ガン・ジャンピング規制と海外における執行例
競争法・独占禁止法当社は、競合事業を営むA社の全株式の取得を計画しており、日本のほか、米国、欧州、中国で企業結合の届出が必要となる見込みです。特に海外の市場に影響を及ぼす企業結合を行う場合には、ガン・ジャンピング規制に注意する必要があると聞きましたが、どのような行為がガン・ジャンピングにあたるのでしょうか。また、ガン・ジャンピングとして当局から制裁を受けた、米国、欧州および中国における具体例を教えてください。
当設問では、A社の全株式を取得する予定ということですが、株式取得を実行するまでは、自社とA社はそれぞれ独立した事業者として活動を継続しなくてはなりません。ガン・ジャンピングとは、平たくいえば、株式取得などの企業結合をフライングして行うことを意味します。フライングには、届出要件を満たすのに届出を行わず、または、届出後待機期間が満了する前に企業結合の実行とみなされる行為を行ったり、企業結合実行前に特に措置を講じず競争上の機微情報を交換したりすることが含まれます。
本件の企業結合審査が行われる予定の米国、欧州、中国の当局は、ガン・ジャンピング規制に違反した企業を積極的に取り締まっており、日本企業が制裁金を科された例もあります。特に米国、欧州では制裁金が高額になることがあるので注意が必要です。
解説
ガン・ジャンピング規制の概要
「ガン・ジャンピング」(gun jumping)とは、スタートの銃声が鳴る前に飛び出してしまうこと、つまり「フライング」を意味します。競争法の関係では、企業結合が完了する(いわゆる「クロージング」)まで当事会社はそれぞれ独立した事業者として活動しなくてはならないところ、企業結合をフライングして行ってしまうことを「ガン・ジャンピング」と呼びます。ガン・ジャンピングに関する規制には、大きく分けて手続法規制と実体法規制の2つがあります。
手続法規制
株式取得等の企業結合を行うにあたり、各国の届出基準を満たす場合には、当該国の当局に対する届出を行う必要があり、これを届出義務と呼びます(「日本企業間で株式取得や事業譲渡を行う際に海外での届出が必要となる場合」を参照)。また、届出をしてから各国の競争法で定める待機期間が経過するまでは、企業結合の実行(設例であれば、A社株式の取得)が禁止され、これを待機義務と呼びます(「各国における企業結合届出後の待機期間(米国、欧州、中国、インド、ブラジル)」)を参照。届出義務および待機義務は、企業結合に関する競争法上の手続についての規定であるため、手続法規制と呼ばれます。
ガン・ジャンピングと呼ばれる行為の1つの類型として、手続法規制違反があります。手続法規制違反は、以下の3つのパターンに分けられます 1。
② 複雑なスキームにより手続法規制を潜脱する等による届出・待機義務違反
③ 届出後待機期間満了前に企業結合の実行と評価される行為をする待機義務違反
③の、企業結合の実行と評価される行為には、欧州および中国では支配の取得が、米国では受益的所有権(beneficial ownership。実質的に所有者としての権利を享受できる地位をいいます。)の移転が該当します。
実体法規制
各国の競争法は、競争事業者間で競争に悪影響をもたらすおそれのある(「反競争的」といいます)行為を共同して行うことを禁止しています。これは、手続ではなく実体法上の規定であるため、実体法規制と呼ばれます(「カルテル規制」と呼ぶこともあります)。
企業結合に至る過程では、デュー・ディリジェンスやシナジー検討等の目的で、当事会社間で様々な情報が開示または交換されます。しかし、競争上の機微情報(具体的には、現在・将来の具体的な製品の価格・コスト情報、顧客との具体的取引条件、現在・将来の事業計画等)を、競争事業者間で開示または交換することは、価格カルテルや市場分割といった反競争的行為を招くおそれがあります。
そこで、特に現在または潜在的な競争事業者である当事会社間の企業結合の場合には、ガン・ジャンピングの類型のうち、実体法規制にも注意する必要があります。具体的には、会社が取得した企業結合の相手方の機微情報に、営業活動や事業上の意思決定に関与する役職員が触れないようにするための情報遮断措置を講じず、相手方の機微情報をそのまま当該役職員に開示する場合には、実体法規制違反につながるおそれがあります。また、企業結合の実行前に、競争事業者である当事会社間で共同行為や調整行為をする場合、手続法規制(③のパターン)だけでなく、実体法規制違反の問題が生じ得ます。
海外における執行例
ガン・ジャンピングは、多くの競争当局により規制されていますが、以下では、制裁金が高額になるリスクのある米国および欧州と、日本企業の企業結合において届出が必要となることが多い中国について、具体的な事案を1つずつ紹介します。なお、欧州では、欧州委員会による執行のほか、加盟国各国の当局による執行も積極的に行われています。
米国
(1)事案の概要
