令和2年著作権法改正のポイントと実務への影響
第3回 著作物を利用する権利に関する対抗制度の導入、行政手続に係る権利制限規定の整備
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目次
当然対抗制度の導入について
当然対抗制度とは?
令和2年著作権法改正(以下「本改正」といいます)により当然対抗制度が導入され、令和2年10月1日から施行されました。これにより、著作権者との間で著作物利用許諾契約(ライセンス契約)を締結し、これに基づき著作物を利用する権利(利用権)を有する者(ライセンシー)は、その著作権を取得した者その他の第三者に対し、その利用権を対抗することができるようになりました(本改正後の著作権法63条の2)1。
すなわち、ライセンシーは、利用権の登録その他の特別な要件を満たさなくとも、著作権の取得者その他の第三者からの著作権侵害を理由とする差止請求、損害賠償請求等を免れ、著作物の利用を継続することができるようになります。
改正の理由・経緯
(1)本改正前の権利関係
著作権には物権的な性質があるとされています。つまり、著作権者は、その著作権を侵害する者に対し、それが誰であっても、差止請求等をすることができます(著作権法102条、104条等参照)。
これに対し、利用権(言い換えると、著作物の利用を妨げないよう求める権利)は、著作権者とライセンシーとの間のライセンス契約という約束によって成立する債権であるとされています。つまり、ライセンシーが、著作物の利用を妨げないよう請求できるのは、原則として、それをしないと約束した著作権者本人に対してのみとなります。
したがって、著作権者本人が差止めや損害賠償の請求をしてきた場合、ライセンシーは、利用権という正当な利用権原を示すことにより、それらの請求を免れ、利用を継続することができます(後掲図表1−1参照)。しかし、著作権の譲受人その他の契約関係にない第三者に対してはそれができず、利用権の存在を理由に差止め、損害賠償等の請求を免れることができませんでした(後掲図表1−2参照)。
本改正前において、ライセンシーは、約束をしていない第三者である譲受人に対して、「ライセンシーによる利用を妨げない」という約束を守れと言い返すことはできなかったのです。
その結果、本改正前においては、たとえば著作権者が著作権を第三者に譲渡した後、ライセンシーが継続して著作物を利用している場合、その利用行為は、新たな著作権者である譲受人との関係では無権原の利用となり、著作権侵害が成立すると考えられていました。
(2)利害関係のバランス
著作権は、譲渡や担保の目的とすることが可能な財産権です(著作権法61条、66条)。
また、著作権者が破産手続開始等をし、その時にライセンス契約が双方未履行である場合は、ライセンシーは破産管財人等からライセンス契約を解除されるおそれがあります(破産法53条、会社更生法61条、民事再生法49条)2。
このようにして著作権が第三者に移転し、またはライセンス契約が解除された場合、ライセンシーはその著作物を利用してビジネスを行うことができなくなり、あるいは予期せぬ追加出費を余儀なくされるおそれがあります。多数の利害関係人が製作に関与し、多数の著作物が利用される映画、ゲームなどのコンテンツや、開発に相当の費用を要するシステムなどについてこのような事態が生じることは、ライセンシーにとって死活問題ともなり得ます。
また、ライセンシーにとっては、著作権の譲渡やライセンサーの破産等といった事情を予見し、適時適切に対処することが困難であることも多いため、他人の著作物を利用したビジネスを安心して開始することもできません。
これに対し、著作権の譲受人は、当然対抗制度が導入されると、ライセンシーに対して差止請求等をすることができないという不利益を受けるものの、譲り受けた著作物を自ら利用したり、第三者に許諾して利用させたりすることは可能であることを前提とした制度設計が行われたため、一定の利益は確保されています 3。
また、著作権の譲渡を受ける際に、譲渡人に対してライセンスの存在を確認・調査し、譲渡契約においてその不存在を表明・保証させることなどにより、リスクをあらかじめ把握し、コントロールする機会があります。
これらライセンシーの保護の要請と譲受人の保護の要請のバランスを踏まえ、ライセンシーによる利用の安定性を確保するため、本改正によってライセンス当然対抗制度が導入されることになりました。
改正内容の解説
利用権は、当該利用権に係る著作物の著作権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。
(1)「利用権」とは?
ここでいう「利用権」とは、許諾に係る著作物を、その許諾に係る利用方法および条件の範囲内において利用することができる権利のことをいいます(本改正後の著作権法63条1項から3項までを参照 4)。
したがって、著作物利用料の支払いに関して言えば、ライセンシーはライセンス契約で定めた金額、時期等の条件に従って支払えば足り、譲受人という第三者が登場したからといって追加的な利用料を支払う必要はありません 5。
他方、第三者に対抗できる利用権の条件・範囲(複製、翻案、公衆送信、譲渡その他の利用態様のほか、製造数量制限、地理的制限、時期的制限等)も、ライセンス契約の定めに従って限定されます。したがって、たとえば著作権者との間のライセンス契約でキャラクターのぬいぐるみを1,000個製造・販売する許諾を受けていた場合、著作権者が第三者にキャラクターの著作権を譲渡したからといって1,000個を超えて製造してもよくなるといったことはありません(少なくとも超えた数量分につき、著作権の譲受人から損害賠償請求等を受ける可能性があります)。
(2)利用権を「対抗」できるとは?
