新型コロナ感染症による建設請負工事・設備工事の完成不能・中止・延期の問題点(前編)
取引・契約・債権回収
目次
※本記事の凡例は以下のとおりです。
- 改正後民法:民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)に基づく改正後の民法(2020年4月施行)
- 改正前民法:民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)に基づく改正前の民法
はじめに
近時は、東日本大震災をはじめとする大地震や巨大台風(これに伴う大洪水)、新型コロナウイルス(COVID-19)をはじめとする感染症など、これまでに見られなかったような災害などが数多く発生しており、これによって経済取引に著しい支障が生じる例が見られます。
2020年に入って大きな問題となっている新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大においても、売買取引契約に規定された納期までに製品を供給できない、建物建築工事や設備工事を完成できない、スポーツ大会・コンサート・イベント等を開催できない、その他、実際に様々な問題が生じています。また、建築現場での感染を防ぐために、建築業者が建築工事を自主的に中止または延期することを公表する事例も数多く報じられています。
本連載においては、そのなかでも、新型コロナウイルス感染症によって建設請負工事・設備工事を完了できなかった場合、その他中止・延期した場合の問題点について、前編・後編に分けて解説します。前編となる本稿では、新型コロナウイルス感染症の影響により工事が施工できなくなった場合に、帰責性の有無・不可抗力の判断がどのようになされるのかについて、国土交通省から発出されている通知等とともに解説します。
なお、本稿では、特に言及がない限り、問題となる取引契約が日本法の適用を受ける場合を念頭に、民法改正施行日前に締結された契約(改正前民法が適用される契約)を前提とします。中国の契約法その他海外の法令が適用される場合には、当該外国法令の解釈が問題となりますので、ご留意ください。
本稿は、2020年5月3日時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないこと、筆者らの個人的見解であって筆者らが所属する法律事務所の意見ではないことにご留意ください。
新型コロナウイルス感染症の影響により工事が施工できなくなった場合の考え方
双方に帰責性がない場合、不可抗力による場合の考え方
新型コロナウイルス感染症その他の感染症・疫病の大流行およびその拡大防止対策により、建設工事・設備工事が中止・延期される事例が相次いでいます。これにより、請負契約上の引渡期限に遅延したり、工事再開にあたり工事費用が増加したり、結局工事が継続できずに完成に至らなくなるという事態が生じ、その結果として各当事者に損失が発生することにもなり得ます。
このような場合に、発注者・受注者(請負人)のいずれかに帰責性があれば、これによって生じた損害を賠償しなければならないということになります(民法415条)1。
この点は、井上治・猿倉健司『民法改正(債権法改正)と不動産取引への影響 第2回 不動産売買契約の留意点(契約不適合責任)』および、井上治・猿倉健司『不動産業・建設業のための改正民法による実務対応-不動産売買・不動産賃貸借・工事請負・設計監理委任-』(清文社、2019)33頁を参照してください。
他方で、不可抗力として、発注者・受注者(請負人)に帰責性はないとされる場合には、双方ともに責任を負わないとされる可能性があります。
双方に帰責性がないと言えるかどうかの判断にあたっては、たとえば、東日本大震災のようにそれまでの専門的知見に照らしても予測しかねるほどの長時間の揺れを伴う特異な地震により契約上合意された責任を履行できない場合に建築物の施工等に関する責任が否定されていることも参考になります(東京地裁平成26年10月8日判決・判例時報2247号44頁、横浜地裁平成30年5月31日判決・判例秘書(控訴審:東京高裁令和1年11月7日判決))。
もっとも、大地震や新型ウイルス等の感染症・疫病の大流行が起こったからといって、ただちにすべての契約について不可抗力といえるわけではありません。
これらの問題については、猿倉健司『新型ウイルス等の感染症・疫病による契約の不履行・履行遅延の責任』、猿倉健司『新型ウイルス等による感染症・疫病と不可抗力免責条項の適用範囲および注意点』も参照してください。
新型感染症拡大による緊急事態宣言・国土交通省通知
(1)新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正・緊急事態宣言の発出
新型インフルエンザ等対策特別措置法改正および2020年4月に入って発出された緊急事態宣言の内容については、井上正範・黒木資浩・猿倉健司・山内大将『新型コロナ感染症による休業要請と商業施設・オフィスビルの賃貸借契約等の問題点(前編)』を参照してください。
