若手弁護士2人が語る 日本とケイマンのPE/VCファンド

第1回 ファンドとは何か PE/VCファンドの違い、オンショアとオフショアの違い

ファイナンス
櫻井 拓之弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所 范 宇晟弁護士 Harneys法律事務所

目次

  1. 櫻井 拓之弁護士、范 宇晟弁護士の専門分野
  2. ファンド組成と弁護士の関わり
  3. ファンドの全体像
    1. ファンドとは何か
    2. PEファンド、VCファンドの違い
    3. オンショア、オフショアの違い
    4. オフショアの管轄はケイマンが約80%

近年脚光を浴びるPE投資やVC投資については、弁護士の間でもキャリアの選択肢として関心が高まっています。

一方、その最上流に位置するPE/VCファンドの組成についてはあまり知られていないと大江橋法律事務所の櫻井 拓之弁護士、Harneys法律事務所の范 宇晟弁護士は語ります。

日本とケイマンの実務を知る2人の対談を通じて、3回にわたってファンドの基礎と魅力を紹介いただきます。第1回は、ファンドの概要、PE/VCファンドの違い、オンショアとオフショアの違いについてお話しいただきました。

プロフィール

櫻井 拓之 弁護士
弁護士法人大江橋法律事務所パートナー。日本法弁護士、ニューヨーク州弁護士。2006年京都大学法学部卒業、2008年京都大学法科大学院修了、2017年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M.)。2014〜2015年金融庁総務企画局市場課勤務(改正金融商品取引法立案担当)、2017年〜2018年Harneys法律事務所香港オフィスにて研修。

范 宇晟 弁護士
日本法弁護士、ニューヨーク州弁護士ならびに英国および英領バージン諸島ソリシター。 パートナー弁護士(ファンドおよび規制法担当)。オフショア法(ケイマン諸島、英領バージン諸島、バミューダ諸島、ルクセンブルク、キプロスおよびアンギラ)を扱うHarneys法律事務所香港オフィス勤務。

櫻井 拓之弁護士、范 宇晟弁護士の専門分野

范弁護士:
私は、Harneysという、ケイマン法、BVI法を中心とした、いわゆるオフショア系法律事務所ファンド業務を専門とするパートナーです。弊所は、コーポレート、ファイナンス、ファンドといったトランザクション系、紛争処理、再編/清算といった紛争処理系、いわゆる富裕層向けのウェルスマネジメント系といった全方位にアドバイスを提供しております。

私自身はPEファンド、VC(CVC)ファンド等のプライベート・アセットのファンドとパブリック・アセットを取り扱うヘッジファンド、さらには、ファンド・オブ・ファンズ/セパレート・アカウントといった各種ファンドの組成、管理を専門としています。前職では競合の最大手オフショア系法律事務所および日本の大手企業法務系法律事務所にそれぞれ所属しておりました。日本語ネイティブで日本法弁護士、ニューヨーク州弁護士ならびに英国および英領バージン諸島ソリシターの有資格者です。

櫻井弁護士:
私は、今回のテーマであるファンド関係、特にPE/VCファンドの組成やファンドへの投資の他に、金融レギュレーション、スタートアップ投資やM&A等を専門にしております。

私がファンドの分野を専門とすることになったきっかけは、2014年から2015年にかけて、金融庁総務企画局市場課に出向し、2015年の改正金融商品取引法の立案を担当したことです。金商法は毎年のように改正がされるのですが、私が主として担当したが、今回お話しするPE/VCファンドにおいて主に用いられる適格機関投資家等特例業務制度の改正でした。この法改正の立案担当者として、実際に法律案を草案したり、ファンド業界の関係者等と交渉することも経験しました。

また、米国留学後2017年~2018年にかけて、范先生が所属されているHarneysの香港事務所で研修をしました。この際に、ケイマン籍リミテッドパートナーシップを利用したPE/VCファンドの実務を経験しました。2018年の4月から大江橋法律事務所に戻って、ファンドや金融規制に関する業務等を中心にしております。

Harneysで研修していた2017年~2018年頃、范先生はまだHarneysにはいらっしゃらなかったのですが、ずいぶん前から知り合いでした。2010年に私が1年生の弁護士として大江橋法律事務所で働きだした直後くらいに、当時ロースクール生だった范先生が弊所の夏季インターン生としていらっしゃったのがきっかけですね。

