カルテルの被害者から提起される米国訴訟におけるディスカバリーの概要とリスク

競争法・独占禁止法

 米国では、カルテルに参加した企業が被害者から損害賠償を求める訴訟の提起を受けた場合、ディスカバリーという手続への対応が大変であると聞きましたが、ディスカバリーとはどのようなものですか。その概要を教えてください。

 米国訴訟におけるディスカバリーとは、トライアル(正式事実審理)の前にその準備のため、法廷外で当事者がお互いに、事件に関する情報を開示し収集する手続のことをいいます。ディスカバリーの及ぶ範囲は非常に広く、不利な情報等を開示することになるリスクがあるとともに、これに対応するための労力や費用は相当な負担となります。ディスカバリーのリスクのなかには事前に対策を検討しておくことができるものもありますので、日頃の対策が重要な意味を持ちます。

解説

目次

  1. はじめに
  2. ディスカバリーの概要
    1. ディスカバリーとは
    2. 具体的な方法
    3. ディスカバリーおよび訴訟全体の流れ
    4. eディスカバリー
    5. ディスカバリーの及ぶ範囲等
  3. ディスカバリーに関するリスク
    1. 不利な情報や開示の必要のない情報を開示するリスク
    2. ディスカバリーに対応するための労力や費用
    3. ディスカバリーに関する義務に従わない場合の制裁
  4. 文書等の保全義務とリティゲーション・ホールド
  5. 日頃の対策
  6. さいごに

はじめに

 カルテルに参加した企業が、被害者から損害賠償を請求される 1 ことはよくありますが、米国では、当該損害賠償を求める訴訟の提起を受けた場合、ディスカバリーという手続に対応する必要があります
 以下では、そのディスカバリーについて、概要、関連するリスク、日頃の対策について説明していきます。カルテルに参加した企業が被害者からクラスアクションにより損害賠償請求されることも多いですが、クラスアクションの概要とリスクについては、『カルテルの被害者から提起されるクラスアクションの概要とリスク』を参照してください。

 なお、本稿は、日本企業を当事者とする裁判において適用されることが多いと思われる連邦民事訴訟規則の観点から述べています。

ディスカバリーの概要

ディスカバリーとは

 米国訴訟におけるディスカバリーとは、トライアル(正式事実審理)の前にその準備のため、法廷外で当事者がお互いに、事件に関する情報を開示し収集する手続のことをいいます。日本では、各当事者が自ら証拠を収集することが原則ですが、米国では、訴訟の初期の段階において、このディスカバリーにより相手方から相当広範囲に情報を収集することができます。
 なお、ディスカバリーの手続は、原則的には当事者主導で行われます。

具体的な方法

 ディスカバリーには、自発的に行う情報開示と、相手方の要求を受けて行う情報開示の2種類があります。自発的に行う情報開示には、証人候補者や保険に関する情報等を明らかにする初期開示(initial disclosure)、専門家証言の開示、トライアル前の開示の3種類があります。また、相手方の要求を受けて行う情報開示には、自白の要求、土地等への立入りや身体・精神検査のほかに、以下の方法があります。

① 質問書(Interrogatories)

 質問書とは、一方当事者が他方当事者に対して、訴訟に関連する質問を書面によって送付するものです。

② 文書等提出要請

 文書等提出要請とは、当事者が相手方(または第三者)に対し、文書や有体物等を提出することを要請するものです。文書等の提出を求める当事者は、その題名、作成日付や内容について細かく特定する必要はなく、「~について言及している文書」、「~に関連する文書」の提出を求めるといった要請を行えば、相手方は、ディスカバリーの対象となる文書等であって、自ら所有、保管、支配しているものを提出しなければなりません。

③ デポジション(Depositions)

 デポジションとは、法廷以外の場所、たとえば弁護士事務所などで、訴訟の当事者が相手方や証人に対して質問し、その回答を書面化する手続です。
 裁判官が立ち会うことなく、速記官によって、質問、回答、質問に対する異議などのすべての手続が記録されます。ここで記録された証言は、トライアルでの証言を弾劾するために用いたり、老齢・疾病等のためにトライアルに証言者が出廷できないときに用いることができます。

ディスカバリーおよび訴訟全体の流れ

 一般的にディスカバリーは、①初期開示、②質問書と文書等提出要請、③デポジションという順序で行われることが多く、これも含めた訴訟全体の流れをごく簡単な図にすると以下のとおりです。

