コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(3)- 転換する株式の種類
ベンチャーコンバーティブル・エクイティ(新株予約権)とコンバーティブル・ノート(新株予約権付社債)において転換される株式の種類と、その概要を教えてください。
適格資金調達が行われる場合、発行される株式(典型的には優先株式)を基準とした種類の株式に転換されます。たとえば、適格資金調達によってA種優先株式が発行される場合には、新株予約権もA種優先株式そのものに転換される場合があります。もっとも、ディスカウントやキャップによって、転換価額は適格資金調達における株式の発行価額と異なることから、転換価額部分(およびそれに伴う残余財産の優先分配額など)のみが異なり、それ以外はA種優先株式と同内容である、A2種優先株式を発行するという処理が自然です。仮に、A種優先株式そのものに転換されると、「多い転換株式数」と「優先分配額」の両面で優遇されることになってしまうためです。
適格資金調達が行われない場合には、(優先株式が発行されていなければ)普通株式に転換することが想定されます。これは、適格資金調達が行われる前にM&Aエグジットが生じたり、一定の期間(転換期限)が経過しても適格資金調達が行われない場合が想定されます。
解説
目次
本解説シリーズの各論点の目次は「「コンバーティブル・エクイティ」をはじめとしたいわゆる「コンバーティブル投資手段」の概要および実務Q&A」をご参照ください。
適格資金調達が行われる場合の株式の種類
適格資金調達を基準とした株式
コンバーティブル・ノートおよびコンバーティブル・エクイティが発行される場合、典型的には、一定の要件を満たした株式による資金調達ラウンド(適格資金調達。「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(2)- 適格資金調達」参照)が生じた場合に、その際に発行される株式(典型的には優先株式)を基準とした種類の株式に転換されます。
タームシートとして定める場合には、たとえば以下のような形になります 1。
本新株予約権の目的である株式の種類及び数又はその算定方法 | 本新株予約権の目的である株式の種類は普通株式とする。 但し、本新株予約権の割当日から行使期間末日までの期間に、普通株式以外の種類株式を用いた適格資金調達が実現した場合、本新株予約権の目的である株式の種類は当該種類株式(但し、その発行価額が転換価額と異なる場合には、1株あたり残余財産優先分配額及び当該種類株式の取得と引き換えに発行される普通株式の数の算出上用いられる取得価額は適切に調整される。)とする。 |
ややテクニカルですが、いったん「普通株式とする」と書いているのは、シード期であればそもそも普通株式以外に種類株式を発行していない(ことが多い)ため、具体的な種類株式として特定できないことのほか、適格資金調達が生じずに転換が発生する場合があるためです(「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(6)- M&Aエグジットの時の処理」、「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(7)- 転換期限」)。これに対して、たとえばコンバーティブル・ノートの発行時に種類株式(A種優先株式など)がすでに発行されていれば、この部分を発行済の「A種優先株式とする」ことが多いです。
適格資金調達を「基準」とする意味(A種か、A2種か)
そのうえで、適格資金調達がなされた場合には、その時に発行された種類株式(たとえば、A種優先株式 2)を「基準とした」種類の株式に転換されます。ここで「その時に発行された種類株式」そのもののではなく、「基準とした」といっていることに注意してください。これは、適格資金調達時に株式を引き受けた投資家よりも、コンバーティブル・ノートやコンバーティブル・エクイティで先に投資した投資家は、その間に事業が失敗するリスクを負っているため、そのリスクテイクに見合うリターンとして、別途検討するディスカウント(「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(4)- ディスカウント」)やキャップ(「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(5)- キャップ」)という概念をもとに、適格資金調達の際の株式の発行価格よりも低い価格で転換される(転換される株式数が増える)ことに起因しています。
たとえば、適格資金調達においてA種優先株式を1株あたり1,000円で発行するとき、ディスカウント割合を0.8(80%)と定めていた場合には、新株予約権は1株あたり800円という転換価額で転換されることになります。この場合は、転換価額(発行価額)がA種優先株式(1,000円)と異なる(800円)ということ以外はA種優先株式と同じ内容とするため、「A2種優先株式」というものに転換される、という実務になります。
上記1−1で紹介したタームシートのサンプルで「(但し、その発行価額が転換価額と異なる場合には、1株あたり残余財産優先分配額及び当該種類株式の取得と引き換えに発行される普通株式の数の算出上用いられる取得価額は適切に調整される。)」と記載しているのが、これに対応する処理になります。
適格資金調達により発行される A種優先株式 |
コンバーティブル・エクイティ/ノートの転換により発行されるA2種優先株式 | |
---|---|---|