木製パネルの製造会社であるFlakeboard America Limited(「F社」)と、競争事業者であるSierraPine(「S社」)は、2014年1月13日、S社の保有する3つの工場(「3工場」)をF社に譲渡すること(「本件取引」)に合意し、F社は同月22日に企業結合の届出を行いました。当該企業結合の審査は二次審査に進み、待機期間満了は同年8月27日でした。
(2)違反認定された行為
米国司法省は、待機期間中に行った以下の( i )~(v)の行為は、F社のS社に対する業務管理権の行使であり、F社がS社の受益的所有権を取得したとして、手続法規制違反(③のパターン)に該当すると同時に、競争法上の機微情報を開示し、工場閉鎖に備えた共同行為を行ったことが、実体法規制にも違反すると判断しました。
( i )F社とS社は合意の上、3工場のうち削片板工場であるオレゴン州スプリングフィールド所在の工場(「スプリングフィールド工場」)を待機期間中に閉鎖。
( ii )F社とS社は、スプリングフィールド工場の顧客を、同じくオレゴン州に所在するF社の削片板工場に移転することに合意。スプリングフィールド工場の顧客に関する競争機微情報(名称、連絡先、購入製品の種類及び数量)をS社からF社に提供し、F社は同情報を自社の営業担当者に提供。
( iii )F社の要求を受け、 S社は自社の営業担当者に、スプリングフィールド工場の閉鎖後、スプリングフィールド工場の顧客に対し、F社がその事業を引き継ぎ、S社と同等の価格で製品を提供する意向があることを知らせるよう指示。
( iv )F社の要求を受け、S社の顧客をF社が引き継げるように、S社はスプリングフィールド工場の主要な営業担当者に対し、本件取引後彼らをF社において雇用することを保証。
( v )上記 ( ii )~( iv )によりF社がスプリングフィールド工場の顧客に連絡する際有利な立場になるように、同工場閉鎖についてのプレスリリースの時期を両社で合意して遅らせた。
(3)制裁の内容
米国司法省は、待機期間中にF社がS社に対して管理権を行使し、受益的所有権を得たとして、HSR法違反(手続法違反)に基づき両社に対しそれぞれ190万ドルの制裁金を科しました。さらに、スプリングフィールド工場を閉鎖してS社の顧客をF社に移転したことにつき、F社に対しシャーマン法違反(実体法違反)に基づき115万ドルの支払を科しました。
なお、米国司法省から、削片板以外の製品に関して競争法上の懸念があると指摘されたことから、結局両社は本件取引を中止しましたが、米国司法省は、スプリングフィールド工場は閉鎖されたままであり、本件取引を中止したことが違反を治癒するものではないと判断しました 2。
欧州
(1)事案の概要
ベルギーの電力会社であるElectrabel S.A.(「E社」)は、2003年6月からフランスの電力会社である公共企業Compagnie Nationale du Rhône(「R社」)の株式を取得し始めました(「本件株式取得」)。2007年8月、E社は本件株式取得が事実上の支配権の取得に該当するか欧州委員会に意見を求め、支配権の取得に該当する旨の欧州委員会の意見に基づき、2008年3月26日に企業結合の届出を行いました。
欧州委員会は2008年4月29日に本件株式取得を認めるクリアランスを出したものの、E社がR社の支配権の取得をしたのがいつかについては判断を留保しました。
(2)違反認定された行為
欧州委員会は、以下の事実から、届出より4年以上前の2003年12月23日に、E社がR社の事実上の単独の支配権を取得していたと認定し(取得する議決権が過半数に及ばない場合でも「支配権の取得」に当たることがあります。「日本企業間で株式取得や事業譲渡を行う際に海外での届出が必要となる場合」)、それ以前に届出を行わなかったことが手続法規制違反(①のパターン)であると判断しました。
( i )2003年12月23日、E社がR社の株式及び議決権を追加取得し、R社株式の49.95%および議決権の47.92%を有する最大株主となった。
( ii )R社の他の株主の株式保有比率および株主総会への出席状況に鑑み、E社は安定多数を確保していた。
( iii )E社はR社唯一の電力会社の株主で、前株主から引き継いだ発電所の運営管理、売電マーケティング等経営の中心的役割を果たしていた。
(3)制裁の内容
欧州委員会はE社に対し、2,000万ユーロの制裁金を課しました 3。なお、E社は欧州委員会の決定を不服として訴えましたが、2014年7月3日、欧州司法裁判所判決により欧州委員会の決定が維持されました 4。
中国
(1)事案の概要
キヤノン株式会社(「C社」)は、東芝株式会社(「T社」)の保有する東芝メディカルシステムズ株式会社(「TMS社」)の全株式の取得を計画しました。最初からC社がTMS社の株式を取得するのではなく、二段階の取引に分けて実行するスキームが組まれました。一段階目の取引に先立ち、特別目的会社(「M社」)を設立し、また、TMS社の普通株式を①議決権付株式、②無議決権株式、③新株予約権の3種類に変換しました。
