ベンチャー企業における一人法務の法務戦略
第3回 外部向け資料等のフォーマット整備およびレビュー体制の構築
ベンチャー
目次
ベンチャー企業に多くみられる「一人法務」。実際に一人法務に就任すると、1日目から契約書レビューなどのタスクに忙殺され、そのなかで会社全体のリスクを最適化する体制を構築していくことはとても大変です。
本連載では特に上場等のエグジット(とりわけ3年以内にエグジットを見据えているタイミング)のベンチャー企業にとってクリティカルな事項に関し、実務での経験をもとに筆者の考えをお伝えします。第3回の本稿では、営業資料、PR資料など外部向け資料等のフォーマット整備およびレビュー体制(以下「外部向け資料体制」といいます)の構築方法や、構築した体制の活用方法について解説します。
外部向け資料体制構築のコツ
外部向け資料体制構築の目的は、自社のレピュテーションリスクの最適化です。
景品表示法、不正競争防止法等をはじめとする法令で定める広告規制は、ビジネスの自由な競争を阻害しないよう最低限の規制を定めたものです。また、著作権等の知的財産権をはじめ、法令において保護される他者の権利について、侵害行為が社会的に批判されたケースを目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。
上述のような最低限の規制に違反した記載のある資料を用いて営業活動・広告活動を行うことや、他者の著作権等の権利を侵害した記載を自社のサービスや外部向け資料に掲載することは、法令に違反しているとして行政庁から処分されるリスクや法的紛争に発展するリスク以上に、「コンプライアンスを軽視している会社」として自社のレピュテーションを著しく下げるリスクが高い行為です。
今回は、外部向け資料に関し、法令違反や権利侵害等のコンプライアンス上の問題が生じないようにするための体制構築のコツをご紹介します。
広報との連携
広報との連携の必要性
1で述べた通り、社外に出す情報は、自社のレピュテーションに大きく影響し、ひいては、自社のブランディングにも影響を与えます。そのため、外部向け資料体制構築の際は、広報と連携することが有用です。その際、資料作成部署が相談時やレビュー依頼時等に、広報と法務へ1回で確認できる体制とすることを推奨します。
法務と広報の役割分担
法務と広報のそれぞれの役割を明確に分けることは困難ですが、筆者は大枠として下記のように考えています。
- 法務の役割
- 外部向け資料に下記の記載が含まれないようにするための体制構築
- 法令ガイドライン違反、またはそれに匹敵する程度の著しく不適切な表記
- 他社の権利を侵害する記載
- 外部向け資料に下記の記載が含まれないようにするための体制構築
- 広報の役割
- 会社として公表する事実と公表しない事実の整理と管理
- 公表する事実と数字の、正確性の担保と統一 1
- 外部向け資料に下記の記載が含まれないようにするための体制構築
- 日本語として誤った表記、誤記
- 倫理的、社会的に不適切な表記
- 自社の広報方針と矛盾する表記
実際の運用のなかでは、たとえば、外部向け資料について広報と法務のレビューが必要になった際は、筆者はすでに広報が指摘した表記について、法令ガイドライン違反などがない限りは広報と異なる指摘をしないように留意しています。
外部向け資料体制構築の手順
外部向け資料の状況把握と、権限・責任の明確化
(1)外部向け資料の状況把握
外部向け資料は様々な部署が日々作成し、外部に送付または公表しており、そのすべてを法務が事前にチェックすることは困難です。そのため、法務や広報において、外部向け資料がどのように作成され外部に送付または公表されているのか、現状を把握しきれていないケースも多いかもしれません。しかし、実効的な外部向け資料体制を構築するためには、現状を把握することが大切なファーストステップとなります。
外部向け資料の内容は、会社によって異なりますが、イメージをつかみやすくするため、整理の一例を下記に記載します。
項目 | 主な内容 | 媒体/公開範囲 |
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マーケティング活動(Marketing) | ||
広告資料(チラシ・パンフレット等) |
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セミナー等登壇用資料 (他社主催) |
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セミナー資料 (自社主催) |
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ホワイトペーパー |
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顧客インタビュー |
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広報活動(PR) | ||
プレスリリース |
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インタビュー受諾 |
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販促活動(Sales) | ||
営業資料 |
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アライアンス向け資料 |