その当時から、范先生はすごい能力とやる気があったことを覚えています。日本の法律事務所に所属されていたのは知っていましたが、直接的に仕事でご一緒させていただくことはありませんでした。

それが、今は私が研修でお世話になったHarneysのパートナーとして范先生がオフショアファンド業務を取り扱っていて、私は日本でファンド業務を取り扱うということで、業務を通じて再会し、このような対談をやることになったわけです。とても奇遇だなと思います。

范弁護士:
まさに十年一昔、ですよね。本当にあっという間に過ぎ去った感じですし。

櫻井弁護士:
そうですね。

范弁護士:
縁ってあるものなんですね。

ファンド組成と弁護士の関わり

范弁護士:
さて、今回の企画は、PE/VCファンドについて、日本法およびケイマン法両方の実務を経験している大手法律事務所の若手パートナー同士が比較法的な観点から語るという、自分で言うのもなんですが、なかなか他ではできない画期的な企画だと思います。

ここ10年でいわゆるオルタナティブ投資として、PE投資やVC投資は報道などでもかなり紙面を賑わせています。実際に、PE/VCファンドは戦略コンサルタント、外資系投資銀行と並んで、伝統的なMBA卒業生に加え、最近では弁護士の間でも、インハウスのみならず、投資のフロントサイドで入るという形で、いずれの部門でも人気を博しているキャリアといえます。

ただ、他方で、PE/VCファンドとはなんぞや、実際どういうことをやっているんだ、という点については実はあまり知られていません。同じ弁護士でも専門外の先生方からは「頭のいい人たちが頭のいいことやっているようにしか見えない」と冗談で言われますね(笑)。

櫻井弁護士:
PE/VCファンドの依頼者の方とよくお話をさせていただくのですが、非常に優秀なキャリアの方が多く、若い方々でも個々人が大きな裁量と責任をもって仕事をされている印象で、意思決定も非常に早いです。私も、大変ながらも非常に刺激的で楽しい毎日を送っています。

PE/VCファンドというと、一般的にはファンドからの投資の場面がイメージしやすいかと思います。しかし、例えば、PEファンドからの投資であれば、非上場企業の既発行株式の譲受けや大企業の一事業部門の買収であり、VCファンドからの投資であれば、ベンチャー企業に対して資金供給を行って対価として新規株式の発行を受けるというのが通常の形です。これは、弁護士の業務分野としては、どちらかというとM&Aの世界に近いものです。

私もこれらの業務を扱ってはいますが、我々の専門はPE/VC投資を行うための資金を集める「ファンド」のところです。「ファンドがどう作られているのか」「ファンドを作るときに、どういう風に弁護士が関わっているのか」という話が今日の主眼です。ファンドからの投資の場面に比べると、マニアックな世界で、より専門性が高い印象があるかなと思います。

若手弁護士や学生の中でも、「VCに興味があります」という方は最近非常に多いのですが、その場合の目線は、VCファンドからの投資に置かれていることが大半なんですね。私としては、その背後にあるファンドのことにも興味を持ってほしいのですが…。今回の対談では、このファンドの魅力や面白さを伝えたいと思っています。

范弁護士:
本当にマニアックに見えるかもしれませんが、櫻井先生がおっしゃっていたように「お金を集めて、投資して、リターンを得る」ことがすべてのスキームに共通します。ファンド組成がすべての始まりであり、「どこに何を投資するのか」「投資の際にどういった戦略を用いるのか」「投資した際にリターンが出たらどう分配するのか」「リスクがあったらどう分配するのか」ということについて、「何をするのか」「何ができるのか」を基礎づけるバックボーンがファンド組成です。そこがすべての起源であり、核心だと思っています。

今日は櫻井先生と私で、ファンド入門編的な位置付けで解説していきたいと思います。

ファンドの全体像

ファンドとは何か

范弁護士:
PE/VCファンドを語るにあたり、まず「ファンド」とは何か、が問題になります。ファンドというと、ファンド・マネージャーの方をイメージする方が多いと思います。いわゆる大手独立系やキャプティブと呼ばれる大手金融グループ傘下の、PEファンドを作っているマネージャーをファンドと指しているのではないでしょうか。

実は、ファンドの一番簡単な定義は「集団投資スキーム」です。本質的には、ファンド・マネージャー(お金を運用する人)が、投資家から資金を集め、そのプールした資金を様々な対象に投資し、その利益を契約内容に従って出資者たる投資家に分配するものです 1

PEファンド、VCファンドの違い

范弁護士:
それでは、櫻井先生、PEとVC 2 の違いはありますか?

