メンタル不調により休職中の従業員に対する法律上の注意点(傷病休職制度)
人事労務当社の社員がメンタル不調により体調を崩したため、当社の就業規則に基づき休職命令を発令しました。当社の就業規則では、休職中は無給と規定しているのですが、法律上当社から当該社員に対する賃金支払義務はあるのでしょうか。その他、メンタル不調により休職中の従業員に対する法律上の注意点があれば教えてください。
傷病休職制度の内容について、労働基準法等による規制は存在しませんので、賃金の支払いの要否を含め、休職制度の内容は、原則として、個別の労働契約または就業規則にて自由に定めることができます。その他、社会保険料の支払や、年休の付与、病状報告の要否等に留意する必要があります。
解説
休職の意義とその制度設計
休職とは、労働者を就労させることが不能または不適当な事由が生じた場合に、労働関係を存続させたまま労務への従事を免除または禁止することをいい、その目的や内容によって様々なものがありますが、従業員が業務外の原因によりメンタル不調を訴えて休職する場合は、傷病休職(病気休職)に該当します。
休職制度については、特段法的規制はないため、使用者は、個別の労働契約、就業規則等によって自由に制度設計が可能です。
(休職)
第9条 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。
- 業務外の傷病による欠勤が___か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき
___年以内
- 前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき
必要な期間
3 第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。
出典:厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則」(2018年1月)
ただし、休職制度を設けた場合、労働条件明示義務の内容となり(労働基準法15条、同規則5条1項11号)、また、当該制度が全従業員に適用される場合は、就業規則の必要的記載事項となる点(労働基準法89条10号)にご留意ください。
傷病休職期間中の賃金支払
傷病休職は、労働者側の事由による休職であるため、ノーワーク・ノーペイの原則に照らし、休職期間中無給とすることが可能であり、実際にも無給と扱われる例が多数です(その他、休職期間につき、賞与の支給対象期間から外し、退職金の算定基礎からも除くとするのが通例です)。他方、上述のように休職制度の設計は自由であるため、休職期間中の最初の3か月を有給とするなどの制度設計も可能です。
労働者に対する賃金不払いが正当なものかについては、民法の原則(民法536条2項)によって判断されます。すなわち、就業規則や個別の労働契約に定めた傷病休職の要件を満たしていないにもかかわらず、休職命令を発令した場合は、使用者の責めに帰すべき事由による就労不能として、賃金請求権が認められます(実務上、かかる場合に賃金請求権を認めた例として、富国生命保険事件・東京高裁平成7年8月30日判決・労判684号39頁)。
なお、休業期間中は、労働者に対し、健康保険法上の「傷病手当金」が支給され、1年6か月を上限に、1日あたり、標準報酬日額の3分の2の金額が支給されます(同法99条)。かかる傷病手当金は、使用者から賃金が支払われる場合は、支給されません(支給賃金額が傷病手当金より少ない場合はその差額が支給されます)。
これに対し、就業規則や個別合意上、賃金の支払いについて定めがない場合には、他の規程や過去の慣行などを踏まえて、使用者における賃金支払意思の有無が判断されることとなります。もっとも、ノーワーク・ノーペイの原則からすると、特段の事情がない限り、無給と判断される可能性が高いと思われます。
休職中の社会保険料支払
休職中には無給となり得る反面、休職中であっても、社会保険(健康保険料・厚生年金保険)の被保険者であることには変わりなく、社会保険料の支払義務が生じます(ただし、社会保険の中でも、雇用保険は、収入に応じて保険料が算出されるため、休職期間中無給であった場合には、支払義務は生じません)。
そのため、使用者としては、労働者負担分につき休職中の労働者に支払わせる必要があります。具体的な方法としては、①毎月、事前に送金させる方法、②会社が立替払いをし、勤務復帰後に現金で返済する、または賃金から控除する方法が考えられます。②のうち、賃金から控除する方法は、賃金全額払いの原則(労働基準法224条1項本文)に抵触しますので、過半数組合または過半数代表者との間で、「賃金の一部控除に関する労使協定」を締結する必要があります(同条1項ただし書参照)。
年休の付与
休職期間中も労働関係は継続しているため、年休付与の要件となる「継続勤務期間」に入る一方、「出勤日」には当たりません。年休が付与されるには、それぞれ区分された期間の労働日のうち8割以上の「出勤日」が必要となるため、当該年休年度中、休職期間が3か月以上になると、年休付与の要件を満たさなくなります。
休職期間前に付与された年休権行使は、いつでも取得可能です(通常は、休職期間前に年休を取得します)。一方、休職期間中に付与された年休については、争いがありますが、既に休職発令によって労働義務が免除(禁止)されている以上、休職が優先し、年休は復職後に取得できると考えることが可能です。
休職中の病状の報告
休職中は労務への従事が免除または禁止される一方、労働関係は継続しているため、使用者は労働者に対する人事権を有しています。
傷病休職の目的が解雇猶予目的であることを踏まえますと、使用者は、労働者の病状を把握してその治癒について判断する必要があることから、1か月に1回など、合理的な範囲であれば上記人事権に基づき、労働者から当該時点での病状の報告等を求めることができます。もっとも、無用なトラブルを避けるべく、個別の労働契約、就業規則(本体または私傷病休職規程等)に規定を設けておくのがよいでしょう。
使用者は、休職した社員に対し、その休職期間中に必要と認めた場合、毎月1回診断書等を提出するよう求めることができる。この場合、当該社員は、診断書等の提出に協力しなければならない。
おわりに
以上のように、休職制度は労働基準法や労働契約法上における明確な規制が存在しない分、就業規則や労働者との個別合意によって、休職期間中の労働条件等について明確に定めておく必要があります。
なお、紙幅の都合上省略しましたが、当該疾病が業務「上」のものとして労災認定を受けた場合には、休業補償給付(平均賃金の80%)等の支給、休業期間満了後から30日後の解雇禁止(労働基準法19条1項本文)など、別途考慮が必要となりますので、ご留意ください。

森・濱田松本法律事務所 東京オフィス