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顧客支援活動(CS) | ||
ユーザー向けセミナー資料 |
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サービスの利用マニュアル |
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サービスコンテンツ(Contents) | ||
サービスコンテンツ |
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採用活動(Recruiting) | ||
採用候補者向けPR資料 |
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採用イベント登壇資料 |
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外部向け資料についてこうした状況の把握に時間がかかりそうな場合は、法務と社内各部署の共有フォルダを作って、各部署に、直近半年間で外部向けに公表した資料を当該共有フォルダに保存するようお願いし、保存された資料の内容を確認しながら状況を整理すると、効率的に整理することができます。
(2)最終判断権限と責任の所在を明確化する
筆者は、外部向け資料のすべてを法務や広報がレビューできる状況にあり、レビューを実施していたとしても、当該資料を公表することの最終判断権限と最終責任は、法務や広報ではなく、活動の主体である部署にあるべきと考えています 2。
その点を明確にしないままガイドラインやレビュー体制を構築してしまうと、活動の主体である部署は、法務(または広報)がレビュー時に伝えるリスクを意識することなく、法務または広報の「承認」を取得することを重視してしまい、法務や広報の提示するリスクを回避する方法や、当該リスクに比して当該外部向け資料の公表によるメリットがどの程度あるのかについて、真剣に検討されないことが考えられます。それでは、事業活動の主体である部署が、当該活動にあたり必要な判断が行えないままとなってしまいますので、当該資料を公表することの最終判断権限と最終責任を当該部署が持つよう、職務権限規程等により明確化し、各部署による当事者意識を醸成することを推奨します。
一方で、法務や広報は、事業活動の主体である部署の自律的判断に資するガイドラインの提供、当該部署が判断に迷う時の法務や広報への相談窓口の整備、および相談への速やかな回答などにより、事業活動を積極的にサポートする役割を担い、事業活動の主体である部署に対するガイドラインや相談窓口の周知を丁寧に行うことが大切です。
フォーマット・ガイドライン作成の際の考え方
(1)外部向け資料の項目によってフォーマットやガイドラインを分けるべきか
筆者は、当該資料の項目によってフォーマットやガイドラインを分けるべきではないと考えています。
たとえば、採用イベントにおける採用候補者向けの登壇資料は、景品表示法等の広告規制が適用されないため、合理的根拠なく「当社製品は業界No.1」という表記がなされていても、ただちに法令違反とはならないといえます。しかし、採用イベントの登壇資料を、規制の対象となる資料等に転用できないような社内体制は非効率ですし、管理等の徹底が難しくなります。何より、1に記載したとおり、広告規制は最低限の規制であり、当該規制が適用されるケースであれば違反となるような記載を、採用候補者などの社外に見せることにより、長期的な会社のイメージを損なう可能性も考えられます。そのため、外部向け資料のフォーマットやガイドラインは資料の項目ごとに分けるのではなく、統一することが望ましいと考えます。
(2)外部向け資料の公開範囲によってフォーマットやガイドラインを分けるべきか
筆者は、フォーマットやガイドラインについて、外部資料の公開範囲によっても分けるべきではないと考えています。
これはまず、公開範囲が限定されている外部向け資料の開示先は、自社の顧客やアライアンス先である場合が多く、コンプライアンス上問題のある資料を開示して顧客やアライアンス先のレピュテーションを下げることは自社にとって大きなリスクであるためです。
さらに、たとえば限定的であってもインターネット上で外部向け資料を提供すればスクリーンショットにより記録することが可能であり、セミナーやイベントにおいて外部向け資料に関する撮影を禁止しても、スマートフォン等により気づかれないように撮影されてしまう可能性があります。すなわち、限定的であっても外部向け資料が一度社外の複数人に発信されてしまうと、当該資料が拡散しないように自社でコントロールすることは物理的に難しく、実質的には公開範囲を限定していない場合と大きく異ならない状況となります 3。
そのため、公開範囲にかかわらず、フォーマットやガイドラインは社内で統一し、全体として一定のクオリティを保った外部向け資料となるように体制を整えることを推奨します。
フォーマット化できる部分は最大限フォーマット化する
(1)「内容」ごとのフォーマット化
上記3−1(1)に一例として記載した表からもわかるとおり、外部向け資料においては、その項目ごとに内容がまったく異なるわけではなく、重なるケースも多いでしょう。そのため、外部向け資料の項目ごとではなく、その内容ごとにフォーマット化することを推奨します。
