中国における商業賄賂の実態
第1回 中国商業賄賂の実情と中国の関連法
国際取引・海外進出
近年、中国政府は公平な競争ある市場環境を目的として様々な政策を打ち出しており、その一環として商業賄賂に対する取締りを強化している。中国はコンプライアンスの時代に入ったといっても過言ではない。
2014年9月19日に中国湖南省長沙市の中級人民法院はイギリスの製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)中国法人の商業賄賂事件に関して判決を言い渡した。30億人民元(当時のレートで約530億円)の罰金刑に加え、同法人で総経理であった英国人に執行猶予付き3年の懲役刑、中国人幹部4人にも2~3年の懲役刑を言い渡した。その後もイギリスのアストラゼネカ社、ベルギーのUCB社など他の外資製薬企業の中国法人を対象とした賄賂捜査も開始され、近年、商業賄賂に関する当局の取締りは一層強化されている。
近年における中国の商業賄賂事情
商業賄賂案件は増加傾向
近年中国における商業賄賂案件は増加傾向にある。その原因は主に、商業賄賂摘発基準、特に金額基準の不明確さ、当局の商業賄賂取締りに関する積極的な姿勢等が考えられる。
2015年~2019年間 中国全国における商業賄賂の案件数
省別にみると以下のとおり中国において経済がより発展している沿岸部が多発地域である。
省別 商業賄賂の案件数(2015年〜2019年上半期まで)
2015年~2019年上半期の省別商業賄賂発生件数をみると、広東省、浙江省、山東省がトップスリーを占めている。
法人が対象となった案件は全体の9割を占めており、外資系企業はその9%程度である。業態では医療、製造業、卸売および賃貸業、サービス業が多い。
対象金額もさまざまであり、特に0~10万元の案件は28.61%を占めており、最も高い割合となっている。金額は商業賄賂として認定されることに対してそれほど重要な要素ではない。
商業賄賂行為に対する処罰状況
本稿執筆事務所の独自統計(主に上海市に登録している企業を対象に、2017年~2018年の行政処罰決定書に基づく)によれば、商業賄賂行為に対する行政処罰である、罰金と違法所得の没収双方とも2017年から2018年にかけて減少傾向にある。これは、対象企業の抗弁の余地が増えたことが大きな要因と思われる。
なお、自ら違法行為による悪影響をなくすことと積極的に調査協力をしたことで行政処罰が軽減されている例が多い。
処罰軽減の理由
刑事事件に発展したケースにおいて、特に非国家公務員に対する贈賄罪と収賄罪の摘発対象金額は以下のとおりである。
非国家公務員に対する贈賄罪の摘発対象金額
非国家公務員収賄罪の摘発対象金額
他方で、刑事事件に発展したものの、自首、裁量減軽すべき貢献を行った、情状軽微等によって執行猶予が付く場合が多い。執行猶予が付いた理由と執行猶予になった割合は以下の通りとなっている。
さらに、本稿執筆事務所の上記独自統計によれば、商業賄賂からほかの案件に発展するケースも少なくない。たとえば以下の図の通り、労働仲裁、損害賠償、刑事事件等に発展することも多くある。
中国における商業賄賂関連法体系
中国は商業賄賂に関して体系的な法制度をとっているわけではなく、様々な特別法に散見される。主に、以下の囲みに示した3つの法令を軸に、「中華人民共和国行政処罰法」、「中華人民共和国保険法」、「中華人民共和国商業銀行法」、「中華人民共和国建築法」、「中華人民共和国価格法」、「中華人民共和国政府購買法」、「中華人民共和国契約法」等多くの法律法規で規定されている。
- 1993年12月1日 「中華人民共和国反不正当競争法」(以下「1993年不当競争法」といい、2017年修正法について「2017年修正不当競争法」という)
- 1996年11月15日 「関与禁止商業賄賂行為的暫行規定」(以下「暫定規定」という)
- 2019年 「市場監督管理行政処罰程序暫定規定」(以下「市場監督暫定規定」という)
中国法における商業賄賂
商業賄賂の概念
商業賄賂とは、その名のとおり、ビジネス領域における贈収賄のことを指す。中国法上の商業賄賂に関する概念は上記1993年不当競争法においてはじめて登場する。
同法8条は商業賄賂という概念を直接用いていないが、下記のとおり規定していた。
暫定規定はさらに、商業賄賂概念の内実を具体化させ、2条において下記のとおり規定している。
なお、財物あるいはその他手段に関して、販促費、宣伝費、賛助費、科研費、労務費、コンサル費、コミッション等の名目を借りた各種リベートを与えることを禁止し、さらに、海外観光、視察、見学等その他のリベート手段も禁止とした。
商業賄賂の認定基準
中国法上、商業賄賂認定に関して明確な基準はない。キーワードは「財物あるいはその他手段」を講じて「不当な利益」を取得し、しかも「帳簿に明示的に記載していなかった」ことである。ただし、帳簿に明示的に記載しても商業賄賂として認定されることもありうる。
実務上財物は現金、物品その他利益等の形で現れる。たとえば、家屋の内装、債務免除、商品券、キャッシュカード等がある。暫定規定8条は「経営者は商品取引において相手単位あるいは個人に現金あるいは物品を贈答してはならない。ただし、商習慣に従った少額のノベルティは除く」と規定しており、この規定によれば少額のノベルティ以外の贈答は一切禁止していることになる。
ただし、暫定規定は少額に関してはより具体的な規定を設けておらず、2008年11月20日の「最高人民法院、最高人民検察院の商業賄賂刑事案件法律適用に関する若干意見」10条は下記の要因をもとに総合的に判断するとしている。
- 財物贈答の背景、たとえば当事者間で密接な関係であるか否か、過去の関係の状況と程度等を考慮する
- 財物の価値
- 財物贈答の理由、時期および方法、贈答側は受領側に対して職務上の便益を図ってないか否か
- 受領側はその職務上の便益を利用して贈答側に利益を与えたか否か 等
このように、中国の商業賄賂は近年増加傾向にあり、摘発基準も不明確となっており、関連する規制を把握するためにも外部弁護士などの専門家の協力が必要と言える。次回は、政法、刑事法における商業賄賂を踏まえ、企業に求められる対応を解説する。

上海開澤法律事務所