英文契約書の実務レッスン

第2回 2年目以降の法務部員が身につけたい、英文契約書交渉のスキル

国際取引・海外進出
中尾 智三郎 キリンホールディングス株式会社 経営企画部 部長

目次

  1. 2年目以降の法務部員も「丁寧に」英文契約に向き合うことが必要
  2. 英文契約書の読解から作成、交渉へ
    1. 英文契約書作成の技法
    2. 英語を流ちょうに操れないことも交渉では武器になる
  3. 法務部員の国際ビジネス創造への関与
  4. まだ間に合う法務経験者の英文契約書苦手克服術
  5. さいごに

前回は入社1年目の社員が英文契約書の実務を行ううえで必要な「英文契約に向き合う」力について説明しました。

今回は2年目以降の社員がどのようにスキルアップをはかるべきか、英文契約に向き合う力を習得した先にある活躍の可能性について筆者自身の経験を活かして解説します。

2年目以降の法務部員も「丁寧に」英文契約に向き合うことが必要

新人法務部員も2年目に入ると現場経験をどんどん積んでいきます。文字通り「習うより慣れろ」です。しかし、そんな中でも知識やノウハウのアップデートは重要です。新入社員向けの入門講座以外にも2年目以降で使える実務的なセミナー、研修を法律事務所や様々な団体が提供しています。

個人情報保護法(GDPR 1)や独禁法(競争法)、サプライチェーン関連法制(英国現代奴隷法等)など、英文契約実務にも不可欠な情報は、外部からの情報提供である程度、間に合わせることができます。

英文契約書への苦手意識は、努力を続けることで徐々に薄れてきます。大変だった英文契約書がすらすらと読めるようになってくるのも、通常2年目以降です。

ここで注意しなくてはいけないのは、1年目から丁寧に読み込む努力を怠り、適当に読み飛ばしてきた場合、なかなか「すらすら読めるようにならない」ことです。読み飛ばしているだけでは、読む速度と精度は永遠に上がりません。

前回も述べた通り、通常の英字新聞や小説は、使われている単語や表現も豊かなので、わからない部分を調べ尽くして読むことは困難です。むしろ、前後の文脈やストーリーからなんとなく意味を推測して読み進めれば、それで読書の目的はほぼ達成できます。ところが、英文契約書は、一言一句が会社の権利義務にかかわる以上、「なんとなく意味を推測する」ことは、極めて危険です。その反面、英字新聞や小説に比べると、使われている単語や表現は専門性が高いですが、種類が圧倒的に少なく、登場する単語や表現は絞られます。

英文契約書は、何度も「丁寧に」接するうちに目だけで追えるようになりますが、「いい加減に」接していると、いつまでも「目で追える」ようにはなりません。

典型的なのは、どの形態の英文契約書にも登場するボイラープレートです。これは契約形態を問わず、多くの英文契約書で同じ文言や表現が使われています。

1年目から英文契約書に対して「丁寧に」接していれば、個別の条件が規定された英文契約書の前半は読み進めるのに苦労したとしても、英文契約書後半のボイラープレートにたどり着けば、見慣れている条項に「ほっと」一息ついて、文言を読むスピードが一気に上がるのです。

とはいえ、ボイラープレートであっても細かい部分は千差万別です。英文契約書に慣れてくると、多くの人は、ボイラープレートにたどり着いたとたん、「いつもの条項ね」と言って読みとばしてしまいがちです。相手方がドラフトした英文契約書の場合には、従来慣れ親しんでいる条項と微妙に異なることもあるので注意が必要です。ボイラープレート条項であっても最後まで注意深く読み進めることが肝要です。

丁寧に英文契約に向き合う力は2年目以降も高めていくべき、重要な能力なのです

英文契約書の読解から作成、交渉へ

英文契約書作成の技法

英文契約書に触れながら企業法務で2、3年過ごしていると、数百ページの英文契約書を一読するのも徐々に苦ではなくなります。そこで同時に身に着けていかなくてはいけないのが、英文契約書のドラフティング能力と交渉力です。

英文契約のドラフティングをゼロ(白紙)から行うのは、ほとんどナンセンスです。一般的には、似たような先例となる契約書を見つけ、それをベースにして実際のビジネスに合致するよう条件を組み替えながら契約書を作成していきます。仮に、先例となる契約書が見つからない場合でも、少なくとも過去の何らかの契約書のフォーマットを使用して作成していきます。

