信頼のV字回復を実現する 不祥事対応トレーニング

第1回 危機対応時の基本行動と危機管理委員会の設計のポイント

危機管理・内部統制

目次

  1. はじめに
  2. 危機対応時の基本行動
    1. 信頼のV字回復に向けて
    2. 危機対応時に求められる基本行動
    3. 信頼回復のためのターニングポイント
    4. オールステークホルダーへの対応
  3. 危機管理委員会の設計

 不祥事が起こった時、自社のレピュテーション低下を最小限にとどめ、信頼のV字回復を実現するために、企業にはどのような備えが求められるのでしょうか。企業の危機管理対応に詳しいプロアクト法律事務所の渡邉 宙志 弁護士が解説します。

はじめに

 昨今、企業にとって、危機管理体制の整備は重要なテーマとなっています。
 現代では、企業の不祥事はありふれた出来事となっており、新聞、週刊誌、ネットメディアからSNSに至るまで、途切れることなく一般の耳目を集め続けています。また、不祥事のなかにも、会計不正や役職員による横領等の不正、製品偽装や談合などの法令違反、違法残業やハラスメントなどの労務問題のように故意的に生じる不祥事、製品の欠陥による事故や火災、工事現場での事故などの過失的に生じる不祥事まで様々なものがありますが、現代では、故意的であるか過失的であるかを問わず、不祥事への対応に不備が見られれば、企業は社会からの厳しい批判にさらされることとなります。その結果、企業のレピュテーションは深刻なダメージを受けます

 本稿は、2019年暮れに執筆していますが、今年も様々な企業不祥事がありました。
 そのなかには日本を代表するような企業が、それぞれに十分と信じていたリスクマネジメント体制を取っていたにもかかわらず発生したようなケースもあります。
 これらの事例からもわかるように、どのような会社であっても不祥事を完全に防止することは不可能であり、「不祥事による危機」は起こり得るとの前提に立って準備しておくことが必要です。つまり、平時から、いざ危機が現実化した時に適切に対処できるように十分な危機管理体制を整えておくことが、あるべきリスクマネジメントとして重要になっているのです。

 そして、企業としては、危機管理体制を構築しただけで満足することはできません。いざ有事となった場合に、実際の局面で有効に作用するよう試運転を行い、メンテナンスをしておくことが必要です。そのためには、平時において模擬危機対応訓練模擬記者会見を実施することが有効な手段になるのです。

 本稿では、まず、前提知識として危機対応時に企業に求められる基本行動と、危機管理委員会の設計について簡単に解説します。続く第2回では、筆者がお勧めする模擬危機対応訓練、模擬記者会見の進行方法について解説していきます。

危機対応時の基本行動

信頼のV字回復に向けて

 重大な不祥事に直面した企業は、その直後から、社会の信頼を急速に失っていきます。少しでも早くレピュテーションの低下に歯止めをかけ、回復に向けて場面転換させるターニングポイントを作り出す作業に入らなければなりません。
 このときに企業が置かれた状況をうまく表しているのが以下の図−1です。

図−1:レピュテーション・マネジメント(有事対応の場合)

レピュテーション・マネジメント(有事対応の場合)

出典:経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」(2019年6月28日策定)97頁

 図−1のタテ軸は、「レピュテーション」です。不祥事に直面した企業は、その瞬間から、急激なレピュテーション低下の状況に見舞われます。迅速に手を打たなければ、顧客・消費者をはじめとしたステークホルダーからの信用はみるみる間に失われ、取引先からの発注停止、営業活動の自粛や行政処分による営業停止、資金調達の不全など、あらゆる事業活動への支障が生ずることになります。これらが許容限度を超えれば、企業は存亡の危機に直面することもあるでしょう。