ディスカバリーおよび訴訟全体の流れ

eディスカバリー

 「電子的に保存された情報」(Electronically Stored Information)を対象とするディスカバリーeディスカバリーと呼ばれます。その対象は、Eメール、ワード文書、エクセルファイル、PDFファイルなどだけでなく、ファイルのメタデータ(たとえば、ファイルの作成者、作成日時、修正履歴などの情報)まで含まれます。近時は、情報が電子的に保存されることが多く、また、Eメールなどを含め、企業活動において日常的に大量に電子情報が作成されていることから、米国訴訟においてもこのeディスカバリーの重要性が増しています。

ディスカバリーの及ぶ範囲等

 ディスカバリーの及ぶ範囲は、当事者の請求または防御(抗弁)に関連し、秘匿特権(privilege)等 2 が認められない事項に関するものとされていました。すなわち、秘匿特権等が認められる情報は開示の必要がない一方で、関連性は一般に広く解されており、ディスカバリーの対象は極めて広範囲に及んでいました。2015年の連邦民事訴訟規則改正により、争点の重要性、関連する情報へのアクセスの格差、当事者の資金、争点解決のためのディスカバリーの重要性等を勘案した事件での必要性との均衡が要件とされましたが、その後も、実際には広くディスカバリーが認められています。

 秘匿特権等が認められる文書はディスカバリーの対象になりません。秘匿特権は、ある種の情報については特定の目的のために開示されるべきでないという欧米社会の考え方に基づくものであり(秘匿特権の対象や範囲は、適用される法によって違いがあります 3)、企業間の紛争において最も行使されるのが、弁護士と依頼者間のコミュニケーションを対象とする弁護士・依頼者間の秘匿特権です 4

 また、秘匿特権等が認められない場合にも、重要な営業秘密については、広範囲に開示したくないという場合があります。このような場合、裁判所に対し、ディスカバリーの対象事項の限定や開示された情報の使用の制限などを内容とするプロテクティブ・オーダー(開示制限命令)を求めることができます。たとえば、営業秘密が記載された文書については、相手方代理人たる弁護士にしか開示せず、相手方の企業の担当者が直接見ることはできないようにするとか、開示された情報は訴訟以外で用いることができないようにするといった方法により、営業秘密の保護を図る例があります。

ディスカバリーに関するリスク

不利な情報や開示の必要のない情報を開示するリスク

 当事者はディスカバリーにおいて自らに不利な情報も相手方に開示しなければなりません。不利だから開示したくないという主張は認められません。特に内部文書、個人のメモやEメールなど安易に作成した文書が、後の訴訟において、非常に重要な証拠になることもあります。
 また、特に文書等の量が膨大である場合に、チェックが不十分となり、関連性がない文書等や弁護士・依頼者間の秘匿特権が認められる文書等を誤って開示してしまうというリスクもあります。

ディスカバリーに対応するための労力や費用

 相手方から文書等提出要請がなされた場合、その提出の要否を判断するために、会議メモ、実験データ、プレゼンテーションマテリアル、さらには個人のメモに至るまで、文書等の1つひとつにつき、関連性があるか、秘匿特権等が認められるか等を判断する必要があります。そのための検討(レビュー)や分析に膨大な時間を要します。また、相手方から開示された文書等についても時間をかけて分析しなければなりません。

ディスカバリーに対応して文書等を提出するまでの流れ

ディスカバリーに対応して文書等を提出するまでの流れ

 最近は、検討(レビュー)対象の一部の文書等について、人がレビューをしたうえで、当該レビュー結果をAIに学習させることにより、その他の文書のレビューの効率化が図られることもあります。いわゆるディスカバリー・ベンダーと呼ばれる業者の多くがAIを活用したサービスを提供しています。
 また、デポジションが行われる場合も、そこで答えた内容は記録として残り、決定的な証拠となりえますので、この手続で証言する人に対しては、予行演習など十分な準備が必要です。