自社側でファーストドラフトを作成する場合で、かつビジネスの契約条件詳細にこだわりがないケースでは、先例となった契約書の条件がそのまま、新規ビジネスの条件となることがあります。

つまり契約条件を交渉して決めたり、ビジネスの観点でスクラッチから作成したりするのではなく、手元にある過去の契約書が契約条件を決めてしまうのです。現実には、そういうケースも決して珍しくありません。

ですが、ビジネス上の要請により契約条件を書き換え、抜け漏れがない(=不備がない)かを都度確認しながら契約書を完成させるのが本来の正しい姿です。

過去の契約書をベースとしながらも、英文契約書に目を通してきたことで培われた能力を発揮し、契約書中の条件に漏れがないか、規定の仕方に曖昧さが残されていないかなどを検証しましょう。時には、過去の別の契約書の表現と比較したり、過去の別の契約文言をコピペ(Copy & Paste)したりしながら修正します。

入社後5年もすれば、自分なりの英文契約書のデータベースを確保し、作成する技術を身に着けてほしいところです。英文契約書作成は、職人技とも言えます。英文契約書が自由に作成できるようになると、その効果が交渉にも表れていきます。

英語を流ちょうに操れないことも交渉では武器になる

英文契約書の読解と作成の経験を重ねるにつれ、度胸ある、肝の据わった契約交渉が可能になってきます。これは筆者の持論ですが、契約交渉の場面において英語は決して上手である必要はありません。

周囲にいるネイティブの口調に合わせて、流ちょうに聞こえるようなるべく早口で喋ろうとする人がいます。日常のコミュニケーションはそれでいいかもしれませんが、契約交渉では禁物です。仮にたまたま流ちょうに話せたとしても、先方はあなたの英語が上手だと感心するよりも、コミュニケーションしやすいが故に、どんどん早口でまくし立てるようになります。

我々ノンネイティブは、ネイティブのスピードについていく必要は全くありません。非英語圏の交渉人の多くは自分の理解できるスピードで、自分なりのペースとレベルで英語を話し協議してきます。

「相手方からどう見られているか」を気にした途端、英語での交渉はできなくなります。「甘く見られる」ことも気にする必要はありません。相手方に「甘く見られた」場合には油断させ、その裏をついた交渉を展開すればよいのです。

英語を流ちょうに操れないことも、契約交渉においては「武器」となるのです。無理に流ちょうを装い、相手の言っていることがよくわからないまま、「Yes」などと相槌を打ってしまうことのほうがよっぽど危険です。自分のペースで英語をしゃべり、わからないことは何度でも聞き返し、相手がイライラしようとお構いなしに自分のやり方でコミュニケーションをとればいいのです。これは、「度胸」でもあります。交渉相手には「度量」(寛容さ)を求め、自分は「度胸」を持つことが重要です。契約交渉に携わる法務部員の方は、ぜひ心がけてみてください。

法務部員の国際ビジネス創造への関与

法務部員としての経験を積み、社内の営業担当から新規ビジネスや契約上の相談を持ち掛けられるようになれば、こちらのものです。

周囲の人たちから「頼られる」ことほど力強いものはありません。「頼られる」以上、できれば、ビジネスの仕組みづくりの検討から参加させてもらうとよいでしょう。

経験を積み、一定の成果を上げた法務部員は、純粋な法務業務にはないビジネス全体に関わる醍醐味を味わいましょう。法務という専門性を生かして、助言を越えたビジネス構築のフェーズに入っていくのです。ここまで至ることができれば、法務部門におけるキャリアのロードマップとして1つの理想の道を歩んでいると言えます。

さらに、英文契約書の作成・交渉に長けた人材であれば、「ビジネス構築はお任せあれ!」とばかりに、ビジネスそのものの主導権すら握ることができます。営業部の希望を聞き取りながら取引相手と自分で交渉し、英文契約書にまとめていくのです。こうなると、企業法務の神髄ともいえるビジネスを創る作業そのものに、法務部員自身が入っていくことができます。このレベルにまで法務部員が入り込んでいくことが、リスクの高い海外ビジネスを行う企業法務部門には不可欠であると筆者は考えています。

まだ間に合う法務経験者の英文契約書苦手克服術

すでに初心者の年代を過ぎてしまったにもかかわらず、いまだに英文契約への苦手意識が抜けない法務部員は、どうすればよいのでしょうか? どうすれば英文契約書を自由自在に扱えるようになるでしょうか? そういう人は、まずは苦手になった原因を検証して、個別の状況に合致した対策をとるのが良いでしょう。それが出来ない、あるいは原因が不明な場合には、以下のいくつかの処方を試してみてください。

