけられた側が提起する債務不存在確認請求訴訟とがありますが、件数的に多いのは前者です。訴訟と並行して、侵害行為の差止仮処分が申し立てられることもあります。

 訴え提起をする際には、どの特許のどの請求項に基づき、どの型番のどの製品をターゲットにするかなど、交渉段階と比較して厳格に請求内容を特定する必要があります。そこでは、侵害立証の見込み、万が一請求項の一部が無効とされた場合の対策、販売量の多寡などが考慮されるほか、特許権侵害訴訟の当事者は同業のライバル同士で、顧客も共通していることも多いため、差止めによる顧客への影響などにも鑑みて、具体的な請求内容が決まることもあります。

 また、提訴する裁判所の選択も問題となることがあります。
 ご存知のとおり、国際訴訟の場合には、言語、訴訟追行に要する費用、弁護士費用の敗訴者負担の有無、ディスカバリのような立証手段の有無、公開手続か非公開手続かの違い、公平性や腐敗の問題など、どの国のどのような紛争解決機関に委ねるかということが、結論やコストに大きく影響します。
 国内訴訟については、現在特許権侵害訴訟を受訴できるのは東京地裁と大阪地裁に限られ、いずれにも知見が蓄積された知財専門部があるため、国際訴訟と比較するとフォーラムの選択がクリティカルな問題となることはありません
 とはいえ、プレッシャーをかける目的で被告の所在地から離れた裁判所を選択することもありますし、両裁判所で見解の異なる争点が含まれている場合など、上級審の見解が明らかになるまでは、有利な見解を有するフォーラムを選択することもあります。

侵害論の審理

 特許権侵害訴訟の審理は、2つのステップで行われます。

 最初のステップは侵害論と呼ばれ、被告の製品やサービスが特許権を侵害しているかを審理します。具体的には、特許発明の技術的範囲内にあるかどうか(充足論)と、技術的範囲内にある場合における抗弁の審理が対象となります。

 抗弁として代表的なものは、特許無効の抗弁で、近年は、多くの訴訟で争点となっています。他にも、先使用権や、ライセンスの存在が主張されることもありますし、権利濫用が問題となることもあります。

 一般に、権利濫用の抗弁は、個別具体的な事情によるところが大きく、認められることが少ない抗弁ですが、特許法の分野では、現在の特許法104条の3が制定されるまで判例によって特許無効の抗弁が権利濫用で構成されていたように、一定の要件のもと、定型化された判断によって適用されることもあります。近年話題になった例としては、FRAND宣言した標準必須特許について、FRAND条件でライセンスを受けようとした被告に対する差止請求や損害賠償請求の一部が権利濫用とされた例(アップル対サムスン事件)がありますが、この事件で知財高裁が示した規範も、地裁判決と比較して定型的なものとなっています。

 侵害論の審理の結果、裁判所が、非侵害の心証を持った場合には、審理が終結され、請求棄却の判決がなされます

損害論の審理

 充足論の審理において特許権侵害が認められると、審理は損害論に移ります。

 特許権侵害訴訟における損害論の審理は、特許法102条各項に規定された枠組みで判断されます。この規定は、損害額の計算枠組みを定めたもので、大まかにいうと、1項は原告の利益率に基づいて損害を計算し、2項は被告の利益を原告の損害と推定し、3項はロイヤルティ相当額を損害とみなす規定です。

 マーケットで原告と被告の製品やサービスが競合している場合に頻繁に利用されるのは2項です。特許権者は、同種製品であっても侵害者より高い利益率で販売していることが多いため、理論上は1項の方が原告に有利になると考えられますが、利益率の証明のためには原告の営業情報を開示せざるを得ないため、利用が敬遠される傾向にあります。

 詳細は別稿に委ねますが、2項では、侵害品の売上から変動費を差し引いて得られる「限界利益」をもって原告が請求できる損害額とされます。そのため、果たして侵害品がいくら売れたのか、また、どのような費目の経費が変動費として控除されるのか(逆にどのような費用が控除されないのか)が主たる争点となります。

 また、損害論の計算では、しばしば寄与率も問題となります。寄与率というのは、ある特許発明が、どれだけ製品の売上に寄与しているかを割合で表したものです。たとえば、難治の疾病の治療薬となる化合物を発明した場合、その治療薬に対する化合物の発明の寄与は大きなものになりますが、他方で、多数の特許発明からなる家電製品に用いられた発明で、他に代替技術があり、消費者に対する訴求力も乏しいようなものは、売上に対する寄与は小さいといえるでしょう。

判決・和解

 こういった要素が考慮され、損害額が計算されると、審理が終結され、判決が言い渡されます。もちろん、判決に至る前に、当事者間で和解が成立することもあり、その場合には、和解によって訴訟が終了します

 次回以降は、特許権侵害訴訟のそれぞれの段階について、より詳しく解説します。

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