中国における商業賄賂の実態
第2回 行政法、刑事法における商業賄賂と企業に求められる対応
国際取引・海外進出
前回説明したように、中国の商業賄賂は近年増加傾向にある。摘発基準も不明確となっており、関連する規制の把握は困難である。今回は、行政法、刑事法における商業賄賂を踏まえ、企業に求められる対応を解説する。
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※本稿の凡例は以下のとおりです
- 1993年不当競争法:1993年12月1日 「中華人民共和国反不正当競争法」
- 2017年修正不当競争法:1993年不当競争法の2017年修正法
- 暫定規定:1996年11月15日 「関与禁止商業賄賂行為的暫行規定」
- 市場監督暫定規定:2019年 「市場監督管理行政処罰程序暫定規定」
行政法における商業賄賂
行政取締り
2017年修正不当競争法4条によれば、商業賄賂に対する行政取締り担当機関は管轄地域の県レベル以上の工商行政管理職務を履行する機関になる。行政取締りが始まるきっかけは、職権による取締り、告発、また検察、警察等が別の案件調査で商業賄賂の件が発覚し移送する等である。調査は少なくとも2人体制で行われる。
調査員は経営者およびその他関係者に対して、質問し、資料の提供を求めることができる。調査対象たる契約書、資料、電子メール等を閲覧し、複写することができるが、上級機関の批准なくして強制措置をとることはできない(2017年修正不当競争法13条)。調査人員は調査現場で証拠確保するために、「先行登記保存措置」を講ずる場合がある(中華人民共和国行政処罰法37条第2項)。
「先行登記保存措置」とは、調査現場で発見した証拠のリストを調査員が作成し、当事者と調査員が署名捺印して保存することをいう。保存手続の終了後、当事者には「先行登記保存証拠通知書」が交付され、保存期間中は証拠を移転、毀損等してはならない。なお、工商行政管理職務を履行する機関は7日以内に保存して証拠を検証鑑定する等しなければならない。7日過ぎても何らかの措置も講じない場合、保存行為は解除することになる。また、調査の程度により、工商行政管理職務を履行する機関は強制措置を講ずることができる警察、検察等と合同調査にあたることもある。
なお、2018年国家機関再編において、従来工商行政管理、検疫、食品管理、独禁法執行等機能がそれぞれ別々の機関の権能であったものをまとめて国家市場監督管理総局を新設し、2019年4月1日からその行政権限執行の基礎たる市場監督暫定規定が施行された。当該規定によって、行政法執行機関に強制措置を講じる権限を付与している点に注意する必要があろう。
調査員は通常調査以外に、抜き打ち調査を行うこともある。調査対象になった場合、慌てず、調査員の身分確認をした後、丁寧に対応し、速やかに上司、外部の専門家等に連絡するといった対応が無難な策といえよう。
行政責任
商業賄賂行為はいったん認定された場合、まずは行政罰が想定される。行政罰の根拠となっているのは、2017年修正不当競争法19条の下記規定である。
罰金に関して、明確な上下限の金額があるものの、違法所得の没収に関して、明確な計算基準は設けられていない。地方によって計算方法がそれぞれ異なり、違法所得に関して「全部説」と「利益説」の両方が存在しているのが実情である。「全部説」とは、コスト等々を差し引かず、販売売上額によって罰金を計算することを指し、「利益説」はコスト等々を差し引いた獲得利益のみによって罰金を計算することを指す。
さらに、修正不当競争法27条は「経営者が本法に違反した場合、民事責任、行政責任および刑事責任を負わなければならず、その財産が支払に足りない場合、民事責任を優先的に充当する」と規定しており、商業賄賂の刑事責任に関して触れている。
刑事法における商業賄賂
刑事罪名
刑事法における商業賄賂は、主に「中華人民共和国刑法」(以下「刑法」という)をもとに、下記の刑事法関連立法解釈および司法解釈によって構成されている。
- 商業賄賂刑事案件適用法律に関する若干問題に関する意見
- 最高人民法院単位犯罪案件具体的法律適用に関する若干問題についての解釈
- 最高人民検察院、公安部公安機関管轄する刑事案件立件告訴基準に関する規定(二)
- 最高人民検察院贈賄罪立件基準に関する規定
