新型コロナウイルス感染症のM&A取引に与える影響および今後のM&A取引における留意点(後編)

コーポレート・M&A

目次

  1. はじめに
  2. 新型コロナウイルス感染症によるM&A契約の解消(契約条項に規定がない場合の契約解除・取引からの離脱)
    1. 民法上の法定解除による契約の解除
    2. 事情変更の原則による契約の解除
  3. 新型コロナウイルス感染症の感染拡大が締結済みのM&A契約に与える影響(譲渡対価の減額)
    1. 価格調整条項による譲渡価格の減額について
    2. 表明保証違反を理由とする譲渡価格の減額について
    3. 事情変更の原則による譲渡価格の減額について
    4. 表明保証違反に基づく補償請求について
  4. 新型コロナウイルス感染症を踏まえた今後のM&A契約における留意点
    1. MAC条項を規定する際の留意点
    2. 解除条項を規定する際の留意点 - リバース・ターミネーション・フィー条項の検討
    3. 譲渡価格を規定する際の留意点 - 価格調整条項、アーンアウト条項の検討
  5. さいごに

はじめに

 本稿では、「新型コロナウイルス感染症のM&A取引に与える影響および今後のM&A取引における留意点(前編)」に引き続き、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が既に締結されたM&A契約に対して及ぼす影響として、M&A契約の譲渡対価の減額の可否や同影響を踏まえたM&A契約における留意点について解説します。

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大による法的問題点については、以下も参照してください。

 なお、本稿は、2020年4月28日時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないことにご留意ください。また、本稿の内容は筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の見解ではありませんので、その点もご留意ください。

新型コロナウイルス感染症によるM&A契約の解消(契約条項に規定がない場合の契約解除・取引からの離脱)

民法上の法定解除による契約の解除

 契約に解除条項が規定されていなかったとしても、売主に債務不履行が存在すれば、買主は、民法541条以下の規定によって契約を解除することができます。そこで、M&Aの対象会社の業績や財務状態が悪化等した場合に、売主に債務不履行があるといえるかが問題となります。

(1)売主に誓約事項(Covenants)違反がある場合

 この点、M&A契約においては、売主の誓約事項として、以下のように、契約締結日以降クロージング日までの対象会社の事業運営について、売主に善管注意義務等の義務を負わせる例があります。

【条項例⑦】
第●条(売主の誓約事項)
1.売主は、クロージング日までの間、対象会社をして、善良なる管理者の注意をもってその事業及び運営を通常の業務の範囲内で行わせるものとする。

 一般的に、誓約は当事者の契約上の義務であると解されていますので、新型コロナウイルス感染症の影響で対象会社の業績が悪化した場合に、当該業績悪化が売主の善管注意義務違反によるものであると判断される際には、債務不履行解除ができる場合があると思われます。

(2)売主に表明保証違反がある場合

 売主に、表明保証違反があった場合、債務不履行を理由とする解除が認められるかも問題となります。
 この点、表明保証違反責任の法的性質については争いがありますが、表明保証自体は債務の負担行為であるとは一般的に考えられておらず、現在では、損害担保契約(一定の事由が生じた場合に表明保証者の故意または過失にかかわらず責任が生じるとの合意)であるとすることが一般的であると考えられており、この考え方からすると、表明保証違反の効果は当事者の合意によることになり、損害の補償や解除といった責任は特約がない限りは当然には生じないとの指摘があります。

 この点に関して、「表明保証条項は、一定の事項が真実かつ正確であることを契約の相手方に対して表明保証するものにすぎないから、それ自体の債務不履行を観念することができ」ないと判示した裁判例もあります(東京高裁平成30年10月4日判決・金法2116号93頁)。

 このように表明保証違反責任を損害担保契約と構成する考え方に立った場合には、表明保証違反が同時に何らかの契約上の義務違反を構成しない限りは、民法に基づく解除は認められないことになると思われます。

事情変更の原則による契約の解除

 契約締結後に契約の基礎となった事情が、当事者の予見し得なかった事実の発生によって変更し、このため当初の契約内容に当事者を拘束することが極めて苛酷になったというような場合に、契約の解除または改訂が認められるという考え方があります。これを事情変更の原則といいます。

 事情変更の原則の要件は、一般的に、①契約成立当時その基礎となっていた事情が変更すること、②事情の変更は、当事者の予見したもの、または予見できたものでないこと、③事情変更が当事者の責めに帰することができない事由によって生じたこと、④事情変更の結果、当初の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不当と認められることがあげられています(谷口知平=五十嵐清編『新版注釈民法(13)債権(4)〔補訂版〕』(有斐閣、2006)72頁ないし74頁)。