 図−1のヨコ軸は、レピュテーション回復までに要する「時間」です。レピュテーション回復までに要する時間が許容限度を超えた場合には、企業の事業活動は大きな影響を受けます。場合によっては資金繰りに行き詰まり、自力での事業継続が困難になることもあるでしょう。
 このタテ軸 ×ヨコ軸の面積が、レピュテーション毀損によるダメージの大きさを表します。企業は、タテ軸の落ち込みとヨコ軸の長期化の両方を最小限に食い止めることにより「信頼のV字回復」を目指さなければなりません。

危機対応時に求められる基本行動

 危機対応時に求められる基本行動として、以下の4つがあげられます

  1. 早期発見と早期対応
  2. 二次被害の防止
  3. 自浄作用の発揮
  4. 透明性のある説明

 信頼のV字回復のために、まず重要な基本行動は「早期発見と早期対応」です。不祥事の芽が小さいうちに早期対応すれば、レピュテーションの低下(タテ軸)を最小限に抑えることができ、また、早期対応を開始できれば、おのずと、信頼回復までの時間軸(ヨコ軸)を短縮することが可能になります。

 次に「二次被害の防止」があげられます。仮に、不祥事の兆候に気付かずに放置したり、事態を過小評価したりして、二次被害の発生を許せば、レピュテーションは、加速度的に低下し、その深度(タテ軸)が増していきます。

 続いて「自浄作用の発揮」があげられます。レピュテーションは、個人の内心における他者への評価の積み上げから成り立っています。したがって、社会一般やステークホルダーからの信頼回復プロセスを紐解いていくと、結局は、人と人との個人的な信頼関係の回復から始まることがわかります。人が、一度失った他人の信頼を回復するためには、周囲からの厳しい要求にしぶしぶ応じて反省した姿を見せるだけでは足りず、自発的な行動により自省を深め、それをその後の行動に具体的に結び付ける様子を見せることが効果的です。企業の行動もこの摂理と同様と考えてください。

 最後に、「透明性のある説明」があげられます。まず、事実の隠ぺいを図ることは論外です。また、やってはいけない不透明な説明とは、主に次のようなものです。

  • 一部の事実関係が不明なままとなっている
  • 正当な理由なく一部を秘密にする
  • 一般には理解しにくい説明をする
  • 業界の特殊性や独自の理屈に固執する

 これらはすべて、透明性を大きく損ねる行動となります。できる限り明快な説明を行うことが、社会一般やステークホルダーからの信頼を高めることにつながります。

信頼回復のためのターニングポイント

 図−1では、記者会見の実施がレピュテーション回復に向けたターニングポイントとして紹介されています。実際には、記者会見だけではなく、様々な手法でターニングポイントを作り出すことを試みることになります。

 レピュテーションを向上させるためには、社会とのコミュニケーションにより適切な情報を発信しなければなりません。そのため、コミュニケーションの窓口となるメディアや情報発信手段を総動員していきます。
 その例としては、プレスリリースの発表(記者クラブへの投げ込み)や相対での記者への情報提供、ホームページでの公表などがあります。また、自社SNS等を通じて、消費者に対する一斉の告知を行うことが有効な場合も考えられますし(最近の例では、SNSやホームページでの発信のみをもって会社からの公式な事情説明として活用した企業もありました)、新聞・テレビの広告を活用することも考えられます。取引先に対しては、資料を携えての直接説明が必要になるでしょう。

 これらの個別の手段について、ここで詳しく論じることはしませんが、企業として重要なことは、平時において、自社が利用することのできる窓口を整理し有効な活用方法を検討しておくことです。そして、危機発生の際には、事前に検討した方針に従って、ステークホルダーとの効果的なコミュニケーションを実現し、信頼回復のターニングポイントを自ら作り出していくことです。

 情報発信は、受け身の対応に終始して後手に回ってしまうのではなく、能動的に行う意識を持ち、戦略的な情報のコントロールを指向すべきです。たとえば、記者会見は、情報の波及効果が高く、透明性の確保の面でも効果が大きいため、最も重要なターニングポイントになり得ます。しかし、マスメディアからの要望や監督官庁からの圧力を受けてやむにやまれず実施する、という状況では、そもそもマイナスからのスタートとなるため、大きなプラスの効果は期待できません。
 記者会見は、その目的、効果、タイミングなどを考慮し、自らが主導権を握りながら、実施を決定したいところです。

