米国証券訴訟最新動向 米国預託証券(ADR)の訴訟リスク

第1回 ADRの概要と日本企業に関係するリスク

国際取引・海外進出
クリストファー・スチュードベーカー弁護士 東京国際法律事務所 長野 さわか弁護士 カービー・マキナニー法律事務所

目次

  1. なぜADRの訴訟リスクが重要か
  2. ADRとは スポンサーの有無と3つのレベル
    1. スポンサーなしADR
    2. スポンサー付きADR
  3. 重要判例の紹介 - Morrison v. National Australia Bankとは
  4. ADRにおけるモリソン判決の適用
    1. 裁判所によって異なる判断
    2. ADRの取引に関して米国証券訴訟は提起可能か

 米国預託証券(American Depository Receipts: ADRs)は、非米国企業(以下、「外国企業」)の株式であり、米国の証券取引所において、米国株式そして上場企業の株式と同様に取引きされ、店頭でも販売されている。米国証券取引所に上場する費用をかけずに、米国の投資家及び資本を誘致することができるので、ADRは外国企業にとって有利である。日系企業では、350社近い上場企業のADRが米国証券取引所、または店頭で取引きされている。今後、日本のベンチャー企業が米国などの外国資本を誘致しようとしていることから、その数はさらに伸びる見込みである。このように日系企業にとってADRがどれほど重要であるかをかんがみて、ADR発行企業が直面するリスク、そしてそのリスクを軽減する対策について2回のシリーズにわたり議論する。

 第1回目は、米国内で取引されているADRにはどのようなタイプがあるか、そして外国企業に対する米国証券訴訟のリスクを軽減することになった、米国連邦最高裁判所の2010年の重要な判決、さらに、その判決により証券詐欺で被害をこうむった投資家にとって、米国での損害賠償請求がかえって困難になったことについて現状を概観する。第2回目は、日系企業2社(東芝、日産自動車)を相手取った証券訴訟の直近の例を紹介し、ADRを発行する日系企業が米国証券訴訟のリスクを軽減するための対策について提唱していきたい。

なぜADRの訴訟リスクが重要か

 近年、日系上場企業の違法行為が原因で株価が下落し、その法的責任を問われる事件が増えている。行政機関の捜査や、株主代表訴訟の提起のみならず、近年では、企業不祥事やその原因となった事実について不実表示をしていた事案について「証券訴訟」が新たな脅威となっている。

 多くの日系企業は、その関与なしに米国の証券市場において米国預託証券(ADR)が発行されており、そうした日系企業に対する証券訴訟の件数は増加している。最近では、日産、トヨタ、オリンパスに対し、証券訴訟(クラスアクション)が米国内で提起されている。特に最近の東芝判決の影響で、ADRの発行に関与していない日系企業の訴訟リスクが高まりつつある。ここでは、その東芝判決および日系企業が米国での訴訟リスクを少しでも削減できるような対策を考察する。

ADRとは スポンサーの有無と3つのレベル

 ADRはそのプログラムにより、スポンサーなし(Unsponsored)ADRスポンサー付き(Sponsored)ADRに分かれる。

スポンサーなしADR

 スポンサーなしADRは、原則として外国企業の意思とは無関係に米国証券会社と米国預託銀行が主体となって設定したものである。1983年以降は当該企業の最低限のディスクロージャーが必要となった。

 米国の証券市場で流通しているスポンサーなしADRの日系企業の中には、三菱商事、JR東日本、アサヒグループホールディングス、東京ガスなどがあげられる。2017年9月30日の時点で、40カ国の外国企業のスポンサーなしADRのプログラム数は1,642件にのぼる 1 。ADRプログラムへの機関投資家の投資額は2008年の36億ドル、2016年の79億ドルから大幅に上昇し、2017年9月末時点で、合計119億ドルとなった 2

 中小規模のアセットマネジメント、店頭販売機関、そしてその取引が米国内での証券取引に限定されているマネージド・アカウントやETF(エクスチェンジ・トレード・ファンド)からの要求によりスポンサーなしADRの需要が伸びているものの、直接関与できない外国企業にとってあまりメリットがあるとはいえない。外国株式の発行企業の認可なしに発行され、信用度はその預託銀行の信用度にとどまることから、投資家にとってもリスクを伴う。

スポンサー付きADR

 スポンサー付きADRは、外国企業が直接関与することができ、ナスダックやニューヨーク証券取引所などの国際資本市場に入り込むことができる

 外国企業が主体となって、米国預託銀行と預託契約を結ぶことでスポンサー付きADRは設定され、資本調達の有無と開示の義務により、レベル1、レベル2、レベル3に分けられる。レベル1ADRは、レベル2やレベル3に比べ報告義務が最低限であるうえ、設立コストが低く抑えられることから、日系企業を含む外国企業の間では人気がある。

 レベル2ADRはすでに米国以外の国で発行された株式を裏付けとして組成されるADR、レベル3ADRは株式を新規発行し資金調達を伴う公募増資に利用される種類のADR である。