「対抗」とは、特定の当事者間で生じた法律関係を、当事者以外の第三者に対して主張すること(効力を及ぼすこと)をいいます 6。
本改正前においても、ライセンシーは、ライセンス契約に基づき、著作権者に対して著作物の利用を妨げない(=差止請求等をしない)よう求めることはできましたが、ライセンス契約の当事者ではない譲受人に対してはそれを求めることはできませんでした。
しかし本改正によって、ライセンシーは、これをライセンス契約の当事者ではない譲受人に対しても主張できるようになりました。すなわち、譲受人が著作権侵害を理由に差止請求等をしてきた場合、ライセンシーは、譲受人に対して利用権を主張・立証することにより、差止等を受けることなく利用を継続することができます 7。
(3)「当然」に対抗できるとは?
次に、利用権を「当然」に第三者に対抗できるというのは、利用権の存在ならびに実際の利用 8 がその利用方法および条件の範囲内のものであることを主張・立証すれば足り、その他に求められる要件はないということです(本改正後の著作権法63条の2の条文を参照)。
改正時の議論では、利用権を対抗するための要件として、登録、事業実施、譲受人の悪意(または有過失)などが検討されましたが、手続の煩雑さや立証困難性などの観点からライセンシーの保護に欠けるため、いずれの要件も不要とされました 9。
(4)実務上のポイント
このように、本改正は、ライセンシーが安心して著作物のライセンス契約を結び、その利用を継続することができるようにしています。
もっとも、当然に対抗できるからといって何の準備も必要ないかといえば、そうではありません。ライセンシーとしては、譲受人から著作権侵害を理由とする差止請求等を受けた場合に備え、書面でライセンス契約を取り交わすなど、利用権の存在ならびに実際の利用がその利用方法および条件の範囲内のものであることを、ライセンス契約の当事者ではない譲受人に対して確実に立証できるようにしておくことは依然として大切です。
また、譲受人からすれば、著作権を譲り受ける際にライセンス契約の有無および内容を確認・調査し、譲渡人に表明・保証させるなどの対応をとる必要性が高まるといえます。本改正後も、譲受人が自ら著作物を利用したり、その利用を第三者に許諾したりすることができるとしても、独占的に著作物を利用することができない以上、独占的利用を前提に想定していた利益が得られないなど何らかの損害が生じるおそれがあります。しかし、独占性が確保できなかったことによる損害を立証することは必ずしも容易ではありません。
そこで、違約金条項、譲渡人・譲受人・ライセンシーの三者間合意によって適切な権利関係の再構築に協力する義務に関する条項などを著作権譲渡契約に設けるほか、ライセンシーから著作物利用料の支払いを受けることができる地位を最低限確保するために、譲渡人のライセンシーに対する利用料支払請求権を譲受人に譲渡し(ただし、民法466条3項に注意)当該請求権に係る債権譲渡通知を代理して行う権限を譲渡人から譲受人に対して付与するなど、実務上の工夫が必要となります。
ライセンス契約の内容はどこまで譲受人に引き継がれるか?
著作権者が著作権を譲渡したからといって、著作権者とライセンシーとの間のライセンス契約も、著作権者から譲受人に当然に承継されるわけではありません。契約上の地位を移転するためには、契約の相手方(ライセンシー)がその譲渡を承諾することが必要です(民法539条の2)。
もっとも、著作権が譲渡された場合、ライセンス契約上の著作権者の地位がそのまま譲受人と入れ替わり、譲受人とライセンシーとの間の同内容の契約として存続させた方がわかりやすく、ライセンシーにとっても有益かもしれません。
しかし、ライセンス契約の内容によっては、そのライセンサーが義務を負うからこそライセンシーにとって意味がある条項があります。
たとえば、アニメ、商品化などコンテンツ関係のライセンス契約でよく見られる監修条項(成果物の内容、サンプルなどを事前にチェックし、承認した場合のみ販売等してもよいとする条項)は、作品の世界観等を最も熟知し、かつ著作者人格権を保有する著作者が監修するからこそライセンシーにとって意味があるといえます。同様に、新たな作品を制作する際の素材(キャラクターその他の設定資料、デザイン画など)の提供義務や、メディア取材、舞台挨拶などのPR活動も、著作者など一定の人物が行うからこそ意味があります 10。
したがって、ライセンス契約が一律に譲受人に承継されるという考え方をとることはできないと考えられます。
こうした事情から、ライセンス契約が承継されるか否かについては、「個々の事案に応じて判断がなされるのが望ましい」とされ、本改正後の条文にも特に考え方は示されませんでした 11。
これについては裁判例・学説の蓄積を待つことになりますが、上述のようなコンテンツ関係の契約に関しては、ライセンス契約が当然に承継されると考えられる場合は少ないと予想されるため、譲渡人および譲受人のみならずライセンシーにとっても、利用の継続が可能であることを前提に、具体的な役割分担等を協議し合意することに実務上意義があると考えられます。
出版権・サブライセンスの取扱い
出版権は登録が第三者対抗要件とされており(著作権法88条1項1号)、本改正後もこれに変わりはありません。すなわち、出版権がライセンス当然対抗制度のもとで利用権と同様に扱われ、出版権設定登録をしないまま第三者に当然に対抗できることにはなりませんので注意が必要です。
実務上の対応としては、出版権設定登録を行うことのほか、出版権設定契約において同内容の出版許諾を同時に付与する旨を規定することにより、ライセンス当然対抗制度の適用対象とすることが考えられます 12。
