標準必須特許で対立深める中国と欧米、日本の現在地とは 識者が読む 標準必須特許をめぐるグローバルな攻防2022(前編)

競争法・独占禁止法

目次

  1. この1年間に起こった国内外の変化
  2. ASI(訴訟禁止命令)

通信技術が自動車業界へと急速に広がるなか、米国連邦取引委員会(FTC)対クアルコム事件やノキア対ダイムラー事件など、標準必須特許(standard-essential patent:SEP)を争点とするきわめて重要な判断が2020年に入って各国で相次いで出された。

その後、海外では2021年・2022年を「Year of SEP」と呼ぶほど目まぐるしい動きがみられたが、その間の日本国内の動きを専門家はどのようにみたのだろうか。

二又俊文氏(東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員シニア・リサーチャー)、池田毅弁護士(池田・染谷法律事務所)、松永章吾弁護士(ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所)に、あらためて状況を分析してもらった。

この1年間に起こった国内外の変化

前回の対談からおよそ1年がたちました。この間、日本ではどのような動きがあったのでしょうか。

松永弁護士:
司法では、欧州で誠実交渉の判断手法の調和が進み、当事者の予測可能性が確保されるようになりました。これは裁判例の集積による進化だといえます。反対に、グローバル管轄とASI(Anti Suit Injunction:訴訟禁止命令)の問題に代表されるように、欧米と中国の対立によって新たに形成された先行きがみえない問題が深刻化しています。

これらの問題に対し、経営者はこれまで以上に中長期的視点をもって対応していく必要がありますが、残念ながらこの1年間、企業に目立った動きはみられませんでした。むしろ、権利者はサプライヤーにライセンスすべきという、いわゆる「License to All」の考え方に基づく主張がドイツをはじめとする欧米の裁判では支持されないことが明らかになったにもかかわらず、この流れを受け入れない様子が散見されました。その結果、戦略を変えられなかった日本の自動車会社に対する差止訴訟がついにドイツで始まってしまいましたね。

サプライヤーが広汎な特許補償義務を負うことに起因する自動車サプライチェーンの問題は古くて根深い問題です。内閣府も知財推進計画2021および2022の中で、サプライチェーン内でライセンスの対価負担を議論することを促してきましたが、今のところ奏功していないようです。

池田弁護士:
独禁法の観点からは、米国の司法省(DOJ)のリーダーシップが変わった点があげられます。以前の反トラスト局長は、一言でいえば「標準特許だからといって特別視しない」という方針だったのに対し、バイデン政権下では揺り戻しが期待され、今も期待されているようです。

しかし、2019年のDOJ・特許商標庁(USPTO)・NISTの共同ポリシー・ステートメントは意見募集の末撤回されましたが、実施者側から期待されたほどの揺り戻しはこれまでなく、やはり欧州で積み上げられている裁判例に沿う交渉のフレームワークの域を出ていません。昨年に予想していたことが現実化してきています。

SEPをめぐるライセンス交渉のフレームワークは精緻化していくと予期されています。昨年の対談の際には、自動車業界において一定の影響力を持つ日本の企業がルール作りに一定の役割を果たすことができるかもしれないという期待を持っていました。しかし、やはり欧州や米国の流れに沿うことになってしまう見込みが高まっているように思います。

池田 毅 弁護士(池田・染谷法律事務所)

池田 毅 弁護士(池田・染谷法律事務所)

二又氏:
バイデン政権になって独禁当局の人事も大きく変わり、SEPを巡るポリシーでも変化があるのではないかとさまざまな予測がでましたが、米国の動きをどうご覧になりますか。

池田弁護士:
プラットフォームの問題や、企業の合併審査の問題などでは、バイデン政権下において、独禁法専門家が期待していた以上に独禁法強化の流れになっています。標準必須特許に関しては、前局長の動きが目立っていた分、そこからの揺り戻しの振れ幅が大きくみえます。しかし、欧州で確立しつつある流れとの国際的調和を図る方向での現実的な選択をしているように思います。

二又氏:
この1年のSEPをめぐる日本での動きで印象的だったのは、SEPの議論が各官庁主導で同時多発的に起こり、それらが非常に交錯し煩雑になる事態となったことです。内閣府、経産省、特許庁での3つの議論 1 がありました。

