特許権侵害訴訟に企業はどう向き合うか
第3回 訴訟を提起する際に検討するべきこと
知的財産権・エンタメ
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訴訟提起の際の検討事項
「第2回 特許権侵害訴訟の事前準備・交渉の実務」で説明した交渉を踏まえても、当事者間で紛争を解決できない場合には、特許権者としては、訴訟提起を検討することになるでしょう。本稿および次稿では、主として、特許権者が、自らの特許権を侵害されたと主張する場合に、特許権侵害訴訟の提起に際して具体的に検討を行うべき事項について説明します。
訴訟の必要書類の作成・準備
必要書類
通常の訴訟と同様に、特許権侵害訴訟でも、①訴状、②書証および③証拠説明書が基本的な必要書類です(サンプルが東京地方裁判所ウェブサイト等で公開されています)。これらに加えて、当事者が会社の場合には④代表者事項証明書その他の資格証明書が、また、代理人を用いる場合には、⑤訴訟委任状(弁理士を代理人とする場合には、さらに、特定侵害訴訟代理業務試験合格証の写し)が、それぞれ必要です。加えて、被告製品目録や、被告製品説明書、そして、必要であれば訴額計算書も併せて提出します。
なお、①ないし③については、通常の訴訟であれば、正本に加えて当事者の人数分の副本を提出すれば足ります。これに対して、特許権侵害訴訟では、たとえば、東京地方裁判所知的財産部が、正本・副本に加えて、写し4通および電磁データの提出を求めているように、通常の訴訟と異なる運用が行われていますので1、事件が係属する裁判所の運用を確認することが重要です。
救済手段の選択
(1)採り得る救済手段
特許権侵害に対して、特許権者が求めることができる救済手段として、差止請求、廃棄請求、損害賠償請求および信用回復措置請求等が考えられます。逆に特許権者から侵害を主張される者が、これら特許権者からの請求に先んじて、債務不存在確認請求を起こすこともあります。特許権者から訴訟を提起した場合には、損害賠償請求ならびに差止請求および仮処分申立てを検討することが定番です。
(2)損害賠償請求
損害賠償請求をする場合には、権利侵害の事実に加えて、損害額とその算出根拠の立証が必要です。詳細は次々回以降に説明しますが、実務上は、多くの場合、特許法102条2項および3項の推定規定が用いられます。
(3)差止請求
差止請求をする場合には、その請求を基礎付ける特許に関する発明が「物の発明」、「方法の発明」あるいは「物を生産する方法の発明」のいずれであるかを良く意識する必要があります。発明の類型によって、請求内容が変わりうるからです。また、販売等の差止めの場合には、侵害品の将来の利用を防ぐべく、廃棄請求等も同時に行う場合が多いといえます。
さらに、差止請求に際しては、同趣旨の仮処分命令申立てを行うことがあります。本案の訴訟と同時に申し立てられた場合、仮処分命令申立事件の審理は、通常、本案の審理と同時に進められます。もっとも、本案手続では、差止請求に対する判決は、損害論の終了まで留保されるのに対して、仮処分手続では、侵害論をクリアすれば、その時点で、被告製品の販売差止め等が可能となるという違いがあります。
被告製品の特定
差止請求や廃棄請求では、その請求の対象物を特定することが必要ですが、損害賠償請求でも、損害の有無およびその範囲を画するためには、やはり、被告の行為態様や被告製品(以下「被告製品等」といいます)の特定が必要です。
実務上、被告製品等の特定は、被告製品目録により行います。従前の実務では、具体的に被告製品等の技術的な構成を文章により明らかとする形で特定を行っていましたが、その構成の表現等の適否を巡って当事者間に争いが生じ、審理が長引く傾向にありました。そのため、現在の実務では、商品名および形式番号により簡素に特定を行う場合がほとんどです。
もっとも、この場合であっても、次々回以降に説明するように、特許権侵害の有無の判断は、特許発明の構成要件と被告製品等の構成の対比により行いますので、被告製品等の構成を文章で説明する作業が必要であることには変わりません。そのため、実務上は、被告製品目録に加えて、被告製品等の構成を文章で説明した被告製品説明書を別紙として訴状に添付することが通例です。
閲覧等制限の申立検討
準備書面や書証を含む訴訟記録については、誰でもその閲覧等請求をすることができるのが原則です(民事訴訟法91条)。もっとも、訴訟記録に営業秘密等が記載されている場合には、例外的にその記載部分について、その閲覧もしくは謄写、その正本、謄本もしくは抄本の交付またはその複製の請求をすることができる者を、訴訟の当事者だけに限るように求めることができます(民事訴訟法92条1項)。閲覧等制限の効果は、これを認める裁判所の決定があった場合のほか、閲覧等制限の申立てがあってからその裁判が確定するまでの間についても発生します(民事訴訟法92条2項)。
閲覧等制限の申立ては、準備書面や書証の提出と同時か可及的速やかに行うことが原則です。仮に申立前に第三者が訴訟記録を閲覧等した場合には、その記載の秘密性が失われて、閲覧等制限申立ての要件を欠くことになりかねません。そのため、訴状の中で、たとえば、損害立証のために、特許権者が販売する製品の技術的構成を開示する必要があり、かつ、これが技術上の営業秘密に該当する等の場合には、訴状提出と同時に閲覧等制限の申立てができるようにあらかじめ準備を進めておく必要があります。
