特許権侵害訴訟に企業はどう向き合うか
第6回 特許無効の抗弁の主張・立証
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目次
特許無効の抗弁とは
特許権者から特許権の侵害を主張された被告の反論として頻繁に提出されるのが、特許無効の抗弁です。特許無効の抗弁とは、侵害訴訟において、原告が行使している特許に無効理由が存することを理由とする抗弁です。
特許法104条の3第1項は、以下のように定めており、特許権が無効とされるべきものである場合には、その権利行使を認めないこととしています。
2000年のキルビー特許判決(最高裁(三小)平成12年4月11日判決)において、最高裁は、明らかな無効理由のある特許の権利行使は権利の濫用に当たり許されないとの判断を示しており、この考え方は「明らか無効の抗弁」と呼ばれていました。
上記判決の後、侵害訴訟では、明らか無効の抗弁が被告の定番の防御方法になり、実質的に「明らか」という要件は考慮されなくなってきたことから、平成16年の特許法改正で特許無効の抗弁が明文化され、その要件が「特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」と明確化されました。
これにより、特許権侵害を主張された被告は、無効審判による手続を経ることなく、侵害訴訟内で原告の特許が無効とされるべきことを主張・立証することで、請求を排斥することが明文上できるようになりました。
無効理由の種類
無効理由の根拠条文
上述のとおり、被告が特許無効の抗弁を主張できるのは、「特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」です。
特許無効審判により特許が無効とされるのがどのような場合かは、特許法123条1項各号に列挙されています。さまざまな無効理由がありますが、実務上よく問題になる無効理由としては、①特許要件を満たさない場合と、②出願書類の記載要件に違反する場合の2つがあります。
新規性欠如および進歩性欠如
このうち特許要件については、特許法29条に定められています。
具体的には、特許を受けるための要件として、まず、特許を受けようとする発明が、産業上利用することができる発明でなければなりません(同条1項柱書)。
そのうえで、特許付与の要件として、以下のものが要求されます。
- 発明に新規性が認められること(新規性要件)
- 発明に進歩性が認められること(進歩性要件)
(1)新規性要件
1つ目の新規性要件につき、特許法は、発明に新規性が認められない場合として、①発明が公知であった場合(同法29条1項1号「公知」)、②発明が公然と実施されていた場合(同2号「公用」ないし「公然実施」)、③刊行物に記載されていた場合(同3号「刊行物公知」)の3つを定めています。このいずれかに該当する発明については、特許を受けることができません(ただし、新規性喪失の例外規定が別途あります)。
(2)進歩性要件
さらに、新規性が認められる場合であっても、特許出願前にその発明の属する技術分野における通常の技術を有する者(当業者)が公知文献等に基づき容易に発明することができた発明についても特許を受けることができません(同法29条2項)。これが2つ目の進歩性要件です。
その他の無効理由
次に、出願書類の記載要件に違反する場合は、「記載要件違反」ないし「記載不備」といわれます。記載要件は、特許法36条に列挙されています。
この規定に列挙された記載要件のうち、その違反が無効理由になるのは、以下の4つです(同法123条1項4号)。
- 実施可能要件(特許法36条4項1号)
- サポート要件(同条6項1号)
- 明確性要件(同項2号)
- 簡潔性要件(同項3号)
実務的に争われることが多いのは、実施可能要件、サポート要件、明確性要件の3つです。
上記以外に、下記の場合なども特許の無効理由となります。
- 出願書類の補正が不適切な「補正要件違反」の場合(特許法17条の2第3項)
- 出願された発明が先行の出願(先願)に記載された発明と同一であり、後日先願が公開された「拡大先願」の場合(同法29条の2)
- 共同発明者の一部が出願人になっていない「共同出願違反」や他人の発明を勝手に出願した「冒認出願」の場合
無効理由の具体的内容とその立証方法
以下では、各無効理由の具体的内容とその立証方法について説明します。
新規性欠如および進歩性欠如
(1)先行文献調査
前記 2-2のとおり、発明が特許とされるための積極的要件としては、新規性要件と進歩性要件があります。これらの要件の欠如を理由とする特許無効を主張する場合には、当該特許発明の特許出願前の特許の公開公報や文献等において同一または類似の発明が開示されていないかの調査を行うことが第一歩となります(これを「先行文献調査」などといいます)。
調査の結果、当該特許出願前に同一の発明が存在したということになれば、当該発明は新規性を欠くということになります。ここでいう「同一の発明」とは、当該特許発明の有する要素をすべて満たす発明を指します。
「第5回 特許権侵害の主張・立証」において、特許発明を構成要件に分説して比較する方法で文言侵害の成否を検討しましたが、これと同様の方法により、公知の発明が特許発明のすべての構成要素を満たしているかを比較していくことになります。
当該特許の出願前の発明が特許発明のすべての要素を具備していない場合であっても、公知の発明や文献を組み合わせるなどすることにより、当業者が特許発明を容易に発明できる場合には、進歩性要件を欠くことになります。
この進歩性の主張立証においては、ある公知文献に周知慣用の技術を組み合わせることで特許発明を容易に発明できることや、複数の公知文献を組み合わせる動機があり、その組み合わせにより特許発明を発明できることなどを主張立証していくことになります。
(2)仮想事例における検討
以下では、「第2回 特許権侵害訴訟の事前準備・交渉の実務」で用いた仮想事例を用いて、A社(原告)製品の特許の新規性ないし進歩性について検討します。
A社製品
長方形の部分が設けられると共に、その両側部につけ合わせなどを調理できる部分が設けられていることを特徴とする電磁調理器用卵焼き器
(出典:特許第4260813号の図をもとに作成)
先行文献
