社員・従業員本人や家族の新型コロナ感染疑い 企業が検討・実施すべきポイント - 賃金・補償・予防を中心に 新型コロナ労務対応の基本(後編)
人事労務
目次
はじめに
新型コロナウイルス感染拡大に関連して企業が想定すべきこと、対応すべきことは多岐にわたり、企業の業種、規模、所在地、休業要請の有無、新型コロナウイルス感染者の有無などによってもその内容は変わってきます。
本稿では、企業の従業員等が新型コロナウイルスに感染した際に発生する各種問題のうち、休業・自宅待機中の賃金の取扱い、発熱・咳等の症状がある(感染の疑いのある)従業員への対応方法、感染予防と企業の責任について解説していきます。なお、新型コロナウイルスに感染した従業員への対応、濃厚接触者の特定、その他の従業員への対応、対外的発表の実務のポイントについては、前編「従業員が新型コロナに感染した際の労務対応チェックリスト – 初動から対外的発表まで」を参照してください。
休業・自宅待機中の賃金の取扱い
新型コロナウイルスに関連した賃金の取扱いについては、様々なパターンが考えられます。そのため、まずは法律の原則的な考え方を押さえたうえで、会社の体力、従業員の生活、助成金の活用等も踏まえたうえで、会社の取るべき措置、方針を決めることになります。
まず普段どおりに仕事ができる健康状態であるか
雇用契約は、労働者が雇用契約の本旨に従った労務提供を行うこと、それに対して雇い主が賃金を払うことが主な内容になります。雇用契約の本旨に従った労務提供を行うことで、はじめて賃金請求権が発生します。雇用契約の本旨に従った労務提供、言い換えれば普段どおりに仕事ができる健康状態での労務提供がなければ、賃金を請求することができません。
(普段どおりに仕事ができる健康状態にある場合)休業する・させることが不可抗力によるものか
普段どおりに仕事ができる健康状態にあるにもかかわらず、企業から自宅待機を命じられた場合に従業員は賃金を請求できるのでしょうか。普段どおりに仕事ができる健康状態にあるのですから、本来であれば、従業員は賃金を請求できます。もっとも、自宅待機を命じる理由が不可抗力であれば、賃金を請求することはできません。
人の力ではどうにもならない場合を不可抗力といいますが、現在の民法の仕組みでは不可抗力により従業員が仕事を行うことができない(債務を履行できない)場合は、会社は賃金の支払いを拒むことができます(民法536条1項)。反対に不可抗力ではない理由で「債権者(会社を指します)の責めに帰すべき事由によって」仕事ができない場合は、会社は賃金の支払いを拒むことはできません(民法536条2項)。「債権者の責めに帰すべき事由によって」とは「故意・過失および信義則上これと同視しうべき事由によって」と解釈されていて、今回の新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた休業については、会社の故意・過失はなく民法536条2項の適用がない場合が通常です。
また、労働基準法26条も同じような規定を設けていて「使用者の責に帰すべき事由」により休業する場合は、使用者は労働基準法26条により平均賃金の6割以上を休業手当として支払う義務を負います。労働基準法26条で定める「使用者の責に帰すべき事由」は、賃金請求権が発生する場合より広く、不可抗力を除いて、使用者側に起因する経営、管理上の障害も含まれます。今回の新型コロナウイルス感染拡大に伴う休業について、ほとんどの事例ではこの労働基準法26条の適用が問題になります。
(普段どおりに仕事ができる健康状態にない場合)健康に支障を生じた理由は業務に関連したものか?
