若手弁護士2人が語る 日本とケイマンのPE/VCファンド
第2回 PE/VCファンドのストラクチャーとスキーム 日本とケイマンの違いとは
ファイナンス
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目次
日本とケイマンにおけるPE/VCファンドの実務を知る大江橋法律事務所の櫻井 拓之弁護士、Harneys法律事務所の范 宇晟弁護士にファンドの基礎と魅力を紹介いただきます。
第1回ではPEとVCの違い、オンショアとオフショアの違いを中心にケイマンが選ばれる理由について意見が交わされました。今回は、国内のファンドスキームについて概説いただくとともに、ケイマンと日本のスキームの使い分けについて伺います。
櫻井 拓之 弁護士
弁護士法人大江橋法律事務所パートナー。日本法弁護士、ニューヨーク州弁護士。2006年京都大学法学部卒業、2008年京都大学法科大学院修了、2017年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M.)。2014〜2015年金融庁総務企画局市場課勤務(改正金融商品取引法立案担当)、2017年〜2018年Harneys法律事務所香港オフィスにて研修。
范 宇晟 弁護士
日本法弁護士、ニューヨーク州弁護士ならびに英国および英領バージン諸島ソリシター。 パートナー弁護士(ファンドおよび規制法担当)。オフショア法(ケイマン諸島、英領バージン諸島、バミューダ諸島、ルクセンブルク、キプロスおよびアンギラ)を扱うHarneys法律事務所香港オフィス勤務。
国内ファンドスキームの概説
櫻井弁護士:
まず、日本国内でPE/VCファンドとして使われるスキームは、専ら投資事業有限責任組合(いわゆるLPS:Limited Partnership)です。LPSは、1998年に施行された「中小企業等投資事業有限責任組合契約に関する法律」が基となっており、その名のとおり、非上場の中小企業等を投資対象とするファンドの投資ビークルとして利用されることを想定した民法の特別法になります。その後、法改正を経て、投資可能な有価証券の範囲が拡張し、現在の投資事業有限責任組合契約に関する法律(LPS法)という名称となっています。
LPS法上、組合契約に存続期間を明示することが求められ、存続期間中の脱退は、やむを得ない場合を除いて原則できないとされています。第1回で范先生のご説明にあった、オープンエンド型か、クローズドエンド型かという区分によれば、LPSはファンド期間中に投資家の任意で払戻しを受けられないクローズドエンド型のファンドを想定した投資ビークルということになります。
国内のPE/VCファンドでLPSが選択される理由
櫻井弁護士:
投資家の目線から見て、投資ビークルを選択するうえで重要な点は、大きく分けて2つだと思います。
1つ目は、有限責任(投資家がファンドへの出資金額以上の責任を負わないこと)が担保されている点です。LPSでは、ファンドの運営を行う無限責任組合員(General Partner:GP)と、ファンドへの出資を行うが、意思決定に関与しない有限責任組合員(Limited Partner:LP)との役割分担が行われます。投資家は有限責任組合員として組合に参加するため有限責任が担保されていることが重要です。
2つ目は、二重課税が回避できる点です。二重課税をされると、本来得られる収益が減ってしまうため、投資家として望ましくありません。LPSは組合であり、ファンド収益に対して組合レベルでは課税されず、組合員レベルでのみ課税されます。
もっとも、この2つの要素を兼ね備える投資ビークルは、必ずしもLPSだけではありません。では、なぜその中でもLPSが利用されるのでしょうか。
LPSには、PE/VCファンドとして利用することを想定して作成された、経済産業省から公表されているモデル契約が存在しています。前回の共通言語の話と同じですが、一般的に用いられる雛形があり、雛形をベースに当事者が契約交渉できるのは、交渉コスト削減につながる利点が大きいです。
また、金融規制の観点からは、私が金融庁出向時に立案を担当した適格機関投資家等特例業務を使うことができる点が非常に重要です。
LPSのような組合持分は、金商法上「集団投資スキーム持分」という概念に該当します。集団投資スキーム持分を投資家に勧誘して、集めたお金を主として有価証券への投資として運用することは、金融商品取引業に該当する行為なので、基本的には金融商品取引業者としての「登録」が必要です。
しかし、LPSのような組合型のファンドについては、一定の要件を満たすことにより、適格機関投資家等特例業務という特例を利用して、「届出」を行うことにより、金融商品取引業の登録を行うことなく、投資家への勧誘や投資家資金の運用を行うことができることになります。金融商品取引業の登録は大変で時間がかかり、また、当局の審査のための時間が当事者のコントロール外になってしまうので、ファンド組成に対するスケジュールに不確実な要素が残ってしまいます。これに対し、届出だけであれば比較的スピーディーにファンド組成を行うことができます。
以上のような理由で、国内で組成するPE/VCファンドについては、LPSが第一候補であり、実際にほとんどのPE/VCファンドが選択していると思います。
国内LPSの問題点
櫻井弁護士:
ただ、LPSには問題点が大きく2つあります。
1つ目の問題点は、投資の側面での制約です。LPS法上、LPSには、外国法人 1 への投資金額をファンドの出資総額の50%未満にしなければならないというルールがあります。そのため、国内のファンド・マネージャーが日本以外の国の企業への投資をメインとしたファンドをつくりたいとなると、LPSはそもそも選択肢になりません。
范弁護士:
必ず50%未満じゃないといけないんですか? 例外はありますか?
