いわゆる「コンバーティブル投資手段」のメリット(2)- 契約交渉等の手続の簡素化

ベンチャー
飯島 隆博 弁護士 森・濱田松本法律事務所

 いわゆる「コンバーティブル投資手段」のメリットとして指摘されている「契約交渉などの手続の簡素化」の概要と、そのメカニズムについて教えてください。

 スタートアップが株式(普通株式や優先株式)により資金調達を行うとき、特に優先株式を発行する場合には、リターンの優先分配の内容などの経済条件、議決権、拒否権、取締役選任権などについて定めるかどうか、また、定める場合にはその内容を交渉し、決定する必要があります。発行会社のモニタリングや株式の処理・エグジットについては契約(株主間契約)で定めることが原則となり、スタートアップと投資家(候補者)との間でその内容に関して交渉が行われます。

 これに対して、新株予約権付社債や新株予約権を用いて資金調達を行う場合には、投資家は、株式に転換されるまでの期間は株主ではありません。そのため、株主間契約の締結が(理屈上は)不要です。さらに、公表されているひな形をベースにすることでファイナンス・タームとして定めるべきポイント(論点)が絞り込まれるため、契約交渉などの手続が株式取得に比べて簡素になります。このような特徴から、特にシード期に求められる迅速な資金調達が可能であると指摘されています。ただし実際には、シード期においても、投資家から株主間契約に準じた詳細な契約条項を求められる場合があり、投資家側とスタートアップ側双方に共通理解が求められます。

解説

目次

  1. 前提:株式による資金調達を行う場合の契約交渉の負担
  2. いわゆる「コンバーティブル投資手段」における契約交渉の枠組み
    1. 株式による資金調達ではないことによる負担の軽減
    2. ひな形等の整備の意義
    3. 契約交渉は本当にされていないか?
  3. まとめ

 本解説シリーズの各論点の目次は「「コンバーティブル・エクイティ」をはじめとしたいわゆる「コンバーティブル投資手段」の概要および実務Q&A」をご参照ください。

前提:株式による資金調達を行う場合の契約交渉の負担

 株式による資金調達を行うスタートアップが強いられる負担には、①企業価値評価(バリュエーション)と、②契約交渉の2つがあげられます(「いわゆる「コンバーティブル投資手段」の概要と注目されている理由」)。仮に①バリュエーションについて折り合いがついたとしても、②株式による資金調達の条件について詳細な契約交渉が必要になり、時間がかかる傾向があります。この点は、とりわけ初期のスタートアップが求める迅速な資金ニーズに抵触すると指摘されます。

 バリュエーションの必要性とも連動しますが、優先株式を発行する場合には、種類株式としての内容や契約(株主間契約)によって、特にリターンの優先分配の内容などの経済条件について定めることになります。場合によっては、議決権、拒否権、取締役選任権などについても同様に定められます。そして、その前提としてスタートアップと投資家(候補者)との間で交渉が行われます。

 このような株式による資金調達について、日本においても近時、米国などの実務をもとに、実務上の交渉ポイントが体系化されてきました。それでも、交渉ポイントは多岐にわたり、また、比較的長い契約が締結されることになります。さらに、資金調達のラウンドが進み、様々な種類の優先株式が発行されると、より複雑な権利関係の調整が必要になります。

優先株式による資金調達において交渉・決定しなければならない事項
  • 優先株式の内容
    - 優先配当、残余財産の優先分配/みなし清算、議決権、拒否権、取締役選任権 など
  • 株式投資契約
    - 表明保証条項の範囲 など
  • 株主間契約
    - スタートアップの運営に関する事項(取締役・オブザーバ選任権、情報請求権 など)
    - 株式の取扱いに関する事項(先買権、共同売却権、ドラッグ・アロング など)

いわゆる「コンバーティブル投資手段」における契約交渉の枠組み

株式による資金調達ではないことによる負担の軽減

 これに対して、いわゆる「コンバーティブル投資手段」では、特に新株予約権付社債や新株予約権を用いる場合には、投資家は、株式に転換されるまでの期間は株主ではありません。そのため、優先株式の内容を定めることや、理屈上は、株主間契約の締結が(原則として)不要となります。

 また、ファイナンス・タームとして定めるべきポイント(論点)が絞り込まれるため、株式取得と比較すると契約交渉などの手続が簡素であり、迅速な資金調達が可能であると指摘されています 1

ひな形等の整備の意義

 ファイナンス・タームとして定めるべきポイント(論点)が絞り込まれるという点は、公表されているひな形をベースにすることにより、特にその意義が発揮されます。

 たとえば、米国におけるシード期のコンバーティブル・エクイティ(および、コンバーティブル・ノート)のひな形として、アクセラレーターであるY combinatorが作成した “SAFE”(Simple Agreement for Future Equity)2 や、ベンチャーキャピタルである500 Startupsが作成した “KISS”(Keep It Simple Security)3 といった契約ひな形が公開され、主に利用されています。日本でも、主にシード期に投資するベンチャーキャピタルであるCoral Capital(旧500 Startups Japan)が、新株予約権の形式による契約ひな形や株主総会議事録といったパッケージである “J-KISS” を公開しており 4、シード期のコンバーティブル・エクイティ型出資のベースとして多く使われています。