新型コロナウイルスへの感染が業務または通勤に起因して発症したものであると認められる場合には、労災保険給付の対象となり得ます。たとえば、院内感染により医療従事者が新型コロナウイルスに感染している事例など、感染ルートがはっきりするものについては、業務上災害と判断される可能性もあります。なお、企業の新型コロナウイルスへの対応や管理体制の不備によって感染が拡大した場合等については、企業の安全配慮義務違反の問題に発展する可能性があります。
また、業務に関連したものでない場合であっても、要件を満たせば、各保険者から傷病手当金が支給されることになります。具体的には、療養のために労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から、直近12か月の平均の標準報酬日額の3分の2について、傷病手当金により補償されます。
上記2−1から2−3を前提にして、新型コロナウイルス感染者の賃金(前編「従業員が新型コロナに感染した際の労務対応チェックリスト– 初動から対外的発表まで」3の3−2参照)、濃厚接触者の賃金(前編4の4−3参照)、一斉休業等によるその他の従業員への賃金(前編5の5−3参照)、感染が疑われる者への賃金(下記3の3−2参照)の結論が変わってきます。
【休業補償の要否の判断基準】
発熱・咳等の症状がある(感染の疑いのある)従業員への対応方法
基本的には安静にしてもらう
厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)」においても、「発熱などの風邪の症状があるときは、会社を休んでいただくよう呼びかけております。休んでいただくことはご本人のためにもなりますし、感染拡大の防止にもつながる大切な行動です」1とあります。したがって、このような症状がある場合には会社としても出社を控えてもらうように伝えます。
具体的な対応
企業が従業員に安静にしてもらうように勧め、従業員が大事をとって休むことになれば、従業員が自主的に休むことになるため、通常の病欠と同様に取り扱うことになります。この場合、企業は賃金を支払う義務はありません。
ただ、たとえば発熱などの症状があることのみをもって一律に従業員に休んでもらう措置をとる場合のように、使用者の自主的な判断で休業させる場合は、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。したがって、従業員の症状に応じて対応を検討しなければなりません。
(1)実際に普段どおりに仕事をできる状態にない場合
すでに高熱が出ていたり、倦怠感がある場合など、従業員が普段どおりに仕事をできる健康状態にない場合には、従業員の側でも有給休暇や病気休暇をとって休むことが多いと思われます。しかし、従業員が休暇をとらない場合には、企業は自宅待機を命じるべきです。この場合、従業員は仕事をできる状態にはないため、企業は賃金を支払う義務はありません。
(2)普段どおりに仕事をできる状態であるものの、感染を疑わせる事情がある場合
他方、微熱や少々の咳があっても、普段どおりに仕事をできる健康状態にあって、従業員も出勤しようとする場合に、会社は、社内でのウイルス感染を防ぐため、自宅待機を命じることを検討すべきです。この場合は、仕事ができる状態にあるものの、会社の責任、判断によって自宅待機を命ずるため、少なくとも休業手当として平均賃金の6割以上の金額を支払う義務があるということになります。
家族に感染者が出た場合
従業員の同居の家族に感染者が出た場合には、その従業員は健康状態に問題がない場合であっても、濃厚接触者として、保健所から、一定の期間、自宅待機をするよう要請を受けることになります。この保健所の要請に基づく自宅待機中に在宅勤務で仕事をさせることが可能な場合で、実際に業務をさせた場合には、その間の賃金は発生します。
他方で、会社が工夫をしても在宅では業務をさせることができずに従業員が休業せざるを得ない場合、その間、従業員は会社の責任と判断で仕事をできなくなったわけではありません。すなわち、この場合の休業は、会社側の事情に起因したものではなく、会社側で回避可能なものでもないので、会社は賃金を支払う義務はありません。
もっとも、この場合でも、従業員の生活保障や、感染防止のために従業員に自宅待機の自粛要請を守ってもらうために、有給の特別休暇を付与するなどして自宅待機期間中の賃金の一部または全部を補償している企業もあるようです。保健所から自宅待機を求められる期間が解除された後も、会社の判断で、念のためさらに数日間の自宅待機を命ずる場合には、休業手当の支払いが必要になります。
有給休暇取得と休業の関係
自治体からの自粛要請を受け、企業が休業日を設けることとした場合、この休業日に年次有給休暇を取得させてよいかという問題があります。
そもそも、年次有給休暇は、従業員が申請した日について労働の義務を免除する制度です。この考え方からすると年次有給休暇を取得することができるのは、従業員に労働の義務がある日であることが前提になります。ところが休業日は、従業員には労働の義務がありません。そのため、休業日として企業が指定した日に、年次有給休暇を取得することはできないと考えられます。もっとも、会社が休業を決める前から、休業日となる日に年次有給休暇の取得申請がなされていた場合であれば、年次有給休暇の取得は可能です。
一斉休校に伴う保護者の休暇
従業員から小学校が休校になって子供の面倒を見るために会社を休みたいという申出があった場合に、企業は欠勤扱いにしてよいかという問題があります。従業員本人から年次有給休暇の申請があればそれに従うことになりますが、そのような申請がない場合は、欠勤の扱いにすることは可能です。
