コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(4)- ディスカウント
ベンチャーコンバーティブル・エクイティ(新株予約権)とコンバーティブル・ノート(新株予約権付社債)に定める「ディスカウント」の概要を教えてください。
新株予約権を転換して得られる株式の数は、「払込金額の総額 ÷ 転換価額」で定められます。この転換価額を低く設定して、早い時期に出資してリスクをとった投資家に見合ったリターン(多くの株式数)を与えるのがディスカウントです。ディスカウントは、適格資金調達において発行される株式の1株あたりの発行価額の「0.9」ないし「90%」や、「0.8」ないし「80%」といった形で定められます。
解説
本解説シリーズの各論点の目次は「「コンバーティブル・エクイティ」をはじめとしたいわゆる「コンバーティブル投資手段」の概要および実務Q&A」をご参照ください。
転換株式数の計算
新株予約権付社債でも、有償による新株予約権そのものの発行でも、転換される株式数は、「(社債または新株予約権そのものの)払込金額の総額 ÷ 転換価額」という形で定められます。
払込金額の総額は、コンバーティブル・ノートまたはコンバーティブル・エクイティによる出資金額そのものであり、出資時に確定します。そのため、分母にあたる「転換価額」が低い価額であるほど、転換によって取得できる株式数は増加します 1。
本新株予約権の目的である 株式の数又はその算定方法 |
本新株予約権の目的である株式の数は以下の算式により算出する。 払込金額の総額 株式数 = ────────────────────────── 転換価額 但し、本新株予約権の行使により1株未満の端数が生じるときは、1株未満の端数は切り捨て、現金による調整は行わない 2。 |
この転換価額を低くする、あるいは上がりすぎないようにする仕組みが「ディスカウント」および「キャップ」です。本稿では、ディスカウントについて検討します(キャップについては「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(5)- キャップ」参照)。
転換価額 | 転換価額は、以下のうちいずれか低い額 (1)適格資金調達における募集株式の1株あたりの払込金額に[0.X]を乗じた額(注:ディスカウント) (2)[XXX]円(評価上限額)を、適格資金調達の払込期日の直前における完全希釈化後株式数で除して得られる額(注:キャップ) |
ディスカウントの考え方
ディスカウントは、適格資金調達において発行される株式の払込金額(1株あたりの発行価額)の「●倍」、ないし「●%」といった形で定められます(「0.9」ないし「90%」や、「0.8」ないし「80%」など)。
たとえば、適格資金調達においてA種優先株式を1株あたり1,000円で発行するとき、ディスカウント割合を0.8(80%)と定めていた場合、新株予約権は1株あたり800円を転換価額として転換されることになります。1,000万円をコンバーティブル・ノートまたはコンバーティブル・エクイティで出資した際に、仮に1株あたり1,000円で転換されると、1万株のA種優先株式を得られます。しかし、これは後にA種優先株式を引き受けて新規出資した投資家が得られる株式数と同じになるため、早期投資のリスクに見合ったリターンを得られていないことになります。
これに対して、ディスカウントにより1株あたり800円で転換されると、1.25万株(1,000万円/800円)のA種優先株式またはA2種優先株式を取得できます。多くの株式数を得られるという点で早期投資のリターンを得られることになります。
なお、転換すべき株式が、適格資金調達で発行されるA種優先株式そのものなのか、発行価額(とM&A時の優先分配額)がA種と異なり、それ以外は同内容であるA2種優先株式なのかについては、別稿で検討した通りです(「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(3)- 転換する株式の種類」)。
ディスカウントの水準
ディスカウントの割合は、出資のタイミングや、次の適格資金調達が見込まれる時期や、出資対象のスタートアップのリスクの大きさなどによって変動し得ます。
たとえば、あるコンバーティブル・エクイティ(CE1)を発行した後に、さらに同内容のコンバーティブル・エクイティ(CE2)を発行したケースを検討してみます。この場合には、どれぐらい間隔が空くかにもよりますが、CE1の投資家よりも遅く出資したという点で、CE2の投資家のほうがリスクが低いことになります。CE2の投資家のリターンをCE1の投資家のリターンよりも少なくするためには、ディスカウント・レートに差をつけて転換価額や転換株式数を変えることが望ましいということになります(CE1のディスカウント・レートが0.8、CE2が0.9など)。そのような観点から、まずは「ディスカウント・レートは0.8で」といった形で定められることも比較的多い印象です。
他方、別稿で解説するキャップ(「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(5)- キャップ」)をつけるかどうかで投資家の納得度が変わるケースも少なくありません。「キャップをつけない代わりにディスカウント・レートを0.7に下げてほしい」という交渉がされることもあります。
いずれにしても、ディスカウント・レートは、上記の通り「早く出資した投資家のリターンを大きくすべき(ディスカウント・レートを大きくすべき)」という大枠の発想によるものです。ディスカウント・レートの数値自体にそこまで幅があるわけではないこともあって、別稿で解説するキャップと比べると、交渉や決定にかかる労力は相対的に少なくてすむ印象です。しかし、キャップを入れるかどうかを検討する過程で一定の交渉が必要になることもあります。
まとめ
以上のように、新株予約権を転換して得られる株式の数は「払込金額の総額÷転換価額」で定められます。この転換価額を低くして、早く出資してリスクをとった投資家に見合ったリターン(多くの株式数)を与えるのがディスカウントです。ディスカウントは、適格資金調達において発行される株式の1株あたりの発行価額の「0.9」ないし「90%」や、「0.8」ないし「80%」といった形で定められます。
ディスカウントの水準は、0.8を一定の目安として、出資のタイミングや投資家が負うリスクの大小、キャップをつけるかどうかといった考慮要素を踏まえて、スタートアップと投資家の合意によって決定される例がよく見られます(ただし、過度に一般化をすることはできず、その案件に応じた検討が必要です)。
本解説シリーズに係るテーマにおいては、様々なお立場の読者の皆様がおられるかと存じます。ご意見・ご感想や、「ここは異なるのではないか」といったご指摘を以下にてお待ちしております。
takahiro.iijima★mhm-global.com
弁護士 飯島 隆博
(上記★部分を@に置き換えてください。)
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なお、本解説シリーズに記載した事項は、当職個人の見解であり、当職が所属する組織その他のいかなる見解も示すものではありませんのでご留意ください。
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タームシートのサンプルは、説明のわかりやすさを重視して、本来のタームシートを簡略化したり、用語の厳密さを排除している部分があります。本稿の例をそのままタームシートや新株予約権の内容としては使用できないことにご留意ください。 ↩︎
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このような、「端数切捨て」の定めを置かない場合、新株予約権を行使して転換した株式数に1株未満の端数が生じた場合には、端数に相当する額の現金を新株予約権保有者に対して支払う必要が生じます(会社法236条1項9号、238条1項1号)。ただし、スタートアップが取得条項(強制取得)に基づいて新株予約権を取得し、株式を交付する場合には、投資家の請求(意思)に基づく行使(転換)とは異なり、保有者の意思に反して強制的に新株予約権を取得することになります。そのため、このように端数切捨てを定めても、取得条項に基づく取得の場合には、投資家保護のため、単純な切り捨てはできず、端数の合計数(合計して1株以上になった場合の整数部分)を競売等の方法により換金して、得られた代金を当該者に交付しなければなりません(会社法234条1項4号、275条1項)。取得条項については、「コンバーティブル・エクイティとコンバーティブル・ノートの具体的な設計(2)- 適格資金調達」参照。 ↩︎

森・濱田松本法律事務所