いろいろな会合でSEPの議論が活発になったことは評価できます。しかし、なかには業界団体の思惑が先行しすぎた結果、前提となるSEPの知見が不十分なまま「ドタバタ感」での議論となったところもあったようにみえます。3つの会合の並立は日本の今のSEP議論の限界を示しているように感じます。

また、もう1つ印象的だったのは、中国という新たな知財強国がトリガーとなり、SEPの分野で中国と欧米の対立がASIという形で表面化したことです。ASIは中国で禁訴令と呼ばれますが、中国以外での裁判を禁止するような効果を生じさせるので、欧米から強い反発が出ています。

ASIは新しい動きであり、どう理解すべきか難しかったのですが、中国の知財強国・標準強国のある到達点をみせていると思います。中国が抱く新たな国際秩序に近づいているともいえるでしょう。このような壮大な動きに対峙するにはわが国の動きはあまりに遅いと感じます。

二又 俊文氏(東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員、シニアリサーチャー)

二又 俊文氏(東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員、シニアリサーチャー)

松永弁護士:
遅いといいますか、そもそも日本政府が知財強国、標準強国を目指しているという印象はまったくありません。むしろ近視眼的に権利行使を制限して産業を保護しようという考え方の方が支配的なのではとさえ思ってしまうことがあります。数少なくなった日本の権利者が自助努力を続け、孤軍奮闘しているのとは対照的です。また、産業構造が近しいドイツが取った政策とも対照的です。ドイツの特許訴訟制度は、自国の技術水準があらゆる分野で他国より優れているという大前提の下に、特許権者の保護に厚い制度として発展してきました。しかし、移動体通信技術では国際競争に破れてこの大前提が大きく崩れてしまいました。その結果、皮肉なことに権利者保護に厚いドイツの特許制度が、IoT時代のドイツ企業、しかもドイツ産業の雄である自動車業界を苦しめるという、想定されていなかった事態が起きてしまったわけです。それでも、ドイツの民意は、特許権に基づく差止めを制限するなどルールを曲げて自動車産業に手を差し伸べるのではなく、引き続きイノベーションを保護する途を選択しました。

世界の司法については、先ほど池田先生が説明されたように、交渉ルールの精緻化と国際調和が進み、正常な進化がみられたと思います。誠実交渉義務は権利者および実施者双方の義務であって、総合的にみてより誠実な交渉を尽くした当事者に司法的な利益が与えられるという答えが出たのではないでしょうか。

中国のASIは元々、英国のUnwired Planet v Huawei事件の最高裁判決が、英国の裁判所は他国の特許を含めたポートフォリオのグローバルライセンスを判断することができるなどと特許の属地主義を無視するかのような判断をしたことが引き金になったことに異論はないと思います。また、この判決の後、欧州と中国で、グローバルライセンスを宣言する裁判管轄競争が始まり、ASI、これに対抗するAASI、そしてAAASI、AAAASI…と果てしないASIの応酬が繰り広げられるようになりました。

中国のASIは、欧米の判決から中国の実施者を守るために乱発されるようになったわけですが、先ほど二又先生が指摘された中国の標準と特許の強化戦略をみると、近い将来、ASIは中国権利者の権利行使を援護するものに変容することは当然に予想すべきでしょう。

松永 章吾 弁護士・弁理士(ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所)

松永 章吾 弁護士・弁理士(ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所)

二又氏:
SEPをめぐるライセンス交渉はそれほど単純ではありません。権利者と実施者の厳しい対立の中で長い交渉が続きます。それでも権利者も実施者もいったいどうしたら解決できるのかと知恵を出し合うなか、世界中の多くのSEP裁判で論点が次々議論され、妥当な解決策が積み上げられてきました。

ところが、日本におけるSEP判例はたった1つしかありません。SEP交渉自体の数も限られているため、日本以外の司法判断は多く積み重ねられ緻密になるのに、日本ではアップル・サムスン大合議判決時点の状態が続いています。事案が少なければそれを経験している企業関係者、何より弁護士、弁理士が限定され、実感を伴わないということになっているのでしょう。