本件では、先行文献において中央部分を並行な2本の線で仕切った電磁調理器用の調理器具が開示されています。ここで開示されている発明と特許発明の構成を比較すると、両者はともに仕切りのある調理器具である点において共通しています。しかしながら、A社の特許発明は蓋のないフライパン型の調理器具であるのに対し、先行文献で開示されている発明は、仕切りのあるフライパン状の部分2枚が上下に組み合わされ、真ん中で調理する材料を挟める形状となっています。
この先行文献において開示されている構成をA社の特許発明の構成に付加された要素にすぎないと解した場合、先行文献で開示されている発明が特許発明を包含することになり、特許発明は刊行物により公知であるものとして新規性を欠くことになります。
また、上記の構成の違いを相違点であると解した場合、先行文献の構成から特許発明の構成を発明することが当業者にとって容易であるか、すなわち、仕切りのある調理部を上下に組み合わせた調理器具から上側が空いているフライパン状の調理器具を発明することが容易であるといえるかを検討します。これが容易であるということになると、特許発明は先行文献から当業者が容易に想到できたものであるとして進歩性を欠くことになります。
その他の無効理由
前記 2-3のとおり、新規性欠如や進歩性欠如以外にも、特許の無効理由にはさまざまなものがあります。
たとえば、特許請求の範囲の記載から発明の範囲が明確ではない、明細書の記載では発明が実施できない、あるいは、特許請求の範囲に記載された発明が明細書の発明の詳細な説明によってサポートされていない場合には、記載要件違反を理由とする無効理由の主張を検討することになります。
仮想事例の発明はフライパン型調理器具に関するもので、構造は比較的単純なものになるため、記載要件が問題になる可能性は高くはないと思われますが、特許請求の範囲の記載から発明の範囲が不明確になっているといった事情がある場合には、記載要件についても検討が必要となるでしょう。
それ以外にも、被告としては、出願の経過や明細書の記載を精査し、特許を無効にできる理由がないか、さまざまな角度から検討をしていくことになります。
無効主張における検討ポイント
無効主張と構成要件充足性の主張の関係
構成要件充足性と特許無効について検討してきたことからわかるとおり、両者は表裏の関係にあります。
前記 3-1の仮想事例において、原告であるA社が被告製品は特許発明の構成を充足すると主張する場合、「卵焼き器」に「フライパン」が含まれる、「長方形の部分」を有する構成には「平行な2本の直線で仕切られた部分」を有する構成を含む、という具合に特許発明の構成を広く解釈する必要が出てきます。そうすると、今度は、先行文献において同一の発明が開示されており特許発明に無効理由が出てくるのではないかという問題点に直面します。
また、記載要件に関しても、明確性要件に違反しないように発明を限定的に解釈した場合、発明の範囲についても限定した解釈を採らざるを得ません。そうすると、今度は、被告(B社)製品が構成要件を充足しない可能性が出てくることになります。
したがって、原告、被告はともに、相手方が無効主張の点も含めてどのような主張をしてくるかを想定しながら訴訟における主張立証の計画を立てることが重要となります。
無効の抗弁の提出の時的制限
特許法104条の3第2項は、無効の抗弁は審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものであると認められるときは、裁判所は、申し立てによりまたは職権で却下の決定をすることができると定めています。したがって、被告としては、こうした理由で無効の抗弁が却下されることのないよう、特許無効の主張をするタイミングを検討する必要があります。
実務上は、通常、裁判所から被告に対して無効の抗弁を主張するか否かの確認がなされ、構成要件充足性に関する認否反論の後に無効の主張をするのが一般的です。
なお、この点に関して、特許法104条の3第3項を直接適用した事案ではありませんが、特許無効審判における有効審決が確定した後に特許無効の抗弁の主張することについて、特段の事情がない限り訴訟上の信義則に反するものであり、民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと判断した判決があります(二次元コード事件、知財高裁平成30年12月18日判決)。
訂正の再抗弁
被告から特許無効の抗弁が出された場合に、原告の再反論として訂正の再抗弁の主張がなされることがあります。
特許権者は、すでに成立している特許権について、訂正ができる要件を満たしている場合には、無効理由を回避するため、訂正審判を経ることでその内容を訂正することができます。たとえば、ある特許に新規性欠如の無効理由が存する場合であっても、訂正を行い、その権利範囲を狭くすることによって、無効事由が解消される場合があります。
このように、無効の抗弁に対して、訂正を行うことで無効事由の解消を主張するのが訂正の再抗弁です。
判例上、訂正の再抗弁が認められるためには、以下の4要件を満たす必要があると解されています(東京地裁平成29年4月21日判決参照)。
- 特許庁に対し適法な訂正審判の請求または訂正の請求を行っていること
- 当該訂正が訂正要件を充たしていること
- 当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること
- 被告各製品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属すること
前記 3-1の仮想事例では、原告としては、先行文献に開示のある「仕切りのある調理部を上下に組み合わせた調理器具」が除外されるよう、特許発明の範囲を上側が空いているフライパン状の調理器具に限定する訂正を行うことで特許が無効となることを回避することが考えられます。
訂正の再抗弁を主張するタイミングに関しては、近時の裁判例(シートカッター事件、最高裁(二小)平成29年7月10日判決)において、以下のような判断が示されています。
特許権の権利範囲を縮小することは権利者としてはできるだけ行いたくないことですが、一方で、訂正の再抗弁は事実審の適切な時期に主張する必要があることを念頭に置いておく必要があります。
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