災害時の法務Q&A
第2回 災害時の人事労務対応 解雇・休業・残業・休暇・給与・労災
人事労務
シリーズ一覧全4件
目次
災害発生時には、個々の従業員の日常生活が失われてしまうことのみならず、会社の施設や設備、交通インフラといった、普段なら当たり前に存在しているものさえも影響を受け、予想外のトラブルが発生することが往々にしてあります。
この記事では、そのような状況において問題となり得る従業員の解雇や会社の休業、通常とは異なる時間外労働など、人事労務に関する災害発生時の法務対応について解説していきます。
雇用調整
解雇の可否
A:解雇は、災害を理由とすれば直ちに認められるものではありません。まずは可能な限り雇用を維持できるように配慮すべきですが、災害によって事業の継続が困難になった場合には、「整理解雇」が認められる可能性があります。 また、会社が直接的被害を受けた場合には、解雇予告手当の支払いが不要と判断される場合もあります。
解説
災害を理由としても、直ちに解雇が認められるわけではないため、まずは雇用が維持できるよう、できる限りの配慮や対策をとっていただくことが第一です。
そのうえで、災害の影響により事業の継続が困難となった場合には、経営上の必要性から人員削減を行う、いわゆる「整理解雇」が認められる場合があります。整理解雇は、普通解雇や懲戒解雇とは異なり、会社側の事情によって一方的に解雇が行われるという性質があることから、その他の解雇に比べ、より厳しい要件が課されています。具体的には以下の4つの要件です。
- 人員整理の必要性があること
- 解雇回避努力を行ったこと
- 解雇対象者の選定が合理的であること
- 手続が妥当であること
従業員を解雇する場合には、原則として30日前にその予告をするか、予告期間が30日に足りない場合には、不足する日数分の平均賃金を解雇予告手当として支払わなければなりません(労働基準法20条1項本文)。ただし、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」には、解雇予告手当を支払う必要はありません(労働基準法20条1項ただし書)。
ここにいう「天災事変その他やむを得ない事由」とは、天災事変のほか、天災事変に準ずる程度の不可抗力によるもので、かつ、突発的な事由を意味し、経営者として必要な措置をとっても通常いかんともし難いような状況にある場合を意味すると解されています 1。
災害による会社への被害は、会社自体の施設や設備に何らかの被害が生じたという直接的被害と、会社の取引先や会社の事業において重要な交通インフラに被害が生じることによる間接的被害の2類型が考えられます。
会社が直接的被害を受けた場合には、「天災事変その他やむを得ない事由」に該当する可能性が高いといえます。しかし、会社自体に被害はなく、取引先や交通インフラの被害という間接的な場合だと、取引先への依存の程度や輸送経路の状況、他の代替手段の可能性、災害発生からの期間等を総合的に勘案し、事業の継続が不可能となったことが本当にやむを得ないものであると判断される場合にのみ、「天災事変その他やむを得ない事由」に該当すると考えられます。
内定取消しの可否
A:整理解雇の要件に沿って内定を取り消すこと自体は可能ですが、可能な限り取消しを行わないようにすべきです。
解説
内定は、解約権留保付労働契約です。そのため、内定取消しは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないような場合には無効となります 2。経営状態の悪化を理由とする内定の取消しについては、労働契約である以上、1-1にて記載した整理解雇に準じた取扱いをすべきとされており、厳しい条件が課されています。
整理解雇の4要件のうち、②解雇回避努力を行ったことおよび③解雇対象者の選定が合理的であることについては、既に会社で働いている従業員の雇用を優先するために新卒内定者の内定取消しを行うということであれば、認められる余地があります。しかし、人員整理として新卒内定者の採用取消しをしなければならない必要性があるかの吟味や(要件①)、内定者に対する採用取消しの事情説明を尽くすこと(要件④)が必要となります。
まずは、最大限の経営努力を行うとともに、あらゆる手段を講じ、採用内定取消しを防止することを要請しており、まずは内定取消しを行わなくてよい方法を検討することが求められます。
会社の休業
休業手当の支払い
A:休業をすることは可能ですが、休業すると従業員は労務を提供できなくなるため、可能な限り休業せず、雇用の機会を引き続き維持することが望ましいといえます。また、やむを得ず休業する場合には、従業員に対して休業手当を支払わなければいけない場合があります。
解説
雇用の機会を維持するため、まずは可能な限り休業をせず、または休業の範囲をできるだけ小さくすべく、配慮を行うことが望ましいといえます。そして、会社が、使用者の責めに帰すべき事由によって休業する場合、会社は従業員に対し、休業手当を支払う必要があります(労働基準法26条)。