櫻井弁護士:
ここは、法律的な分類というより、経済的なもの、投資対象で分類をしています。

PEファンド(バイアウトファンド)は、まさにプライベート・エクイティ(PE)なので、基本的に非上場企業を投資対象とします。一般的には、比較的社歴のある非上場企業の既発行株式を創業者から譲り受けたり、大企業の一事業部門を買収した後、付加価値を提供してバリューアップをして、取得価格よりも高い価格で第三者に売却をすることで投資回収を行い、その投資収益をファンドの投資家に分配・還元します。投資対象は非上場企業と言いましたが、上場企業の株式を公開買付けで取得して非上場化することもあります。

ベンチャーキャピタル(VC)ファンドは、事業資金が必要なベンチャー企業に対して新規投資を行って株式等を取得し、そのベンチャー企業が成長し、最終的にはIPOやM&A等を通じて投資回収をして、大きなリターンを狙うファンドです。VCファンドの投資対象であるベンチャー企業も非上場企業なので、広い意味ではPEファンドということもできます。

このように、PEファンドとVCファンドの主な違いは、その投資対象・投資戦略になるのですが、PEファンドの方がすでに社歴があって事業規模の大きい企業が投資対象となるので、VCファンドに比べると、1件あたりの投資金額が大きく、ファンドサイズも大きい傾向にあるかなと思います。

また、PEファンドは、1件あたりの投資金額が大きくなる分、1つの投資案件に対して、ファンド投資家からの出資金額だけでなく、金融機関からの借入も行ってレバレッジをかけて投資をするケースが多いという特徴もあります。逆に、VCファンドは、レバレッジをかけて投資をすることは比較的少ないかなと思います。

范弁護士:
投資先に対する関与はどんな感じですか?たとえば、PEだと安定したキャッシュフローを生み出す成熟企業を数社選別し、その過半数(マジョリティ)の株式を取得しますよね。具体的な関与については程度の差はありますが、役員として人を送り込んでバリューアップさせる(ハンズオン)のが基本戦略かと思います。VCの場合は、スタートアップ、アーリーステージ、グロース、プレIPOといった各ステージごとに異なった関与になるのでしょうか?

基本的にはマジョリティの株式を取得しないのですよね?

櫻井弁護士:
そうですね。特に日本のベンチャー企業では、創業者がマジョリティの株式を保有しているのが通常なので、VCファンドがマジョリティを持つことはあまりありません。ただ、VCファンドでも、その投資戦略によって、投資先のベンチャー企業との関わり方は結構違います。

たとえば、アーリーステージでリード投資家となる、すなわち、投資家の中で最大のシェアを取得するような投資を行うVCファンドであれば、投資をしたうえで、ベンチャー企業に取締役を派遣し、経営や人事採用にも関わって、正にハンズオンで支援を行います。

范弁護士:
ありがとうございます。ところで、上記の差はあるものの、PEファンドとVCファンドについては、多くの場合「PE/VC」とスラッシュでつなぎ、どちらかというと同じ括り 3 で話すことが多いのかなと思います。その理由を考えると、まずは投資対象の流動性が1つのキーワードになると思います 4

たとえば、ヘッジ・ファンド 5 は上場株式等を主として投資対象としますが、上場株式は証券取引所で売値買値がつき、すぐに換金できるので、流動性が高いです。急にキャッシュが必要となっても、あるいは、投資しているファンドのパフォーマンスに不満があれば、投資家はマネージャーにその意向を伝えれば、原則としてマネージャーは投資家の有する現在価値に対応する額の株式をすぐに市場で売って換金し、これを払い戻す(償還)ことで投資家は出ていく、それが任意のタイミングでできます。これをオープンエンド型のファンドと言います。

これに対して、PE/VCファンドが投資対象とする非上場株式には、基本的に市場価格や取引所がないため、流動性がありません 6。そのため、投資家から明日お金が必要だから払い戻ししてくださいと言われても、ファンド・マネージャーも投資資産を直ちに売却して換金することができません。また、PE/VCファンドは、非上場株式に投資し、数年間かけて株式価値が上昇するのを待つことを前提としていますので、利益が出るまで一定の期間が必要(いわゆるJカーブ)であり、途中で株式を手放すと利益を最大化できません。そのため、いったん投資したら期限前償還ができないクローズドエンド型のファンドとなります。