櫻井弁護士:
2021年8月に施行された改正産業競争力強化法において特例ができました。この特例に基づいて、所定の事業計画を経済産業省から認定を受ければ、先ほど述べた50%ルールを外すことができるとされています。しかし、ファンド組成時に経済産業省から事業計画の認定を受け、さらに、個別の投資ごとに、当該投資案件が認定を受けた事業計画に合致した投資であると確認申請しなければならないことになっています。
特にVCファンドは、投資案件が非常に多数となり、また、投資決定が迅速に行われるので、この特例は、このようなファンドの実情に合っておらず、利便性は低いように思います。
2つ目の問題点は、(日本から見た)海外の投資家から日本のLPSに投資をしてもらおうとすることに対するハードルが、かなり高いことです。
理由は2つあります。1つは、単純に馴染みがないということです。先ほど范先生がおっしゃっていたとおり、ケイマンだったら慣れているし、投資経験があるから安心ということがスタートラインになります。他方で、日本のLPSは、準拠法は日本法で、契約書も日本語で書かれています。海外の投資家としては、例えば、「日本のLPSは、投資家にとっての有限責任性がちゃんと担保されている法律なのだろうか」といった不安が生じ、「そもそも、日本のLPSへの出資は経験がないから投資は難しい」ということになる可能性があります。
もう1つは、范先生のお話にも出てきましたが、自国での課税以外に、ファンド設立国である日本での課税が発生し得るという税務上の問題です。
これは税務上の問題なので深くは立ち入りませんが、海外の投資家が日本のLPSに投資をすると、原則として「日本で恒久的施設(Permanent Establishment)がある」と認定されて、日本で課税されるリスクがあります。
これを回避するためには、一定の要件を充足したうえで、国税局に申告を行う必要があります(いわゆるPE特例)。このルールも、海外投資家目線では馴染みがなく、「本当に日本において課税されることはないのか」という疑問が生じます。
私の実際の経験でも、国内のファンドが、LPSを利用して、海外の機関投資家からLP出資を受けたケースはあります。しかしそのときも、特に今述べた2点(有限責任性を含む日本のLPSの仕組みと、日本における課税上の取扱い)については、かなりの精査が行われました。振り返ってみると非常に良い経験をしたと思いますが、当時は本当に大変でした。海外の投資家からすると、そのくらい慎重にならざるを得ないのです。
国内のファンド・マネージャーが海外の投資家からお金を集めようとしたときに、そういったプロセスを経てまで日本のLPSを使うのか。また、そもそもLPSには出資できないという判断をする海外の投資家も多いと思います。海外の投資家からもお金を集めたいという発想であれば、国内のビークルだけでは難しいことが多く、オフショアでファンドを組成しようという話が出てくることになります。
ケイマンファンドスキームの概説
范弁護士:
ありがとうございます。私のほうからは、ケイマンのスキームについて、2つの切り口からお話をします。
1つ目は、投資家による償還可否でオープンエンドかクローズドエンドに大別されるということです。流動性が高いものを扱う場合にはオープンエンド、流動性が低いものを扱う場合にはクローズドエンドということは、前回もお話しました。
管轄となる法律は、オープンエンドはミューチュアルファンド法、クローズドエンドはプライベートファンド法であり、異なる規制制度に服します。プライベートファンド法は、近年できた規制制度で、基本的にはミューチュアルファンド法を大枠としてコピーしたものですが、細部で異なるところはあります。
これに加えて、投資ビークルはどれを使うかという選択があり、下記の5つに分けられます。
- 会社
- パートナーシップ
- 分離ポートフォリオ会社(SPC:Segregated Portfolio Company)
- ユニットトラスト
- LLC
会社は、いわゆる「会社」をイメージしていただければわかると思います。そこから大きく外れてはいません。大きな違いとしては「ローカル要件を外す」「年次で取締役会の総会をやらなければいけないということを緩和する」など、より柔軟な対応ができる 2 ということです。