オールステークホルダーへの対応

 危機対応時には、すべてのステークホルダーを見渡すようなバランスの取れた対応が必要になります。もし、一部のステークホルダー(たとえば、一般消費者)に偏った対応を続ければ、その他のステークホルダーとの信頼関係が崩れることになりかねません。

 危機対応時は、様々なステークホルダーから一斉に、各種の問い合わせ、説明を求める要請などが寄せられることになります。また、これらに対しては、同時並行的にスピード感を維持しつつ対応しなければなりません。そのため、平時から、各種ステークホルダーに対して必要となる対応事項のリストや担当となるべき部署の一覧などを作成して整理しておき、実際の危機発生時にスムーズな対応が実現できるようにしておくとよいでしょう。

 事案によっては、きわめて短時間での判断が必要となる場合もあります。たとえば、食品事故事案では、発覚から公表までの持ち時間は数時間しかないと言われています。限られた時間で必要なステークホルダーへの説明を尽くすにはどうすればいいのか、平時からシミュレーションしておくことが有効です。

 なお、各ステークホルダーのなかで、企業がおろそかにしてしまいがちなのは、従業員です。従業員も会社の重要なステークホルダーであり、顧客や消費者に対して必要な説明を行う窓口を務めるのも従業員です。従業員が会社の方針を理解しているか、納得しているか、会社の将来について希望を持って語ることができているかは、外部のステークホルダーからの信頼回復にとって、非常に重要なポイントとなります。このようにして、全従業員の理解度、モチベーションを維持することが、危機発生後の従業員の社外流出を防止することにもつながります。

危機管理委員会の設計

 多くの企業では、危機管理規程などを整備して危機対応の要領を定め、また、緊急時には「危機管理委員会」などを設置することを定めています。しかし、その制度設計は、一般的なひな型を利用した形式的なものに留まっており、実際の危機発生時に、機動的、効率的な対応ができるか疑問だ、という場合も少なくないでしょう。

 危機管理委員会は、文字通り、企業の危機を管理し、いざという時に会社の司令塔となるべき組織です。実際の危機対応においては、数多くの対応タスクが次々と降りかかってきます。その際に、何より重要なのは、必要な施策を、スピード感を維持したまま次々と決定していく権限と能力です。自社の事業内容から想定される危機の種類、組織体制、部署の構成、個別の人材などを具体的に検討したうえで、それを危機管理委員会の組織設計に反映させなければなりません。

 このような要請を満たすため、まず、危機管理委員長は十分な権限を持っていることが重要です。社長またはリスク管理担当取締役などの強い権限を持つ役職者を委員長に任命し、何らかの事情により、委員長が業務にあたれない場合に備え、順位を定めて補欠となる委員長を複数指名しておくべきです。

 委員会を、複数の取締役が参加する合議制にしてしまうと、対応のスピードが損なわれます。危機対応時に委員長の権限で実行できることを明確にして、強い権限を持たせ、迅速に意思決定できる体制とすべきです。

 なお、実際に危機対応の実務を担うのは、危機管理委員会の「委員」ではなく、事務局メンバーや実際に手足を動かすメンバーからなる「危機対応チーム」になることが多いでしょう。
 コアな業務を担う事務局のメンバーは、固定化されるケースも多く見られますが、その他の参加メンバーについては、危機の種類に応じて、専門性を持ったメンバーを委員長権限で指名し、迅速に招集できる体制にしておくことが必要です。

 本稿では、危機対応時に企業に求められる基本行動と、危機管理委員会の設計について説明しました。次回は「模擬危機対応訓練」と「模擬記者会見」の進行方法について解説します。

この特集を見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する