松永弁護士:
その状況は残念ですが、今後も大きくは変わらないと思います。それでも主要管轄国の判決の調和によってグローバルに形成されつつある誠実交渉のルールを注視して、戦略を持つことが重要です。

交渉経験の浅い企業にとっては政府が策定するガイドラインのようなものが役に立つとよく言われますが、リスクもあります。そのような企業はどうしても1つの準則に頼りたくなり、また頼りがちになるのでしょう。わかりやすくすればするほど、そういうものに飛びついてしまいたくなるものです。しかし、その結果として免責されるのであればよいのですが、残念ながらそのようなことはありません。

誠実交渉についての欧米の裁判例をみても、そのケースバイケースの判断にはいくつかの重要なファクターがあります。総合判断の中で、実施者がライセンスを受ける意思を表明しながら実際には交渉を遅らせて契約を締結しようとしないホールドアウト行為が認定されたり、実施者にライセンスを受ける意思がないと判断されたりするので、安易にガイドラインに乗って交渉してしまうケースをとても心配していますし、実際にそのようなケースがあります。「規格番号だけ引いているようなクレームチャートではだめだ、もっと詳細なチャートをよこせ」と実施者が粘っている間に、「ドイツで差し止めますけど大丈夫ですか?」と権利者に警告されてしまうのです。誠実交渉はあくまでも総合判断ですので、相手の不手際を指摘して自分が手を止めてしまうと、逆に自分が誠実交渉違反の責任を問われてしまうおそれがあることには注意が必要です。

二又氏:
SEPのライセンス交渉では「ワンサイズフィッツオール」ということはなく、いろいろなケースがあり得ることを知っておかないと危ないでしょう。1つのサイズで大丈夫と思い込んで判断しても、実際は1つのサイズでは収めきれません。ガイドラインで「わかりやすく」というのは魅力的ですが、それを安易に信じることは少し危険です。

池田弁護士:
産業政策のようなものに頼るのではなく、FRAND交渉は民間事業者が戦略と責任をもって進めないといけない、という松永先生の指摘はそのとおりです。実際、ドイツの自動車メーカーが主張した「自分たちは、特許のことはよくわからないから、特許権者は部品メーカーと交渉するように」という主張は、業界独自の主張とみられてしまったのか、どこの裁判所でもなかなか受け入れてくれませんでした。

もっとも、IoTが進化し、自動車関連企業ですらないような企業がライセンシーになるような場面では、百戦錬磨の特許権者と対等に交渉できるのか、という局面が出てくるのではないかと思います。自動車業界における自動車メーカーか部品メーカーのいずれがライセンス交渉の相手方になるかという問題は、誠実交渉の枠組みの中で、交渉力の格差をどのように扱うかという根本的な問題も背後に含んでいます。

そして、ドイツと日本が二大自動車メーカー勢力なので、日本メーカーがそのルール作りでリーダーシップをとることが当然期待されていましたし、前回の対談時点では我々も期待していたわけです。しかし、日本の自動車メーカーは、欧州のノキア・ダイムラー訴訟で、ダイムラーのEUCJへの付託がどうなるかを見届けようとする傍観者になってしまいました。

また、独禁法との関係では「ライセンシング・ネゴシエーション・グループ」(LNG)と呼ばれる、ライセンシー側でグループを組むというような議論があり、経産省の委員会でも議論が出ています。ただ、今は議論するタイミングとしてよくないと思います。

独禁法専門家として、LNGの議論には一定の意味があると考えています。「価格カルテルではないか」と権利者側は主張していますが、共同購入などは広い範囲で独禁法で認められているため、入口から切り捨てるような話ではありません。しかし、ダイムラーがノキアとの係争を諦めたようなこのタイミングで言い出しても、どうしても逃げ回っているようにみえてしまいます。

もし、これが2年でも、あるいは1年でも早ければ、状況はかなり違ったかもしれません。やはり、ドイツ勢が完全にAvanci 2 に組み込まれて、そして米国やドイツで日本の自動車メーカーが訴訟を提起されたこのタイミングになってしまうと、議論を仕切り直してもう一度、とはいかない状況になっているのかとも推測しています。