パートナーシップは日本のLPSと基本的には同じ性質で、いわゆる組合であり、ジェネラル・パートナー(GP)と呼ばれる無限責任を負うものが、パートナーシップ契約に従ってファンド資産を管理運用し、投資家はリミテッド・パートナー(LP)としてファンドの意思決定および運用に関与せず、利益分配を受け、その責任は出資約束額に限定されます。
SPCは、大きな括りで言うと会社の一種ですが、日本には馴染みのない概念です。いわば会社の中に会社を置く、“法人内法人” を認め、法人の中にそれぞれ資産負債が隔離されたSP(Segregated Portfolio)を複数置くことができます。
たとえば、たくさんの投資ビークルが必要な場合には、1個のSPCをつくって、複数のSPを置くことで、全体としてスケール・メリットが利くという側面があります。中国大陸のファンド・マネージャーは、コストに対して非常にセンシティブなので、これをよく好みます。また、各SPごとの個別管理がしやすいので、ファンド・オブ・ファンズのように複数のファンドに投資するファンドには向いているでしょう。
とはいえ、諸手を挙げて歓迎できるかというとそうでもありません。日本では新しいコンセプトで、私が知る限り未だ判例がありません。仮にケイマンの法廷で訴訟が係属した場合、SPCはケイマン法において明記されたコンセプトなので、これを認めてくれるだろうとは思います。
他方で、仮に実際に資産のある法域で執行する際に、本当に同じような解釈をしているのかは、誰もわかりません。たとえば、あるケイマンファンドの保有資産が日本、香港、オーストラリアの不動産だったりすると、その所在国で紛争になったときに、そこの裁判官が「なるほど、同じ法人内だけど、資産と負債が立法的に隔離されているんですね」と本当に言ってくれるかどうか、誰もわからないのです。そういったリスクをとって、複数の異なるファンドの投資家資金を入れる直接のビークルとしてSPCを積極的に使いたいかというと、慎重になる必要があろうかと思います 3。
ユニットトラストは、日本の投資信託に類似した概念です。多少不正確ですが誤解を恐れずに簡単に言うと、日本の実務ではファンド・マネージャーと受託者であるトラスティで信託契約を締結することで信託(トラスト)を設立し、当該トラストは受益証券たる細分化されたユニットを発行し、投資家はこのユニットを購入し、そのユニットごとに利益分配を受けるというイメージです。
LLC(Limited Liability Company)はアメリカ・デラウェア州のLLCをコピーしてつくった概念であり、日本の合同会社の概念に近いです(イメージとしては、会社とパートナーシップの中間)。比較的、新しい投資ビークルのため、全体数としてはまだまだ少ないです。アメリカのファンド・マネージャーやアメリカのスキームに慣れているファンド・マネージャーにとっては、デラウェアでできたことはケイマンでもできるという安心感のもとで使えるため、アメリカに関係するところでよく使われている印象があります。
世界的な傾向として好まれるELP
范弁護士:
一般的な傾向としては、PE/VCファンドはクローズドエンド型のELP(Exempted Limited Partnership)として設定され、ここに海外投資家がLPとして加入します 4。
これは、先ほど申し上げました、オープンエンド型かクローズドエンド型かというと、クローズドエンド型になります。全体的には、クローズドエンド型にはパートナーシップが利用されることが多く、オープンエンド型は会社を使うことが多いです 5。ただ、必然性があるわけではなく、制度上の理由から見られる傾向です。制度的には、クローズドエンド型の会社やオープンエンド型のパートナーシップをつくることもできます。
では、なぜこういう傾向になるのか。最初に櫻井先生がおっしゃっていた、パススルーといった税務的な考慮の他に、パートナーシップのほうがきめ細かい対応ができるからです。
パートナーシップの本質は契約なので、契約自由の原則が強く働き、皆が納得するのであればどのようにでもつくれます。たとえば、出資額に利益分配や損失負担を案分比例させる必要はなく、合意さえできれば、1%の出資者が99%の利益を優先的に受け取る仕組みを構築することも可能です 6。パートナーシップ型のほうが、参加者が比較的少数で固定され、流動性のないクローズドエンドでは使いやすいのかなと思います。