外部向け資料の内容は会社ごとに異なりますが、3−1(1)に記載した表の例で検討すると、以下については、ほぼすべての外部向け資料において含まれるため、フォーマット化するのが効率的でしょう。
- 会社情報
- 自社サービス内容
また、セミナーやイベント時の資料とは異なり、都度変更が必要のない資料内容もフォーマット化することを推奨します。3−1(1)に記載した表の例では下記が該当します。
- 「サービス利用マニュアル」の「サービスの利用方法」
- 「採用候補者向けPR資料」の「候補者向けメッセージ」、「従業員インタビュー等」
(2)フォーマット化の流れ
フォーマットは、広報やクリエイティブデザイナー、またはフォーマットをよく利用することが想定される事業部が作成し、法務は、法的に問題がないかという観点によるレビューワーの役割を担うよう役割分担すると、スムーズにフォーマット化を行うことができます 4。
(3)フォーマットアップデート体制の構築
特にサービスのアップデートや変更が多く、人員も急激に増加することの多いベンチャー企業においては、定期的にフォーマットをアップデートしなければ、フォーマットが形骸化してしまいます。
(2)において、初回のフォーマット化の流れや役割分担を決める際に、フォーマットのアップデート体制についても決めておき、フォーマットの形骸化を防止しましょう。
フォーマット化できない部分はガイドラインを作成し、周知する
フォーマット化できる部分は最大限フォーマット化するのが効率的ですが、会社の文化や体制によってフォーマット化できない(するべきでない)部分については、ガイドラインを作成することを推奨します。ガイドラインを作成するべき資料の項目は、会社によって異なりますが、ここでは法令違反が起こりやすい事項をピックアップして解説します。
(1)サービス内容の記載
特に営業資料(キャンペーン資料を含みます)では、不当表示(景品表示法5条、7条2項)、混同惹起行為(不正競争防止法2条1項1号)、著名表示冒用行為(不正競争防止法2条1項2号)、誤認惹起行為(不正競争防止法2条1項20号)等の広告規制違反が生じないよう留意する必要があります 5。
広告規制には、条文の記載が抽象的であり、具体の事例に網羅的に当てはめられるものもあるため、適切な分量のガイドラインを作成することは困難です。そのため、景品表示法に違反しないフォーマットを事前に作成のうえ利用する運用とできる場合は、その方が効率的です。
しかし、顧客ごとにオーダーメイドで営業資料を作成する必要がある場合など、フォーマット化が難しい際は、景品表示法をはじめとする法令上の広告規制の専門知識を有していない人であっても、具体的なイメージを持てるよう、できる限り具体例を織り交ぜ、わかりやすいガイドラインを作成しましょう。
(2)事例紹介等
顧客の顔写真、氏名、企業情報等を外部向け資料に掲載する場合は、個人情報保護法の遵守および肖像権保護の観点から、必ず、書面等により外部向け資料に掲載することの同意を取得する運用にし、同意の取得方法や留意点をガイドラインに記載しましょう。
また、他社のロゴについては、当該他社が商標権を取得しているのが通常ですので、商標権を侵害してしまわないよう、当該他社の同意を取得する運用としましょう。
サービスに関して自社に提供されたポジティブな声、企業向けサービスにおけるサービス利用顧客名や利用顧客のロゴ等(以下「顧客情報等」といいます)を外部向け資料に掲載する旨についてサービスの利用規約に明記し、サービス申込時に顧客に同意してもらうことで顧客情報等を利用する場合は、法令上の問題はないケースであっても、ポジティブな声を自社に提供した顧客の顔写真や氏名、顧客の未公表の企業情報など、顧客にとってセンシティブとなりうる情報を外部向け資料に公表する際は、顧客への配慮・顧客とのトラブル防止の観点から、電子メールなど、記録に残る形で、個別具体的な同意を取得する運用とすることを推奨します。
(3)文献等の引用
3−1(1)に記載した表の例では、「ホワイトペーパー」「セミナー資料」「ユーザー向けセミナー資料」「サービスコンテンツ」などにおいて、文献など他者の著作物の引用を行うケースが想定されます。そのため、著作権法を遵守して文献等の引用を行うよう、ガイドラインを作成しましょう。
著作権法上、公表された著作物の引用は認められています(著作権法32条1項)が、「引用」と認められるためには、以下の要件を満たす必要があります 6。
- 他人の著作物を引用する必然性があること
- 自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること(自らの著作物が主体であること)
- かぎ括弧をつけるなど,自らの著作物と引用部分とが区別されていること
- 出所の明示がなされていること(著作権法48条)
ここで特に留意したいのは、出所を明示し、自社の著作物と引用部分が区別さえされていれば、公表された著作物を「複製」して利用することが著作権法上認められているわけではなく、公表された他者の著作物を引用する必然性があり、自社の著作物が主体となっていてはじめて、公表された著作物を「引用」できるということです。この点が誤解されないよう、ガイドラインに明記するとよいでしょう。
相談窓口の準備と周知
3−1(2)に記載した通り、事業活動の主体である部署が判断に迷う際、法務や広報に速やかに相談できる体制を構築することが、外部向け資料体制構築の重要な前提になります。
