ケーススタディで学ぶ 国際仲裁・国際紛争の基礎と実務

第2回 国際仲裁とは? 建設紛争を題材とした実務上のポイント

コーポレート・M&A

目次

  1. 事例紹介②:建設契約に関する仲裁事案(SIAC/シンガポール)(仮想事例)
  2. さいごに

 前回に続き、ケーススタディ形式にて、仲裁事例をもとに国際仲裁案件に対応する際の実務的な側面について、私たちのノウハウの一部を紹介したい。

事例紹介②:建設契約に関する仲裁事案(SIAC/シンガポール)(仮想事例)

 日本企業K社により買収されたインドネシアの現地EPC 1 企業S社が製造したタービンに瑕疵が発生してOwnerであるB発電所との間で紛争に発展した事案を紹介する。(これは類似の事案をもとに筆者らが作成した仮想事例である)

(1)OwnerとContractorとの関係

2018年 米国企業を親会社とするインドネシアにおける地熱発電プラントのEPC事業を営むS社は、A社と締結したEPC契約に基づいて、A社が所有するB発電所にタービンを納入した。
2019年 日本企業K社、米国の親会社からS社の株式を購入
2020年2月1日 S社がB発電所に納入したタービンの不具合で発電所が自動停止した。プラント停止後、S社が事故の原因を調査したところ、低圧タービンの羽根が損傷していたことが判明した。
当該タービンは、定格電気出力、毎分の回転数として世界で初めて設計されたものであった。

(2)仲裁に至る経緯

 A社は、S社に対して、下記の補償を求める旨、通知した。

  1. タービンの復旧のために要する費用等のすべて(直接損害)
  2. 発電所の運転停止による喪失電力量を補うために要するすべての費用(間接損害)

 これに対して、S社は、A社の損害賠償請求には応じられない旨、回答した。
 その後、A社とS社で協議を行ったものの、両者の立場の乖離が大きく、協議が不調に終わった。そのため、A社は、EPC契約における紛争解決条項に従い、SIAC(Singapore International Arbitration Centre)に仲裁を申し立てた。

(3)契約上の責任制限と、相手からの考えられる請求内容

 EPC契約の規定とA社、S社の主張は下記のとおりである。

A社とS社とのEPC契約の規定
  • S社の責任上限は、契約金額の100%とされ、売電利益喪失等の間接損害は損害賠償の対象外とされていた。
  • ただし、S社に製品瑕疵につき故意または重過失がある場合には、責任制限規定は適用されない(例外規定)。
A社とS社の主張
  • A社の主張:S社に故意または重過失があり、責任制限規定は適用されない。間接損害を含む発生した損害全額(契約金額の3倍に相当)の損害賠償を請求した。
  • S社の主張:納入したタービンには瑕疵(契約不適合)がないとして請求の棄却を求めた。仮に瑕疵があったとしても、故意または重過失はないので契約上の責任制限規定が適用されるとして、損害賠償の金額を争った。

(4)検討

 本件での大きな争点は瑕疵の存在である。かかる瑕疵の存在は損害賠償請求を行うA社にて立証する必要がある。

 日本企業側としては子会社であるS社は瑕疵がないことの反証をすればよいのであって、理論上は立証の責任を負うものではない。しかし、実務上は立証と同程度の反証が必要となる可能性があると考えて反証活動を行うべきであろう。「タービンの不具合で発電所の運転が止まったことで発電所の運転が止まったからには瑕疵があったのではないか」という事実上の推定が発生するためである

 A社は、責任制限規定が適用されないことを主張するため、S社に故意または重過失があることを立証する必要がある。多くの証拠がS社側に存在していることからすると、立証のハードルは高いといえる。しかし、原告側は損害賠償請求の金額を引き上げるために、戦略的に高額な損害を主張してくることがある。
 この点も、理論上、S社は故意または重過失がないことについて立証する必要はなく反証で足りるものの、実務上は、故意または重過失が認められた場合に認められる多額の損害賠償金のインパクトが大きいため、万一にも敗訴できないという動機が働き、コスト・手間等、反証活動に相当な負担がかかることになる。

 ここで、受注者側(S社側)での反証の実務的なポイントについて簡単に触れておきたい。

ポイント① 研究・開発・設計・調達・製造等の各プロセスでの問題把握

 本件のような機器納入の事例においては、受注者側としては、研究・開発・設計・調達・製造等の各プロセスで問題がなかったか、仮に問題があったとしてもどのような対処がなされたのか、を検討すべきである。たとえば、同種の事故が発生したことはなかったか。事故後にどのようなやりとりがあったか(社内でのやりとり・当事者間でのコレポン等)等を踏まえて、瑕疵や故意または重過失の不存在を基礎づける事実の有無を検討すべきである。
ポイント② 専門家証人の検討

 また、本件のような技術的な事項が争点になる場合は、専門家証人の検討を行う必要がある。エンジニアや学者等が発表している論文等を検討し、業界の技術的スタンダードを立証することで、瑕疵や故意または重過失を否定する論拠を探すべきである。これは弁護士や法務部門の専門分野ではないため、企業の技術陣をチームに加えて検討を行う必要がある。
ポイント③ 仲裁人の選定

 さらに、本件のような建築紛争における仲裁人選任は、事案の特性を鑑みて工夫が求められる。たとえば、技術的争点が把握できるか、同種案件に対する過去の判断、米国弁護士か等の検討は必要になろう。かかる分析を踏まえて、自社の主張を理解できる仲裁人を選定すべきである。