商業賄賂行為に関する刑事法上の罪名も、下記のように10件も存在する。実際、第1回「中国商業賄賂の実情と中国の関連法」管轄地域の県レベル以上の工商行政管理職務を履行する機関」の冒頭で述べたGSK中国法人の総経理は実刑判決を言い渡されている。
- 非国家工作人員収賄罪(刑法163条)
- 非国家工作人員贈賄罪(刑法164条)
- 収賄罪(刑法385条)
- 単位収賄罪(刑法387条)
- 贈賄罪(刑法389条)
- 単位に対する贈賄罪(刑法391条)
- 賄賂紹介罪(刑法392条)
- 単位贈賄罪(刑法393条)
- 影響力による収賄罪(刑法388条)
- 外国の公職人員あるいは国際組織の官僚に対する贈賄罪(刑法164条)
刑事責任
上記罪名にある「国家工作人員」と「非国家工作人員」とは、おおむね公務員とそうでないものとして理解してよい。また単位犯罪に関してはほぼ法人犯罪として理解してよいと思われる。公務員ではないものに関して量刑は5年以上10年以下にとどまっているものの、公務員に対する商業賄賂自体が刑法上の普通の贈収賄を構成するので、10年以上無期懲役まで設けられている。特に、中国経済すべての領域において活躍している国有会社の管理層は公務員身分の場合があることに注意を払う必要がある。
免責事由
免責条項
1993年不当競争法と暫定規定のどちらも、商業賄賂行為に対して取締り規定、処罰規定等を設けているが、免責抗弁規定を設けていない。当該2つの法律法規において、従業員の商業賄賂行為は法人の商業賄賂行為とみなされてきた。つまり、法人は従業員個人の商業賄賂行為に関して免責されることは難しかった。
2017年修正不当競争法7条は、その最後段において下記のとおり規定しており、従業員の個人的な行為に対して法人を免責する可能性を設けた。
「経営者が当該従業員の行為が経営者の取引の機会あるいは競争優位の獲得と無関係であることを証明できる場合を除く」に関して、時の国家工商行政管理総局および反不正当競争執法局局長は「経営者は合法合理的な措置を講じ、有効な手段をもって監督し、従業員の勝手にさせない、あるいは従業員の行為を黙認等しない場合を指す」と示唆した。
免責事由
法人が従業員の個人的商業賄賂行為から免責されるためにはコンプライアンス制度の構築に尽力することである。まずは、企業内において商業賄賂コンプライアンス制度を構築し、定期的に従業員に対して商業賄賂関連社内セミナー等を実施し、その習得状況を常にチェックし、記録等を残す心がけが大事である。
また、従業員との間で商業賄賂禁止宣誓書を締結し、保管する。さらに、取引先との間の契約等において商業賄賂禁止条項を入れ、法人内部において内部告発の窓口を設け、商業賄賂等コンプライアンス違反行為に関する内部告発を奨励する等の措置を講じることが免責抗弁事由になりうる。
次に、法人は財務支出の決裁系統をしっかり構築し、資金面でも商業賄賂行為を支持していないことを証明できるようにする。財務部門の審査によっても発覚できなかった商業賄賂のための支出は当該従業員による詐欺行為であることは明確となり、企業にとっては有利といえる。
その他の関連法律法規との関連
中国では、近年情報規制に関連した多くの法律法規を制定あるいは制定中であり、今後、中国商業賄賂案件調査に伴い、特に国際的な調査に発展した場合、対象会社社内管理制度、技術情報、会計帳簿、個人情報等の提供が求められ、中国国内の商業賄賂関連法律法規のみならず、その他、サイバーセキュリティー法、情報の国外提供を規制する関連法律法規に違反しかねない状況が生じると思われるので留意が必要である。
まとめ
商業賄賂行為を根絶し、企業を守るには、法人においてコンプライアンス制度を完備することである。従業員の行動の基準たる制度を構築し、財務支出に関しても厳格な審査基準を設ける。そして、企業内部における商業賄賂関連社内セミナーを実施し、従業員のコンプライアンス意識を高め、さらに内部告発の窓口を設けることが商業賄賂を有効に防ぐ方法である。
また、万が一、行政当局からの調査等があった場合、むやみに対応せず、速やかに弁護士等外部の専門家に連絡し、立ち会わせることが望ましいと思われる。また、国際調査になり、中国から国外に提供する場合、中国の関連法規制をクリアするように心がけることが必要である。

上海開澤法律事務所