各国における企業結合届出後の待機期間(米国、欧州、中国、インド、ブラジル)

競争法・独占禁止法
菅野 みずき弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所

 競争法上企業結合の事前届出が必要となる場合、待機期間満了まで企業結合を実行してはならないことは理解していますが、複数の国において届出を行う場合、待機期間は国によって異なるのでしょうか。特に待機期間が長いなど、企業結合のスケジュール上注意したほうがよい国や、その他届出の際に留意すべき点があれば教えてください。

 企業結合の届出を行ってから待機期間が満了するまでの日数は、国によって異なります。待機期間が長く、日本企業が届出を行うことが比較的多い国としては、中国、インド、ブラジルがあげられます。また、日本と異なり、企業結合に関する最終的な契約の締結後でなければ届出ができない国もあります。さらに、株式や事業の買い手側だけでなく売り手側も届出義務を負う国もあります。

解説

目次

  1. 事前届出後の待機期間
  2. 各国の届出義務者、届出時期および待機期間
    1. 米国
    2. 欧州連合
    3. 中国
    4. インド
    5. ブラジル
    6. まとめ
  3. おわりに

事前届出後の待機期間

 企業結合の実行前の届出(事前届出)についての届出基準(『日本企業間で株式取得や事業譲渡を行う際に海外での届出が必要となる場合』を参照)を満たし、届出義務を負う場合、当局に届出をしてから一定期間が経過するまで、企業結合の実行が禁止されます。この期間を「待機期間」といいます。

 多くの国では、まず一定の待機期間内に一次審査が行われ、当局がより詳細な審査が必要と判断した場合には、待機期間が延長され、二次審査に進みます。企業結合の届出が行われる多くの案件は一次審査で終了し、一次審査の待機期間満了後であれば企業結合を実行できます。当局が当該企業結合により競争法上の懸念が生じ得ると判断した案件等は二次審査に進み、二次審査の待機期間満了後まで企業結合の実行が禁止されます。
 以下では、日本企業が企業結合を行う際に届出を検討することが多い、米国、欧州および中国と、審査期間が長いインドとブラジルにおける、届出義務者、届出時期および待機期間を紹介します。

各国の届出義務者、届出時期および待機期間

米国

(1)届出義務者・届出費用

 企業結合の全当事会社がそれぞれ届出を行う義務を負うため、株式譲渡や事業譲渡のような単独支配の取得の場合でも、支配権を取得する買い手側だけでなく売り手側(譲渡会社)も別途届出をする義務を負います。
 また、届出の際に、企業結合の取引額(譲渡価格等)に応じた届出費用(Filing Fee)を当局に支払う必要があります(2019年現在、1億8,000万米ドル未満の取引は4万5,000米ドル、1億8,000万米ドル以上8億9,980万米ドル未満の取引は12万5,000米ドル、8億9,980万米ドル以上の取引は28万米ドル)。

(2)届出時期

 届出を行う具体的な期限は定められていませんが、届出後待機期間が経過しなければ企業結合を実行できません。最終契約(合併契約や株式譲渡契約等)の締結後に限らず、法的拘束力のない基本合意等の締結後でも届出を行うことができます。

(3)一次審査

 原則として届出から30日間の待機期間の満了までに一次審査が行われます。後述する追加資料の提出要請がなければ、30日の待機期間の満了後、企業結合を実行できます。また、当事会社の要請に応じて、待機期間の短縮が認められることがあります。

(4)二次審査

 当局が詳細な二次審査を行う必要があると判断した場合、一次審査の待機期間が満了するまでに、当局から当該企業結合に関する詳細な情報を求める追加資料の提出要請(Second Request)がなされます。待機期間は当該要請に対する追加資料の提出をしてから30日後まで延長されます。当該要請に実質的に対応する資料を提出しない限り待機期間が進行しない点に留意が必要です。

欧州連合

(1)届出義務者・届出費用

 合併または共同支配の取得の場合には全当事会社がそれぞれ届出を行う義務を負い、単独支配の取得の場合には支配権を取得する側の当事会社のみが届出義務を負います。  届出費用は発生しません。

(2)届出時期

 届出を行う具体的な期限は定められていませんが、当局からの承認(クリアランス)がなければ企業結合を実行できません。最終契約締結前であっても、契約を締結することについての全当事会社の真摯な意思の表明があれば、届出を行うことができます。

(3)一次審査

 届出から25営業日以内に、当局から一次審査に関する結論(クリアランスを出すか二次審査に進むか)が発表されます。欧州連合加盟国から要請があった場合、または競争法上の懸念がある事案について当事会社から問題解消措置の提案があった場合には、35営業日以内に延期されます。日数のカウントが営業日ベースであることに留意が必要です。

(4)二次審査

 当局が企業結合に競争法上の懸念があると判断した場合、二次審査に進むことの決定が出されます。二次審査の期間は原則90営業日以内であり、最長125営業日まで延長されることがあります。

中国

(1)届出義務者・届出費用

 合併の場合は全当事会社がそれぞれ届出を行う義務を負い、それ以外の企業結合の場合は支配権を取得する側のみが届出義務を負います。ただし、届出義務を負わない当事会社にも届出に協力する義務が課されており、情報提供を求められることがあります。  届出費用は発生しません。