ここにいう「使用者の責めに帰すべき事由」には、会社が災害によって直接的な被害を受けた場合は含まれません 3。具体的には、会社の施設・設備が地震や津波による回復困難な直接の被害を受けて、操業不能に陥ったような場合には、休業手当を支払う必要はありません。ただし、会社が任意に休業手当を支払うことが禁止されるものではありません。
他方で、取引先や交通インフラの被害を影響として会社を休業する場合には、会社自体は直接的な被害を受けているわけではないことから、原則として会社の責めに帰すべき事由による休業に該当する可能性が高いといえます。このような場合には、会社は、休業手当を支払わなければならないといえるでしょう。
ただし、間接的な被害の場合であっても、①休業の原因が会社の外部より発生した事故であり、②①の事故が、会社が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であったことである場合には、例外的に、会社の責めに帰すべき事由による休業には該当しないと判断できる可能性もあります 4。
なお、休業手当は、最低限、1日当たり平均賃金の6割を支払わなければなりません(労働基準法26条)。平均賃金は、「休業が発生した日以前の3か月間の賃金総額 ÷ その3か月間の総日数(暦日数)」で計算します(労働基準法12条1項)。ここにいうところの「賃金総額」には、基本給のほかに残業手当や通勤手当等の手当が含まれます。
休業による雇用調整助成金の受給
A:災害の影響で経営環境が悪化した場合には、雇用調整助成金の受給対象となり得ます。
解説
雇用調整助成金とは、景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由によって事業活動の縮小を余儀なくされた会社が、従業員に対して休業の実施および休業手当等の支払いという雇用安定のための対応をとることによって、国から休業手当の一部を助成される制度です。
雇用調整助成金は、事業活動が休業に至った理由が「経済上の理由」であることが求められるため、災害によって施設や設備が被害を受けたということ自体では受給対象になりません。しかし、災害に伴って会社の経営環境が悪化したといえる場合には、雇用調整助成金の受給対象となる可能性があります。
具体的な理由としては以下のような例が挙げられます。
- 取引先が災害による被害を受けたため、取引が行えない
- 交通インフラが遮断されたため物流や来客、出勤が途絶えてしまった
- 電気、水道、ガス等のライフラインが遮断されたため、事業が行えない
- 風評被害によって来客や利益が減少した
- 修理業者の手配が困難であり、早期の修復が不可能である
なお、受給にあたっては、最寄の労働局またはハローワークに相談することが考えられます。
時間外労働
緊急対応のための時間外労働
A:「臨時に必要がある場合」に限り、労働基準監督署の許可を受けて、その必要な限度で、36協定の範囲を超えた時間外労働を命じることが可能です。
解説
労働基準法に定める労働時間の原則である1日8時間、1週40時間を超える労働が発生する場合には、労使協定(36協定)を締結し、労働基準監督署に届け出ることで、36協定で定める範囲内で時間外労働をさせることが可能です。従業員の労働時間を正確に把握せず、36協定で定められた時間外労働時間の上限を超えてしまうといったことがあると、違法な時間外労働を行ったとして、労働基準法32条違反となり、場合によっては刑事罰の適用も考えられます。
既に届け出ている36協定の範囲を超える時間外労働が発生しそうな場合には、新たに36協定を締結し直し、届け出ることが必要です。しかし、災害時には新たな36協定締結の手続をとることが現実的ではありません。そこで労働基準法33条1項では、「災害その他避けることのできない事由」によって、臨時の必要がある場合には、行政官庁(労働基準監督署)の許可を受けて、残業や休日出勤をさせることができると規定されています。
近隣地で大きな地震が発生し、被災地の復旧が必要な場合は、もちろん「災害その他避けることのできない事由」に該当しますので、従業員に残業や休日出勤を命じることが可能です。ただし、この規定は、緊急時(臨時の必要がある場合)に例外的に残業や休日出勤を可能にするものですので、被災地復旧に必要不可欠な限度でのみ可能であることに留意する必要があります。
なお、緊急のため事前の許可を受けられない場合は、別途、労働基準監督署への事後の届出を行う必要があります(労働基準法33条1項)。従業員の保護のためにも、この手続は必ず行わなくてはなりません。
また、このような臨時の時間外労働についても、従業員に対して割増賃金を支払う必要があります。
復旧後の時間外労働
A:新たな内容の36協定を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。
解説