なお、サブライセンス契約によってサブライセンシーが得る権利についても、著作権法63条の2の適用対象となり、第三者に対して当然に対抗できると解されています 13。
経過措置
本改正による当然対抗制度は、令和2年10月1日から施行されましたが、その前日において現に存する利用権にも適用されます(附則8条)14。つまり、令和2年10月1日以後に締結された場合はもちろん、それよりも前に締結されたライセンス契約に基づく利用権が存在する場合において、そのライセンス契約に係る著作権が同日以降に譲渡されたときにも、当然対抗制度が適用されます。
ただし、後者の場合に対抗できるのは、令和2年10月1日以後にその著作権を取得した者その他の第三者に対してだけであるとされています。
行政手続に係る権利制限規定の整備について
本改正前の著作権42条2項は、「行政庁の行う特許、意匠若しくは商標に関する審査」等の手続のために必要と認められる場合には、その必要と認められる限度において、著作物を複製することができると定めています(ただし、著作権者の利益を不当に害することはできません)。
本改正では、①種苗法に基づく品種に関する審査および登録品種に関する調査、ならびに②特定農林水産物等の名称の保護に関する法律に基づく特定農林水産物等の登録(同法6条)等の手続のために必要な著作物の複製も、上述の著作権42条2項の権利制限の対象に追加されました。
これにより、上記①および②の行政手続において、出願人・申請者や行政庁が登録等の要件を充足するか否かを疎明したり判断したりするために、学術論文等の著作物を複製することができるようになります 15。
また、同様の権利制限が必要な行政手続の存在が明らかとなった場合に随時政令で規定できるようにするための改正も行われています。
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当然対抗制度(著作権法63条の2)は、出版権の目的である著作物の複製または公衆送信の許諾(著作権法80条3項および4項)について、また、実演、レコード、放送または有線放送の利用の許諾(著作権法103条)について、準用されます。 ↩︎
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文化審議会著作権分科会報告書(2019年2月、文化庁HP)(以下「報告書」といいます)104~107頁。 ↩︎
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報告書109~111頁。 ↩︎
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報告書109頁脚注157は、「例えば、利用許諾契約に基づいて無償で利用を行っていた利用者が著作権の譲渡がなされた場合にも引き続き利用を継続することはできるものの、譲受人から利用者に対する通常の使用料相当額の請求が認められる制度とするのは利用の安定性確保という観点からは妥当ではないことから、対抗制度の導入によって、利用者は利用許諾契約で定められた対価に基づいて利用を継続することも確保されるものと考えられる」としています。 ↩︎
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金子宏=新堂幸司=平井宜雄編「法律学小辞典 [第4版補訂版]」803頁(有斐閣、2008)、法令用語研究会編「有斐閣 法律用語辞典 [第3版]」898頁(有斐閣、2006)参照。 ↩︎
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なお、破産等の場合においては、本改正により利用権の対抗が認められる結果、破産管財人等はライセンス契約を解除することができないことになります(破産法56条、会社更生法63条、民事再生法51条)。よって、ライセンシーはライセンス契約に基づいて利用を継続することができます。 ↩︎
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ここでいう「実際の利用」は、原告である譲受人がその譲り受けた著作権を侵害すると主張するライセンシーの行為を指します。 ↩︎
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報告書111頁以下。 ↩︎
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これらのほか、報告書では、誰でも履行することができるわけではない性質の義務の例として、「著者が負う校正義務やソフトウェア等の保守・修理・サポート・カスタマイズの義務」などがあげられています(報告書127頁)。また、一部の義務だけが譲受人に承継されるという考え方は、譲渡人・譲受人・ライセンシーの間で複雑な法律関係を生じさせるおそれがあるなどとして慎重な検討が必要とされています(報告書127~128頁)。 ↩︎
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報告書127~128頁。 ↩︎
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報告書146~147頁参照。 ↩︎
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報告書147~149頁。 ↩︎
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報告書151頁以下参照。 ↩︎
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