この間にも、米国の第5巡回区控訴裁判所のコンチネンタル対Avanci事件で、コンチネンタルに独禁法違反を主張する訴訟適格がないという判断も出るなど、独禁法の分野でも独禁法を主張する実施者側に不利な事件が積み重ねられています。

独禁法という武器を実施者側がうまく活かしきれなかった1年間でしたし、あるいはその前の5年間もそういえるかもしれません。実施者側の視点からみると、ファーウェイ対ZTE事件欧州司法裁判所判決後のルール形成の具体化のための時間を有効に使えなかった、という感想を持ちます。

二又氏:
池田先生が指摘された、ダイムラーやフォルクスワーゲンの様子をみていようとした日本の自動車メーカーの姿勢は気になります。「注視する」といえば響きがよいですが、事業にはタイミングというものが必ずあります。決められる、あるいは決めるべきタイミングを逃し、ただ注視するだけでは、後からはどうしようもありません。

コンチネンタルの事例でも、コンチネンタルはダイムラーが和解した後にダイムラーのやり方を批判しています。しかし、実際はもっと前に違った対応ができたタイミングもあったのではないでしょうか。後追いは、そういう意味でとても危険です。

池田弁護士:
自動車業界では若干タイミングを逃したようなところがありますが、自動車以外のIoT化を見据えれば、LNGのような議論をもう一度、仕切り直し、自動車メーカーが部品メーカーにライセンスの責任を負わせるという発想ではなく、きちんと議論したらよいのではないかとも思います。

二又氏:
5G、さらに6Gにまでなるとユースケースが増え、自動車だけでなく、多くのIoT製品、サービスがますます広まります。工場もあれば、スマートエナジーもあれば、スマート農業もあります。考えられる分野が広く、解決には1つの形ではとても無理です。プレーヤーも違うし、やり方も違います。そこに合った解決のオプションを模索しなければなりません。今は自動車業界に注目が集まっていますが、この議論だけで疲れ切ってしまわないようにしなければならないでしょう。

松永弁護士:
ただ、権利者側にとって、携帯端末以外で追いかけるものは当面、自動車しかないのではないか、とも思います。Avanciがスマートメーターのライセンスプログラムをローンチすると発表して久しいですが、スマートメーターは相当数の出荷が見込めるものの、完成品の値段はたいしたものではありませんし、高出力品と低出力品で仕様も分かれてしまっているようです。このほかにも、無線給電の装置や、TCUを積んだ機器など、対象となる製品はあるにはありますが、やはり単価が小さかったり販売台数が少なかったりします。

交渉の実態といえば、権利者がやや乱暴なライセンスを申し出て「払ってくればいいか」というぐらいのものでしかありません。通信端末やコネクテッド・カーのように、権利者が交渉に投資して本気で追いかける、というものではないかもしれません。

二又氏:
「IoT製品で街の中小企業のようなところが突然訴えられる、だから怖い」とよくいわれます。しかし、これは誤解で、実際はそのようなことはないでしょう。日本全国の小さな会社まで追いかけ回すのは大変な労力が必要です。権利者の側にも経済原則が働きます。

松永弁護士:
「中小企業にも啓蒙が必要だ」と3~4年前は私も本気で思っていましたが、どうもそうではなさそうだと感じています。

二又氏:
ゲームといったら怒られるかもしれませんが、訴訟には相当な費用がかかります。やはり費用対効果で判断されます。小さな会社まで追いかけてくるということは現実的ではありません。

松永弁護士:
自動車業界の動きで次に注目しなければならないのは、Avanciからライセンスを受けた欧州の自動車メーカーの動きです。「ライセンスを受けていない日米の自動車メーカーは正当な競争をしていない」と欧州勢が主張するだろうと思っていたところ、欧州議会がついにそのようなロビイングを始め、議員による欧州委員会への質問状の提出が続いています。権利者と実施者の交渉が膠着しているうちに、実施者間での競争の問題まで生じてしまいました。

二又氏:
もう1つ誤解されがちなことは、ライセンス交渉は二者間交渉だけ、と思い込むことです。実際のマーケットは、多くの企業の競争によって成り立っているということを忘れてはいけません。ライセンス交渉には、マーケットでどのように公平な競争環境を維持できるか、という視点が求められます。いわゆる「レベルプレイングフィールド」(Level Playing Field)を確保することがとても重要です。1社だけが過大に負担している、全員が公平に負担している、といった重要な議論があることを忘れてはいけません。