災害からの復旧後は、会社の建て直しのため、会社全体で業務量がやむを得ず増えてしまうという状況も十分に考えられます。会社としては、業務量が増加することを可能な限り早く予測し、時間外労働が増加しそうであることを各従業員に説明し、新たな内容の36協定を締結して労働基準監督署に届け出る(もともと36協定を締結していない場合には、新たに締結し、労働基準監督署に届け出る)べきでしょう。
勤務形態の変更
A:テレワーク制度を導入するためには、①就業規則の整備、②雇用契約書(派遣社員が対象である場合には、雇用契約書に加えて労働者派遣契約書も必要)の更新が必要です。
解説
業務内容によってはテレワークが難しい業種・職種もありますが、通勤による二次災害リスクをなるべく抑えるという意味でも、テレワークを導入することは望ましい動きです。
テレワーク制度の導入にあたっては、まずは就業規則を整備する必要があります。具体的には以下のような内容です。
- テレワークを行える従業員の範囲
正社員のみであるのか、その他派遣社員や契約社員、パートタイマーも含めるのか - テレワークを行える場所
従業員の自宅のみであるのか、その他会社が指定する場所であれば可能という形にするのか - テレワークを行える頻度
週に何日行えるのか 等
また、労働基準法では、就業規則の変更の際には、労働者の代表等の意見を聴くこととともに、労働基準監督署への届出が義務付けられています(労働基準法89条、90条)。
そのうえで、テレワーク制度を適用する予定の従業員に対しては、テレワークが可能である旨の内容(勤務場所の追加など)を追記した雇用契約書を改めて取り交わす必要があります。なお、派遣社員が対象の場合には、派遣元との話し合いも必要となるため、派遣元との間でテレワークを行うことができるような契約内容への更新も必要となります。
また、テレワーク制度は主に勤務場所についての制度であるため、基本的には導入前の通常の労働時間制度を変更することなく導入が可能ですが、従業員の働き方をより柔軟に考えるべく、始業・終業時刻についても完全に固定しない変形労働時間制(労働時間を月単位や年単位で調整することで、繁忙期により従業員の勤務時間が増加しても時間外労働としての取扱いを不要とする制度)やフレックスタイム制(従業員が始業・終業の時刻を決めることができる制度)の導入を検討することもお勧めします。制度の導入手続としては、①就業規則の整備、②労使協定の締結をし、その就業規則および労使協定について、③労働基準監督署への届出、④従業員への周知を行うことが必要です。
休暇
A:単に欠勤した場合には無給となってしまうため、労働者のためにも、年次有給休暇扱いとすることがむしろ望ましいといえます。その際は、有給休暇を取る意思があるかを本人に確認できるとよいでしょう。
解説
年次有給休暇は、従業員の請求する時季に与えなければならないとされており(労働基準法39条5項)、従業員からの請求で発生するものであるため、会社が一方的に年次有給休暇の時季を指定して付与を決定することはできません。
もっとも、災害の影響で従業員が欠勤になった場合は、通常であれば、欠勤日には賃金請求権が発生しないため(民法536条1項)、従業員は無給扱いになってしまいます。このことを考えれば、出勤できない従業員に年次有給休暇を取得してもらうことは、むしろ従業員にとってもメリットになり得ます。
したがって、会社としては、従業員に対し、一方的に年次有給休暇の取得を命ずるのではなく、災害の影響で出勤できない場合には無給になってしまうことを説明したうえで、年次有給休暇を取得することを選択肢として提案することが望ましいといえるでしょう。
給与
A:災害の影響での急な引越しおよび災害による怪我の治療のいずれの場合においても、給与の支払日が到来していなくても、既に行った労働に対して発生している賃金については、「非常時払」として、前倒しで支払わなければなりません。しかし、まだ行っていない労働に対して発生するであろう賃金を前借りの形で支払うことまでは義務付けられていません。
解説
労働基準法25条は、従業員が「出産、疾病、災害その他厚生労働省で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない」と規定しています。
従業員が被災し、急な引越しをしなければならなくなった場合は、ここにいう「災害」に該当します。また、「疾病」には、業務上の疾病や負傷のみならず、地震や洪水等の自然災害による疾病や負傷の場合も含まれると解されているため、災害で怪我をして治療費が必要となった場合も、「疾病」に該当します。したがって、いずれの場合においても、給与を前倒しで支払わなければなりません。
しかし、労働基準法25条において支払日前の支払いに応じなければならないとされているのは、「既往の労働に対する賃金」です。すなわち、既に労働を行ったが支払日が到来していないためにまだ支払いを受けていないという給与であり、未だ労働を行っておらず、将来的に発生することが予測されるような給与まで前借りとして支払いをしなければならないものではありません。したがって、会社が給与の前借りの要請にまで応じる義務はありません。
