ベンチャー企業における一人法務の法務戦略

第2回 契約書等の作成・レビュー体制の構築

ベンチャー
坪田 晶子弁護士 法律事務所YOSHI

目次

  1. 法務への契約書等の作成・レビュー申請が抜けてしまわない体制を構築するコツ
    1. 個別の取引先に対するカスタマイズを極力減らす体制とする
    2. 契約書作成・レビューの申請方法をカテゴライズし、法務申請が必要なケースや法務に提供すべき情報をわかりやすくする
    3. 会社に合わせた申請方法から始めてみる
    4. 捺印を法務・財務等のコーポレートに集中させる
  2. 契約書等の作成・レビュー体制の構築による副次的効果
    1. 取引先の反社チェックの抜け漏れ予防
    2. 新サービス・新機能のコンプライアンスチェックの抜け漏れ予防
  3. まとめ

 ベンチャー企業などに多くみられる「一人法務」。実際に一人法務に就任すると、1日目から契約書レビューなどのタスクに忙殺され、そのなかで会社全体のリスクを最適化する体制を構築していくことはとても大変です。

 本連載では特に上場等のエグジット(とりわけ3年以内にエグジットを見据えているタイミング)のベンチャー企業にとってクリティカルな事項に関し、実務での経験をもとに筆者の考えをお伝えします。第2回の本稿では、契約書等の作成・レビュー体制の構築方法や、構築した体制の活用方法について解説します。

法務への契約書等の作成・レビュー申請が抜けてしまわない体制を構築するコツ

 契約書等の作成・レビュー体制を構築する一番の目的は、取引条件について法務の目が入っていない取引をゼロにすることです。たとえば、会社全体の取引のうち60パーセントが法務を通して行われていたとしても、残り40パーセントの取引が法務を通っていなければ、法務が自社と第三者間の取引における取引条件をコントロールできているとはいえません。そのような状態では、自社にとって著しく不利益な条件が入った契約書が締結されるリスクが残ってしまい、当該体制の構築目的を達成することはできません。

 今回は、可能な限り100パーセントに近い取引が、法務を通して行われるようにするための体制構築のコツをご紹介します。

個別の取引先に対するカスタマイズを極力減らす体制とする

(1)自社サービス販売に関する利用規約等について

① 「利用規約」のすすめ

  特に多数の顧客による利用を想定するサービスを販売する会社では、自社サービスの契約条件を決定する書面に関し、できる限り双方捺印が必要な「契約書」ではなく、顧客のみが同意して申し込むことにより契約条件が定まる「利用規約」の形をとることを推奨します。

 「契約書」の形式にしてしまうと、どうしても顧客からの修正依頼が増えたり、「契約書」の捺印により申込まで時間がかかったりする要因となり、かつ一人法務の工数が当該修正依頼の対応でひっ迫されかねないためです。

② 利用規約の内容について

 筆者は、利用規約は純粋な法律条件のみを記載し、具体的なサービス料金等は見積書や申込書に記載する運用を推奨します。これは、たとえばサービス料金の値引きに関する承認体制等は財務が決めるべきことですが、具体的なサービス料金を利用規約に書いてしまうと、値引き等が発生するたびに財務と法務両方の承認・対応が必要となり、非効率的なためです。

(2)自社サービス以外の契約書について

 秘密保持契約書(NDA)、業務委託契約書、アライアンスに関する契約書、オファーレター・雇用契約書など、締結頻度が高い契約書についてはテンプレートの作成を推奨します。なぜなら、自社にとってリスクが最適化されたテンプレートを現場部門で利用してもらえれば、契約締結までの時間が削減でき、事業のスピードが損なわれることを避けられます。また法務にとっても契約交渉対応の工数を削減できます。

 テンプレートは使ってもらわなければ作成する意味がありません。特にアライアンスに関する契約書のテンプレートなど、事業に影響の大きな契約書のテンプレートを作成する際は、事業担当者と連携しながら実態に即して進めるのがおすすめです。

 テンプレートを作成したら関係者に対し、その存在およびテンプレートを利用すると契約書の作成にかかる時間が削減できよりスピード感のある契約締結につながることを周知すると、テンプレートを使ってもらいやすくなります。

契約書作成・レビューの申請方法をカテゴライズし、法務申請が必要なケースや法務に提供すべき情報をわかりやすくする

(1)契約書のカテゴライズとカテゴリごとに質問事項を設定することの重要性

 たとえば「契約書作成・レビュー」という申請窓口だけを作って事業部門に申請をお願いしても、「『契約書』ではない『申込書』であれば法務申請は不要だ」という誤解や、「どんな時に契約書作成やレビューを依頼すればいいのか申請者側にわかりにくい」という問題が発生し、法務が対応すべきケースにもかかわらずレビュー申請がなされないリスクが発生します。