 これらの取組みは、株式による資金調達の際に直面する「契約交渉に時間がかかり、初期のスタートアップが求める迅速な資金ニーズに耐えられない」という問題に対応するものです。ひな形を公開し、スタートアップと投資家の交渉論点を絞り込むことは、スタートアップ・エコシステムを活性化させ、迅速な資金調達を目指すスタートアップにフレンドリーな試みといえます。「コンバーティブル投資手段」に関する研究会「『コンバーティブル投資手段』活用ガイドライン」(令和2年12月28日)(以下「経産省報告書」といいます)において、実務例や留意点が掲載されているという取組みも、スタートアップの資金調達を円滑にすることによって、オープンイノベーションを活性化し、日本の産業競争力を強化することに向けた支援の一環といえます。

契約交渉は本当にされていないか?

 もっとも、(株式や新株予約権の内容といった法定の事項以外の内容については)「契約はあくまで合意であって、スタートアップと投資家の合意によって自由に決定できる」という契約自由の原則があります。そのため、ひな形に記載されていない事項を契約に定めることも理屈上は可能です。公表されているひな形がスタートアップ・フレンドリーに簡素なものとして提供されているため、投資家の側から各種の条項を追加する(たとえば、スタートアップに重い表明保証を求めたり、場合によっては取締役の選任権を求めたりするなど)という形で要求や交渉がなされる場合が多く見受けられます5

 いわゆる「コンバーティブル投資手段」は株式ではないケースが多く、投資家から見ると会社法上の保護を受けない(たとえば、株式の場合には存在する議決権や優先分配権を有しない)以上、契約によってスタートアップの運営をモニタリング・制約したり、新株予約権の処理についてあらかじめ定めておきたいというインセンティブが働くことは否定できません。

 他方で、シード期のスタートアップの負担を減らし、迅速な資金調達を達成しようという、コンバーティブル・ノート/エクイティの趣旨からすると、契約交渉はシンプルなものが望ましいことはいうまでもありません。そもそも、出資者からの過度な拘束は、シード期のスタートアップの事業運営コストを増加させ、成長の阻害要因となることもあります。投資家には、「成長性そのものに投資する」というシード期の出資の性質(そもそもシード期のリスクは契約で拘束しても完全に解決できるものではなく、他方で失う最大額である出資額総額も大きくない)を踏まえて、出資に臨むスタンスも求められます。

まとめ

 以上の通り、新株予約権付社債や新株予約権を用いて資金調達を行う場合には、株主間契約の締結が(理屈上は)不要になり得ます。また、公表されているひな形をベースにすることで、ファイナンス・タームとして定めるべきポイント(論点)が絞り込まれるため、株式取得に比べた契約交渉などの手続が簡素になります。そのため、シード期に求められる迅速な資金調達になじみます。もっとも実際には、シード期においても、投資家の要望により、優先株式投資における株主間契約に準じた詳細な契約条項を求められる場合があります。投資家側とスタートアップ側の双方が、コンバーティブル・ノート/エクイティの趣旨を理解し、共通理解を持ったうえでコストを下げる取組みが望まれます。

ご意見等
本解説シリーズに係るテーマにおいては、様々なお立場の読者の皆様がおられるかと存じます。ご意見・ご感想や、「ここは異なるのではないか」といったご指摘を以下にてお待ちしております。

takahiro.iijima★mhm-global.com
弁護士 飯島 隆博
(上記★部分を@に置き換えてください。)

すべてのご意見・ご要望にご対応・ご返信できるかはわからず恐縮ではございますが、いただいたご意見等につきましては、反映できる部分は反映し、スタートアップ・エコシステムの関係者の方々にとってより良い解説となるよう、アップデートしていければと考えております。

なお、本解説シリーズに記載した事項は、当職個人の見解であり、当職が所属する組織その他のいかなる見解も示すものではありませんのでご留意ください。

  1. 「コンバーティブル投資手段」に関する研究会「『コンバーティブル投資手段』活用ガイドライン」(令和2年12月28日)p16等。 ↩︎

  2. Y combinatorウェブサイト参照。 ↩︎

  3. 500 Startupsウェブサイト参照。なお、シリコンバレーの著名法律事務所であるCooleyは、一定の必要事項(金額等)を入力していくと、KISSのドキュメントが作成されるジェネレーターを公開しています。CooleyGoウェブサイト参照。 ↩︎

  4. Coral Capitalウェブサイト参照。 ↩︎

  5. たとえば、経産省報告書では「出資候補者の中には、コンバーティブル・エクイティの本来の精神を理解しないで出資者に有利な条件を入れてこようとするケースも多く、その説明及び契約内容の修正コストも小さくはなかった」といったスタートアップ側からのヒアリング事例が紹介されています。経産省報告書p40等。 ↩︎

この実務Q&Aを見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する