PEファンドもVCファンドも、両方とも流動性が低い非上場株式を投資対象とするので、通常はクローズドエンド型になります。そのため、ファンドを組成する立場から言えば、実はPE/VCファンド間で大きな違いはなく、むしろヘッジ・ファンドかPE/VCファンドかという違いで見ますね。

オンショア、オフショアの違い

范弁護士:
さて、ファンドをもう1つの属性から分けるとオンショアかオフショアかということになろうかと思います。

オフショアとは、オンショアとの対比から生じる概念で、非居住者が取引を行うために利用するプラットフォームを指します。ファンドの文脈で言えば、オフショアという居住者とは異なる管轄法源(プラットフォーム)を利用することで、効率的な資金移動(キャピタルフロー)ができ、不必要な負担から解放されて本業である投資に専念できるのです。

このプラットフォームには、いくつかの要件が必要です。

たとえば、日本で著名なファンド・マネージャーが中国圏、韓国およびシンガポールの著名な投資家たちから資金を集めて東南アジアのスタートアップ企業に投資する例で考えてみましょう。

まず、重要になるのは租税中立性です。PE/VCファンドは、投資家からお金を集めて、1つの容器(投資ビークル)にプールし、この投資家資金を利用して株式投資し、最終的には相対で売却する、あるいはIPOをすることで利益を確保し、投資家とマネージャーで分配するものです。これらのいずれの過程においても、このプラットフォームを介することによる「追加的な課税」は一切ないことを確約するのが租税中立性です。

このいずれの過程においても、投資ビークルの管轄国から追加的な課税がかかると困ったことになります。

たとえば、株式投資の際、利益を分配する際に、それぞれお金が投資ビークル管轄国のボーダーを超えることになりますが、ここで様々な形式で“出国税”が課されると、正当に課税されるべきものに加えて、単に国境を越えて資金が移動することのみによって課税されてお金が出ていってしまい、投資に対するリターンの効率が下がります。基本的には、こうしたプラットフォームには租税中立性が保たれている法域が選ばれます。

ちなみに、皆さんは「タックスヘイブンと言われる地域にお金を集めれば、そこが課税地になるため、税金を回避できるのでは?」と考えるかもしれません。しかし、それはできません。投資先の実体的経済活動には各投資先管轄国の課税がありますし、分配を受ける際には各投資家居住管轄国から課税されます。そのため、あくまで回避できるのは「追加的な」課税です。

本来、課されるべき経済活動、分配に関する課税は、どのように対応しても各国で払うことになります。
また、日本を含め、世界各国でそれぞれのいわゆるタックスヘイブン対策税制というものがありますので、ペーパーカンパニーをオフショアに置いて税金を回避する、というのはできないと思ってください。

さらに、ファンド・マネージャーと各国投資家間で“共通言語・認識”があれば、ファンド・マネージャーの法源を問わずに(中立的に)、投資家は投資内容の議論に専念できます。たとえば、アメリカ・デラウェア州やケイマン諸島のスキームであれば、おおよそ全世界の業界人はどういうものか共通の認識があるので安心して使えます。

これに対して、外国投資家に、日本語で書かれている日本のファンド制度について事前認識を有していると期待するのはちょっと難しいのかなと思います。

外国投資家にとっては、日本のファンド・マネージャーが魅力的な投資提案を持ってきた場合、その可否を検討する前に、まず「日本のスキームとはなんぞや」というリサーチをする必要があります。日本語を外国語に翻訳し、安心して使えるかどうかを日本の税理士や弁護士に確認してそのメリット・デメリットを検討しなければいけません。これは、追加的なリスクであり、コストとなります。投資家サイドからすると不要なリスクですよね。

逆もしかりで、日本の投資家が海外ファンドの投資の際にも各国それぞれで違うファンド制度をその都度リサーチしないと使えないとなったら、よほど有望な案件が出ない限り、二の足を踏んでしまいます。そういった意味で、共通言語を共有できる有名なファンドの管轄というのは重要かなと思います。

加えて、投資ビークル自体は利益を生まないのでそこにコストをつぎ込むのは得策ではありません。ファンド・マネージャーにとっては、柔軟に、迅速に、効率的に操作ができる制度設計が肝要です。たとえば、ファンドをつくる際に、取締役を居住者に限定したり、毎年物理的に現地で株主総会/取締役会を開催することを強いられるのは大きな負担です。まぁ最初の数回はケイマンに行ったついでのカリブ海旅行が楽しみかもしれませんが(笑)。