 そうした事態を防ぐため、想定できる限りのカテゴライズを行い申請窓口を用意することで、申請者側にとってそのカテゴライズを見れば、どんな時に法務に申請すればよいのかがわかりやすい状況を作ることが大切です

 会社によって想定される契約書等が異なるため、「どの会社にも実効的なカテゴライズ」は存在しませんが、イメージをつかんでもらうため、具体的なカテゴライズの一例を下記に記載します。

カテゴライズの一例

自社サービスの販売に関するもの 新規の利用規約作成、利用規約の更新
(サービスアップデート、新サービス開発等)
利用規約の修正(顧客要望に基づくもの)
アライアンス契約書
その他 1
自社サービスの販売以外に関するもの 秘密保持契約書(NDA)
業務委託契約書/請負契約書
人材紹介契約書
派遣基本契約書
他社サービス/SaaSの利用規約等のレビュー依頼
その他
捺印のみの申請

 また、カテゴリごとに法務として取得したい情報は異なりますが申請者側にはその事情はわからないので、「契約書の内容」など抽象的な質問項目を置いても、適切な情報の提供がなされないことがほとんどです。そのため筆者は、カテゴリごとに質問項目を変え、具体的に聞きたい項目を明示することを推奨します。イメージをつかみやすくするため、質問事項の一例を下記に記載します。

質問事項の一例:秘密保持契約書
  • 秘密保持契約書を締結する目的
  • 主に情報を開示する側(自社or相手方)
  • 自社の情報を開示する場合、開示する情報の内容
  • 情報を開示する予定の日(または開示した日)

(2)サービスごとのカテゴライズのすすめ

 自社サービスが複数ある場合は、関係者や法務として取得すべき情報がサービスごとに異なるケースが多いため、サービスごとにカテゴリをわける方が申請側にとってもわかりやすく法務も管理がしやすいです。

(3)サービスアップデートまたは新サービスに関する情報の取得のために

 「自社のサービスアップデートまたは新サービスに関する情報を十分に早く取得すること」はベンチャー法務にとって容易ではないことの1つだと思います。筆者も色々な方法を試しましたが、「サービスアップデートや新サービスに関する情報はすべて早めにコーポレートに教えてほしい」と事業部門に依頼してもあまり効果はありませんでした。

 筆者の個人的な所感ですが、「すべて教えてほしい」と言われると、事業部門において法務に連絡する必要性の有無を判断する材料がないので、不要なことをやらされていると感じてしまうのが、依頼につながらない原因ではないかと思います。

 そのため、サービスアップデートや新サービスのプロジェクトをマネジメントするロール・役職の担当者に現行の利用規約の内容を伝えて、どのようなケースで利用規約の新規作成・更新が必要となるかを理解してもらうことは、情報取得のために有用な方法の1つです。そして該当する際には「新規の利用規約作成、利用規約の更新」の申請をしてもらうようお願いすると、当該担当者が判断に迷うときは法務に声をかけてくれるようになり、効果的だと感じています。

(4)利用規約修正のカテゴリ作成のすすめ

 上記 1-1で記載した通り、筆者は、個々の顧客ごとに契約条件をカスタマイズしなくてすむ体制の構築を推奨しています。しかしそうした体制を構築しても、顧客によっては利用規約の変更依頼が来る場合はあります。その際、法務に依頼せず事業部門で利用規約を修正してしまうことを防止するため、利用規約は原則修正できないことを事業部門に伝えたうえで、利用規約の修正依頼のカテゴリを設けることを推奨します。

 なお、利用規約を修正する場合、当該顧客との契約において利用規約の修正があったことが後からすぐにわかるよう、申込書に「申込条件」欄を作成して修正内容を記載する等、利用規約の文言自体を修正しない運用を推奨します

(5)メンバーに契約書作成・レビューの申請方法を周知する際の留意点

 全メンバーがすべての契約書カテゴリを利用するということはなく、メンバーやチームによって、よく使う契約書のカテゴリが異なるのが通常です。そのため、契約書作成・レビュー申請の導入時は、全社アナウンスですべてのカテゴリを案内するよりも、メンバーやチームごとによく使うカテゴリを案内する方が効率的です。

 たとえば、SlackのチャンネルやChatworkのグループなどを利用し、特定のカテゴリをよく使うメンバーが多く含まれているチャンネル・グループに当該申請カテゴリのアナウンスを実施する等、必要な情報を必要なメンバーやチームに提供する方法を推奨します。

会社に合わせた申請方法から始めてみる

 IPOでのエグジットが近づくとコンプライアンス体制の強化が求められます。法務申請についても遅くともエグジットの1年前にはワークフローシステムを構築し、履歴が後から変更できない形に移行する必要があります。しかし、法務へ相談・申請する習慣ができていない状態でワークフローシステムを構築してもなかなか浸透しません。