(2)届出時期

 届出を行う具体的な期限は定められていませんが、当局からのクリアランスがなければ企業結合を実行できません。また、最終契約の締結後でなければ届出をすることができません。

(3)一次審査

 当局に届出が受理されてから30日以内に一次審査が行われます。もっとも、届出が正式に受理されるまでには、最初に届出を提出してから1か月~2か月程度要するのが一般的です。届出を提出しただけでは待機期間が進行せず、受理されて初めて進行する点に注意が必要です。

(4)二次審査

 当局がさらに詳細な審査を行う必要があると判断した場合、二次審査に進みます。二次審査の期間は原則90日以内ですが、最長150日まで延長されることがあります。

(5)簡易案件について

 中国には通常の審査のほかに簡易審査制度があり、届出基準を満たす案件のうち、競争上の懸念がないと考えられる事案、つまり、①シェアが低い場合(水平的企業結合の場合は当事会社合計15%未満、その他の場合は各当事会社のいずれの市場でも25%未満)、②中国市場への影響が少ない場合(中国国内で活動しない外国会社の株式譲渡・事業譲渡や、中国国内で活動しない外国の合弁会社の設立の場合)、または③合弁企業を共同支配から単独支配に変更する場合には、「簡易案件」としての届出が可能です。簡易案件に該当する場合、基本的に一次審査で終了します。簡易審査制度は活発に利用されており、日本企業と中国以外の企業との企業結合の場合は、簡易審査制度を利用できることが多いです。

インド

 

(1)届出義務者・届出費用

 合併の場合は全当事会社がそれぞれ届出を行う義務を負い、それ以外の企業結合の場合は支配権を取得する側のみが届出義務を負います。
 また、当局に対し届出費用を支払う必要があり、届出に略式の書式を利用するか詳細な書式を利用するかで届出費用が異なります(2019年現在前者は150万ルピー、後者は500万ルピー)。シェアが高い場合(水平的企業結合の場合は当事会社合計15%超、垂直的企業結合の場合は各当事会社の市場で25%超の場合)には詳細な書式での届出が求められます。

(2)届出時期

 最終契約締結後または合併計画の承認後30日以内に届出を行うことが義務づけられていましたが、同規定は暫定的(2017年6月29日から5年間)に撤廃されました。そのため、現在は届出の期限はありませんが、クリアランスを得るか届出から210日が経過するまでは企業結合を実行できません。

(3)一次審査

 届出から30営業日以内に、当局による暫定的判断が行われます。ただし、第三者等の意見を聴取する場合は15日間、届出内容の修正がされた場合はさらに15日間延長されることがあります。また、当局から質問状が出された場合、質問状が出されてからすべての質問に回答するまでの間は待機期間が進行しません。

(4)二次審査

 当局が企業結合に競争法上の懸念があると判断した場合、当局から説明を求める旨の通知が出されます。届出から原則として210日以内に、企業結合を承認するか禁止するかの判断がなされます。二次審査中に届出内容の修正がされた場合には最長60営業日延長されます。

ブラジル

(1)届出義務者・届出費用

 支配権を取得する側か否かにかかわらず、すべての当事会社が届出に対する義務を負います。1つの企業結合について提出する届出は1つであり、全当事会社が共同で届出を行います。
 また、当局に対し届出費用(2019年現在8万5000レアル)を支払う必要があります。

(2)届出時期

 届出を行う具体的な期限は定められていませんが、当局からのクリアランスがなければ企業結合を実行できません。最終契約締結後に届出を行うのが望ましいとされています。

(3)審査

 一次審査と二次審査に分かれておらず、届出から240日以内に当局が審査を行います。この期間は、当事会社の請求により60日、または当局の決定により90日延長されることがあります。実際に当局の承認までにどの程度の期間を要するかは、事案の複雑さにより異なりますが、2018年の平均審査期間は約96日です 1

(4)ファストトラックについて

 競争法上の懸念がないと考えられる事案、つまり、水平的企業結合の場合は当事会社合計シェアが20%未満、垂直的企業結合の場合は各当事会社のいずれの市場でも30%未満の場合、典型的な合弁会社を新規設立する場合、当該市場に新規参入する場合などには、当局の裁量により、ファストトラックと呼ばれる手続を使えることがあり、広く利用されています。ファストトラックの場合には、届出(または届出の修正)から30日以内に判断がされます。

まとめ

 以上の各国の待機期間についてまとめると以下の表のとおりです。

一次審査 二次審査
米国 届出後30日 Second Request回答後30日
欧州連合 届出後25営業日以内 二次審査決定後90営業日以内(最長125営業日)
中国 届出受理後30日以内 二次審査決定後90日以内(最長150日)
インド 届出後原則30営業日以内 届出後原則210日以内(60営業日の延長あり)
ブラジル 届出後240日以内(最長330日)
ファストトラックの場合は30日以内

おわりに

 日本企業が届出を行うことの多い国または待機期間の長い国という観点から、米国、欧州、中国、インドおよびブラジルについての待機期間や留意点を紹介しました。待機期間満了前に企業結合を実行することは禁止されているため、待機期間は企業結合の全体のスケジュールに影響します。企業結合を計画する際には、届出基準を満たす可能性のある国の待機期間を始めとする手続をあらかじめ確認する必要があります。


  1. Thomas Janssens (Ed), Merger Control 2020, Law Business Research Ltd., 2019. ↩︎

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