新型コロナウイルス感染症のM&A取引に与える影響および今後のM&A取引における留意点(前編)

コーポレート・M&A

目次

  1. はじめに
  2. 新型コロナウイルス感染症によるM&A契約の解消(契約条項に従った契約解除・取引からの離脱)
    1. MAC条項による契約解除・取引からの離脱
    2. 表明保証違反を理由とする契約解除・取引からの離脱
    3. 民法上の法定解除による契約の解除

はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、2020年4月7日、日本政府は新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」という)に基づき、東京都等の7都府県を対象区域として緊急事態宣言を行い、同月16日、日本政府は、特措法32条3項に基づき、緊急事態宣言の対象区域を全都道府県に拡大しました。これを受け、各自治体では、特措法に基づき、外出の自粛要請や休業要請などを行い、企業の事業活動に様々な影響を与えています。

 M&A取引においても、事務機器メーカーが表明していた敵対的買収を撤回したほか、投資会社が既に合意していた買収対価を事実上3割引き下げる合意をするなどの例が見られるなど、新型コロナウイルス感染症拡大の影響が及んでいます。そこで、本稿においては、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が既に締結されたM&A契約に対して及ぼす影響として、M&A契約の解除等による取引からの離脱の可否や同影響を踏まえたM&A契約における留意点について解説します。

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大による法的問題点については、以下も参照してください。

 なお、本稿は、2020年4月28日時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないことにご留意ください。また、本稿の内容は筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の見解ではありませんので、その点もご留意ください。

新型コロナウイルス感染症によるM&A契約の解消(契約条項に従った契約解除・取引からの離脱)

 M&A契約には、株式譲渡契約、合併契約などいろいろなものがあります。
 M&A契約締結日以降クロージング(取引実行)日までの間に、M&Aの対象会社の業績や財務状態が悪化した場合、買主(買収側)としては契約を解消したいと考える場合があり得ます。そこで、このような場合に契約を解消することができるかが問題となります。

MAC条項による契約解除・取引からの離脱

 M&A契約においては、契約の締結日からクロージングまでの間に対象会社に重大な悪化(Material Adverse Change(MAC))または重大な悪影響(Material Adverse Effect(MAE))を生じさせる事由(以下「MAC事由」といいます)が生じていないことが、クロージングの前提条件(Conditions Precedent)として定められることがあります(かかる規定は一般的にMAC条項またはMAE条項と呼ばれます。以下、単にMAC条項といいます。なお、実務上、MAC事由の不存在が表明保証の対象となっている場合や、MAC事由が解除事由とされている場合も含みMAC条項ということがありますが、本稿では、表明保証のMAC条項については下記2−2で説明します)。

 MAC条項としては、たとえば以下のような条項があります。

【条項例①】
第●条(買主の義務履行の前提条件)
買主は、クロージング時において、以下の各号の条件がすべて充足されていることを前提条件として、第●条に定める買主の義務を履行する。但し、買主はその裁量により以下の各号の条件の一部又は全部を放棄することができ、買主が条件の充足を放棄した場合であっても売主は当該条件の不充足に伴う責任を免れないものとする。
・・・
(9)本契約締結日以降、対象会社の事業、資産、負債、財務状態、経営成績、・・・に重大な悪影響を及ぼすおそれのある事由又は事象が生じていないこと。

 このような条項が規定されている場合において、対象会社について、当該条項に規定されている事項に重大な悪影響を及ぼすおそれのある事由があると認められる場合には、買主は、前提条件が充足されないとして取引を実行する義務を負わないことになります。また、MAC事由が発生したことが解除事由として規定されている場合には、買主は契約を解除することができます。もっとも、MAC事由が発生したかどうかの判断は必ずしも容易ではないため、慎重な判断が必要です。

 なお、事例判決ではありますが、前提条件が充足していなかったにもかかわらず当事者がこれを知らずにクロージングしてしまった場合には、事後的に契約の効力を失わせることはできないと判示した裁判例がありますので注意が必要です(東京地裁平成25年1月28日判決・判例時報2193号38頁)。

【東京地裁平成25年1月28日判決・判例時報2193号38頁】
株式譲渡契約のクロージング後に、前提条件の不充足を理由として、売買代金の残代金の支払いを拒むことができるか否かが争われた事案


「本件表明保証に違反する点があったとしても・・・クロージングの日である第2回支払期日までに前記権利を行使しない場合には、その後は表明保証違反を理由に、損害賠償請求ができるにとどまり、契約解除が制限されるのと同様の趣旨で、もはや本件条項に基づき代金の支払を拒絶して取引から離脱することは許されないというべきであるし、ましてや取引から離脱することなく代金の支払を拒絶することも許されないというべきである」

(1)重大な悪影響を及ぼすおそれのある事由又は事象(MAC事由)とは

 どのような事態が起こればMAC事由に該当するのか、また、MAC事由の有無を判断する事項(上記の条項例でいう「事業、資産、負債」等)は何かについては、具体的な契約の内容およびその解釈を踏まえた慎重な判断が必要になります。