VCファンドの場合はたくさんの投資をしていると思うので、その都度、現地で取締役会を開催するとなると大きな負担ですよね。どうしたら効率的な“ハコ”の運用ができるかというのは、非常に重要だと思います。

もう1つ重要なことは、人材プールが豊富であることと、紛争解決手段が確立されていることです。

ファンドについては、弁護士、監査人、ファンド・アドミニストレーター等、多数の関係者がおり、極めて精密なスキームを組み、正確にオペレートする必要があります。それぞれの関係者が非常に高いレベルでアドバイスや運用することが必要です。高度人材が多ければ多いほど良いですよね。

また、景気が良いときは問題ないのですが、市場が冷え込んでいる際には、ファンド・マネージャーと投資家の間で「儲からないから撤退したい」「お金を出すと約束したのに出していないじゃないか」といった様々な紛争が起こりやすくなります。きちんと権利救済をしてくれるところがなく「景気が悪くなった≒お金が返ってこず泣き寝入り」となるとすべてがリスクになります。権利救済についても、きちんとした紛争解決手段を確保していることも重要かなと思います。

オフショアの管轄はケイマンが約80%

范弁護士:
オフショアの管轄を選ぶ際、だいたい前述した要素を考慮して決めますが、全世界のファンド管轄の約80%がケイマン・ファンドと言われています。その理由は、上述の必要要件から考えるとわかりやすいと思います。

実は、ケイマンでできることは、多かれ少なかれ、他のオフショア‐BVI:British Virgin Islands(英領ヴァージン諸島)、バミューダ、ジャージー島等の英国海外領土や王室属領‐でもできますので、ケイマンでなければならないという必然性はありません。

実際にも、中華圏の新興ファンド・マネージャーやクライアントには、より安く、より中華圏フレンドリーに法制度やオペレーションをカスタマイズしているBVIも現実的なオプションとなっています。

それでもケイマンがその優位性を保っているのは、まずは租税中立的であることです。ケイマンを介することによる追加的な課税は一切ありません。

また知名度が非常に高く、世界中のファンド・マネージャーや投資家の中で「ケイマン・ファンド」についておおよその共通認識があります。つまり、デフォルトスタンダードになっています。すべての議論はケイマンから始めて、「ケイマンでは目標としているものが達成できない」「もっと効率が良いものがある」場合に他のものを考慮する状況になっています。

ケイマンは、イギリスの海外領であり、公用語は英語です。紛争処理については、イギリス本国のコモンローをベースに発展しているため、基本的にはイギリス法で考えます。裁判官は、基本的に、本国でHigh Court判事の経験があり、最終的には本国枢密院で判断されるため、イギリスで解決できる安心感があります。

イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、香港、シンガポールといった旧英連邦(コモン・ウェルス)の主要国から高度人材が集まりやすく、法制度的にも、ローカル要件が少なく、権利の譲渡もしやすいという使いやすさがあります。

櫻井弁護士:
私はHarneysで研修をさせていただいた前後くらいで、いわゆるパナマ文書の問題があり、「オフショア=税金を回避してお金持ちが悪いことをするスキームで使われている」という言われ方をしていました。

范弁護士:
タイムリーですね。

櫻井弁護士:
そう。でも、Harneysでの勤務経験を経て、私はまったく逆の感覚を持ちました。

たとえば、マネロン対策(AML/CFT)のルールも厳格ですし、ものすごくクリーンであることを追求している印象を持っています。クリーンで安全でないと、ケイマンでファンドを組成してもらえないから、法制度もしっかりしているし、専門家もたくさんいます。

范弁護士:
実際に、OECDやEUから求められる要請について、毎年いろいろな議論があり、法改正もOECDやEUスタンダードに合わせようとしていますよね。

櫻井弁護士:
そうですね。あとは、ファンド・アドミニストレーター等のサービスプロバイダーが充実しているのは、ケイマンと日本の大きな違いですね。ケイマンでは、ファンドの管理業務は、ファンド運用会社自身が行うのではなく、ファンド・アドミニストレーターに委託するのが通常です。これにより、ファンド運用会社は、ファンドとしての投資活動に注力できます。