第一段階として、2016年3月17日、T社はC社にTMS社の②無議決権株式と③新株予約権を譲渡し、また、M社に①議決権付株式を譲渡しました。第二段階として、C社が③新株予約権を行使してTMS社の議決権付株式を取得し、TMS社が①議決権付株式と②無議決権株式を自己株式取得し消却することで、C社がTMS社の議決権付株式を100%取得することが計画されました。C社は、第一段階実行後に日本の公正取引委員会や中国商務部を含む各国当局に企業結合の届出を行い、クリアランスを取得した後、同年12月19日に第二段階を実行しました。
(2)違反認定された行為
中国商務部は、以下の事実から、C社がTMS社の株式を取得することについて中国商務部に対する届出を行う前に、第一段階の取引を実行したことが、手続法規制違反(②のパターン)であると判断しました 5。
( i )問題となる取引はC社によるTMS社の全株式の取得であり、当該取引は第一段階及び第二段階の2つのステップで実施されるものの、2つは密接に関連し、C社がTMS社の全株式を取得するためにいずれも不可欠である。
( ii )C社およびTMS社の中国内売上高は届出要件を満たす。
( iii )2016年3月17日の時点で、TMS社の株式および新株予約権が譲渡され、T社に対価が支払われた。
(3)制裁の内容
中国商務部は、C社に対し、30万人民元の制裁金を科しました。他方、C社によるTMS社の株式取得自体は、競争法上の懸念がないとして承認されました。
なお、この事案について、日本の公正取引委員会も、上記の一連の行為を公正取引委員会への届出を行う前に実行したことは事前届出制度の趣旨を逸脱し、独占禁止法に違反する行為につながるおそれがあると判断し、今後このような行為を行わないようC社に対して注意を行うとともに、T社に対して今後事前届出制度の趣旨を逸脱するような行為に関与することのないよう申入れを行いました 6。
まとめと防止策
制裁金が高額になるリスクのある米国・欧州と、日本企業の企業結合において届出要件を満たすことの多い中国について具体的な例を紹介しました。他にも韓国、インド、ブラジル、欧州加盟国各国など、海外ではガン・ジャンピングに対して制裁金が科された例が多くあります。
最近(2020年7月公表)では、2018年に台湾企業とトルコ企業がオランダで合弁会社を設立した際に、中国の届出基準を満たすにもかかわらず中国当局に届出を行わなかったことが、手続法規制違反(類型①)に該当するとして、中国当局が台湾企業とトルコ企業にそれぞれ30万人民元の罰金を科した事例もあり、外国企業同士の合弁会社設立に対して当局が制裁を科すリスクもあります。そのため、特に海外の市場に影響を及ぼす企業結合を計画する際には、ガン・ジャンピング規制に留意する必要があります。
ガン・ジャンピング規制のうち、手続法規制違反を避けるには、計画している企業結合が各国の届出要件を満たすか慎重に検討する(類型①)ことは当然のこととして、複雑なスキームを組む場合には、それぞれの段階の取引ではなく全体として届出要件を満たすかという視点から、どの段階で届出を要するか慎重に検討する(類型②)、クリアランス前に対象会社の独立性を失わせたり、実質的に決定権を行使したりしないよう留意する(類型③)ことが必要です。また、実態法規制違反を防ぐには、弁護士等にも相談のうえで情報交換に関するルールを制定し、適切な情報遮断措置を講じることが重要になります。
-
経済産業省「海外ガン・ジャンピング規制についての実態と対策調査報告書」(2018年5月) ↩︎
-
https://www.justice.gov/sites/default/files/opa/press-releases/attachments/2014/11/07/flakeboard_complaint.pdf
https://www.justice.gov/atr/case-document/file/496471/download ↩︎ -
https://ec.europa.eu/competition/mergers/cases/decisions/m4994_20090610_1465_en.pdf ↩︎
-
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/en/TXT/PDF/?uri=uriserv%3AOJ.C_.2014.292.01.0006.01.ENG ↩︎
-
http://www.mofcom.gov.cn/article/xzcf/201701/20170102495314.shtml ↩︎
-
公正取引委員会「(平成28年6月30日)キヤノン株式会社による東芝メディカルシステムズ株式会社の株式取得について」 ↩︎

弁護士法人大江橋法律事務所