AI、IoTに関連したビジネスにおける特許戦略
第2回 IoTビジネスと特許戦略
知的財産権・エンタメ
シリーズ一覧全2件
目次
IoTビジネスと特許戦略
前回「AIビジネスと特許戦略」は、AIの現状を概観し、現在の知財法制上、AIビジネスの特許による保護範囲は、限定的であることから、クローズ戦略をベースとした特許戦略が適していることを解説しました。
それでは、IoTに関連するビジネスの場合、企業が採るべきまたは採りうる特許戦略はどのようなものなのでしょうか。状況を概観したうえで検討したいと思います。
IoTとは何か
IoTは、「Internet of Things」の略称です。その意味、内容についても、AI同様、必ずしも定見があるわけではありませんが、たとえば、特許庁は「『モノ』がネットワークと接続されることで得られる情報を活用し、新たな価値・サービスを見いだす技術」という定義を用いています。最近になってIoT関連技術が急速に台頭してきた背景には、センサーの小型化、省電力化および低価格化等の要因があるといわれています。
IoT関連発明のキーワードは、「モノ」、「ネットワーク」そして「情報(データ)」です。この点、データの保護については、すでに述べたAIビジネスにおける学習用データの保護に関する法的議論が当てはまりますので、IoTの新技術としての特徴は「モノ」としての側面にあります。
<IoTのイメージ>
「モノ」の法的保護
特許による保護
IoTは、「モノ」から情報を得る、すなわち、製品に何らかのセンサーを設けることで、情報の送受信を可能とするところに大きな特色があります。そのため、センシングデバイスが衆目に晒される場合は少なくないと思われます。
もしも、このようなデバイスについて、リバースエンジニアリングが容易であり、かつ、新規性および進歩性等の特許性を有しているのであれば、営業秘密ではなく、特許による保護が適していると言えます。IoT関連発明はハードウェアの存在を前提とする点で、AI関連発明と比較して、発明該当性が認めやすく、特許による保護がより適しているともいえるでしょう。
IoT関連発明の検索と特許庁の判断
IoT関連発明については、特許庁が、平成28年11月より、JPlat-Patにおいて、広域ファセット分類記号(ZIT)を割り当てており、その横断的な検索が可能となりました。
特許庁は、「IoT関連技術の特許審査は、現行の審査基準等に基づいて、従来から特段問題なく行えている」という理解の下、平成28年9月28日に、特許・実用新案審査ハンドブックに具体例を12例追加するに留めていますが、その進歩性の判断に際しては、「『モノ』がネットワークと接続されることで得られる情報の活用による有利な効果が認められる場合」を、肯定的な一要素として考慮するとしています。
参考:「特許・実用新案審査ハンドブック」IoT関連技術に関する事例について
電波法等の規制
また、規制レベルでは、「モノ」を「ネットワーク」に繋げるため、電波法等の規制法規に対する対応も必要です。ただし、この点については、既存のモバイル機器でも対応が必要ですので、目新しい問題ではないとも言えます。
IoTと特許戦略
通信規格、セキュリティ規格等の標準化
IoTビジネスの特許戦略として、今後問題となるのは、通信規格やセキュリティ規格等の標準化でしょう。
標準化には、デジュール標準、フォーラム標準およびデファクト標準等がありますが、デジュール標準では、公的機関による規格策定に、また、デファクト標準では、市場判断が出るまでに、それぞれ長い時間を要するため、技術発展のスピードが著しいIoT関連発明には、企業間の任意団体による規格決定手段であるフォーラム標準がなじみやすいと言えます。
概要 | 特徴 | |
デジュール標準 | 標準化団体などの公的機関によって規定された規格 | 公的機関による規格策定に長い時間がかかる |
デファクト標準 | 多くの人が実際に使うことによって通用するようになる規格 | 市場判断が出るまでに長い時間がかかる |
フォーラム標準 | 企業間の任意団体による規格決定手段 | 他標準と比べて、標準化までの時間は短い |
一般的に、IoTのシステム階層は、①各デバイスがセンサー信号を発し、これが、②パーソナルエリアネットワークおよび③通信事業者のネットワークを経て、④クラウド上に保存され、さらに、⑤個別の業種によるアプリケーションにより利用される、という5層の階層で構成されると考えられており(ただし、整理の仕方にも議論があります)、各層内における水平的な標準化と、各層をまたがる垂直的な標準化の両方が問題とされています。現在、数多くの標準化規格が乱立している状況ですので、いずれの規格が覇権を取るかは、不透明です。
フォーラム標準とFRAND宣言
フォーラム標準では、標準規格必須特許を有する特許権者は、公正、合理的および非差別的(Fair, Reasonable, And Non-Discriminatory)な条件でライセンスを行うという宣言(FRAND宣言)を求められるのが一般的です。ある特許についてFRAND宣言がされた場合、iPhone事件知財高裁大合議判決(知財高裁平成26年5月16日決定・判時2224号89頁)等の判示事項に照らせば、特許権に基づく差止請求は、相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有することを立証した場合には、権利濫用として権利行使が制限され、また、損害賠償請求も、FRAND条件のライセンス料の相当額に限られることが原則です(加えて、独占禁止法上の問題も生じえます)。フォーラムに参加する場合には、これらの点に留意することが必要でしょう。
NPEによる訴訟
加えて、標準規格必須特許は、譲渡されることも少なくありません。最近では、自らが、特許を実施しないにもかかわらず、特許権のライセンス料等の確保を目的として、特許権の譲渡を受ける特許不実施主体(NPE:Non-Practicing Entity)、いわゆるパテントトロールによる訴訟提起等が問題とされています。特に近年は、ひとつの製品に含まれる特許の数の増加も指摘されており、NPEによる潜在的な訴訟リスク、特に米国における訴訟リスクは低くありません。米国におけるNPE訴訟では、ディスカバリ等のために関連した全ての資料・情報をそのままの状態で安全に保存する、いわゆるリティゲーションホールド等を含めた初期対応を適切に行うことや、これに備えた文書管理規程の策定と確実な運用が肝要です。
2015年にはディスカバリに関する米国民事訴訟規則が一部改正される等、動きのあるところですので、内外の専門家等からの最新情報の収集も含め日ごろから対応を検討しておくことが重要になります。
おわりに
以上2回にわたって解説したとおり、AIビジネスでは、学習用データや学習済みモデル等をいかにして保護するかが最重要課題ですが、既存の法制度では、営業秘密としての保護以外には、不透明なところが残りますので、クローズ戦略を採りつつも、契約により更なる保護を図るという対応がもっとも現実的であると思われます。
他方、IoTビジネスでは、データの保護も当然に重要ですが、「モノ」の特許であるため、標準化が課題となり、オープン戦略にむしろ馴染みやすいと言えます。
これらビジネスに参入する企業としては、それぞれの特性に応じたオープン・クローズの特許戦略を採っていくことが重要となるでしょう。
シリーズ一覧全2件

西村あさひ法律事務所
- IT・情報セキュリティ
- 知的財産権・エンタメ
- 国際取引・海外進出
- 訴訟・争訟
- ベンチャー