令和2年著作権法改正のポイントと実務への影響
第1回 著作権法改正の概要と「写り込み」に係る権利制限規定の対象範囲の拡大
知的財産権・エンタメ
シリーズ一覧全3件
改正の概要
令和2年3月10日、今般の著作権法改正案 1 が閣議決定のうえ通常国会に提出され、同年6月5日、参議院本会議において全会一致で可決・成立しました。
デジタル技術、情報通信技術等の急速な発達と普及に伴い、コンテンツの利活用に関するビジネスや社会状況が目まぐるしく変化しています。これに応じ、著作権等の適切な保護やその利用の円滑化を図るための措置を講じるべく、著作権法も絶えず見直されています。
数年来インターネット上の海賊版による被害の深刻化が指摘されるなか、2019年にはその対策強化を含む法案に対して各方面から懸念が示され、国会提出が見送られたという経緯もあり、今般の令和2年著作権法改正(以下「本改正」といいます)では、インターネット上の海賊版対策の強化が盛り込まれたことが特に注目を集めています。
もっとも、本改正には、海賊版対策以外にも、実務上知っておくべき重要な改正項目が含まれています。そこで、本連載では、施行日順に本改正による改正項目を取り上げ、企業やインターネットユーザーなどそれぞれの立場から実務上の留意点を解説していきます。
第2回 リーチサイトに関する規制の概要(予定)
第3回 著作物を利用する権利に関する対抗制度の導入、行政手続きに係る権利制限規定の整備(予定)
第4回 侵害コンテンツのダウンロード違法化(予定)
第5回 著作権侵害訴訟における証拠収集手続の強化、アクセスコントロールに関する保護の強化、プログラムの著作物に係る登録制度の整備(予定)
※ 第1回から第3回で取り扱う改正項目は令和2年10月1日に、第4回と第5回で取り扱う改正項目は令和3年1月1日にそれぞれ施行されます。
写り込みに係る権利制限規定の対象範囲の拡大について
改正前の規定
私たちの日常生活やコンテンツ制作の場にはたくさんの著作物が存在しており、それらを利用することなく社会活動を行うことはもはや不可能です。たとえば街中で写真や映像を撮影したところ、たまたま背景にポスターが写り込んだり、流れていた音楽が録り込まれたりといったことが日常的に起こります。また、そうした写真や映像をコンテンツ事業者が放送、配信等したり、あるいは個人がSNSや動画投稿サイトにアップロードしたりすることも、毎日のように行われていることです。
これらの行為は、他人が著作権を有する美術、音楽等の著作物を許諾なく複製し、インターネット配信その他の方法で伝達する行為ですので、複製権その他の著作権を侵害する場合があります。しかし、そのすべてが著作権侵害とされたのでは、今日のビジネスや生活に浸透した表現行為が制限され、文化の発展という著作権法の目的さえ阻害しかねません。
そこで平成24年著作権法改正により初めて規定されたのが、本改正前の著作権法30条の2(付随対象著作物の利用)であり、これがいわゆる「写り込み」に係る権利制限規定です 2。
もっとも、この改正では、当時の社会状況下でニーズの大きかった「写真の撮影、録音又は録画」(写真の撮影等)の方法によって著作物を創作するにあたって他人の著作物が写り込んだ場合のみを対象とするなど、適法とされる利用の範囲が限られたものでした。
本改正の基本的な考え方
本改正は、放送、生配信、スクリーンショット、CG化など、写真の撮影等に限らない様々なコンテンツの利用形態が普及した現在の社会状況に応じ、日常生活において広く一般的に行われている行為や社会的に意義のある新規サービス(ドローンを有効活用した生配信サービスなど)を可能とするべく、「写り込み」に係る権利制限の対象範囲を拡大したものです。
注目すべきなのは、本改正に際し、「写り込み」規定の正当化根拠、すなわちなぜ「写り込み」であれば他人の著作物を許諾なく複製・利用する行為が適法(=著作権を侵害しない)とされるのかという点が、改めて強く確認されている点です。
つまり、「写り込み」というのは、その著作物の利用を主たる目的としない他の行為に伴い付随的に生じる利用であるがゆえに、権利者に与える不利益が特段ないまたは軽微であることを理由に、著作権を侵害しないと位置付けられたものです。このため、本改正は、権利者に生じる不利益の有無・程度という観点になかば徹して、利用の柔軟性を高める方向で権利制限の対象・範囲を見直しています 3。
本改正後もなお、「写り込み」規定には抽象度の高い文言が含まれているものの、上記の観点をもって具体的事案に当たることが重要となります。
改正の概要
「写り込み」に関する主な改正点をまとめると、次のとおりです(後掲図表1も参照)4。
- 適法とされる行為の範囲が広がる。
- 適法に利用できる著作物(付随対象著作物)の範囲が広がる。
- その代わり、その利用は「正当な範囲内」に限られる。
本改正施行後の「写り込み」規定による要件と効果をまとめると、後掲図表2のとおりとなります。
なお、本改正後の著作権法30条の2第2項は、複製伝達行為によって作成・伝達されるもの(作成伝達物)の利用に伴って、方法を問わず付随対象著作物を利用できるとしています(ただし、著作権者の利益を不当に害することはできません)。この点は、現行の同項と同じ取扱いになっています。
主な改正点についての解説
(1)行為の範囲に関する改正