他方で、日本は、ファンド管理業務を提供するアドミ業務を専業とする会社さんはまだまだ少ないです。
また、ファンド管理業務を外部のアドミ会社に委託をする文化がまだ一般的ではありません。本来ファンド運用会社側自身がやるものという感覚もあり、アドミ会社を採用する場合、その費用をファンドが負担するのではなく、ファンド・マネージャーが管理報酬から支払うケースも多い印象です。

そのため、国内のファンドでは、ファンド管理業務をファンド・マネージャーで内製化しているケースが比較的多いのですが、人材不足やノウハウ不足があり、現場の負担は大きい感じがしています。

最近では、FATFの第四次相互審査で日本のAML/CFT対策について厳しい指摘がありましたが、ファンドにおいても、その管理体制をより問われる可能性が高いように思います。その意味では、ケイマンのように、ファンドに関わる様々な周辺サービスのニーズが高まっていくことはあると思っています。

范弁護士:
ところで、ファンドは非常に精巧かつ膨大な量の関連書面が悪名高いです。たとえばリミテッドパートナーシップですと、まずは、パートナーシップ契約(LPA:Limited Partnership Agreement)があって、目論見書(PPM:Private Placement Memorandum)があって、引受契約(Subscription Document)があると思います。これは、下手すると100ページ、200ページいきますよね。全部読んでいられますか?

櫻井弁護士:
ケイマン・ファンドの契約書のレビューをする仕事をけっこうやっていますが、すべてを読むのは無理です。弁護士の私からしてもかなり厳しいですし、依頼者側もその点に多大なコストをかけられません。

ただ、先ほどの「共通言語」というお話とも絡むのですが、ファンドの基本的な構造に基づき、共通したターム(主要な項目)についての標準的な内容があるように思います。

基本的な構造・標準的な条件がわかると、何百ページもある契約書を隅から隅まで読まなくてはならないという感覚はありません。標準的な条件から「どの項目が違うか」「どのように違うか(自身にとって有利か不利か、それがどの程度か)」「違うところをどう手当てしていくのか」という形で見ると、膨大な書類のすべてを見る必要はなく、勘所がわかります。

范弁護士:
共通言語化していくためには、いろいろな先例の積み重ねが必要なんですよね。先ほど申しましたとおり、スタートポイントは大同小異なのですが、各国の異なるスタンダードに合わせたいろいろな国の需要があって、交渉の結果、皆がうまくいったと感じたものが共通化していくと思います。慣れている定評のあるファンドで皆が始めて、そこからどんどん洗練されていくというプロセスです。

定評のあるスキームを提供している法域、たとえばケイマンですと、皆が使っていて、共通言語化しているので、先例を積み重ねていけば「本当に問題になりそうな箇所」や、「書いていないと困るけどマーケットスタンダードになっているから気を付ける必要はない箇所」など、濃淡をつけた読み方ができます。
逆に、普段見たことがない法域の書面については、一項一項丁寧に読み込んでリスク評価をしなければなりません。 この点からも、定評のある法域に集中する理由が説明できるでしょう。

さて、ここまでがいわゆるオンショア、オフショアとの違いかと思います。では日本でのPE/VCファンドはどうなっているかというと、実は国内スキームとオフショア(ケイマン)スキームがそれぞれ役割に応じて棲み分けされている状況です。

櫻井先生、次回は国内スキームについてご紹介をお願いいたします。


  1. そのため、「PEファンドに就職/転職しました」とよく聞くが、ファンドそのものではなく、実際にはファンドを組成・運用している、ファンド・マネージャーに就職/転職したと言ったほうが正確である。 ↩︎

  2. ここではVCの枠組みにスタートアップ、アーリーステージ、グロース、プレIPOといった各投資対象のステージを含めている。 ↩︎

  3. グロース・キャピタルはある意味でPEとVCの中間なのでここではあえて別のものとしては取り上げない。 ↩︎

  4. オープンエンド型では合意によるロックアップ条項によりたとえば投資してから1、2年は償還が制限されたり、クローズドエンド型でも、たとえば契約上の規定に従ってセカンダリー市場においてファンド持分の譲渡をすることができるので、両者の差異は原則であって絶対的なものとまでは言えない。 ↩︎

  5. ここでは、様々な投資戦略を駆使して流動資産に投資するファンドという極めて広義な意味で使用している。 ↩︎

  6. これは不動産投資・インフラ投資といったプライベート・アセット全般に当てはまる。 ↩︎

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