 もっとも、事情変更を認めた最高裁判例はいまだなく、その要件は非常に厳格であるといわれています。下級審の裁判例では、生モズクの売買契約締結後に、産地における生産規制等により価格が従来の2~3倍に高騰した事例において、「通常の予想を絶した事情の変更」とまでは認められないと判示された裁判例があります(東京地裁昭和55年9月17日判決・判タ431号111頁)。

 その他、事情変更の原則が適用される場合については、猿倉健司『新型ウイルス等の感染症・疫病による契約の不履⾏・履⾏遅延の責任』を参照してください。
 新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、対象会社の業績が著しく悪化した場合に事情変更が認められるか否かは具体的な事情を総合的に判断していくしかありませんが、そのハードルは高いものと思われます。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大が締結済みのM&A契約に与える影響(譲渡対価の減額)

 M&A契約締結後クロージングまでの間に、M&Aの対象会社の業績や財務状態が悪化し、その事業価値が下落したと考えられる場合、買主としては譲渡価格を減額したいと考える場合があり得ます。そこで、このような場合に譲渡価格の減額を請求することができるかが問題となります。

価格調整条項による譲渡価格の減額について

 M&A契約においては、以下のように、譲渡価格について、契約締結後に生じた変化に応じて調整する条項を入れる場合があります。

【条項例⑧】
第●条(譲渡価格)
本件株式の譲渡価格(以下「本件譲渡価格」という。)は、金●円(以下「本件基準価格」という。)に次条に基づき調整した価格とする。

第●条(価格調整)
1.買主は、クロージング後速やかに、クロージング日を基準時とする対象会社に係る貸借対照表(以下「クロージング日貸借対照表」という。)を作成し,クロージング日から●日以内に、売主に対し、クロージング日貸借対照表及びこれに基づき算出した本件株式の譲渡価格(以下「クロージング日譲渡価格」という。)を書面にて交付する。
・・・
5.当事者は、本条に基づきクロージング日譲渡価格が確定した後●日以内に、本件基準価格とクロージング日譲渡価格との差額を決済しなければならない。

 譲渡価格の調整の方法は様々であり、クロージング日までに生じた事由を考慮して、クロージング前に調整する場合もあれば、条項例⑧のように、クロージング後に調整をする場合もあります。
 また、クロージング後の一定期間の対象会社の業績等に応じて、あらかじめ定めた算式に基づいて譲渡価格の調整をする場合(アーンアウト条項)もあります。
 新型コロナウイルス感染症の感染拡大により対象会社の業績が著しく悪化したようなケースで、M&A契約に対象会社の資産状況等に応じて譲渡価格を調整する条項が定められており、その適用がある場合には、当該条項に従って譲渡価格を減額することができることになります。

表明保証違反を理由とする譲渡価格の減額について

 クロージングまでの間に表明保証に反する事実が判明した場合には、そのままクロージング日が到来すると、売主は表明保証違反責任を負うことになります。
 もっとも、売主と買主の協議により、当該条項を表明保証の対象から除外したうえで、譲渡価格の変更を合意する場合もあります。

事情変更の原則による譲渡価格の減額について

 前記2の2−2で述べたとおり、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により対象会社の業績が著しく悪化したようなケースで、事情変更の原則が適用される場合には、契約内容である譲渡価格を改訂することができる場合があります。

表明保証違反に基づく補償請求について

 M&A契約においては、クロージング後に、表明保証違反に起因または関連して生じた損害等について、売主に対し補償請求をする義務を規定する場合があります。

【条項例⑨】
第●条(補償)
売主及び買主は、相手方当事者に対して、本契約に定める自らの表明及び保証の違反若しくは本契約に基づく義務の違反に起因又は関連して相手方当事者が損害、損失又は費用(合理的な範囲の弁護士費用を含む。以下「損害等」という。)を被った場合には、かかる損害等を補償するものとする

 「新型コロナウイルス感染症のM&A取引に与える影響および今後のM&A取引における留意点(前編)」2の2−2で説明したとおり、クロージングの前提条件や契約解除事由には、表明保証違反が重大なものであることを対象とするとの限定が付されることも多く、そのような場合には表明保証違反が重大なものではないと判断されると、クロージングは拒否できず、また契約解除も認められないことになります。
 もっとも、その場合でも、補償請求が認められる余地はあります。

新型コロナウイルス感染症を踏まえた今後のM&A契約における留意点

 以上では、新型コロナウイルスの感染拡大について、既に締結されたM&A契約への影響について述べてきました。近年は、新型コロナウイルス感染症以外にも、MERSやSARS、新型インフルエンザといった新型の感染症が定期的に流行しており、今後M&A取引をするにあたっては、新型の感染症の流行を考慮に入れて契約条項を作成することが重要となります。