 たとえば、契約によっては、一般的な経済情勢、政治情勢または社会情勢の変化によるものなど、売主側がコントロールできない一般的な事象による変化をMAC事由から除外している場合があります。さらに、上記の条項例①のように、重大な悪影響を及ぼす事由だけではなく、重大な悪影響を及ぼす「おそれのある事由」もMAC事由の対象とすると規定する場合も少なくありません。
 また、MAC事由においてはその影響の程度を「重大な」悪影響と表現することが多いですが、その「重大」性の意義についても、具体的な契約の内容およびその解釈を踏まえ判断することになります。たとえば、MAC事由の有無を判断する事項としてあげられている事項(上記の条項例でいう「事業、資産、負債」等)について一定の金額以上の影響が生じる場合には、MAC事由が生じたものと見なすという規定が置かれる例もあります。

(2)新型コロナウイルス感染症の感染拡大とMAC事由該当性

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、対象会社に売上の減少や財務状況の悪化、キャッシュフローの減少などの影響が少なからず生じる場合があり得ます。このような場合、これらの事象がMAC事由に該当するか否かは、前述の通り、具体的な契約内容およびその解釈を踏まえ、慎重に判断する必要があります。

 この点に関し、MAC条項が単に対象会社の「財政状態に悪影響を及ぼす重要な事実が生じていないこと」と規定されていたケースで、結論として、社会的な不動産市況の下落というような一般的普遍的な事象については当該契約におけるMAC事由には該当しないと判示した裁判例があります(東京地裁平成22年3月8日判決・判時2089号143頁)。

【東京地裁平成22年3月8日判決・判例時報2089号143頁】
基準日後に対象会社の保有する土地の価格が約4億円下落し、対象会社が実質的に債務超過に陥ったことが、当該株式譲渡契約におけるMAC条項に規定されたMAC事由に該当するか否かが争われた事案


「社会的な不動産市況の下落というような、対象会社であるY2の資産に固定に生じるものではない一般的普遍的な事象については、本件株式譲渡契約書2条2項における譲渡代金の調整の原因にはなる余地はあるにしても、本件株式譲渡契約書6条4号3文(注:「平成19年9月30日以後、Y2の財政状態に悪影響を及ぼす重要な事実が生じていないこと」)においてY2による表明保証の対象となり解除の原因となるものではないと解するのが相当である」

表明保証違反を理由とする契約解除・取引からの離脱

 M&A契約においては、表明保証条項(Representations and Warranties)が定められている場合が多く、以下の条項例のように、売主が表明保証した事項がクロージング日において真実かつ正確であることが買主の義務履行の前提条件となっている場合や、表明保証した事項の内容が事実と相違するなど表明保証条項に違反したことが契約解除事由となっている場合があります。

【条項例②】
第●条(買主の義務履行の前提条件)
・・・
(1)第●号に規定する売主の表明及び保証が、本締結日及びクロージング日において、重要な点において真実かつ正確であること
【条項例③】
第●条(解除)
1.売主及び買主は、以下の各号のいずれかに該当する場合、相手方当事者に通知することにより、クロージングまでに限り、本契約を解除することができる。
(1)相手方当事者による表明及び保証について、重大な違反があった場合

 このような場合においては、売主に(重大な)表明保証違反があれば、買主は、前提条件の不充足を理由にクロージングを拒絶でき、また、契約を解除することができることになります。
 もっとも、契約締結日からクロージング日までに表明保証違反が発生または判明した場合には、売主は、その旨を買主に伝えて両者が合意のうえで、新たに特別補償の対象とすることを条件に当該事項を表明保証の対象から除外する(通常、開示別紙(Disclosure Schedule)と呼ばれる別紙に当該事実を記載し表明保証から除外する旨を明記します)場合もあります。
 特別補償とは、当事者が認識している問題について損害等が発生した場合に、当該損害等を特別に補償することをいいます。通常の補償は、買主が悪意または重過失で知らなかった表明保証違反について補償請求が認められない可能性があるため、買主が問題を認識しており、当該問題から生じうるリスクを譲渡価格に反映することが困難な場合(たとえば訴訟が係属している場合や税務問題を抱えている場合は、当該リスクが顕在化した場合の金額を予想することは難しく、当該リスクを譲渡価格に反映することは難しいと考えられます)に、特別補償条項を設けることがあります。

 また、条項例②のように、前提条件に関する表明保証事項については、「重要な点において」真実かつ正確であることを求め、条項例③のように、契約解除事由における表明保証違反については「重大な」違反があった場合に限定されることも多いように思われます。
 なお、条項例③のように、契約上、解除することができるのがクロージングまでに制限されている場合も多いので注意が必要です。

 新型コロナウイルス感染症の影響により問題となりうる個別の表明保証事項としては、以下のようなものが考えられます。

  • 重要な契約等の債務不履行の不存在に関する表明保証
  • 紛争・クレーム等の不存在に関する表明保証
  • 後発事象(MAC事由)の不存在に関する表明保証

民法上の法定解除による契約の解除

 契約に解除条項が規定されていなかったとしても、売主に債務不履行が存在すれば、買主は、民法541条以下の規定によって契約を解除することができます。その詳細については別稿『新型コロナウイルス感染症のM&A取引に与える影響および今後のM&A取引における留意点(後編)』に譲ります。

 以上、本稿では、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で、対象会社の財務状況が悪化した等した場合に、M&A契約を解消できるか否かについて、その一部を解説しました。後編では、引き続き、M&A契約の解消の可否について解説する他、M&A取引の譲渡対価の減額の可否および今後のM&A取引における留意点について解説します。

この特集を見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する