(5)ContractorとSub-contractorとの関係

 前記A社とS社の仲裁判断では、S社による瑕疵が認められたが、故意または重過失はないことが認定され、S社は、契約条項に従って、A社に対して契約金額相当額の損害賠償を支払ったとする。

 そこで、S社は、同損害の填補を求めて、タービンの羽根を製作するインドネシアのサプライヤーであるI社に対して、製造物供給契約(仲裁条項あり)の債務不履行に基づく損害賠償を求めてSIACに仲裁を申し立てた。

 これに対して、I 社は、自社に責任はない旨を反論するとともに、インドネシア裁判所においてS社に対して反対請求を行った。I 社の主張の概要は以下のとおりである。

  • I 社は、S社からI 社に対してタービンの羽根の設計・製造に関するライセンス・ノウハウを供与する契約であるMaster License Agreementに基づいて製作した。
  • Master License Agreementの締結にもかかわらず、S社からI社に対して、設計・製造のために必要なノウハウが開示されなかったことが瑕疵の原因であり、I 社に責任はない。
  • 今回の事故によって、他発電所の案件がキャンセルとなったことから、I 社はS社に対し、その逸失利益の賠償を求めた。
  • 同契約には、インドネシアの現地裁判所を紛争解決方法とする裁判管轄条項がある。

(6)裁判管轄条項と仲裁条項の併存

 上記のとおり、S社は、SIAC仲裁を申し立てたのに対して、I社はインドネシア裁判所に提訴しており、関連する紛争であるにもかかわらず、紛争解決にあたって異なる機関を利用している。
 ライセンス契約には裁判管轄条項(インドネシア法・インドネシア裁判所)の定めがある一方で、製造物供給契約には仲裁条項(シンガポール法・SIAC仲裁)と、関連契約であるにもかかわらず準拠法・紛争解決条項がバラバラであったことが背景にある。
 実務的には、関連する複数の紛争の紛争機関が分かれると並行して別の手続きに対応する負担がかかるため、このように不統一な紛争解決条項を定めるのは、望ましくない。
 裁判管轄条項と仲裁条項が併存する場合の解決方法について、法理論/解釈は統一されていない。関連する紛争について、まとめて仲裁の申立てが可能かどうか仲裁廷や裁判所により判断が分かれる可能性がある。

 仲裁条項が他の裁判管轄条項に優先し、すべての関連する紛争について仲裁で取り扱うことができるという考え方もあるが、仲裁と裁判の2つの紛争解決手続が併存するという考え方もある(ライセンス契約の紛争はインドネシア裁判所で、製造物供給契約に関する紛争はSIAC仲裁でそれぞれ争う)。

 では、戦略としてどうするか。紛争解決条項の検討を行い、どこで争うかを検討する必要がある。関連契約の紛争解決条項は以下のとおりである。

製造物供給契約

Any dispute arising out of or in connection with this contract, including any question regarding its existence, validity or termination, shall be referred to and finally resolved by arbitration administered by the Singapore International Arbitration Centre (“SIAC”) in accordance with the Arbitration Rules of the Singapore International Arbitration Centre ("SIAC Rules") for the time being in force, which rules are deemed to be incorporated by reference in this clause.
ライセンス契約

All dispute and controversies on the interpretation of this Agreement, which cannot be amicably resolved by mutual consent, shall be settled by a local court in Indonesia.

 テクニカルな点に着目すれば、解決すべき紛争の対象について、ライセンス契約では、「All dispute…of this Agreement」(本契約のすべての紛争)となっているのに対して、製造物供給契約では、「Any dispute arising out of or in connection with this contract」(本契約に起因し、または関連するすべての紛争)と幅広な定め方になっている。そこで、インドネシア裁判所を回避するため、製造物供給契約の方が対象となる紛争が広いという主張をすることが考えられる。

 このような条項の記載をもとに、ライセンス契約も製造物供給契約に関連する契約ということで、製造物供給契約における紛争解決手続にまとめることができないかは検討に値する。ライセンス契約はインドネシア裁判所での解決であるのに対して、製造物供給契約はSIAC仲裁であり、日本企業にとって後者を選ぶ必要性は大きいであろう。

 このように、紛争が起こった後に条項の解釈によって自らが望む紛争解決手段により解決を目指すということも可能ではあるものの、実際の条項の記載ぶりにもよるし、そもそも関連契約において統一的な条項になっていれば、入口の段階で無用な紛争を避けることもできる。

 したがって、本来であれば、契約締結段階において、関連する契約の紛争解決条項は揃えておくことが望ましい。契約締結段階から、紛争解決を見据えたポジション取りは始まっていると心して、紛争解決条項のドラフトにあたっては、実際の紛争(内容・紛争額等)も見据えつつ慎重な検討を行いたい。

さいごに

 以上述べてきたように、クロスボーダーの紛争において国際商事仲裁の重要性は高まっている。にもかかわらず、日本企業が、国際商事仲裁を使いこなせているかといえば、そうとはいえない場合が多いであろう。本稿が、日本企業の皆様において国際商事仲裁の基礎的知識の獲得に役立ち、実務に活かしていただく契機となることができるのであれば、望外の喜びである。


  1. EPCとはE=設計(Engineering)、P=調達(Procurement)、C=建設(Construction)の頭文字をとった略称である。 ↩︎

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