ADRの種類と属性

特徴 スポンサーなし スポンサーつき
新規株式の発行を伴う増資 米国の証券取引所の上場が可能
レベル3
既存株式をベースに組成 米国の証券取引所に上場が可能
レベル2
主に店頭取引
(非上場)
レベル1

重要判例の紹介 - Morrison v. National Australia Bankとは

 非米国企業(以下、「外国企業」という)に対する米国での証券訴訟については、米国連邦最高裁判所の判決(Morrison v. National Australia Bank, 130 S. Ct. 2869(2010)以下、「モリソン判決」という)があり、米国連邦証券取引所法の適用を限定する重要な判決を下している。

 モリソン判決は、ここ20年間において、米国連邦証券取引所法の域外適用を大幅に限定する最も重要な判決、と言って間違いない。この判決によって、取引所法の域外適用が適切であるかを判断する過程において、その分析の焦点が、「行為・結果」の場所から「取引が行われた場所」に移った

 2010年の判決以来、刑法、米証券取引委員会(SEC)が取り締まる証券詐欺などの分野を超えた事件でもモリソン判決は適用され、そしてシャーマン反トラスト法(連邦反トラスト法)、商品取引所法(CEA)、威力脅迫及び腐敗組織に関する連邦法(RICO法)等の制定法にもモリソン判決は応用された。さらに、従来の証券だけではなく、金融派生商品、新規仮想通貨公開(ICO)、スポンサーなしADRなど様々な金融商品にもモリソン判決は適用されている。

 モリソン判決の概要は、オーストラリアで上場している銀行の株式を裏付けに発行されたADRに関して、オーストラリア籍の投資家の代表がオーストラリアの銀行を相手取り、不実表示を行ったことを理由に、米国内で集団訴訟を起こしたものだ。

 米国証券訴訟では、連邦証券取引所法(以下、「取引所法」という)10条(b)項および証券取引委員会(SEC)が制定した取引所法規則の10b−5を根拠に訴訟が提起されることが多い。取引所法10条(b)項は、取引所法規則10b−5と並んで、証券の売買に関して、「重要な事実についての不実表示をすること、または、重要な事実の表示を行わないこと」を禁止している。

 ここで争点となったのは、外国籍の原告が外国籍の被告に対し、外国の取引所での売買に関連する不正行為についての訴えにおいて、取引所法10条(b)項の訴権を有するか、である。

 連邦最高裁は、同取引所法の域外適用を制限し、10条(b)項 の適用は下記の取引に限定されると判示した。

モリソン判決の基準
第一基準:米国内の証券取引所に上場されている証券の取引、または
第二基準:その他の証券についての米国内で行われた取引

 ここで採用された新しい「取引テスト」は、10条(b)項が適用されるためには、証券取引が米国で行われたことが条件となった。

 しかし、連邦最高裁は米国の証券取引所に上場されていない証券について、「米国内の取引」とは何かについて定義していない。したがって下級裁判所では、米国証券取引所に上場されていない証券について、何をもって「米国内取引」とするのか、裁判例が交錯している。特にモリソン判決の直後は、この言葉の意味をめぐって、連邦裁判所の間で相反する判例が出ている。しかし、連邦控訴裁判所レベルでは「米国内取引」の定義について意見の一致が見られるようになった。

 控訴裁判所によっては、米国内で証券取引が「回復不能な義務」をもたらした場合、もしくは権利の譲渡があった場合には、国内での取引と判示している。とりわけ、「契約成立、買い注文、権利の譲渡、もしくは金銭のやりとりに関する事実」について審理している。

 モリソン判決の直後、連邦地方裁判所は、In re Vivendi Universal, S.A. Securities Litigation(765 F. Supp. 2d 512(S.D.N.Y. 2011))証券訴訟(クラスアクション)の原告に取引テストを適用した。

 モリソン判決の前は、原告クラスの定義はパリ証券取引所で同社の普通株、およびニューヨーク証券取引所で米国預託証券(ADR)を購入した米国、フランス、イギリス、オランダ の投資家であったが、モリソン判決後、同連邦地裁は、国内・国外の普通株の購入者(クラス全体の80%にあたる)の訴えを退け、クラスの定義をニューヨーク証券取引所で同社のADR を購入した米国、フランス、イギリス、オランダの投資家に限定した。

 モリソン判決により、外国企業に対してグローバル・クラス・アクションを米国内で提起するハードルは上がったことになる。特にモリソン判決の結果、(1)外国籍の原告が外国の証券取引所の取引でこうむった損害につき、外国籍の発行会社を訴える、いわゆる「三つ巴に外国性の強い」請求、そして(2)外国の証券取引所の取引でこうむった損害につき、米国の原告が外国籍の発行会社を訴える、「二つ巴に外国性の強い」請求について、裁判所は排除している。