当該地域における感染拡大状況等の具体的事情によりますが、政府や自治体、その他国際機関等によって、広く経済活動等の制限が要請・指示・勧告されているような状況があれば、(要請・指示・勧告の内容や程度によるものの)契約を履行できないことが不可抗力によるものであると判断される可能性は高くなると考えられます。
もっとも、そのような場合であっても、事業者が合理的な措置を取ることが可能であり、それにもかかわらずに怠慢で契約の不履行や遅延が生じたような場合に責任を負うことには変わりありません。
(2)新型感染症の拡大による国土交通省からの通知
建設工事・設備工事については、新型コロナウイルス感染症の拡大、またこれを受けた政府の緊急事態宣言を踏まえて、国土交通省から様々な通知が発出されています。
もっとも、各通知は個別の工事請負契約の解釈を行ううえでの一要素となるものの、当事者の意思に反して契約自体を拘束したり、直接規律するわけではないことに留意すべきです。
以下では、ポイントとなる通知について掲載(抜粋)します。
- 新型コロナウイルス感染症に感染した作業従事者やその濃厚接触者等が現場作業に従事できなくなることに伴い、受注者から工期の見直し等の申し出があった場合には、必要に応じ、工期の見直しやこれに伴い必要となる請負代金額の変更等、適切な対応を講じていただくようお願いします。なお、この場合においては、特段の事情がない限り、受注者の責によらない事由によるものとして取り扱われるべきものと解されます
- 新型コロナウイルス感染症の罹患に伴う影響で、現場の施工を継続することが困難と認められる事業がある場合においては、発注者において、的確に工事の一時中止を指示するようお願いします
- 上記①および②の措置を講じるにあたっては、必要に応じ、工期の見直しも含め、施工期間等の適正化に努めるようご留意願います
【建設業者団体の長宛 2020年2月25日付事務連絡「施工中の工事における新型コロナウイルス感染症の罹患に伴う対応について」】も、上記国土入企第52号と同旨(同書面を別添)
【主な民間発注者団体の長宛 2020年2月25日付事務連絡「施工中の工事における新型コロナウイルス感染症の罹患に伴う対応について」】も、上記国土入企第52号と同旨(同書面を別添)
※太字、下線は筆者による。
- 工期の見直しや請負代金額の変更、一時中止の対応等については、新型コロナウイルス感染症の罹患や、学校の臨時休業などの感染拡大防止措置に伴って技術者等が確保できない場合の他、これらにより資機材等が調達できないなどの事情で現場の施工を継続することが困難となった場合についても、受注者の責によらない事由によるものとして、適切に対処されるべきものと解されます
【建設業者団体の長宛 2020年3月19日付事務連絡「施工中の工事における新型コロナウイルス感染症の罹患に伴う対応等の解釈等について」】も、上記国土入企第54号と同旨(同書面を別添)
【主な民間発注者団体の長宛 2020年3月19日付事務連絡「施工中の工事における新型コロナウイルス感染症の罹患に伴う対応等の解釈等について」】も、上記国土入企第54号と同旨(同書面を別添)
※太字、下線は筆者による。
- 対象地域の内外や緊急事態宣言の前後を問わず、工事等を継続又は再開する場合には、受注者における新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策の実施状況を発注者が適宜確認するなど、受発注者双方において、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策が適切に実施されるよう取り組むこととする。この際、密閉・密集・密接の3つの密を防ぐほか、測量・調査・設計等の業務においては極力テレワーク等を実施する。
- 受発注者の故意又は過失により施工できなくなる場合を除き、資機材等の調達困難や感染者の発生など、新型コロナウイルス感染症の影響により工事が施工できなくなる場合は、建設工事標準請負契約約款における「不可抗力」に該当するものと考えられること。
- この場合、民間工事標準請負契約約款(甲)・(乙)においては、受注者は発注者に工期の延長を請求でき、下請工事標準請負契約約款においては、元請負人は必要があるときは工事を中止し、工期の延長について元下間で協議することとしており、いずれの場合も増加する費用については発注者(元請負人)と受注者(下請負人)が協議をして決めることとされている。
※太字、下線は筆者による。
上記のほか、以下の通知も参照してください(もっとも、すべての通知を網羅するものではないことにご留意ください。)。
- 関係各庁宛 2020年2月27日国技電第85号「新型コロナウイルス感染症の影響による電気通信設備工事における適切な工期の確保について」
- 建設業者団体の長宛 2020年3月11日国土建推第38号、国土建整第132号「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策に伴う下請契約及び下請代金支払の適正化の徹底等について」