これに対して、会社は株主をその所有する株式の種類、株数に応じて平等に取り扱う(株主平等)ので、投資家の出入りが頻繁で、比較的画一的な処理ができるオープンドエンド型により向いているでしょう。
また、ファンドの期限を10年程度に設定することが多いPE/VCファンドに対して、ヘッジファンドには基本的にファンドの期限がないので、永続的な運営に向いている会社を選ぶインセンティブがあるとも言えるでしょう。
これが、世界的な傾向かなと思います。
LPSとELPの棲み分け
范弁護士:
櫻井先生がおっしゃってくださったんですけれど、ケイマンと日本のスキームの使い分けはどうなるのか。私は、案件が “ドメドメ(国内 (domestic)・国内 (domestic) )” かどうかが最初の考慮点だと思います。要は、GP側となるファンド・マネージャーが日本で、LPとなる投資家層も日本であり、さらに主たる投資対象が日本である場合には、基本的に全部日本語で日本の弁護士が処理できるLPSが便利だと思います。
他方で、先ほど櫻井先生がおっしゃっていたとおり、国内のファンド・マネージャーが組成するファンドでも、LPとなる投資家の中に海外投資家が含まれる場合や、主たる投資先が日本国外であるような場合には、ケイマンのスキームを使う機会が多くなるのかなと思います。櫻井先生、実際に両方を担当してみて、実感としてはいかがでしょうか。
櫻井弁護士:
范先生にお話しいただいたとおり、国内の投資家からお金を集めて、基本的に国内の投資をするということであれば、国内のLPSが一番スムーズですし、日本の弁護士で完結します。
日本のファンドが海外の投資家からお金を集めようとすると、ケイマンファンドを使う必要が出てきますが、ケイマンファンド一本で良いわけではありません。メインとなる日本の投資家の立場からすれば、ドキュメンテーションやレポーティングが日本語で行われるLPSの方が投資しやすいですし、ドル建てではなく円建てで投資をしたいニーズもあります。政府系ファンドのようなところであれば、そもそもLPSでないと出資できない場合もあります。
このような理由から、日本の弁護士とオフショアの弁護士が協働して、主に海外の投資家向けにケイマンのファンドを、主に日本の投資家向けにLPSをつくるということがあります。
日本のファンドと海外のファンドを同時につくる場合の構造① マスターファンドとフィーダーファンド
櫻井弁護士:
この2つの投資ビークルの関係にはいくつかのパターンがありますが、大きくは2つあるかなと思います。
1つ目は、マスター・フィーダーの構造です。実際の投資先に投資を行うファンド(マスターファンド)としてケイマンのビークルを組成します。そうすれば、LPSにおける海外投資制限を受けることはありませんので、外国法人への投資も自由にできます。
これに対し、マスターファンドであるケイマンのビークルに投資をすることのみを目的としたLPS等の日本のビークルをつくることがあります。このようなファンドをフィーダーファンドと言います。
ケイマンのビークルに直接投資をすることが困難な日本の投資家は、マスターファンドに直接出資するのではなく、フィーダーファンドである日本のビークルに出資を行うことで、間接的にマスターファンドに出資を行うことになります。
フィーダーファンドはマスターファンドへの投資のみを目的としていますので、実質的な投資活動はまったく行いません。実際、どういう人がフィーダーファンドを運用するかというと、基本的にはマスターファンドを運用している会社と同一だったり、関連会社だったりします。
普通、ファンドは投資活動をするためにコストがかかり、また、投資活動に対するインセンティブが必要なので、ファンドを運用するGPが、管理報酬を受領し、投資収益が発生したら、成功報酬やキャリード・インタレストといった形で成功のリターンを受けます。マスター・フィーダー構造の場合に、これらの報酬やリターンをマスターとフィーダーの両方で取ってしまうと、フィーダーの投資家から見ると、二重取りが生じてしまい、マスターファンドに直接投資をしている投資家よりも不利になってしまいます。このように、フィーダーファンドをつくる際には、フィーダーファンドの投資家が、マスターファンドに直接出資をする投資家と比べて不当に不利益にならないよう、配慮しなければなりません。