1株あたり価額 | 1,000円 | 800円(ディスカウント80%の場合) |
解散やM&A時における残余財産の優先分配額/普通株式への転換価額 | 1,000円(の1倍ないし2倍など) | 800円(の1倍ないし2倍など) |
その他の条件 | 適格資金調達時の交渉次第 | A種優先株式と同様(株式数に比例) |
日本においては、(特に新株予約権付社債によるブリッジ・ファイナンスの場合などにおいて)そこまで厳密な処理をせず、適格資金調達と同じ種類の株式(A種やB種優先株式など)に転換するよう定めることもありますが、リスクに見合ったリターンという経済条件からすると、転換価額(およびそれに伴う残余財産の優先分配額)だけが異なり、それ以外は同内容である別種類の優先株式に転換するという設計にしておく方がフェアであるということになります(細かい検討は、以下【補遺】をご参照ください)。
適格資金調達が行われない場合の株式の種類
適格資金調達が行われない場合、シード期であれば転換対象(ないしその基準)となる種類株式が存在しないため、普通株式に転換されるよう定めておくことになります 3。他方で、たとえば既にシリーズA投資でA種優先株式が発行されていて、その後にコンバーティブル・ノートによりつなぎ融資を行うような場合には、(シリーズBにおいてB種優先株式の発行が想定される適格資金調達が行われない場合には)既に発行されているA種優先株式に転換するよう定めておくことになります。
そもそも、適格資金調達が行われない場合に転換される場合があるかというと、適格資金調達が行われる前にM&Aエグジットが生じた場合や、一定の転換期限を定めた場合(で、それまでに適格資金調達が行われなかった場合)などが想定されます(「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(6)- M&Aエグジットの時の処理」、「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(7)- 転換期限」)。
【補遺】転換株式の種類による優先分配の場合の差
細かい話ではありますが、適格資金調達が行われる場合において、転換株式を適格資金調達により発行されるA種優先株式そのものにするか、それに準じたA2種優先株式にするかによって、(M&Aの際の)優先分配の際に差が出ることになります。
前提として、転換株式をA種優先株式、あるいはA2種優先株式とする場合のいずれでも「ディスカウントによって多くの株式を得られた」という形で、早期投資のリスクに見合ったリターンを得ることになります。
具体的には、仮に、上記1-2の数値例で、1,000万円をコンバーティブル・エクイティで出資して1株あたり1,000円で転換されたとすると、1万株のA種優先株式を得られます。しかし、これでは後でA種優先株式により出資した投資家と同じ株式数になるため、早期投資のリターンを得られません。これに対し、1株あたり800円で転換されると1.25万株のA種優先株式またはA2種優先株式を取得することができます。多くの株式数を得られるという意味で早期投資のリターンを得られるわけです。
他方、この「多い株式数」によるリターンが具体的にどのようなペイオフに反映されるかが問題になります。まず、①(M&Aの際の)優先分配は、基本的にその種類のA種優先株式の(新規)発行価額を基準に定められます。たとえば、「A種優先株式は、普通株式に優先してA種優先株式の発行価額の1倍(1,000円)の残余財産(またはM&Aの対価)の分配を受ける」という形です。このとき、コンバーティブル・エクイティの転換により取得した株式がA種優先株式だとすると、1.25万株×1,000円(800円ではなく)の優先分配額を得る(計1,250万円)のに対して、A2種優先株式であれば1.25万株×800円(計1,000万円)を得ることになり、前者(A種への転換)では、当初のコンバーティブル・エクイティによる出資額総額(1,000万円)よりも多い優先分配額を確保していることになります。
加えて、②優先分配部分を受け取った後に、いわゆる「参加型」により、株式数に応じて(いわゆる「プロラタ」「パリパス」)普通株式とともに分配を受ける場合、1.25万株相当の株式をもとに分配を受けると、1万株相当の株式をもとに分配を受けるよりも多くの分配を受けられることになります。
具体的な数値で見てみると、以下の表の「A種優先株式に転換した場合」と「【参考】A種優先株式を同額(1,000万円)の出資で取得した場合」を比較すると、②の普通株式とともに分配を受けるタイミングで、前者(1億417万円)が後者(9,500万円)よりも多くの金額を受け取っているのは、前者のほうが取得した株式数が多いためです。
仮定 4:
- コンバーティブル・エクイティ/ノートの出資額:1,000万円
- 適格資金調達時に発行されるA種優先株式の1株あたり価額:1,000円
- ディスカウント・レート:80%
- 発行済普通株式総数:10,000株
- M&A時の売却価額:2億円
A種優先株式に 転換した場合 |
A2種優先株式に 転換した場合 |
【参考】A種優先株式を 同額(1,000万円)の出資で取得した場合 |
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---|---|---|---|
1株あたり転換価額 |
800円(1,000円×80%) | 800円(1,000円×80%) | 1,000円(発行価額) |
転換株式数 | 12,500株 (1,000万円/800円) |
12,500株 (1,000万円/800円) |