- 関係各庁宛 2020年4月20日国官総第12号、国地契第5号、国官技第19号、国営管第49号、国営計第9号、国港総第62号、国港技第9号、国空予管第47号、国空空技第13号、国空交企第12号、国北予第3号「工事及び業務における新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策の徹底について」
請負契約上で「不可抗力」の内容が定義されている場合
上記で説明したような、“当事者双方に帰責がない”、“不可抗力による”と言えるかどうかは、契約に規定があれば当該契約条項に従って「不可抗力」にあたるかどうかなどの判断を行うことになります。
たとえば、国土交通省は、民間建設工事標準請負契約約款を公表しており 2、そのなかで、「不可抗力」について定義しています。
なお、上記約款は、令和2年4月1日施行の民法改正にあわせ改正されており、改正後約款は同日より施行されています 3。
第21条(不可抗力による損害)
1 天災その他自然的又は人為的な事象であって、発注者又は受注者のいずれにもその責めを帰することのできない事由(以下「不可抗力」という。) によって、工事の出来形部分、(中略)について損害が生じたときは、受注者は、事実発生後速やかにその状況を発注者に通知する。
※太字、下線は筆者による。
また、工事請負契約において一般に使用されている約款としては、このほかに、民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款(改正民法等に対応したものとしては、2020年4月から民間(七会)連合協定工事請負契約約款として新たに改訂がなされています)などがあります。
その他、「不可抗力」に関する契約条項の留意点については、猿倉健司『新型ウイルス等による感染症・疫病と不可抗力免責条項の適用範囲および注意点』を参照してください。
さいごに
本稿では、新型コロナウイルス感染症によって建設請負工事・設備工事を完了できなかった場合、その他中止・延期した場合の問題点について、帰責性の有無・不可抗力の判断がどのようになされるのかを、国土交通省から発出されている通知等とともに解説しました。
後編では、新型感染症の影響が不可抗力によるものである場合の工事請負契約への影響(工事の中止、工期の延長、解除等)について解説します。
なお、2020年に入って大きな問題となっている新型コロナウイルス(COVID-19)については、これにとどまらず、以下のような様々な問題が生じています。
そのため、十分な検討が必要となります。
- 感染症・疫病を理由とする株主総会開催の法的問題点(延期、開催時の注意点(オンライン、感染症対策)等)
- 役員・従業員(アルバイト・パート・派遣社員を含む)・取引先等の関係者が感染症の「感染者」「濃厚接触者」であると疑われる場合の対応
- 感染症・疫病を理由とするリモートワークと労働法上の問題(業務命令、労働時間管理、休業手当、安全配慮義務等)
- 感染症・疫病を理由とするプロスポーツ大会・イベント・コンサートの開催中止に伴う権利関係(関連契約の解除、払戻し義務、消費者契約法上の問題等)
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改正後民法においては、債務不履行があっても、「債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるとき」は、損害賠償請求をすることはできないことが明文化されました(改正後民法415条1項ただし書)。なお、「債務者の責めに帰することができない事由によるものである」かどうか(債務者の帰責事由)については、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断されることとなりますが、その考慮要素や判断基準については必ずしも明らかではありません。 ↩︎
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国土交通省「建設工事標準請負契約約款について」(2020年5月3日最終閲覧)。国土交通省は、民間の比較的大きな工事の請負契約の標準約款として「民間建設工事標準請負契約約款(甲)」を、個人住宅建築等の民間小規模工事の請負契約の標準約款として「民間建設工事標準請負契約約款(乙)」を公表しています。本稿では、民間建設工事標準請負契約約款(甲)について紹介します。 ↩︎
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本稿で紹介できなかった、約款条項の変更箇所については、国土交通省のウェブサイトで公表されている新旧対照表(民間建設工事標準請負契約約款(甲)の対照表、民間建設工事標準請負契約約款(乙)の対照表)をご参照ください。以下同様です。 ↩︎

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