 実際、筆者はこれまで、ワークフローシステム上の「まったく使われない法務申請フロー」をいくつも見てきました。申請者に使わない理由を聞くと、「ワークフローシステムは普段使っているコミュニケーションツールではないので、常には見ておらず、そのような申請があること自体知らなかった」という回答がよく返ってきました。

 そのため、法務申請の導入時においては、ワークフローシステムの活用に固執するよりも、その会社でよく使われているツールを使って法務への申請を行ってもらうなかで法務が申請してほしい項目・タイミングを申請者側に理解してもらい、申請に慣れてもらうことを優先させると、結果として申請漏れの防止につながります

 たとえばタスク管理ツールであるTrelloと、ChatworkやSlackなどのチャットツールがよく使われている会社であれば、法務担当者がTrelloに申請用カードのテンプレートを作成しておき、申請者はそのカードをコピーして記入・起票、起票したカードのURLをChatworkやSlackに送ってもらうことで申請できるようにすると、申請者側はいつも使っているツールでの申請が可能となり、申請にかかるストレスが軽減されます。

社内ツールを用いた法務申請フロー例

 そして、全社的にワークフローシステムに移行するタイミングで、法務申請もそのシステムに移行すれば、申請者側としては、システム移行時点で何をどのタイミングで申請すればいいのか理解しているため、「存在さえ知らない法務申請」がなくなり、申請漏れのリスクを高確率で軽減できます。

捺印を法務・財務等のコーポレートに集中させる

 会社が当事者となる書面の捺印には個人印・担当印を使わないようお願いし(電子捺印の場合、電子捺印システムの捺印アカウントを法務が管理し)、法務・財務等のコーポレート部門に会社印による捺印を集中させることは、社員に不要な責任を負わせないため、および法務レビューを実施した書面と捺印する書面の内容が同一であることを確認するために実施すべきです。加えて、取引条件について法務の目が入っていない取引を防ぐという観点からも重要な意味を持ちます

 捺印依頼が来た際に法務レビューが必要なものは対応したうえで 2、次回から申請者に法務レビュー申請を上げてもらうようお願いすることで、法務レビューの抜け漏れを減らせます。

契約書等の作成・レビュー体制の構築による副次的効果

 契約書等の作成・レビュー体制を整える一番の目的は、法務の確認を通らない契約書等を会社として締結しないことです。またそれだけでなく、当該体制をしっかりと運用することによって、ほかのクリティカルなリスクの軽減にもつなげることができます。

取引先の反社チェックの抜け漏れ予防

 反社会的勢力に関する審査(反社チェック)体制は、コンプライアンス強化や上場等によるエグジットのためにも構築が必須です。取引先と交わす契約書等の作成・レビュー依頼がくる際、反社会的勢力に関する審査(反社チェック)の担当者にも通知されるようにしておくと、当該体制を反社チェックの抜け漏れ予防にも使うことができます。

新サービス・新機能のコンプライアンスチェックの抜け漏れ予防

 当該体制によってサービス利用規約の作成・更新依頼の抜け漏れがなくなった場合、取締役会決議や経営会議承認までは経ない程度の新サービス・新機能の開始についても、遅くとも利用規約の作成依頼時には法務が認識することができます。

 利用規約作成時に新サービス・新機能のコンプライアンスチェックも実施し、問題があればフィードバックするようにすれば、法務の知らない間に法的なリスクを抱えた新サービス・新機能が開始されていたという事態を防ぐことができます

まとめ

 今回は、契約書等の作成・レビュー体制の構築について説明しました。上記の説明は、筆者が当該体制を会社に浸透させるにあたって効率的だと考える方法の一例であり、絶対のルールではありません。一人法務として奮闘されているみなさんが、会社とご自身に合わせてカスタマイズして利用していただけたらと思います。

 次回は、「営業資料、PR資料等、外部に出す資料等のフォーマット整備およびレビュー体制の構築」について説明します。


  1. 事前に想定していないような事態が起きたときに法務に連絡してもらえるよう、「その他」というカテゴリを用意することを推奨します。
    もし「その他」カテゴリで類似の契約が多く申請される場合には、新規のカテゴリを作成する形で体制を進化させていくと、申請者側のニーズに即した体制づくりにつながります。
    もちろん、このカテゴリを用意しておくことにより、法務が担当すべき案件以外の依頼が来てしまうこともありますが、筆者は、法務に依頼が来るべき案件が持ち込まれないことの方が問題だと考えるため、法務の担当外の依頼が来た際に、本来の担当者へと展開する工数は許容しています。 ↩︎

  2. 財務に届く相談のうち法務レビューが必要なものは法務に通知してもらえるよう、事前に連携体制をつくっておくことを推奨します。 ↩︎

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