もっとも、前借りをさせてはならないとする規定もなく、会社は、従業員側の事情を踏まえ、任意で前借りに応じることは可能です。前借りに応じた場合、その後の給与支払日においては、前借金相当額を控除して支払いが行われることになると考えられますが、このような方法は、会社が当該従業員の同意なく一方的に行うことはできません(労働基準法24条1項)。前借りに応じる場合には、借用書を作成し、その中に、前借金相当額を今後の給与から控除する旨を明記し、従業員から同意を得るようにしてください。
安否不明時の対応、労災補償
A:会社は、①従業員の生命・身体の安全を確保するという安全配慮義務を履行するため、また②災害後も事業の継続が可能かどうかを早期に判断するために、休日であっても従業員に安否確認を行い、状況に応じて今後の通勤や勤務形態についての指示を行うことが必要です。安否確認時には、①現在位置、②従業員とその家族の被害状況や怪我の深刻度を確認し、今後も勤務が可能な状態であるかを慎重に判断する必要があります。
解説
労働契約法5条は、会社に対し、「労働契約に伴い、労働者(従業員)がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」ことを要請しているため、会社はこの要請に基づき、従業員の生命・身体に危険が生じていないかを早期に確認する必要があります。さらに、内閣府は、業種・業態・規模を問わず、すべての会社や組織に対し、自社が災害によって厳しい事態に直面した際を想定し、事業継続計画を策定することを強く推奨していますが 5、従業員の安否確認は、かかる事業継続計画の一環として、どれほどの従業員が災害後も出勤・勤務でき、災害後の復旧活動に従事できるか、ひいては事業を継続することができるかを判断するために非常に重要な要素となります。
したがって、年末年始休暇のような休日であっても、可能な限り速やかに安否確認を実施することが必要です。各従業員から提出されている電話番号・メールアドレス・住所や、社内で使用している連絡ツール、災害伝言ダイヤル等を使用して連絡を試みてください。従業員にとっても、早期に会社から連絡を受けることで、自身の震災後の勤務が継続できるのか否かを知ることができ、混乱を防止することができます。
また、安否確認に際しては、現在位置や被害の状況、怪我の深刻度を確認する必要がありますが、仮に従業員本人に大きな問題がなかったとしても、従業員の家族に被害があれば、今後の勤務にも影響が生じる可能性があります。したがって、安否確認は、可能な限り、従業員の家族の状況についても聴取することが望ましいといえます。また、従業員や家族が無事であっても、交通状況が十分に回復していない中では、通常通りの通勤を求めることは、二次災害につながりかねません。したがって、その後の勤務形態についても、慎重に判断する必要があります。
A:仕事中であれば労災保険が適用されます。出張や外回りなどの勤務においても同様です。
解説
従業員の怪我が、従業員の業務上の負傷、疾病、傷害といった「業務災害」(労働者災害補償保険法7条1項1号)であり、業務とかかる怪我の間に因果関係がある場合には、労災保険が適用されます。地震等の災害時においても、従業員が仕事中に地震に遭い、怪我をした場合には、地震によって建物が倒壊する等の危険な環境下で仕事をしていたと認められることから、仕事以外の私的な行為をしていたような場合でない限り、業務災害として労災保険給付を受けることができます。
出張していた場合も、開始から終了まで業務命令に服している時間であると考えられることから、私的行為中でない限り、業務災害となり得ます。外回りの営業の場合も同様です。
また、休憩時間については、会社の建物や施設等の事業場施設にいる際に被害に遭った場合には、業務災害といえます。
参考となる行政通達や公表資料
- 厚生労働省『令和6年能登半島地震に伴う労働基準法や労働契約法等に関するQ&A』(2024年2月)
- 厚生労働省『東日本大震災に伴う労働基準法等に関するQ&A(第3版)』(2013年4月)
- 内閣府 防災担当「事業継続ガイドライン―あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応―」(2023年3月)
-
昭和63年3月14日基発第150号 ↩︎
-
最高裁(二小)昭和54年7月20日判決・民集33巻5号582頁[大日本印刷事件] ↩︎
-
厚生労働省労働基準局編『令和3年版労働基準法(上巻)』(労務行政、2022)379頁、厚生労働省『東日本大震災に伴う労働基準法等に関するQ&A(第3版)』(2013年4月)A1-4、厚生労働省『令和6年能登半島地震に伴う労働基準法や労働契約法等に関するQ&A』(2024年2月)A1-4 ↩︎
-
前掲注3 ↩︎
-
内閣府 防災担当「事業継続ガイドライン −あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応−」(2023年3月) ↩︎
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