もういちど最初から丁寧に英文契約書を読み解く努力をする
何時間かかろうとも、きっちりと契約書を読み解く努力を重ねることです。どこかで手を抜いたしっぺ返しと思い、粛々、虚心坦懐に、一から英文契約書に「向き合う」のです。

ビジネスへの理解を深める
ビジネスを知ることで、それまで無味乾燥だった英文契約書が生命を与えられ、急にいきいきと見えてきます。英文契約書に対し、我が事のように興味を抱け、それがやる気を起こさせます。

もう一歩前に踏み出す
単に裏方で作業することに徹するのではなく、現場に出る努力をしましょう。交渉現場やビジネスの現場に身を投じることで、逃げも隠れもできない場に自分自身を追い込んで奮い立たせるのです。同時に、ビジネスそのものや英文契約書の重要さに気づかされる効果を得られると思います。

紛争事案やリスクコントロール等、危機管理の場面から英文契約書に触れる
平常時の英文契約書の解釈、作成や交渉を一旦外れ、海外の契約紛争やリスクコントロール事案を担当し、その解決に必要な場面で、英文契約書に向き合ってみてください。漫然と向き合うのではなく、発生したリスクへの対応や解決と、極めて明確な目的意識のもとに英文契約書に接することになるうえに、相手と戦う武器は法律と契約書の内容ですから、危機意識も臨場感も持って「真剣」に英文契約書に向き合うことができるからです。これは英文契約書が苦手な人だけでなく、十分に力をつけてきた人でも、訴訟やクレームを扱うことで、英文契約書のどういう部分が問題になるかを経験し、英文契約書の重要ポイントを意識できるようになり、さらなるパワーアップにも繋がります。

さいごに

ここまで述べてきた通り、英文契約に向き合うためには英文契約書をきちんと「理解」し、英文契約書をきちんと「作成」し、英文契約書をきちんと「読み解く」ことが必要です。英文契約書そのものに慣れ親しむことで、初めてそれを操作(=交渉)できるようになります。

そうなれば、英文契約書を読み書きできるだけでなく、契約交渉に参画し、国際契約交渉のナビゲーターとして、国際ビジネスの醍醐味も味わいながら、世界中を飛び回って活躍することができるでしょう。

残念ながら、新型コロナウイルス感染防止が求められる現時点では、物理的に「飛び回ったり」「リアルの交渉」をすることは、難しい状況です。リアルな世界での英文契約書交渉の醍醐味を知った人間からすると、オンラインやバーチャル世界での契約交渉は何か物足りなさを感じます。

しかし、ビジネス自体がデジタルの世界にどんどん突入している状況下では、新型コロナに関わりなく、英文契約書の交渉現場も自ずと変化せざるを得ません。幸いバーチャルの世界は、日々のIT技術進歩に合わせて進化を遂げています。

もともと新型コロナの問題が顕在化する前から、英文契約書の作成やレビューの世界でも、AIが活用されようになり、さまざまな教育ツールや、契約書レビュー、作成ツールが登場してきています。ただ、私の所感では、英文契約書作成におけるAI活用は、現在のレベルでは、せいぜいひな型から少し変形を加えたり、他の契約書との比較、特定キーワードや条項の検知程度の域を出ておらず、まだまだ生身の法務部員や外部弁護士の力量を凌駕していない気がします。

将来的には、AIが自由な発想で、新たなビジネスモデルの契約書を作成したり、過去の失敗事例などを学習し、締結済みの契約書のリスク検知を行ったり、柔軟な思考でより法務リスクを低減させる新しい契約条件を編み出したりできるようになるかもしれません。あるいは、契約交渉にも参加してくるかもしれません。AI同士の契約交渉となると、一体どういう英文契約書が出来上がるのか、想像もつきません。

現在では人間にしかできないような創造性の領域も、やがてAIに代替される日が来るのかもしれません。しかし、幸いそこに至るまでには、もう少し時間がかかると思います。その間、すなわち、人が実地で学んだノウハウを生かして英文契約書を作成したり交渉したり活躍できる場面が続くうちは、国際ビジネス構築の喜びをAIに譲ることなく、リアルであろうとバーチャルを介してであろうと、法務部員自身が、その実務の醍醐味を味わい続けていてほしいと思います。


  1. EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation) ↩︎

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