本改正により、写真の撮影、録音および録画に限られず、複製伝達行為全般が適用対象となります。新たに適用対象となる行為の例としては、生放送、生配信、スクリーンショット、プリントスクリーン、コピー&ペースト、模写、CG化などがあげられます 5 6。
また、本改正前と異なり、新たに著作物を創作する場面で他の著作物が写り込む場合に限定されていないため、スクリーンショットのほか固定カメラによる撮影・生配信など、アングルやカメラワークなどによる創作性が認められないとされるものについても、著作権法30条の2が適用されることになります 7。
(2)分離困難性要件の削除
現行の著作権法30条の2では、撮影対象の事物または音から「分離することが困難であるため」、他の著作物が付随して写り込んだ場合でなければ、権利制限を受けられない(著作権侵害になる)とされていました。
この分離困難性要件は、「物理的に分離困難であることではなく、その著作物を除いて創作することが社会通念上、客観的に困難であることを意味」すると解されており、この要件によって結論が分かれる具体的な事例としては、次のようなものがあります 8。
図表3で示したように、意図的に著作物を設置して写り込ませたような場合には、本改正前の著作権法30条の2のもとでは、著作権侵害が否定されないことになっていました。
しかし、本改正では、意図的に設置する場合を含め、本来の撮影対象とする事物・音に付随して写り込むものである限り、著作権者の生じる不利益は原則として軽微であるという考え方のもと、付随性がある限り分離困難性は必要としないという形で整理されました。前掲図表3で違法例としたケースでも、本改正後は適法となる可能性があります。
本改正後は、分離困難性を不要とした代わりに、著作権者の利益が不当に害されないことを確保するために新たに導入された「正当な範囲内」の利用という要件のもとで、個別の事案に応じて柔軟に判断されていくことになります。
(3)「正当な範囲内」の利用
分離困難性を不要としたことで、著作権侵害が成立しないと判断され得る「写り込み」の範囲が非常に広がったことになります 9。しかし、それによって著作権者の利益が不当に害されることになると、前述した写り込みの正当化根拠を逸脱することになってしまいます。このような事態が生じる代表例としては、たとえば、図表4のように、すでにライセンス市場が形成されている場合や、自ら利益を得る目的で他人の著作物を意図的に利用する場合などがあげられます 10。
正当な範囲内といえるかどうかは、利益を得る目的の有無、分離の困難性の程度、作成伝達物において付随対象著作物が果たす役割その他の要素を考慮して判断されます。その際には、著作権者から許諾を受けて対価を支払うことが可能かつ合理的かという観点を持つことが重要になります。
具体的な検討例(VRの事例を参考に)
(1)設例
以上の整理をもとに、本改正施行後の著作権法30条の2の適用のあり方につき、コンテンツの新たな利用形態の1つであるVRを例にあげ、試しに検討してみたいと思います。
たとえば、ある街の建物やその内部を含めた全体を忠実に再現したVR空間内で、その街に実際に存在する銅像を3DCGとして登場させる場合を考えてみましょう。特に、現実世界においてこの銅像が屋内にある場合、著作権法46条により適法に利用できるとは限らないため、同法30条の2の適用を考える必要性が高まります。
このケースでは、街をVR空間として再現し、ヘッドマウントディスプレイなどを通じて伝達する行為が「複製伝達行為」に該当するか、銅像に係る著作物がそのVR空間において「付随対象著作物」に該当するか、その具体的な利用行為が「正当な範囲内」といえるかどうかが、それぞれ問題になると考えられます。
(2)複製伝達行為に該当するか?
まず、街をVR空間として複製・伝達することは、前述の「CG化」に類するものとして、「複製伝達行為」に該当すると考えられます。こうして作成・伝達されるVR空間全体が、「作成伝達物」に相当することになります。
(3)付随対象著作物に該当するか?
では、その銅像は「付随対象著作物」に該当するでしょうか。
まず、その銅像は、街全体の一部を構成するものと評価することができますが、本改正により、このような場合でも「付随して」の要件を満たし得ることが明らかになったと考えられます 11。
次に、軽微性の要件はどうでしょうか。この要件は、作成伝達物の中で付随対象著作物が占める割合、再製の精度その他の要素に照らして判断されます。
この点、街をVR空間として忠実に再現しようとした場合、銅像のVR空間内における再製の精度は高いものとなります。とりわけVRの世界では、ユーザーの操作に応じて、オブジェクトを様々な距離・角度から見ることができるなど、非常に高いインタラクティブ性を持つ場合があります。このような場合、再製の精度は極めて高いものとなると考えられます。そうすると、VR空間内の銅像単体を、現実世界におけるのと同様に鑑賞することも可能となるため、著作権者の利益との関係で「軽微なものにすぎない」とは言いにくい場合がありそうです。
他方、その銅像は、VR空間で再現される街のなかではごく一部を占めるに過ぎず、また、ユーザーがその銅像に接する時間も、VR空間全体の利用時間と比べれば少ないものになる場合があると考えられます。
したがって、具体的な事案ごとの判断にはなりますが、こうした利用が軽微性の要件を満たし、付随対象著作物に該当すると判断される可能性はあると考えられます。
(4)正当な範囲内の利用といえるか?