また、マスター・フィーダーの構造にするときに、マスターファンドから見ると、マスターファンドの投資家は、フィーダーファンドに投資をしている個別の投資家ではなく、フィーダーファンドという大きな1人の投資家になります。そのときに、フィーダーファンドの投資家の1人がフィーダーファンドへの出資履行を怠り、その結果、フィーダーファンドからマスターファンドへの出資履行が一部滞るようなことがあると、マスターファンドの立場から見ると、フィーダーファンド全体として債務不履行をしたということになってしまいます。そうすると、フィーダーファンドの投資家で、自らの出資義務を履行した投資家にとっては、自分とはまったく関係ないところで不利益を被る可能性があります。
そのようなことが起こらないように、マスターファンド側の契約で、マスターファンドは、可能な限り、フィーダーファンド自体ではなく、その背後にいるフィーダーファンドの個々の投資家が、マスターファンドに直接投資をしている者として扱うといったことを定めることが考えられます。これにより、あるフィーダーファンドの投資家の問題が、他のフィーダーファンドの投資家に影響を及ぼさないようにするのです。このような形で、マスター・フィーダーの構造がうまく機能するように、契約書をつくり込まなければいけません。
日本のファンドと海外のファンドを同時につくる場合の構造 ②パラレルファンド
櫻井弁護士:
日本のファンドと海外のケイマンのファンドを同時につくる場合の構造としては、もう1つ、パラレルファンドというものがあります。
パラレルファンドはどういうものかというと、たとえば、ある日本国内のPE/VCファンドのマネージャーが、主に日本の投資家向けにLPSを組成し、同時に、主に海外の投資家向けにケイマンのELPを組成する。日本のLPSとケイマンのELPは、それぞれ独立した別々のファンドとして存在しているんですけれども、実際の投資の際には、この独立した2つのファンドがまるで1つのファンドであるかのように、同一の投資対象に、基本的に同時にかつ同一条件で投資を行うという形です。
このような構造を、パラレルファンド、日本語で言えば並行ファンドといいますが、まさに2つのファンドが並行して投資活動を行うわけです。ただ、パラレルファンドは、けっこう難しいです。2つの異なるファンドがまるで1つのファンドのように動かなければいけません。ファンドが1つであれば、そのファンド内の出資比率だけが問題となりますが、パラレルファンドだと、まずそれぞれのファンドのファンドサイズで割り付けることが必要となります。
たとえば、単純な例を出します。日本のLPSのサイズが300億円で、ケイマンELPのファンドサイズが200億円であれば、ある投資先株式を全体で1000株取得する場合には、3対2で分けるので、LPSが600株、ELPが400株と割り付けて投資をするイメージです。
しかし、投資実行後にどちらか一方のファンドサイズが大きく/小さくなって、ファンドサイズの比率が3対2でなくなくなってしまう、たとえば、ケイマンELPのファンドサイズが大きくなって300億と300億で1対1となってしまったとします。そのような場合には、先ほどの投資先株式についても、LPS・ELPにそれぞれ500株を割り付けるべきであり、パラレルファンド間で取得した株式を事後的に譲渡したりして調整する必要があります。
また、それぞれのファンドが個別にどのような意思決定を行って、上記のような並行的な投資を実現するか、という点は、税務上の要請や、当該ファンド・マネージャーおよびその関係者が持つ金融ライセンスの問題等が非常に複雑に絡み合ってきます。オフショアを利用したファンドを組成する際には、このあたりのストラクチャリングをどうするかというのが重要で、我々法律アドバイザーや、税務アドバイザーが活躍する場かなと思います。
ちょっと複雑な話で熱くなってしまいました(笑)。言葉だけだとわかりにくいので、私はいつも、依頼者との会議等ではホワイトボードに図を描いて説明しています。
パラレルファンド
マスター・フィーダー
范弁護士:
ありがとうございます。先ほど、櫻井先生がおっしゃっていた、マスター・フィーダーストラクチャーなのか、パラレルなのかというのは、法律上、制度上の問題もありますが、ファンド・マネージャーの運用しやすさなど、プラクティカルな面での総合的な考慮もあるので、一概にどちらが良いとは言えないと思います。