 米国での民事訴訟において、特に企業を弁護する側の弁護士費用は、弁護士の作業時間に各弁護士の1時間あたりの単価を乗じて計算すること(タイムチャージ制)が多いため、複数の弁護士がデポジションの準備を行ったり、膨大な資料についてドキュメント・レビュー等の作業を行ったりすれば、弁護士費用が高額になることは避けられません。
 このように、ディスカバリーに対応するための労力や費用は企業にとって相当な負担となります。
 企業によっては、このようなディスカバリーによる重い負担等を避けるために、ディスカバリーの途中段階で(あるいは始まる前でさえ)和解を検討することがあります。また、被害者側も、そのような和解による解決の可能性も考慮したうえで、訴訟を提起することがあります。

ディスカバリーに関する義務に従わない場合の制裁

 ディスカバリーに関する義務に従わなかった場合、その違反者は、裁判所から制裁を課され、非常に大きな不利益を受ける可能性があります。制裁の種類としては、費用負担、一定の事実の証明擬制、一部の主張や証拠提出の禁止、不利な判決など様々なものがあります。

文書等の保全義務とリティゲーション・ホールド

 米国では、当事者は、訴訟に関連する文書等を保全する義務を負います。訴訟のおそれがあると合理的に予測できる時点以降、訴訟の当事者は、その訴訟に関連する証拠を保全する義務を負うとした裁判例がありますので、訴訟の提起以前から保全義務を負う可能性がある点に留意すべきです。
 この義務が生じた場合には、会社は、関係者に対し、リティゲーション・ホールド(Litigation Hold)と呼ばれる文書を送付するなど、関連する文書等の廃棄を防ぐための手段を講じなければなりません。

日頃の対策

 ディスカバリーの及ぶ範囲が非常に広く、不利な情報を開示してしまうリスクがあることを踏まえると、日頃の文書等の作成にあたっては、当該文書等が後に裁判の証拠として提出されたとしても問題がないかを検討したうえで、作成することが望ましいといえます。
 また、文書管理規程を定めるなど情報管理体制を適切に整備しておけば、米国の民事訴訟の当事者となった場合にも、レビューの対象となる文書等や相手方への開示が必要な文書等の絶対量が少なくなり、保持していることすら失念していた情報の思いがけない開示を防ぐことができるとともに、レビュー等の費用の抑制にもつながります。
 また、自らにとって重要な情報を迅速かつ容易に見つけることができるというメリットもあります。必要となる情報の特定、収集、処理等も容易かつ効率的に行うことが可能となり、そのコストを低額に抑えることもできます。
 このような観点から、日頃から、文書管理規程の作成等、情報管理体制を適切に整備しておくことが重要です。また、実際に文書管理規程に従って情報が管理されているかを定期的に監視する必要があること、今後も企業活動の変化に応じて文書管理規程を適宜見直す必要があることにも留意すべきです。

さいごに

 これまで述べてきたように、米国では、カルテルに参加した企業が被害者から損害賠償を求める訴訟の提起を受けた場合、ディスカバリーという手続に対応しなければなりません。日本企業の多くは、米国での訴訟が提起されて初めてその対応に奔走することになりますが、これまで述べたとおり、ディスカバリーのリスクのなかには事前に対策を検討できるものもあります。
 また、事前にディスカバリーの概要やリスク等を知っていれば、実際に訴訟のおそれが現実化したときに迅速かつ適切な対応が可能となる場合もあります。米国訴訟に関する事前の対策等をご検討される際に、本稿がその一助となれば幸いです。


  1. カルテルに参加した企業は、カルテルの対象製品を購入した者(被害者)から、カルテルによってつり上げられた価格での購入を余儀なくされたが、本来であれば(カルテルがなければ)もっと安く購入できたはずなので、その損害を賠償せよという請求を受けることになります。カルテルに参加した企業から対象製品を直接購入した者(直接購入者)にとどまらず、直接購入者が対象製品を組み込んで販売した最終製品を購入した者(間接購入者)からも請求を受けることがあります。 ↩︎

  2. 秘匿特権のほか、訴訟の準備のために作成した文書等については、ワーク・プロダクトの法理により、原則としてディスカバリーの対象から除外されます。 ↩︎

  3. 米国で認められている秘匿特権には、自己の刑事責任に結びつく供述を強要されないという自己負罪拒否の特権や、配偶者間の会話に認められる秘匿特権などがあります。 ↩︎

  4. 弁護士・依頼者間の秘匿特権が認められるためには、法的サービスに関するコミュニケーションであることなどいくつかの要件があり、弁護士と依頼者との間のコミュニケーションのすべてが秘匿特権の保護の対象になるわけではありません。 ↩︎

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