なお、休校になった子供の世話をするために年次有給休暇ではなく、特別休暇を取得させた会社に対し、助成金が支払われる制度(新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金 2)があります。これは、臨時休業になった小学校、特別支援学校、幼稚園、保育所、認定こども園等に通う子供の世話をする目的で、令和2年6月30日までの間に、保護者に休暇を付与する場合、会社が休暇中に支払った賃金全額(ただし、1日8,330円が上限)を国が助成する制度です。
この制度の対象となるのは、会社が、年次有給休暇以外の休暇を付与した場合のみです。就業規則等で、年次有給休暇以外の特別休暇を付与する旨を定めていない場合でも、特別休暇として保護者に休暇を付与する扱いをした場合には、この制度に基づき、助成金の支給対象となります。また、この特別休暇は半日単位・時間単位で付与することも可能です(ただし、単に勤務時間を短縮した場合は助成金の対象外となりますので、休暇として付与することが必要です)。その場合であっても助成金の上限額は変わりません。たとえば、半日は通常通り勤務させ、残り半日分のみ特別休暇を付与した場合でも、助成金の上限額は8,330円となります。
感染予防と企業の責任
前編「従業員が新型コロナに感染した際の労務対応チェックリスト – 初動から対外的発表まで」および上記3のとおり、企業は従業員に対して感染予防措置を徹底しつつ、感染が判明した場合には迅速かつ適切に対応していただくことが求められます。企業としては、「3つの密(密閉、密集、密接)」を避けるほか、各社の実情に応じてできる方法を検討していかなければなりません。
様々な予防策
感染予防として以下のように様々な方策が考えられます。
- できるだけ人と人との接触自体を避ける
- 従業員にテレワークや時差出勤をしてもらう
- WEB会議を利用する
- 個人個人に気を付けてもらう
- マスクを着用してもらう
- 手洗い、手指の消毒を励行する
- 咳エチケットを守る
- 職場、会議室等で業務を行わざるを得ない場合の対応を徹底する
- 換気をする
- 人と人との間の間隔を2メートル以上あける
- 会議を短時間で行う
- 会議の終了後、机をアルコール消毒する
- 感染が疑われる人との接触を防ぐ
- 出社前の検温と出社時の検温をそれぞれ行う
- 発熱等の症状がある人が事業所または職場に入るのを防ぐ(入館をご遠慮くださいという張り紙をする)
企業の責任
企業は従業員の生命、身体の安全に配慮する義務を負っています(労働契約法5条)。企業がこの安全配慮義務に違反した結果、従業員が損害を受けた場合、その損害を賠償する責任を負います。企業がどのような安全配慮義務を負うかはケースによって異なりますが、予防策のうち企業として実行可能なものについては企業が義務を負うことになります。もちろん新型コロナウイルスの感染経路等については、はっきりとしたことがわからないケースもあり、従業員が感染してしまった事実のみをもってただちに企業が責任を負うということにはなりません。しかし、企業が従業員の感染を予測できたにもかかわらず注意を怠り、その結果として従業員が感染してしまったような場合は、安全配慮義務違反の問題に発展します。
ただ、企業としては、最終的に安全配慮義務違反の損害賠償責任を負うかどうかを考える前に、まずは新型コロナウイルスに対する企業の方針を明確にし、従業員の不安を取り除きながら企業としてとるべき対応を取り、従業員に不信感を持たれないようにすることが一番の予防策といえます。
おわりに
新型コロナウイルスを取り巻く状況や政府の施策は日々変化しています。そのため、企業には、常に新しい情報へのアップデートを行ながら対応していくことが求められます。新型コロナウイルス感染拡大への対応については、杜若経営法律事務所「新型コロナウイルス感染症に関する労働問題Q&A」等も参考にしてください。
企業は、雇用維持の努力をしながら、企業の存続を図らなければならないという難局に直面しています。ぜひ皆で知恵を出し合いながらこの難局を乗り切っていきましょう。
【関連するBUSINESS LAWYERS LIBRARYの掲載書籍】
『新型コロナウイルス影響下の人事労務対応Q&A』
発売日:2020年07月29日
出版社:中央経済社
編著等:小鍛冶広道
BUSINESS LAWYERS LIBERARYで読む
『自然災害発生・感染症流行時の労務リスク低減のポイント』
発売日:2020年12月24日
出版社:労働新聞社
編著等:横山 直樹
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『労働法[第3版]』
発売日:2020年05月20日
出版社:日本評論社
編著等:西谷敏
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厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(労働者の方向け)令和2年5月8日時点版」1 風邪の症状があるとき、感染が疑われるときの対応 問1(2020年5月11日最終閲覧) ↩︎
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厚生労働省「小学校等の臨時休業に伴う保護者の休暇取得支援のための新たな助成金を創設しました」参照。 ↩︎

杜若経営法律事務所