あと、日本と海外の投資家で、お互いに目指している実質的な経済的な目的は同じですが、それぞれに背後にあるものが多少違っており、必ずしも1つのファンドに置くのが適切ではない事情もあると思います。
たとえば、日本の投資家向けとアメリカの投資家向けで違う会計基準を投資家から期待される場合、ビークルごとに会計基準を分けることがあります。
また、アメリカは特に顕著ですが、アメリカ独自の行政上の規制や税務的な問題があるため、実体的な投資条件以前に、アメリカの要請に合うような条項を入れなければいけませんが、純粋にアメリカ投資家向けのドキュメンテーションは、日本の投資家には関係ありません。関係ないドキュメントをレビューするのは時間的にも費用的にも効率的ではないと思います。くわえて、アメリカの投資家と同じ投資ビークルの中にお金を入れることで、アメリカの税務や訴訟のリスクに巻き込まれるのは非常に怖いものがあります。
そこで、たとえば、アメリカの投資家用と日本の投資家用で投資ビークルを2つに分けるという形で、実体的な利益を達成する前の交通整理をうまく行うこともできます。アメリカだけでなく、EUについても同様の考慮が働きます。
先ほど、櫻井先生からストラクチャリングは我々法律アドバイザーや、税務アドバイザーが活躍する場とお話がありました。
投資の目的や利益分配といったコマーシャルな投資条件については、ビジネスをわかっているファンド・マネージャーと投資家が大枠を決めます。ここで決定した内容を、正確かつ効率的に実行に移すところが、各専門家の腕の見せどころかなという気はします。
実際には、ビジネスサイドで大枠を決め、税務の先生方によって最適な税務でストラクチャーを組み、我々弁護士が法的な観点からこれに沿って実現させます。
このようにファンドの実務では各専門家が協働して実務を行っています。では、日本法弁護士とケイマン法弁護士はどのように協働しているか。次回、日本におけるオルタナティブ投資の展望と共にお話しします。
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LPS法上、後述のELP(ケイマン籍リミテッドパートナーシップ)を含む、外国籍のリミテッドパートナーシップは「外国法人」に含まれず、50%ルールの対象外となっている。従って、ファンドの出資額の全てをELPに投資するようなLPSを組成することは可能となる。 ↩︎
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その対価として、こうした免除要件を利用する場合、ケイマン領域内における経済活動を目的としてはならない。 ↩︎
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日本における実務上は、単独ファンドの投資家資金をユニット・トラストに入れ、これをSPCに流して投資用SPVとして活用する方式が多い(いわゆるUT-SPCストラクチャー)。 ↩︎
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他方で、日本の場合は、(特に機関)投資家は歴史的、法規制的、税務的、会計的な理由等から、ビークルとしてはユニットトラストを使いたいという需要が強い。そのため、日本投資家へ訴求する場合、ユニットトラストをカスタマイズして使うことが多く、たとえば、日本の投資家が海外のPE/VCファンドに投資をするという逆方向の投資では、キャピタルコールといったPE/VCファンド固有の条項を組み込んだいわゆるPE型ユニットトラストを設定することが多い。 ↩︎
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日本においては、ユニットトラストを使いたいという需要が強くて会社型のオープンエンドは非常に少なく、ユニットトラスト型のオープンエンド・ファンドが多数を占める。 ↩︎
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ただし、こうしたストラクチャーが現実的にできるかについては、税務上の考慮が必要である。 ↩︎
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