池田弁護士:
独禁法の世界で標準必須特許の話をするときに評価が難しいのは、理論上、標準必須特許は標準に使われているから必ずライセンスを受けなければならないにもかかわらず、現実はライセンス交渉の巧拙や順番で受けずに済んでいる実施者がたくさんいる、という点です。標準を離れても、ライセンス交渉のコストやカウンターで攻撃される懸念から、ライセンスが結ばれていない特許は無数にあります。独禁法の研究者の多くなどは、それが競争に悪影響を与えているのではないか、という問題意識を今まであまり持っていなかったと推察しています。先ほど話題になった欧州議会のアクションはまさに、そこに火をつける可能性があるのではないかと考えています。

二又氏:
ビジネスの世界では、表にみえてくる動きと、その背後にあるものを含めてきっちりと理解していなければならないですね。

池田弁護士:
たとえば、通信の分野では、2Gの頃は少数のプレーヤーがクロスライセンスで処理していました。3Gではパテントプールの試みがありましたが、3G以降、主要プレーヤーがいずれもプール外でのライセンサーということになり、アウトサイダーになって得した権利者もいれば、ライセンスが取れなくて使われ損になっている権利者もいました。

4Gの終わりが近付き、Avanciが登場し、権利者側も実施者側も誰もが得をするという考え方を提唱しています。しかし、ライセンスを取るのが当たり前であることを前提に競争環境を考えるべきなのか、もしくはホールドアウトにならない限りは正当であるのか、どのような考え方が浸透していくかはまだわかりません。

松永弁護士:
Avanciのライセンスが高いか安いかという評価にもつながっていると思います。誰もがライセンスを取らなければならないとした場合に「4Gまで15ドル」という設定が高いか安いかを考えたとき、これが高いと立証できる実施者はなかなかいないのではないでしょうか。高いと主張している実施者の多くは「アプローチしない権利者もいるから、個別交渉でも15ドルまで支払うことにはならない」と考えているだけかもしれません。

二又氏:
重要な議論ですし、あまりに単純化した議論をすることは危険でしょう。

ASI(訴訟禁止命令)

ASIについてはどのようにお考えでしょうか。

松永弁護士:
ドイツの裁判所は、このような決定自体が公序良俗に反する、またASIを申し立てること自体がホールドアウト行為であると認定するようになりました。ASIが、他国の裁判管轄に不当に干渉するものであることは明らかです。英国のグローバルライセンス管轄の宣言も同様です。ただ、ASIが発令され、違反に対して1日約1,800万円の制裁金を科される中で交渉するというのは大変なことです。

二又氏:
ASIの議論にはフォーラムショッピングのような、一番有利なところを選択するという、訴訟ゲームのような見方がありますね。

松永弁護士:
フォーラムショッピングは法手続上正当な行為ですが、原告が選択したフォーラムに事後的に不当に干渉するのがASIです。

二又氏:
松永先生が指摘されるように、SEP権利者にとっては1日あたり約1,800万円の課徴金を毎日課せられたまま交渉を続けるというのは相当に追い込まれる形になるため、続けようとする企業幹部はいないでしょう。

池田弁護士:
ASIの濫用には賛成しません。ただ、大きな絵図でみると、先ほどの話と若干つながっているように思います。すなわち、すべての実施者がAvanciから特許を取ることが当たり前になるという世界観と、1国の裁判所がグローバルでのライセンス条件を決定できるとする英国のUnwired Planet判決の考え方には共通点があるような気がします。

すなわち、AvanciやUnwired Planet判決的なものが広がれば、特許権者が「世界中を塗りつぶす」という、これまで特許ライセンスではほとんど実現しなかったことが現実化することになります。しかし、特許権者がフォーラムショッピングをして、法廷地も選んでプレッシャーをかけ、自分たちが望むような特許ライセンスをグローバルで取るというのは、あまりに一方的であるとする考え方もあり得るはずです。