 ところが、統計上は、外国企業に対する米国証券訴訟の数は減ってはいない。Cornerstone Researchの調査によると、1997年から2016年の間、米国証券訴訟(クラスアクション)のうち外国企業に対して提起されたものは年間平均23件であった。ところがモリソン判決の出た2010年以降は増加しており、2014年、2015年には年間34件であった件数が、2016年には42件、2017年には50件にのぼっている。この時期に提起された訴訟のほとんどは、米国で上場された株式を発行している外国企業である。

 外国の証券取引所で取引し、証券詐欺の損害をこうむった米国の投資家は、モリソン判決以降、代わりになる裁判地での訴訟提起を検討せざるを得なくなった。その結果、米国外での集団訴訟、もしくはクラスアクションの訴訟数が増加する結果となった。米国外の訴訟地として選ばれたのは、オーストラリア、カナダ、デンマーク、ドイツ、日本、オランダ、そして英国である。これらの国が訴訟提起可能な国として選ばれたのは、下記の理由からである。取引された証券が外国の取引所で発行されていること、不正行為が外国で行われたこと、国によっては団体での訴訟、および/もしくはクラスアクションの制度が取り入れられていること、そして国によっては訴訟費用の請求が法制化されたことにより、これらの諸外国での証券訴訟に頼ることが多くなった。

ADRにおけるモリソン判決の適用

裁判所によって異なる判断

 裁判所が検討を重ねている問題の1つが、モリソン判決のADRへの適用である。米国で発行されているADRについては、取引所法で定義されている国内での取引であることからモリソン判決の最初の基準を満たすとみなされている。

 モリソン判決が、店頭販売されているADRの外国企業の法的責任をすべて回避できるかどうかについては、意見が分かれている。たとえばIn re Société Générale, No. 08 Civ. 2495, 2010 WL 3910286(S.D.N.Y. Sept. 29, 2010))証券訴訟では、原告は外国企業のスポンサーなしADRを米国の店頭取引で購入しているが、裁判所は「ADRの取引は、外国性の強い取引」であるため、たとえスポンサーつきであっても、連邦証券法および取引所法は適用されない、と判示した。

 その他の裁判所は、店頭販売で取引されているADRは、店頭販売市場が国内の市場で上場されていないため、モリソンの第一基準を満たさない、と判断している場合もあれば、同じ裁判所が、ADR取引は国内取引とみなし、モリソン判決の第二基準を満たすと判示している場合もある。

 これらの判例は、外国企業がADR発行を容認してスポンサーになり、米国内でADRの流通に関与し、そして米国の金融機関がそのADRプログラムに参加していた(たとえばブローカー、ディーラー、エージェント、取引所など)場合、その外国企業は、自社の株式の流通において米国の投資家に向けて積極的に関与していた、と解釈され、連邦証券法に基づく法的責任を問われかねないことを意味する。

ADRの取引に関して米国証券訴訟は提起可能か

 では、モリソン判決の下で、ADRの取引に関して米国証券訴訟は提起可能なのであろうか。特に、米国の証券取引所等で上場しておらず、店頭で取引されているだけのADR(レベル1スポンサーなしADRおよびレベル1スポンサー付きADR)でも、米国で取引されている以上、モリソン判決の「国内基準」を満たすのであろうか。

(1)レベル1(店頭取引のみ)スポンサー付きADRの場合

 裁判関係者の間では、「レベル1(店頭取引のみ)スポンサー付きADR」を発行する外国企業は、米国証券訴訟に服しうるというコンセンサスが高まりつつある。たとえ訴訟の原因となる行為や陳述が米国外で行われたにせよ、法的責任を問われかねないのだ。たとえば、米国のADR店頭市場や米国の投資家に向けた公的文書や発言(それがどこで発行されようと)に虚偽の陳述や報告漏れがあった場合、10条(b)項により法的責任を問われる可能性がある。

(2)レベル1(店頭取引のみ)スポンサーなしADRの場合

 「レベル1(店頭取引のみ)スポンサーなしADR」については、原告が証券詐欺の訴えを提起するのに国内取引の条件を充足するかについては、不透明である。

 次回、詳細を解説する東芝判決は、スポンサーなしADR売買に「関して」、少なくとも第9巡回区控訴裁判管轄区(証券訴訟の半数近くが提起されるカリフォルニア州を含む)では訴訟提起される可能性があるということになる。東芝判決の教訓は、限られた状況において、証券詐欺規制がスポンサーなしADR に適用され得る、ということである。東芝判決が適用されるかどうかは、取引がどこで行われたか、そして不実表明が証券の売買に「関して」行われたのかという事実関係による。原告はこの2つの点を主張立証する必要がある。


  1. Deutsche Bank, Unsponsored ADRs: 2017 Market Review at 3(2017)(以下、「Deutsche Bank Rep.」), see Deutsche Bank Depositary Receipt Services,Depositary Receipt Directory(last updated July 7, 2018). ↩︎

  2. Deutsche Bank Rep. at 8. ↩︎

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