事業活動の主体である部署において、フォーマットを変更したいときや、ガイドラインを見ても当該部署では判断が難しい場合などに、法務や広報に相談できる窓口を準備し、周知しましょう。
筆者の経験に基づく見解としては、事業活動の主体である部署において、稟議システムは敷居が高いと感じられる傾向にあるので、社内のチャットツール等に相談フォーマットを準備して、法務と広報双方に同時に気軽に相談できる窓口を設け、周知することを推奨します。
外部向け資料の事後確認体制の構築
公表された外部向け資料のうち、フォーマットがないものおよびフォーマットから変更されたものは、法務・広報が定期的に、法令や社会倫理上大きな問題がないか事後チェック(全部のチェックが難しい場合はサンプルチェック)し、問題がある場合は、速やかに改善策を検討できる体制にすることが大切です。
公表された外部向け資料のうち、フォーマットがないものおよびフォーマットから変更されたものの種類が限定されている場合は、法務・広報がアクセスできる共有フォルダを作成し、事業活動の主体である部署において、該当する外部向け資料を保存してもらうとよいでしょう 7。
外部向け資料に関する情報の整理・集約と周知
上記3−3に記載したフォーマット、上記3−4に記載したガイドライン、また広報によるガイドライン、相談窓口等、外部向け資料に関する情報は、多岐にわたります。それらを整理することなくばらばらに提供すると、外部向け資料を作成する部署は、必要な情報を網羅的に理解できず、意図しないガイドライン違反やフォーマット・ガイドラインの形骸化につながります。
外部向け資料に関する情報は整理集約して周知し、ドキュメント間で相互リンクするなど、1つのドキュメントにアクセスすれば、必要なすべてのフォーマット・ガイドラインを参照できるようにしましょう。
また、3−4、3−5に記載した通り、外部向け資料に関するガイドラインについては、ドキュメントになっていても、それを読んだだけで具体的なイメージを持つことが難しい場合もありますので、社員の入社オリエンテーションやマネジメント研修などにおいて口頭での説明機会を設けると、より望ましいでしょう。
まとめ
今回は、営業資料、PR資料など外部向け資料等のフォーマット整備およびレビュー体制の構築について説明しました。上記の説明は、筆者が当該体制を会社に浸透させるにあたって効率的だと考える方法の一例であり、絶対のルールではありません。一人法務として奮闘されている皆様が、会社とご自身にあわせてカスタマイズのうえ利用していただけたらと思います。
次回は、「人事労務分野におけるトラブル防止・対応体制の構築」について説明します。
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たとえば、2020年度の売上額について公表する場合に、当該売上額の正確性を確認し、会社として公表する売上額が正確な売上額で統一されるよう、社内に案内するなど。 ↩︎
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他方、法務や広報が最終判断権限と最終責任を持つべき活動は、法務や広報が活動の主体であることを明確化することで、他部署が判断してしまうことを防げると考えています。 ↩︎
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一方で、ガイドラインに違反する表記かもしれないが、変更が困難であるケースも考えられます。そのようなケースにおいて、法務にて法律に違反しない内容であることを確認のうえ、できる限りリスクを下げるために、外部資料の公開範囲を限定するなど、公開範囲の具体的な限定をガイドラインに沿うことが難しい場合のイレギュラーケースにおけるリスク軽減に利用することは、有意義と考えます。 ↩︎
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自社が企画提供するサービスが専門的である場合には、サービスの企画開発部署に、サービスに関する記載の正確性が担保できているかという観点から、ファーマットを事前にレビューしてもらうことを推奨します。 ↩︎
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自社サービスの内容やサービスの提供方法、提供対象等によって、特定商取引法、健康増進法、医薬品医療機器等法(薬機法)、金融商品取引法等で規定された広告規制が適用されることがあります。その場合には、それらの広告規制にも違反しない運用となるよう工夫が必要です。 ↩︎
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パロディ写真最高裁判決事件(最高裁昭和55年3月28日判決・判時 967号45頁)参照 ↩︎
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外部向け資料の事後確認体制を複雑にしないためにも、外部向け資料は最大限フォーマット化することを推奨します。しかし、公表された外部向け資料のうち、フォーマットがないものおよびフォーマットから変更されたものの種類が多岐にわたる場合は、スプレッドシートなど、複数人が編集できるツールを利用し、「資料の作成部署」「公開対象」「掲載媒体」「外部向け資料の保存先」等の必要項目を記載してもらうなどして、外部向け資料の事後確認体制を構築することを推奨します。 ↩︎

法律事務所YOSHI