MAC条項を規定する際の留意点

 「新型コロナウイルス感染症のM&A取引に与える影響および今後のM&A取引における留意点(前編)」2の2−1で述べたとおり、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、対象会社に売上の減少や財務状況の悪化、キャッシュフローの減少などが生じた場合、これらの事象がMAC事由に該当するか否かは一義的に明確であるとは限らず、具体的な契約内容およびその解釈を踏まえ、慎重に判断する必要があります。
 そのため、買主としては、M&A契約において、疫病や感染症による影響についてもMAC事由に該当することを明確に規定することが考えられます。また、MAC事由について具体的な金額や割合などの客観的な基準を設けることも考えられますが、現時点においては一般的ではないようです。

 他方、売主としては、疫病や感染症による影響についてはMAC条項の除外事由とすることを明確に規定することが考えられます。我が国のMAC条項では除外事由を規定することは必ずしも多くありませんが、米国においては除外事由を規定する場合が多いとされています。

解除条項を規定する際の留意点 - リバース・ターミネーション・フィー条項の検討

 リバース・ターミネーション・フィーとは、一般に買収契約の締結後に、買主がいったん同意したM&A取引を実行せずに、買収契約を解除する場合に支払うこととなる金銭のことをいいます(リバース・ブレークアップ・フィーともいいます)。一般的に、買主が買収資金のファイナンスができなかった場合や競争法のクリアランスが得られなかった場合に支払うと規定されることが多いとされています。

 米国においては、2007年から2008年の金融危機に際して、M&A契約から離脱するためにするためにMAC条項について主張したところ裁判所で認められなかったため、金融危機後の実務ではM&A契約に、理由の如何を問わず、一定の金額を支払うことで、契約から離脱することができるとする内容のリバース・ターミネーション・フィー条項を入れることが増えたと言われています。
 買主としては、一定の金額を支払うことによって契約から離脱することができる手段を確保することも考えられます。

譲渡価格を規定する際の留意点 - 価格調整条項、アーンアウト条項の検討

 前記2の2−1で述べたとおり、M&A契約においては、契約締結後に生じた変化に応じて譲渡価格を調整する条項を入れる場合があります。
 買主側としては、新型コロナウイルス感染症による対象会社の業績や財務状況の急激な悪化のリスクに対応するために、価格調整条項を規定することを検討することも考えられます。ただし、アーンアウト条項を定めた場合は、買収後の対象会社の経営について、一定の制約(買主が不当に譲渡価格を下げることがないように、たとえば、対象会社の事業の一部の売却や多額の設備投資などを禁止する義務を規定することがあります)を受ける場合が多いので留意が必要です。

 他方、売主側としても、締結時点においては新型コロナウイルス感染症の影響で一時的に業績が悪化している場合であっても、アーンアウト条項を利用することによって、より高い譲渡価格を得る機会が得られる(たとえば、対象会社の将来の収益力が不確実である場合には、買主はかかる不確実性を考慮した低い価格を譲渡価格として提案する場合が多いですが、このような場合でも、アーンアウト条項を利用すれば、売主は、対象会社の企業価値を適正に反映した譲渡価格の支払を受けることができます)ため、検討する意義があると思われます。

さいごに

 以上、本稿では、新型コロナウイルス感染症のM&A取引に与える影響と新型コロナウイルス感染症を踏まえた今後のM&A取引における留意点を解説しました。M&A取引においては、契約条項によるリスクの分担が非常に重要です。本稿が、今後、M&A契約を交わす際に、各契約条項の検討をするうえで一助となれば幸いです。

 なお、2020年に入って大きな問題となっている新型コロナウイルス(COVID-19)については、これにとどまらず、以下のような様々な問題が生じています。
 そのため、十分な検討が必要となります。

  • 感染症・疫病を理由とする建設工事・設備工事の工期の延長、補償の実務的対応
  • 感染症・疫病を理由とする株主総会開催の法的問題点(延期、開催時の注意点(オンライン、感染症対策)等)
  • 役員・従業員(アルバイト・パート・派遣社員を含む)・取引先等の関係者が感染症の「感染者」「濃厚接触者」であると疑われる場合の対応
  • 感染症・疫病を理由とするリモートワークと労働法上の問題(業務命令、労働時間管理、休業手当、安全配慮義務等)
  • 感染症・疫病を理由とするプロスポーツ大会・イベント・コンサートの開催中止に伴う権利関係(関連契約の解除、払戻し義務、消費者契約法上の問題等)

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