独禁法では、各国のカルテル規制をどこまで外国に適用できるかという域外適用の問題があります。これは、法律をどこまで適用できるか、という立法管轄権の問題です。それに対して、今、議論しているのは裁判管轄権の問題です。ある紛争があるときにどこの裁判所が裁くのか、ということを、英国をはじめとする欧州が牛耳りつつありますが、果たしてそこに委ねてよいのでしょうか。

また、中国は欧州との対立と捉えているのかもしれませんが、特許権者と実施者の対立という側面もあります。ASIは特許権者優位のトレンドに対するアンチテーゼでもあり、とても興味深く思います。ASIについては現在WTOでも問題とされていますが、その結論は別として、ASIとグローバルライセンスの対立の先にどのような世界があるのか。Avanciのようなものがグローバルライセンスを取り、世界中を塗りつぶしてしまうのか。その間に、日本企業が主導権とまではいかなくとも存在感を示せるかということが重要でしょう。

二又氏:
立法管轄権と裁判管轄権の視点は興味深く思います。中国にとって、英国で決められたことなど関係ない、自分たちの世界は自分たちで運用する、ということでしょうか。ルールメイキングからは知財も国際的に調和したルールが望ましく、WTOにも存在意義があるのでしょう。

しかし、運用となると別になる。背景には、やはり中国の大きな変化があるのでしょう。中国はいまや「知財大国」から「知財強国」の域に達しています。それが一連のASI判決の背景となっています。かたや日本はどうも存在感が薄くなってしまっています。国も企業も、ポジショニングをあらためて考えるときです。

後編に続く

(写真:岩田 伸久、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

プロフィール

二又 俊文
東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員、シニアリサーチャー。ドイツ、シンガポール駐在後、日本企業の知財交渉責任者を経て、欧州知財管理会社の日本法人社長。2013年より現職。SEP(標準必須特許)研究会座長。特許庁グローバル人材育成プログラム委員。東大戦略タスクフォースリーダー育成コース講師。シンガポールi2P Ventures相談役。三菱総合研究所客員研究員。日本知財学会。
池田 毅 弁護士
池田・染谷法律事務所 代表弁護士、ニューヨーク州弁護士、カリフォルニア州弁護士。2002年京都大学法学部卒業。2003年弁護士登録。2005〜07年公正取引委員会審査局に勤務し、クアルコム事件の審査を担当するほか、課徴金減免(リニエンシー)制度施行準備や約20件の立入検査に従事。2008年カリフォルニア大学バークレー校修了(LL.M.)。森・濱田松本法律事務所を経て、2018年に独占禁止法・消費者関連法を中核とするブティック型法律事務所である池田・染谷法律事務所を設立。
松永 章吾 弁護士
ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所パートナー弁護士・弁理士。
多国間で提起される特許訴訟の代理やFRANDライセンス交渉の助言に従事する。経済産業省標準必須特許のライセンスを巡る取引環境の在り方に関する研究会委員、特許庁令和3年度産業財産権制度各国比較調査研究事業(標準必須特許と消尽に関する調査研究)有識者委員。「標準必須特許をめぐる動向―誠実交渉義務及びサプライチェーン問題に関する判決の調和と裁判管轄争いの激化」(ジュリストNo.1571)、「2020年の欧州裁判例を踏まえたFRANDライセンス交渉についての考察」(日本知的財産協会 知財管理 Vol.71)ほかFRAND問題についての論稿多数。

  1. 内閣府知的財産戦略本部構想委員会、経産省競争環境整備室・知的財産政策室「標準必須特許のライセンスを巡る取引環境のあり方に関する研究会」、特許庁「標準必須特許と消尽に関する調査研究有識者検討会」 ↩︎

  2. 通信技術にかかるSEPの主に自動車メーカー向けのライセンスを行っているパテントプール。クアルコム・エリクソン・ノキア等の通信技術大手のほか、PAE(特許実施主体)などと呼ばれる特許管理会社など多数の会社がライセンサーとして参加している。パナソニック・NTTなどの日本企業も複数参加している。ライセンシーにはドイツの主要自動車メーカーや米国のGMなどがあるほか、近時フォードもライセンシーに加わった。 ↩︎

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