10,000株 (取得株式数) |
①解散やM&A時における残余財産の優先分配額 | 1,250万円 (12,500株×1,000円(の1倍と仮定)) |
1,000万円 (12,500株×800円(の1倍と仮定)) |
1,000万円 (10,000株×1,000円(の1倍と仮定)) |
②解散やM&A時における参加型による普通株式と同順位での分配額 | 1億417万円 ((2億円−1,250万円)×12,500株/(12,500+10,000株 5)) |
1億556万円 ((2億円−1,000万円)×12,500株/(12,500+10,000株)) |
9,500万円 ((2億円−1,000万円)×10,000株/(10,000+10,000株)) |
M&A時に受け取れる 分配額合計 |
1億1,667万円 | 1億1,556万円 | 1億500万円 |
つまり、転換によりA種優先株式を取得すると「多い株式数」(②)と「低い転換価額」(①)による、いわば利益の二重取りのような状態が生じます。これは、②「多い株式数」によって参加型による分配額が増加するだけではなく、①(本来は転換価額である800円に基づく優先分配を受けるよう、転換される株式の種類を調整するべきところ、)転換価額よりも高い発行価額のA種優先株式そのものに転換されることにより、優先分配額も当初の出資額よりも多く受け取ることになることによって生じるものです。
まとめ
以上の通り、コンバーティブル・ノートやコンバーティブル・エクイティは、適格資金調達が行われる場合、その際に発行される株式(典型的には優先株式)を基準とした種類の株式に転換されます。たとえば、適格資金調達によってA種優先株式が発行される場合には、新株予約権もA種優先株式そのものに転換される場合があります。もっとも、ディスカウントやキャップによって、転換価額は適格資金調達における株式の発行価額と異なることから、転換価額部分(およびそれに伴う残余財産の優先分配額)のみが異なり、それ以外はA種優先株式と同内容であるA2種優先株式を発行するという処理が自然です。
適格資金調達が行われない場合には、(優先株式が発行されていなければ)普通株式に転換することが想定されます。これは、適格資金調達が行われる前にM&Aエグジットが生じたり、一定の期間が経過しても(転換期限)適格資金調達が行われない場合があたります。これについては、別稿で検討します。
本解説シリーズに係るテーマにおいては、様々なお立場の読者の皆様がおられるかと存じます。ご意見・ご感想や、「ここは異なるのではないか」といったご指摘を以下にてお待ちしております。
takahiro.iijima★mhm-global.com
弁護士 飯島 隆博
(上記★部分を@に置き換えてください。)
すべてのご意見・ご要望にご対応・ご返信できるかはわからず恐縮ではございますが、いただいたご意見等につきましては、反映できる部分は反映し、スタートアップ・エコシステムの関係者の方々にとってより良い解説となるよう、アップデートしていければと考えております。
なお、本解説シリーズに記載した事項は、当職個人の見解であり、当職が所属する組織その他のいかなる見解も示すものではありませんのでご留意ください。
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Coral Capitalの公表しているコンバーティブル・エクイティのひな型である「J-KISS」の場合には発行要項5.(1) 参照。なお、タームシートのサンプルは、説明のわかりやすさを重視して、本来のタームシートを簡略化したり、用語の厳密さを排除している部分があります。本稿の例をそのままタームシートや新株予約権の内容として使うことはできないことにご留意ください。 ↩︎
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米国の実務にならって、最初の本格的な株式による資金調達を行う場合に発行する際の種類株式(優先株式)を「A種優先株式」(Series A/Class A)と定義するケースが多く見られます。しかし、必ずしもA種、B種優先株式という名前で発行しなければならないわけではなく「甲種」「乙種」といった例などもあります。 ↩︎
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普通株式になるということは、上記1−1のタームシートのサンプルの通り、新株予約権の内容(発行要項)の定め方のうえでは原則に戻る形です。これは本文で検討した通り、テクニカルな必要性からそのように定められるものであり、コンバーティブル・ノートやコンバーティブル・エクイティの設計としては、適格資金調達により転換されるシナリオが原則ということになります。 ↩︎
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ここで用いた数値は、計算のしやすさや理解の便宜のための数値であり、現実にあり得る可能性の高い数値と乖離している場合があります(たとえば、コンバーティブル・エクイティ/ノート投資家が取得する持分が多すぎる、など)。 ↩︎
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厳密には、適格資金調達時に新規発行したA種優先株式の数に相当する優先分配額および普通株式と同順位での分配額を考慮する必要がありますが、説明の便宜のために省略しています。右の2つのセルについても同様です。 ↩︎

森・濱田松本法律事務所外国法共同事業