訂正審判請求の検討
訂正審判請求とは
(1)訂正審判の位置づけ
実務上、特許権者の側では、訴え提起に先立って、訂正審判請求(特許法126条1項)を行うか否かを検討することがあります。
特許法は、特許それ自体の有効性や権利範囲の変更等に関する対世的判断を特許庁における行政審判手続により行い、有効な特許に基づく侵害の成否に関する相対的判断を裁判所における民事訴訟で行うことを予定しています(「第1回 特許権侵害を巡る紛争の全体像」参照)。
訂正審判は、前者の行政審判手続の一種であり、特許庁において一度成立した特許の範囲を訂正するための手続です(なお、ややこしいですが、無効審判手続内においても、特許法134条の2に基づき訂正が可能であり、これを「訂正請求」といいます。「訂正審判請求」とは別概念です)。
ある特許の一部に無効理由が存在する場合、そのまま訴えを提起すると、無効の抗弁が認められて、敗訴する可能性があります。もっとも、特許庁においてあらかじめ訂正審判を請求し、特許を無効理由のない状態に訂正できれば、侵害訴訟で敗訴するリスクを軽減することができます。
そこで、特許法上は、特許権者に対して、以下の事項を目的として訂正審判請求が認められています(特許法126条1項)。
- 特許請求の範囲の減縮
- 誤記または誤訳の訂正
- 明瞭でない記載の釈明
- 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること
この中で、無効理由を回避するために最も頻繁に用いられるのは、特許請求の範囲の減縮です。
(2)具体例による説明
抽象的な説明ではイメージを掴みづらいと思いますので、具体例を使って考えてみましょう。
特許権者Aは「断面の形状が3ないし8の角からなる正多角形である鉛筆」との発明について特許を有しており、「机の上に置いても転がらない」ことをセールスポイントとする「六角形の鉛筆」を販売している。
そうしたところ、ライバル会社Bが、同様に六角形の鉛筆を販売したことから、Aはその販売差止めおよび損害賠償の支払いを求めて、特許権侵害訴訟を提起することを検討している。
しかし、Aが事前調査を行ったところ、実は、その特許の出願前に「三角形の鉛筆」が販売されていたことがわかった。
ここで、Aが特許請求の範囲について何も訂正を行わずに、訴訟を提起した場合、Bが「Aの発明は新規性がなく、特許は無効だ。」と主張してくる可能性は否定できません。
それでは、どのように訂正をすれば、新規性欠如による無効主張のリスクを軽減することができるでしょうか。この事例では、先行例は三角形の鉛筆であることから、クレームの角の数を変えて、「4ないし8の角からなる正多角形」に訂正すれば、もともとあった発明とはいえなくなりますので、新規性に関しては問題がなくなります。
もっとも、仮に、転がらないことが、その特許発明の課題であるとすれば、鉛筆が転がらないのは断面が多角形であることの効果であって、三角形であることは必須ではありません。そうであれば、三角形の鉛筆に接した鉛筆メーカーなら六角形にしても転がらないことは容易に思いつきそうです。そのため、進歩性の観点からは、依然、無効理由が残る可能性は否定できません。
(3)具体的な訂正の方法
そこで、明細書を精査したうえで、「六角形の鉛筆」であれば解決できても、「三角形の鉛筆」では解決できない課題の記載があるかを検討することになります。もしも、「六角形の鉛筆」が、転がり防止と異なる課題を解決できれば、別の発明といえ、進歩性が認められる可能性があるからです。
たとえば、「角数が多いと、軸の外周から芯までの距離を等しく確保しやすくなり、芯が折れにくくなる」という記載があるとしたらどうでしょうか。この点については、訴訟のターゲットである「六角形の鉛筆」について、そのような効果が期待できるかは微妙でしょうし、仮に効果が期待できたとしても、丸い鉛筆が先行例として存在しうるため、進歩性は依然問題となりうるでしょう。
それでは、「親指、人差し指、中指の3本で把持する鉛筆は、3の倍数である六角形が持ちやすい」という記載や、「点対称の六角形なら、全く同じ半六角形の軸材2枚に芯を挟んで貼り合わせれば成形できる」という記載が明細書にあるとしたらどうでしょうか。この場合には、「六角形の鉛筆」は、転がり防止のほかに、持ちやすさや製造上の利点という、「三角形の鉛筆」にはない課題を解決しているといえそうです。そうすると、「六角形の鉛筆」は「三角形の鉛筆」とは異なる課題を解決することになり、新規性が認められます。
そして、「断面の形状が正六角形である鉛筆」という特許であれば、訂正後であっても、Bの製品を捕捉できます。
このように、訂正を行う際には、各無効理由を念頭に置きながら、慎重にその範囲を検討する必要があり、また、特許請求の範囲を減縮する際には、被告製品等がクレーム範囲外となってしまったという事態に陥らないように目配りをすることも重要といえるでしょう。
-
東京地方裁判所知的財産権部「書類 及び 電磁データ の提出について」 ↩︎
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