最後に、「正当な範囲内」の利用であるかどうかを検討します 12。
そのVR空間の作成等において、現実世界の街全体を忠実に再現することに目的・意義があるものである場合、特定の銅像を分離する(VR空間内に再現しない)ことが容易であるとしても、VR空間においてその銅像が果たす役割を考慮すると、その銅像を忠実に再現することは「正当な範囲内」の利用であると認められる可能性があると考えられます。
他方、その銅像をVR空間内で閲覧に供することで利益を得ようとする目的がある場合や、VR空間内で彫刻等を再現することにつき当該彫刻の著作権者から許諾を得て対価を支払う実務が確立していたような場合は、「正当な範囲内」の利用とはいえず、許諾対価を支払って利用するべきと判断される可能性が高まると考えられます。たとえば、入館料の支払いが求められる美術館の館内をVR空間内で再現することは、「正当な範囲内」の利用とはいいにくいと考えられます。
なお、VR空間内でアバターがバーチャルのスマートフォンを用いて自撮りをした場合、アバターの背景に他人の著作物が写り込む場合があり得ます。このような行為も、本改正後は「複製伝達行為」に該当し、著作権法30条の2によって適法になる場合があると考えられます。
おわりに
本改正により、「写り込み」として他人の著作物を適法に利用できる範囲が拡大されました。
利用者側としては、「軽微」性や「正当な範囲内」であることという要件に関して具体的に例示列挙された諸要素を含め、著作権者の利益を不当に害することとなる事情がないかを見極めたうえで利用することが重要となります。
他方、安易な無許諾利用を極力許容したくないと考える著作権者側としては、VRその他新たな利用形態が生まれたときに積極的に権利を主張し、許諾の対価を受け取ってしかるべき市場を形成するなど、著作権者としての利益を主張しやすい環境を整える努力をすることが重要になると考えられます。
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正式には「著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律」(令和2年法律第48号)(令和2年6月12日公布)。改正案の概要および条文等については、文部科学省HPを参照。 ↩︎
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平成24年法改正につき、「いわゆる『写り込み』等に係る規定の整備について」(文化庁HP)参照。 ↩︎
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「写り込みに係る権利制限規定の拡充に関する報告書(案)」(文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会(第4回)資料1-2)(文化庁HP)では、第30条の2の「見直しの方向性」に関する記述の随所で、この観点が示されています。 ↩︎
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本改正後の著作権法30条の2の条文については、文化庁作成の「著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律案(説明資料)」(文部科学省HP)において改正点を含めてまとめられており、参考になります。 ↩︎
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具体例としては、「SNSへの投稿を保存する際に、アニメキャラをアイコンに用いた小さな画像が入り込む場合」、「自らが著作権を有する著作物が掲載された雑誌の記事を複製する際に、同一ページに掲載された他人の著作物が入り込んでしまう場合」などがあげられています(前掲注iiiの報告書(案)4頁)。 ↩︎
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このなかには、「模写、CG化」など不可避的な写り込みが生じない(著作物を除いて創作することが比較的容易である)類型もあり、著作権者の利益との衝突が比較的生じやすいといえます。これに関し、立法時のとりまとめでは、「不可避的な写り込みが生じないとしても、被写体を忠実に再現するために著作物の複製等を行う必要がある場合も想定されるところ、写真の撮影等による場合と比較して権利者に与える不利益に特段の際がない以上、そのような模写等の行為を行う自由を確保することが創作活動の促進・文化の発展等の観点からも望ましいと考えられることから、対象に含めることが適当である」としています(前掲注iiiの報告書(案)4頁)。 ↩︎
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この点に関連して、「固定カメラであることをもって直ちに創作性が否定されることには違和感がある」という意見があります(「『写り込みに係る権利制限規定の拡充に関する中間まとめ』に関する意見募集の結果について」4頁。)。 ↩︎
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前掲注iiiの報告書(案)6頁。 ↩︎
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「正当な範囲内」の利用であるという要件は本改正によって文言上新たに加えられたものであるため、前掲図表1では、同要件を「適法となる範囲を限定する」ものとして位置付けています。もっとも、「正当な範囲内」要件が加えられたのは、分離困難性を不要としたことに伴い、著作権者の利益との関係で著作権法30条の2の適用範囲を適切に画するためであることからすれば、本改正前の条文との対比においては、適法となる範囲を限定するというよりは、適法となる範囲を明確にしたものと捉えることも可能と考えられます。 ↩︎
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前掲注iiiの報告書(案)7頁。 ↩︎
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前掲図表1中、「被写体の一部を構成する事物・音の取扱いは?」の項目を参照。 ↩︎
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実際には著作権者の利益を不当に害しないこと(著作権法30条の2第1項ただし書)の検討も必要になりますが、実質的な改正が行われていないため、ここでは検討を省略させていただきます。 ↩︎
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関真也法律事務所